057.
「お日様いっぱい。月も消え入りそうないい天気でさいこー」
んー、と伸びをしながら空模様に賛美をおくりつつ、あはんと周囲の景色をカメラにとらえる。
朝のことを払拭するかのように、写真を撮りまくったのだけれど、別段周りはなんにも言ってはこなかった。
いつものことだとでも思っているのだろう。
けれども、当然青木のことだけは写真にいれない。というか視界にすらいれない。
移動をするときの班は、基本、男子と女子でそれぞれグループを作ってからそれを合体させるという、典型的な決め方だった。
そこで、友達がいない木戸としては芸もなく青木と八瀬とで組んだわけだけれど、今朝あんなことがあったせいでそうとう険悪な空気である。そもそも八瀬があんなことをやらかす前に班決めは終わっていたのである。
幸いなのは、他の男子がいないというところだろうか。朝のあいつらが混ざっていたらと思うと、ぞっとしない。
「木戸くん、こっち撮ってー」
「はいはい、仰せのままに」
ところどころのお寺や名所で記念撮影をしていく。女子三人の中には斉藤さんと佐々木さん、もう一人は山田さんといった三人で、とても仲良しさんだ。いえいと、ポーズを撮ると狙ったようにその場を写真に焼き付ける。
今回の旅行で女子を多く撮るようにしているけれど、一年前よりもリラックスして撮影できているように思う。それだけ気分的にも成長しているということなのだろう。ルイで撮影しまくっているので、女子撮影に慣れてきたというのがとても大きい。
「八瀬のことは適当に狙うから」
ぴぴっと撮影音を鳴らしつつ、たそがれている八瀬の横顔と目的地のお寺を映す。コンデジの特性で両方がくっきりと映ったスナップ写真が完成する。
「こっちのかっこなら自由に撮っていいけど。あんまり変なのはよしてくれよな」
「だいじょうぶだ。いちおう無難なのも撮るから」
ひひっと笑ってやると、なんだよそれと八瀬からクレームがきた。
そうこうしつつ、半日が過ぎただろうか。
もちろん班行動はハイヤーなりを使うわけにもいかず、移動計画を立ててバスやら電車に乗る必要がでてくるわけで。
「やほっ。今朝ぶり」
「って、さっきまでも一緒っちゃ一緒だったじゃん」
お昼前に飛び乗った電車で斉藤さんと隣同士になった。
あいている席の兼ね合いでみんなとは少し離れたところだ。
「まぁ、そうなんだけど、じっくり二人で話せてなかったし。それで、今朝ぶり」
どうしても女子同士で盛り上がっちゃうし、木戸くんはカメラだしあんまり絡めてないじゃないと、斉藤さんは苦笑をもらした。
これで他の男子がいたなら、死ぬほど悔しがったろうが、残念ながらここにいるのは女の子に興味が薄い八瀬と、残念な青木だけである。青木はなぜ無視されてるのかわからない、という風で暗い顔をしていた。
わからない、というのであれば朝のあれはやっぱり寝ぼけてたとかそういうことなのかもしれない。
「しかし、班行動となるとイベント委員がいる班が撮影のメインになってしまうのではないかと思うのだけど」
写真のうつりを確認するために背面パネルを見ながら、あからさまにうちの班の連中だらけの状況にため息がでる。
一日目は全体で回り、二日目は班行動で自由に動ける。一日目の分には他の班のやつらもかなり写っているけれど今日の分はもう、班員だけという状態だ。ときどきばったりあった他の班の人を撮ったりはしているものの、わずかしかない。
「まーこればっかりは仕方ないんじゃない? それと各班それぞれ一人は自前のカメラもってくることにもなってるし」
むしろ木戸君は二台持ちじゃないと斉藤さんにつっこまれた。
そう。今回の修学旅行に限って言えば、班行動になってしまうということもあって、イベント委員が入っていないところはカメラの持ち込みを許可しているのである。
それらは任意で学校提出も可能だけれど、どちらかといえば班の人たちでやりとりをすることになる。
イベント委員はこの町の空気まで持って帰る必要があるが、プライベートのカメラのほうでは班のメンバーのスナップ中心で攻めていけばいいので、あえて学内のサーバーにあげる必要もないのだ。
ならイベント委員を各班に入るように人数を増やせばいいじゃないか、という話もあるのだが、無理矢理やらされるのと、友達同士でわいわい撮影するのは違うのだ!! という意見が主流でそういう流れにはならないらしい。木戸としては別にメモリーさえもう少し大きいのにしていただければいいのだが。
