536.特撮研と新入会員
久しぶりに馨くんのターンだ!
「では、新入生の加入を歓迎して、かんぱーい!」
かちんと、プラスチックのグラスをかわして、特撮研の部屋ではプチ宴会が始まっていた。
その場面を木戸は一人カメラに写す。
「もぅ、木戸先輩はこんな時まで撮影なんですか?」
「こんな時だから、撮影かな」
すでにテンションが上がりきっている新入生に声をかけられて、カメラを向けながらそう答える。
さて。最近あまり振れてなかった特撮研なのだけれど。
今年も無事に新入生を獲得することがすでにできていた。
学校のイベントとしての歓迎会が来週にあるわけだけど、そっちは、まぁ……
適度に、やらせてもらう予定だ。
女装イベントに関してもやっぱり行われるけれど、今回に関しては木戸にはオブザーバーとしての役割が与えられている。
つまり、参加者として、出んなおまえ! ということである。
まあ、それでも女装しての参加ということになるわけなのだけれど、それはそれである。
え? 特撮研からは参加者は出さないのかって? 去年の件もあって強制参加ということはないから、出たい人が出ましょう、出たらちょっとそのサークルを学生会で優遇してあげます、くらいの話に落ち着いている。
まあ、サークルの宣伝にもなるし、参加すること自体はありだとは思うのだけどね。
「じゃー、さっそく自己紹介から行ってみようか。ほい、新入生二人それぞれどうぞ」
新会長となった花ちゃんが、お誕生日席に座っている二人に声をかける。
今年の新入部員は現在で三人。そのうちの一人は他のサークルとの兼任で、今日は参加できていない状態だ。
改めて歓迎会はやるからね! というような話はでているけれど、まあこの時期に宴が多くなるのは大学生ならではだろうか。
「じゃ、私から。佐月ほのかと申します。今年入学してつい特撮研に加入することとなりました。撮影班の方希望です」
そして、カメラ大好きです! と、彼女はテーブルに置いたカメラを軽くなでた。
はい。
そうなんです。今年の新入生の中にはなんと、ほのかの姿があったのでした。
ちなみに、まりえさん達と同じ学部である。
卒業したら一緒に撮影しにいきましょうね、なんて話をしていたのだけど、まさかサークルのほうにくるとは思ってもみなかったので、木戸としてもかなり驚いたものだった。
「ちなみに好きな写真家はルイさんです」
あぁ、ここに降臨してくれないものですかねぇ、とほのかは言いながら周りの反応を伺っているようだった。
明らかに奈留さんあたりは視線をそらしていたりして、誰がどう知っているのかは今ので把握できてしまったのではないだろうか。
「あー、ルイさんっていえば、この前のうちの、というか合同コスROMの背景にルイさんの写真使わせてもらってるよ」
「はい、知ってます。購入させてもらいましたから」
面白い試みでしたよね、とキラキラした顔で言われるとみんなはまんざらではない顔を浮かべた。
その姿をとりあえず撮影しておく。
うんうん。がんばって作った作品の感想をもらうのは嬉しいことだからね。
「ここにルイさんが来る、なんてことはないのですか?」
「さすがにそれはないな。っていうか、来てくれるなら俺たちはウェルカムだけど!」
くっそ、写真だけ持ってきてもらっただけでも十分だけど、本人が来てくれると嬉しいのに、というのは時宗先輩だ。
四年でここにいるのは、半分引退気味な、奈留先輩と、時宗先輩の二人だ。志鶴先輩は今日は「斉藤さんとデート」というミッションを行っているので不在だ。
いやさ。春先に保育園の卒園式でひっどい目にあったあとに、斉藤さんにちょっと相談されたんだよね。
志鶴さんの秘密を、自然な感じでカミングアウトさせるにはどうすればいいだろうか、なんていう相談を。
そりゃ、だったらデート(一緒にいる時間)を重ねるしかないのでは? なんて適当に言っておいたのだけど。
最近は一緒にいる時間を増やしつつあるそうだ。
きっとあの志鶴先輩なら一緒にデートなんてしたら、可愛い物に目が行ってしまって、なし崩し的に女装したいとか思うに決まっているのである。
いちおう封印とは言っているけれど、封印なんてとけるときはとけるものだ。
「ほんと、ダメ元で声をかけてみたい気もあるけどー、なんかしらの理由でもないとダメだろうし」
「んー、ルイさんなら、一緒に撮影したいよー! カモーンって言うだけで良いような気もしますが」
そんなに難しく考えなくても、とあっさりいう花ちゃんに、みなさんはえぇーとネガティブな反応を浮かべた。
