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537.大学構内のお散歩

今回は、まったり回です。

「なるほど。いままでこんな端の方まで来たことないですけど、いろいろあるんですねぇ」

「まあ、あの高校の造形美に比べると、ただ広いっていう話もあるけど」

 どうよ、うちの学校は! と、ほのかに紹介をしていると、なぜか苦笑をもらされた。

 ええと。

 どうしてそこで笑われるのかがわからないのだけれど。


「すみません。あんまり、一人称俺の木戸先輩が撮影に入るとすっごい可愛いので、ああ、素はそっちなのかって思って」

ルイ(あっち)でいるときは、それは賛辞だけど、こっちでそれは、どうなんだろうね」

 まあ、敢えて男っぽくしようとは思わんけど、と木戸は苦笑を浮かべながら、学校の一区画を撮影する。

 ちょうど、夏を迎えるに当たって敷地内の緑は増えているところだ。


 五月というのは、一番蒼い時期というのが木戸の思いである。

 春の色彩の多さがおちついて、そこからどっと緑が押し寄せてくるという感じだろうか。


 桜の季節が終わってちょっとさみしいというのはあるけれど、それにも勝る蒼が目の前にある。

「学院もいいけど、外もまた、よし、でしょ?」

 ほれ、すっごく茂っているよ? というと、ほのかは、そうですかー、といまいち気乗りのしない声をあげた。

 ううむ。あ、あまりにゼフィロスで良い景色を見すぎたせいなのか、これでも満足は行かないらしい。


「たぶん、ゼフィロスの庭園でなれてしまってると、外は有象無象みたいに思うかもだけど、なんつーか」

 完成されてないところに、なにかがあるかも、というと、すさまじく不審そうな顔をされた。

 その顔で言われてもという感じだろうか。

 うーん、この学校のこのなにげない感じも好きなんだけどなぁ。


「まあ、実際写真にしてみると気づくこともあるから、ばんばん撮っていこうよ」

 枚数は無限大! あ、バッテリーの限界まで! というとしかたないですねぇと、ほのかには笑われた。

 そして、それからもしばらくそこらへんの景色を撮っていると不意に声がかかる。


「シャッターの音が鳴ってると思ったら。おや、お一人ではないのですね?」

 おや、と声をかけてきたのはまりえさんだった。

 時々、学内でシャッターをきっていると声をかけてくれる珍しい人だ。

 そして、今日はセットのように沙紀矢くんもいる。


「ああっ。まりえお姉さま! ごきげんよう!」

「はい、こんにちは」

 もう、学院ではないから、ごきげんようはどうなの? と彼女は苦笑を浮かべている。


「まさかまりえお姉さまがこの学校とは知りませんでした」

「たしか同じ学部だったよね? 今になって気づくとは」

 季節はもう五月も中旬から後半といったところだ。なのに会ったことがないとはどういうことだろうか。


「これだけ広い学校ですからね。それに合同の授業なんて、体育くらいなものでしょうから」

 それも去年我々はうけてしまっていますし、と木戸の姿を見つけたまりえが言う。

 そう言われれば、確かに木戸も上の学年との交流というのはサークルくらいなものでしかやったことはないけれど。


「そうです。でも、学内でばったりというのは、運命的ですね。そしてそちらの殿方は……」

 ちらりとほのかが、まりえの連れ合いの方に視線を向けて首をかしげている。

 どこかで見たような気がする? という感じだろうか。

 木戸といるときはさほどでもなかったものの、まりえさんと一緒だと引きずられるのか言葉遣いが少しお嬢さま然としてしまっているようだった。


 その相手は一瞬木戸に視線を向けると、本当に一瞬だけ、勘弁してくださいよというようなどんよりした顔を見せた。

 でも、その後はもう、すぐだった。


「はじめまして。まりえのお知り合いなのかな。僕は咲宮沙紀矢。この大学の二年生なのだけど」

 新入生かな? とキラキラした顔を浮かべて、沙紀矢くんんはほのかの前に立った。

 うん。ほんとまじで、初対面です! という力一杯だ。

 でもさ、沙紀矢くんよ。初対面の女子に毎回その笑顔とか振りまいてるとか思われたら、ふっつーにプレイボーイ扱いになるんじゃないかな?