「あとはみんなスマホもってるから、撮影しようと思えばできるんだし」
「最近のは確かにそこそこ撮影できるっぽいよね。ま、あれで撮る気にはならんけど」
ここのところのスマートフォンのカメラはレンズもしっかりしていてそこそこ綺麗な撮影ができる。けれども華奢で薄いボディでの撮影はいまいち固定が難しいし、どっしりした安定感がないので木戸はあまり好みではないのだ。
「そういや木戸くんってケータイ派だっけか」
「ガラケー派でございます。あ、崎ちゃんからメールきてる」
ぱたりと携帯を取り出すと、メールの着信表示があった。
「ほっほぅ。あんな美少女とメル友とは木戸くんも隅におけませんな」
「いや。隅っこ暮らしのほうが正直好みで」
今日は東北で撮影なのだ、とかいうメールがきてたので、寒かろうがんばれと入れつつ、こっちは京都であったかいぞと送っておく。
「ま、中央は女優さんたちにお譲りですよ。こちらは撮影できればそれでいいから」
「まったく欲がないことで」
どういう欲をだせというのかと突っ込みたいものの、さすがにクラスのアイドルにそんなことを言えるわけもない。ルイなら軽口で言えるだろうが、今は同性同士の友達という雰囲気にはいかないのだ。
「町中はテンションさがるからなぁ。寺社仏閣は撮らないでもないけど、正直今朝の渡月橋あたりの方が好き」
「あーあれはきれいだったよね。さくらの写真も結構楽しみ」
もちろんあなたのもね、と言外に言われつつ、むろんあの時のいい感じのショットを旅行の写真に入れるのは決定である。カメラ越しにも見た目にも、あの景色はとてもよかった。
それに比べると、やっぱり人里はあまり好きにはなれない。
「町中はどうしても人がいっぱいだしね。でも二年坂で振り返る君、みたいなのを撮るときっとまた、皆さん大喜びだろうなぁ」
どう? と坂の絵を想像していうと、斉藤さんが嫌そうにぷぃと顔を背けた。
「喜ぶの男子だけじゃない。ま、お金くれたらやったげてもいいけど」
女優ですし、と斉藤さんが口角を軽く上げる。
「うわ、斉藤さんらしくない台詞が。その顔でおかねーってどうなのさ」
「だって今度の舞台の資金が欲しいんだもの」
「お正月明けにやるんだっけ? 遠峰さんがポスター撮影してきたぜいって言ってたけど」
「今回割とおおがかりな仕掛けとかつかっていきたいなーって話があってねぇ。予算に都合が付けばって話だけど」
だから、資金プリーズとかわいらしく催促されても、こちらとしては困る。
これで経済力のある大人のおっさんとかなら落ちるのかなとか思いつつ、ルイでそれをやったらどうなんだろうと一瞬ちらっと考えてその思考は捨てた。手持ちの機材は自分の手で集めるのだ。
「それを俺に言っても、無い袖は振れません」
そう。みっちりバイトをしているからお金はあるだろう、と言われるが、実際いくらでもカメラや服や電車賃に消えるのである。
「まあさすがにタブレット買うかなとは思っているけれどね」
「ケチな木戸くんにしては珍しいじゃない?」
「さすがに友達も増えたしね、遠峰さんのばっかり借りてるのも申し訳ないし、カメラの背面パネルは狭いから」
そう。エレナに遠峰さんに。他にも撮影で知り合った人は多く、突発的に撮ることもある。
突発はさすがに背面ディスプレイで対応するにしても、どんな絵なのかを見せるには、タブレットがあるのはメリットなのだ。
もともとはただ、撮りたいだけだったのが、見てもらいたいと変わってるあたり、一年半でそれなりに変わっているところはあるらしい。
「あーあ。期待はしてなかったけど、やっぱ無理か。舞台はなんとかしましょう」
斉藤さんはあんまりがっかりせずに、しかたないなぁといった。
もともと諦めていたらしい。
これがまっとうな男子なら、このやり取りで必死にバイトなんかして金策に励むんだろうなとも思うけれど。
「ああ。自分がまともでないということをしみじみ感じた……」
「あははっ。いまさらでしょー」
斉藤さんが満面の笑顔で笑う。むしろまっとうな男子相手なら電車で席が空いていてもあえて一緒にならないという勢いだ。
確かにね。座ることとクラスメイトとの旅情を比較すれば、あいている席があってもあえてそっちにはいかずに、わいのわいのと女同士でしゃべった方が楽しいだろう。
きっとルイならそうする。
「でも、こうやって離れて結構和気あいあい話してると、外から見てる方々はいい感じなんじゃないって思ってたりしそうだけどね」
だから、少し意地悪そうにいってやると、斉藤さんの顔がなぜか少し赤く染まった。