いちおうみんなからすると、ルイさんはちょっと遠い存在という認識らしい。
「でも、相手はあのルイさんよ? レイヤーからすればもう、撮られたい相手で。そんな人をここに召喚だなんて恐れ多いというか、なんというか」
「でも、私は一緒に撮影したことあるし。カメラ関係ならどこにでもついてきてくれるように思うんですが」
ただの飲み会とかだとアレでしょうけど、という花ちゃんの言葉は、どこまでも正解だった。
一緒に撮影会しましょう! みたいな風に誘ってくれればルイはほいほい参加するだろう。
まあ、そうなると木戸が参加できなくなるのだけれど。
「へぇ。花お姉さま、ルイさんと一緒に撮影に行ったんですか!? いいなぁ。私まだ全然ですよ。約束はいただいているんですけど、春先にあんな事件があったし」
「……お姉さま?」
「おぅ……、お嬢様学校の伝統きたこれ」
「うっかりです、すみません」
三年間年上のお姉さまがたをそう呼んでいたのでつい、でてしまうのです、とほのかは苦笑気味だった。
うーん、まりえちゃん達はあっさりとそこらへんは対応していたように思うけれど、一般的にはどっちが多いのだろうか。
もしかしたら、ゼフィロスの卒業生はしばらくは世間とのギャップに悩まされるのかもしれない。
「花会長でもいいんじゃない?」
「おぉ、そう言われればそうかも」
よっ、花会長、と木戸が言った一言が呼び水になってみんなが茶化し始める。
もう、会長って柄じゃないのにー、と花ちゃんが恥ずかしそうにした。
でも、さっきの乾杯の音頭は良かったと思うのだけどね。
ああちなみに、そんな花ちゃんの姿も撮影しましたよ。
「はい、じゃあお次の新入生の紹介に入りますよ」
ほれ、どうぞ、と今度はほのかの隣に座っている男子にみんなの視線を注目させる。
「久瀬貴史といいます。僕はその、昨年の合同誌で、クロキシさんが出ていたのを見て特撮研に興味がでて」
久瀬くんはちょっと控えめな感じの男子という印象だろうか。
大学に入りたてでまだ緊張が取れていないというような感じがする相手だった。
もう五月も中旬を過ぎているのに、まだ新しいところに慣れていない感じなのだ。
にしても、クロやんを見て特撮研にくるっていうのはどうなのだろうか。
「って、クロやんの学校に行こうとかは思わなかったの?」
「第一志望はこっちです。学費や学力もありますけど、その……いざ目の前に立つとなると緊張しそうで」
クロやんに憧れる後輩、という図式は、正直ちょっと初めてなので、興味があった。
「えーと、うちとしては、クロキシさんとは交流がないわけではないけど、今年はとりあえず大撮影会やる気もないし、そんなに直接的に関われるわけではないよ?」
ま、呼べば来てくれるだろうけど、と花ちゃんが言った。
いちおう、去年は合同誌を作るということで一緒に動いたけれど、今年もやるかといわれたらとりあえずは保留というのが今の段階での話だ。
まああそこまでやらなくても、合同でわーいと撮影会やっても良いとは思うけどね。
なにもROMにして売るまでが撮影会ってわけじゃないのだし。
「それは、まぁ。むしろ直接お会いするなんて、まだそんな心の準備が……」
「って、ミーハーだなぁ。そんな。レイヤーつっても芸能人じゃないんだし」
クロ相手にそんな反応っていうのはどうなのだろうか。確かに女装レイヤーとして最近は注目も浴びるようにはなったけれど、まあ、あのクロである。って、そうか……女装テクが爆上げされてるからそれもあって人気もあるのか。
「でも、その……僕はその、クロキシさんに憧れてますし、それにその……それ以上の感情を持っているというか……」
だから、気楽な気持ちで会いに行くなんてできませんという彼をカシャリと撮影しながら、木戸は思った。
あーあ。
クロキシさん、南無。
あいつがノーマルなのを知っている身としては、この子の思いが通らないのだろうなというのは簡単に予想がつく。
ノーマルとかそういうの、木っ端みじんだろおまえといわれそうだけど、一応木戸さん「一般常識」は知っているし、それにクロの事を見ていれば、ノエルさんが好きなのは知っている。
そう。女装コスをしているけれど、あいつは女子の方がきちんと好きなはずなのである。
そのお相手は男嫌いで、クロの事を男と認識していないようだけれどね。
「ちなみにそこに座ってる木戸くんは、クロさんの従兄弟さんなので、仲良くしておくといいことあるかもよ!」
「ほんとですか!? こんな地味な人が……」