 ぼそっと、どもっす、くらいでいいと思うのだけど。


 沙紀お姉さまとのギャップを出したいんでしょ? それならほんと。そっちにはち切れるのではなくて、ネガティブどんより系に走った方がいいと思うのだけど。


「はわっ……はじめまして、沙紀……お兄様?」

 え? あ? ん? とほのかは首をかしげながら、これが正解か? と首をかしげている。

 これを見るに、ほのかは的確に相手がなんなのかわかってるんじゃないだろうか。


「……お兄様はちょっと。お嬢さま学院でもあまり人にいわないよね」

「ですが……その格好を見るに、それが適切なのかな、と」

 いえ、深くは追求はしませんけど、とほのかが未だに愕然とした顔を浮かべている。


「いや、でも奏がさらっとやったとなると、他の方がやることも……え、いやでも、あれ。咲宮?」

 え? とそこで表情を硬くする。

 ほう。ルイさんのような庶民だと、その名前の価値と意味なんてまーったくわからないわけだけど。

 ゼフィロスに行くような人には、ネームバリューはバッチリのようだ。


「言っておきますけど、カメラのためなら性別だって簡単に乗り越える人と一緒にはしないでくださいね。僕は確かに髪は長いですが、それで誰かと勘違いされてもこまるので」

 時々、後ろ姿で女性だと思われることがあるのだと、沙紀矢くんはぼやいた。

 木戸からすれば、横顔とかでもそう思うだろうし、足が見えてたらその細いそれは、魅力的に思えるのだけれど。

 例えば、スリットの入ったチャイナ服とかどうだろうか。

 身長がそこそこあるのもあって、腰下からのラインがとてもきれいで、ああ、それを撮れたらと思うとわくわくしてしまう。


「って、木戸さんっ! 相変わらず変な想像するのやめてくれません?」

「咲宮の強権で止めるのなら、もちろんだけど……うん。スリットって神だな、と思って」

「これで、下心がないのですから始末が悪いですよね」

 はぁ、とまりえちゃんからも深いため息をつかれてしまった。


「それで? ほのかはこのことはなかったことにできるのかな?」

 懐かしい言い方で問いかけると、彼女は、うーんと悩ましげな声を上げた。


「さすがに高校の思い出はなかったことにはできないので……ですが、秘密にすることはできますよ」

 どこかの誰かさんの秘密はしっかり守っていますから、とドヤ顔をするほのかにみなさん苦笑気味だ。

 