恋愛フラグ、というわけではなくきっと気のせいだろうから放っておく。
「それはないよー。きっと二人ともガールズトークしてるんだろうなーくらいしか思ってないってば」
はいはいと気楽な顔に戻るのを見るに、やはり演技だったらしい。さすがは女優さんで良い表情をしてくださるのだが、いくら木戸が無反応なのをわかっているとしても、男相手にしていい表情ではないだろうに。
けれども、まあ、他の連中には写真馬鹿と一般人というように映ってくれるのであれば、それはそれであとくされがなくていいと思う。
学校で木戸としているうちは、いちおう女子との間に一線は引いている……つもりだ。つもりだけれど、学校でも女子トークはしたいよねと、いう思いはあるにはあるのだ。もちろん学校は学業のためにいってるだけだし、『放課後』が人生のメインには違いない。けれども普通の友人関係として彼女とは接しておきたいのだ。モデルとしても興味深いし、舞台のほうにも興味はある。ただ、彼女はいうまでもなくクラスのアイドル的存在で、仲良く喋っていたりすると、他の男子にやっかまれるのだ。そういうのがなくなればもう少し親密……というか気楽に話ができるのではないだろうか。
「今のメンツならだいたいそう思われてそうだけどな。でも他のやつらまでそうってわけでもないだろ」
「んー、女子のほうはほとんど木戸くんのこと無害認定だよ? 彼氏候補っていうのはまずないにしろ、友達としては普通につきあえるって。だって確かに一見もさっとしてるけど、話してみるとちゃんと対応してくれるし、あたりもソフトだしさ。正直去年はもうちょっとぶっきらぼうな人なのかなって思ってたんだけど」
「入学した当初は、いろんな意味で準備が忙しくて学校のほうに裂く余力は欠片もなかったしなぁ」
そもそも、こちらから話しかけるということをしなければ、誰も木戸のことなんて視界にいれていなかったし、忙しそうな人なんだなくらいの印象しか持たれていなかった。それが変わったのはやはり学外実習のあとからだろう。
素顔を見た数名の女子は別として、撮影の時にかなり丁寧な対応をしたので、木戸の対する認識がかなり変わったのだと思う。
「それに最近はときどき、あっちが漏れるからね。なんかふとした拍子にすごいぽわーんとした顔とかするようになって、男子って感じしないのよね」
「それはどうなのかな。確かにあんな風景撮りたいとか今週はどこいこうとか、そういうのを考えてるとぽわんとはするだろうけど、それって普通に男子がする、今晩何食べようとか、なにで遊ぼうとか想像するのと同じだと思うんだが」
「ちょっと違うかなぁ」
うーんと、本人も言っていてよくわかってないのだろう。感覚ではなしているようで、そこで斉藤さんは言葉に詰まった。
「他の男子って、あんなにぽやーっとはしないというか、想像するにしても邪なもののほうがおおいっていうか。そもそも周りの女子を視線で追ってるってことが多すぎる気がする」
「そういうもんかな。あんましわから……いや。電車とかじゃそりゃ視線は感じるけどね」
女の子は視線を浴び慣れるから敏感になるというが、ルイとてそれは例外ではない。きちんと視線は感じられるし、日曜日に出かけるときなどは見られてるなぁという自覚はある。でも学校ではもちろん黒い学ランなわけだし、そこに熱心な視線を向けられてもむしろ怖い。それに他人に視線が向いてるかどうかまでは把握できないのだ。
「男子高校生なんて、エロいことしか考えてないっていうじゃない。そこらへん木戸くんは朴念仁というかなんというか」
異性間で友情をしっかりつないでなんにもないとか、おかしすぎると彼女に力説されてしまった。崎ちゃんのことでも言ってるのだろうか。でもあれは、本当にただの友人関係でしかないし、ほぼメールのやりとりだけだ。
「そもそもっ! 昨日はお風呂は大丈夫だったの?」
きりっとした顔でそう聞かれると、なんだかまずいことでもしてるのかという思いにさらされる。
でも、男子が男湯に入っても別に問題はないはずだし、実際なかった。うん。
「なんか、覗きがどうのーってみんな大騒ぎだったしな。八瀬はガン見しました、美しかったですとか気持ち悪いこといってたが」
ただ、同性に見られていたとしても、たんたんと風呂に入ることに違いはない。
ばしゃんばしゃん水しぶきが飛ぶので、隅っこのほうで暖まったわけで、ほとんど誰とも会話らしい会話をしていない。そして今回の風呂は隣のクラスとの混成の絡みで、青木とは時間帯がずれていたのだ。別段、眼鏡を外した状態でばれるとも思わないが、今朝のことを思うと一緒じゃなくてよかったのかなとか結果論的に思ってしまう。
「結局覗けた人はいなかったみたいだけど、トライしてた男子は後で先生に怒られてたみたいよ? お風呂は静かにはいりなさいって」
「そりゃ、まっとうな指摘だろ。女湯は静かだったのか?」
「水音はひどかったけど、別に普通にお風呂入るだけよ? 昼間の話したり、お風呂ならではの身体関係の話もしたりはあったけど……」
そこで、斉藤さんはすーっと視線をそらした。なにか他の話でもしていたんだろうか。
「あったけど?」
だから、あえて女声に切り替えて、先を促す。
「木戸君に着せるならどんな服が可愛いかを話し合っておりました」
ごめんなさいと、悪びれずにいう彼女の姿に、なんときわどい話をなさるのかと肩を落とした。
別段、木戸が昔女装していたことは隠していない。あれは純粋に姉たちがいけないのであって、なんら木戸に落ち度はないからだ。
女装をする、といったとき、人が嫌悪を覚えるのは。いや「見てない状態」で嫌悪を抱く条件の一つに能動性というものがある。自分から女性の衣類を身につけてはぁはぁするのは変態という印象は未だにある。
だから、女装させられてた、のなら別に、たいした悪イメージではないのだ。
もちろん、実際にやっているところを見せてしまえばどうなるかは、今までのクラスメイトや知人たちの反応を見ればわかるとおり。嫌悪感を抱かせないレベルで完璧に仕上げてしまえば、そうそう悪い感情は向けられない。犯罪行為をしていたら、いくら完成度が高くてもダメなので、そこらへんもルイは気を遣っている。
「そういうの話し合う前に、まずは斉藤さんが変身舞子をやってそのブロマイドを売るといいよ」
男声にもどして、きっと相当数売れるだろうなーとにやりと笑って見せる。
「だからそれは木戸くんがやればっていってやったじゃない」
「白塗りしても骨格は出るからやっぱり女の子じゃないとって言ったと思うけど?」
「バカ殿様と舞子さんの違いって下りはたしかに納得はしたけど……ねぇ?」
ちらりと体を見られて、うぐととっさに返事はでなかった。
確かに、華奢な木戸の体は女子といっても問題がないのは、事実だ。ルイの体格があれなのだから木戸も真実そのまんまということになる。女装すれば体形がかわるなんてことがあるわけもなく、服装のフォルムでかえているだけである。
となると、舞子さんだろうがやってのけられるという話になってしまうのだけれど。
「はぁ。斉藤さんには負けるよなぁ」
「それで? 青木くんとはあのあとどうなったの? ちょいと雰囲気悪かったの山ちゃんに言われたから、事情は簡単に説明しておいたけど」
「斉藤さんのことだから核心というかあっちの話は内緒にしてくれてるんだよね?」
周りの人が知り合いでないことを良いことに、女声に切り替えて話をしていく。
このネタは、なんか男の状態でやるには心理的に結構痛いのだ。せめて女同士として話させていただきたい。
「もちろん。でも山ちゃんにその話したら、きゃー!って大喜びしてたからちょっと変な風に誤解されたかも」
う。たぶん斉藤さんの説明は正しいのだ。きっと青木に朝、襲われてそれから険悪というような風に話しているのだろう。
女装のこととかルイのこととかそこらへんを伏せるとなると自然そうなるのだけれど。
それではまったく少年同士のちょっとただれた関係みたいな風になってしまう。
「サキちゃんは、ふむん。これはミステリーですな。はっ。でもあの顔ならモテない青木くんの餌食になるのもわかる気がする、なんていってたけど」
もともと佐々木さんは男子部屋に木戸がいることをすら心配してくれた人である。
「餌食はさすがに。でも、いちおうはお昼までいまの空気のまま反省を促して、午後からはもとに戻すつもり。といってもあっちの状態なら人と喧嘩しても仲直りとかしやすいけど、男同士だとどうもねぇ」
「ちなみに、あっちのほうだとどうやって仲直りするの?」
「すさまじく単純な話だよ? 食事の時にちょっとなにかを渡しながら、しかたないから、許すーみたいな感じで話し始めればいいけど、こっちのかっこでそれをやるのは、なんかしっくりこない」
ていうか、それ草食男子以上だよと言うと、彼女はうむんと首をかしげながら言った。
「別に、おかしいことはないと思うけどね」