「そういうことなら、よしとしましょう。今となればばれてもさほど、とは思うけど、さすがに当時一緒だった子たちの思い出を壊すわけにもいかないだろうし」

「恋仲にでもなってればそれはそれで、展開が変わるっていうのがゲームのシナリオみたいですけど」

「あの、僕をゲームの主人公にしないでくれませんか?」

 母さんもあの手のゲームにドはまりするようになってしまったのですが、時々言動がそれを主体としていってるようなところがあって、と沙紀矢くんは困った顔を浮かべている。


「でも、それで元気になったってところもあるとは思うけど」

 というか、理事長先生、もう昔の事とかするっとふっきれた感じなの? と問いかけると、ちらりとほのかのほうを見て言った。

「佐月さんは、まりえと同じくゼフィロスにいたんだよね? 理事長はどう見えた?」

「え? 理事長先生ですか? 時々学内を散歩されてましたけど……楽しそうでしたよ?」

 どうして、理事長? と疑問の顔を浮かべつつも、ああ、なるほどと納得の声を上げた。

 そう。ゼフィロスの理事長の名字は咲宮なのである。


 ちなみに旧姓は藤ノ宮だ、というのを知っている人はほとんどいない。


「なら、元気になったということでしょう。というかちょっと最近、楽しもうというところが強く出過ぎていて、僕も困っているところです」

「ああ、そういえば私もこの前おばさまに呼び出されて。お風呂イベントというのを、どこかの誰かさんとやらされましたっけ」

 ねぇ? と木戸の方にまりえちゃんが視線を向けてくるのだけれど、もちろんそれにはしらんぷりである。


「母親か……ちなみに沙紀矢くんはお母さんと一緒にご飯食べにいったり出かけたりってするもの?」

「そうですね。月に一度くらいは外でディナーでしょうか。銀座とかで予約とって行く感じです」

「うちはもうちょっと頻度多いですね。一緒にでかけたりもありますし。というか、そういうところは男女差があるんじゃないかと」

 男の子は付き合ってくれなくてつまんないって、母の友人もこぼしてましたし、とまりえちゃんが意味ありげに言う。

 おまえはどうなんだよ、という感じだろうか。


「俺は、その……基本家にいない人だからなぁ。土日は外出てるし、バイトも夜までいれてる事が多いし」

 家族で食卓につくことはあるけど、でかけるとなると、というと、そういうものですか、とまりえちゃんは首をかしげていた。

 てっきり、母親と出かけてると思ってましたといわんばかりだ。


「いちおう、うちは母親と息子の関係であって、母親と娘の関係ではないよ? っていうか、母さんが一番俺の女装をなんとかしたいって思ってるし」

「えっ、あそこまでやっててご家族反対なんですか?」

「もう五年にもなるんだし、諦めればいいのにって思うんだけどね」

 なんかいろいろ悩んでるらしいよ、と言うと、まあそれもそうですね、となぜか沙紀矢くんに同情めいた視線を浮かべられてしまった。

 それ、どっちを同情しているのかな? ん?


「それで、ほのかさんはどうして、木戸さんと一緒なんです?」

 同じ学校というのはともかくとして、そこまで仲良しなんですか? とまりえさんから話題を変えるための疑問が浮かぶ。

 まあ、確かにそうだろう。そもそも男の姿をしている木戸とすぐに親しくなっている辺りも、疑問なのではないだろうか。


「同じ特撮研の仲間なので。空き時間に学校内を撮影しようの時間なのです」

 特別不健全なことが、あ、あるわけじゃないのですよ? とまりえさんにじぃっと見られてほのかは噛みながら答えた。

 まりえさんからは久しぶりに副会長オーラがでていたのである。


「ま、もはや女学院の生徒ではありませんからいいですけど……木戸さんも、あまり女の子を泣かしちゃダメですからね?」

 天然ジゴロみたいにならないようにしてくださいね、となぜか木戸が注意を受けた。

 っていうか、ジゴロってなんだっけ?

 マジコロスの略? え?

 ああ、モテ男ということですか。そういうことなら……崎ちゃんには告白されたけど、それだけじゃないかな?

 ほのかに関しては、絶対ルイ目当てだし。


「はいはい、っていっても外に出るときはあっちの姿の方が多いし、大学だと別にそんなにやらか……いや、やらかす以前に、最近は大学でも、しのさんの名前が一人歩きしていて、俺の方にはなーんもないよ?」