「男同士だと夕日で殴り合うのがセオリーっていうけど、顔に傷ができるのは嫌だし」
「それ、いつの時代の映画よ」
ぷくくと斉藤さんが笑った。そうは言われても男同士の仲直りの仕方なんていうのは、友達がいない人間としては難しいのである。
「まあともかく、こちらから話しかけて、諌めて、それで今後しないようにって言い含めて忘れる方向でもってこうかとは思ってるよ」
さすがに修学旅行の間中こんな空気じゃ周りに申し訳ないし、自分でも嫌だ。班員とは仲良く和気あいあいと、それがいいのである。
「しかしさ。どうして京都にきてまでメイド喫茶なのか、正直よくわからないんだけど」
「だってメイド喫茶の東西差みたいなのも見てみたいじゃない?」
しれっと山田さんが言うようにここはまさにメイド喫茶でありました。
昼ご飯を食べる場所ということで提出していたのがこの店、メイド喫茶「フェミーズ」である。店の名前なんていうのは教師たちが把握するわけもなく、食事をしにいくというような感じで強引に押し通してしまった形だ。メイド喫茶だと知られたらあとでなにかいわれるかもしれない。
幸い、なのかどうなのか、ここは撮影禁止なので昼の写真がまるまるないという事態にもなるけれど、そればかりはしかたあるまい。むしろメイドさんが写っている写真があったほうがまずい。
「そうだぞ。男であったらメイド喫茶は誰にとっても天国だ。そういうもんだ」
青木が横から嬉しそうに口を挟んでくる。
そう。今の時間はもう12時をすぎているのだ。店についてそうそう、青木に話しかけたらえらい嬉しそうな顔をしてようやっと空気がよくなったのである。いいやよくなりすぎというか暑苦しいというか。
朝の分のストレスでもあるのか、青木はとてもよくしゃべった。
そんなところで、メイドさんが近寄ってくる。ひざを床につけてお待たせいたしましたご主人様・お嬢様と声をかける。
「ただいまキャンペーンでくじ引きをしております、よろしければこちらから一枚お引きください」
「おー、そういうのはあたしにひかせてー」
佐々木さんが身を乗り出してボックスから髪を取り出す。
賞は1等から5等まで。等外として1割引き券なんていうのが参加賞なのだろうか。
「おめでとうございますお嬢様。4等の体験メイドコース当たりです」
晴れやかな声でそんなことを言われてしまっても、みんな実はかなり微妙な顔をしていた。
「問題は誰がやるか……だな」
青木が言うようにその問題は確かにある。ちらりと女子三人の顔を見て、あたりなのかはずれなのかよくわからんという表情をしているのが印象的だ。
「い、いやよさすがに……衣装はきなれてるけどこういうところでメイド服はちょっと」
「あたしも無理ー。自分でひいといてなんだけど、勇気がないよー」
「右に同じで。ここはホームじゃないから」
女子三人がそんなことをいうので、こんどは八瀬に話をふる。
「八瀬やる? あんがい似合うかもよ?」
言外に、ここで女子を前にして男の娘デビューしちゃえよということも込めてある。
「俺は無理。やるなら木戸でしょ?」
「さんせー! 木戸くんならこの大作、やりこなせる!」
八瀬の提案に、斉藤さんがのっかった。どれだけメイド服を着たくないのかと言いたい。この前の学園祭のときはそれなりな格好をみんなやっていたじゃないか。
「ご主人様がた、もしよろしければ誰がやるのか、これ、で決めるといいですよ」
じゃらんと取り出したのは割り箸と、それが見えないくらいの深さの缶だった。
割り箸の一本にだけ赤いマークがついていて、それを選んで引き抜けということらしい。
六本のはしを手につけながら、掛け声がなる。
「メイドさんだーれだ」
王様ゲームかよ。と突っ込みたくなったのだが、ふさわしい掛け声なのだろう。
これで出たのが斉藤さんならきっと、他のクラスメイトはちくしょうと涙目だろう。
「あーあ」
けれども、涙目はこっちだった。そう。木戸の指の先には赤いしるしのついた割り箸があったのであった。
移動中のお話のほうについ熱が入ってしまいました。
女装に関するエトセトラは、実感としての記載です。日々の生活でおかしくないことを証明してしまった方が、第三者から話を聞かせるよりはよいのです。知識よりも実感のほうが大事なのであります。 でも、なかなか会えぬのよね。とほほ。
あ、それと明日は。明日こそは今回のラストの通りデス。作者的にはヒートアップ。木戸さんはいつものようにドライでまいります。普通こういう状態だと慌てふためくのでありますがね。