 二人だって知ってるじゃん、というと、まぁそうですが……とまりえさんがそっぽを向いた。

 小声でなにかぼそぼそ言っているけれど、聞き取れない。


「しのさんのファンクラブ的なものもあるというし、木戸さんが言うことは間違いはない、か」

 そうなると、男性としてモテるというのはそうそうないのかな、と沙紀矢くんの方は納得顔だ。


「ちなみに、沙紀くんがちょーモテるのは知ってるからね? すれ違ったらみんな振り返って、きゃーとか言っちゃうんだから」

「ああ、それは簡単に想像できますね。お二人で歩いていたらまるでテレビの中から出てきたみたいですし」

「去年なんて、キラキラした一年生が入ってきたって大騒ぎだったし」

 うん。当時は友達に紹介するにしても、どうしておまえがこういう相手と知り合いだよ、と赤城達にもそうとう不思議がられたものだ。

 そんな赤城も、沙紀矢くんのことはなんかすっごく気にしてるけど。


「僕にはまりえがいるので、特別告白を受けるというようなことはないですよ。というか大学生にもなると一目惚れというよりは、なにか関わった上で盛り上がるということのほうが多いでしょうし」

「私は何度か告白は受けたことはありますが……」

「えっ……それ、聞いたことないけど」

 あっさり言われたまりえちゃんの言葉に、沙紀くんはえええっ、と驚いた顔をした。

 その姿は一枚しっかりと押さえた。


「それを言うなら、木戸さんの方が告白とかは受けていそうだけれど」

「いや、俺、大学はいってから、秘密の告白はいくつか受けたけど、恋愛系の告白はあんまりないよ?」

 っていうか、Mの告白の件は、やらせだからね! と強く否定をしておいた。

 あれを引き合いに出されて、モテますねといわれても正直がっかりである。 


「秘密の告白……それもそれで興味はありますけど、それはうっかりやぶをつつかないようにしないと」

 ちらりと沙紀くんがあさっての方向を見始めた。

 まあ、たしかにそれは咲宮の秘事に関してもだから、触れない方がいいだろうね。


「さてと、それじゃ僕達はそろそろ次の授業があるんで」

「ほのかさんの件は今度、セカンドキッチンで聞かせてもらいますね」

 ちらりと時計を確認してから、それでは、と二人は校舎の方へと向かっていった。

 去り際も絵になる二人なので、ほのかがそんな後ろ姿をしっかり押さえている。


「ああ、部長ですら撮れなかったツーショットが撮れて幸せです」

 本当に絵になる人というのはいますよねぇ、とほのかも満足そうな声を上げている。

 え、おまえは撮らなかったのかって? そりゃ何枚かは撮りましたよ。ええ。

 でも、いままでも二人の事は撮っているからね。ほのかほど激しく感動したりはしない。


「ちなみにほのかは授業平気なんだっけ?」

「そこは問題ないです。今日は午後はまるまる休講ですから」

 思う存分撮影にお付き合いください、と言われて苦笑が浮かぶ。

 ルイ目当てかと思いきや、ほのかとしては一緒に撮影できる相手がいるというだけでも嬉しいらしい。


「ま、俺も今日は暇だから付き合うけどさ」

 バイトがある日はダメだから、そこはよろしく、というと、もちろんですといい返事が来た。

 その姿も撮っておく。

 特撮研のメンバーでここまでがっつり校内の写真を撮り回ってくれる相手がいるわけでもないので、今日は思う存分撮影を楽しませてもらうとしよう。

 外には外の、そして学内には学内の良さという物があるのである。


「あれ? 木戸、さん?」

 なんて思って歩き始めたそのときだった。


「千歳がどうしてここに?」

 大学の中をきょろきょろしながら歩いている千歳とばったり出くわしたのだった。

 さて、どうしてこんなところにいるのだろうか?

 不思議に思いながらも、木戸は首をかしげた。

ほのかさんも無事に特撮研の仲間として、かおたんに絡めるようになりました。

そして、ならばこそ、会わせておかなければならないのがこの子達ということで。


なにげにまりえさんが告白何回か受けてる件に、まぁ、美人さんだしおっぱいきれいだし、無謀なチャレンジャーはいるよなぁという感じで。


そして学内を歩かせていたのは、次話に続かせるためでございます。

そろそろ千歳さんも二十歳になるわけです。となると、一回お話をしなければ。

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