さて、そんな感じで奈留先輩がこちらに矛先を向けてきたわけだけれど、久瀬くんは、え? と首をかしげながら目を丸くしていた。
久しぶりに、地味って言われたなぁ。黒縁眼鏡さんは今日もいい仕事をしております。
「はいはい。でもクロのやつも普段は地味だから。イベント会場だときらびやかだけどさ」
「クロキシさんの私服……あぁ、どんななんだろう」
地味っていってもおしゃれなんだろうなぁ、とか一人妄想に入ってしまわれた。
いやいや、クロはほんとマジで普通に男子高校生やってたし、今も普通の大学生だ。
特別おしゃれという訳でもないと思うけど。
「んー、木戸くんよりかはマシって感じかな。ってか木戸くんも着飾ればそれなりになるのに、やっぱり今年もそのもっさり感で行くの? 彼女だってできたんでしょう?」
「奈留さん、余計なこというと撮ってやらないですからね?」
ざわっとその台詞に特撮研のメンバーはざわついた。あの木戸に彼女、だと、と一番愕然としているのは時宗先輩だ。
ちなみに、奈留さんがそんなことを言っているのは、崎ちゃんのイベントを見た上で、なのだろう。
いちおう月一回はデートするって話にはなっているから、彼女ができたといえばそうなのだけど、あれは「ルイにできた」が正しいのだろうと思う。
男状態でデートをしたい、けど今は無理ー、って当の崎ちゃんが言っていたからなぁ。
「っと、俺のことはどうでもいいでしょ。それより久瀬くんの話」
ほれ、ちゃんと新入生に注目してあげなさいというと、みなさんはそちらに視線を戻した。
「でも、男の子同士で恋愛って、かなり大変なんじゃない?」
ええと、久瀬くんは男の子が好きってタイプってことでいいのかな? と鍋島さんが質問をする。
デリケートな問題だから、あまりずばっと聞くのもどうかと木戸は思うのだけれど、本人が言い出しているのだったらまあ、聞いてしまってもいいのだろうか。
「ええと、その。クロキシさん以外の男性を好きになったことはないです。男だから好きじゃない、クロキシさんだから好きなんだ! ってやつです」
「ほー、定番の名台詞だねぇ。BLの鏡だねぇ」
リアルでこれが聞けるとは思わなかったー、と鍋島さんはなぜか満足げだった。
「ちなみに、うちの学校には同性愛系のサークルがあるっちゃあるが……ちょっとアレな噂があるから気をつけろよな」
まあクロくんだけ好きっていうなら、近寄らないだろうが、と時宗先輩が注意した。
ああ、たしか赤城もそんなこと言ってたっけ。
同性愛サークルはあるけれど、ちょっとと二の足を踏んでいる感じだった。
まあ、あいつの場合は、カムアウトするのだけで精一杯という感じなのだから、サークルになんて入って、堂々と自分ら同性愛者です! と言えるわけでもないので、そういう気持ちも入っているのだろうけれど。
「でも、クロなぁ……さすがに上手くいくとは思えないけど」
他にもキラキラしたレイヤーさんならいっぱいいるじゃん、というと久瀬くんはふるふると首を横に振った。
「女装さん同士で結婚するってこともあるのだから、可能だと思います」
いや、知ってるけど。っていうか、撮ってるけど。
でも、そっちではなく、クロ自体にそのけがないから言ってるのだけどなぁ。
「ま、アタックすること自体は自由、か。それが自分の能力アップにつながるってところもあるだろうし」
レイヤーとして頑張るつもりなんだよね? と聞くと久瀬くんは、はいっ、クロキシさんみたいな女装レイヤーになりたいですっ、といい顔を浮かべてくれた。
ふむ。綺麗な女装レイヤーさんが増えること自体にはまったく異論などないのだけれど。
報われない恋をするのは大変なものだなぁと木戸は撮影しながら思った。
「ふむん……にしてもあれですね」
「どうしたの、ほのかちゃん」
むむむ、と顎に手を当てて考え込んでいる新入生に鍋島さんが声をかけていた。
「いやぁ、木戸先輩、一人称、俺なんだなぁって思って」
かなり意外、というか違和感が、と困惑した声を上げていた。
「ああ、そこね。確かに木戸くんのキャラだと一人称は僕だよねぇ。女装してるときはふっつうにあたしってさらっと言うけど」
僕、じゃありません、私、です、とたしなめられたりしないのかなぁ、と鍋島さんがにこやかに言った。
それ、前にゼフィロスに行ったときに明日華さんが若葉ちゃんに言ってた台詞だよ。
「中学から一人称は俺なの。違和感あるけどうちに入るなら慣れること」
「はーい、わかってますよ。馨お、兄、様っ」
一人称は変えません、とすっぱり言ってあげると、わざとらしくほのかはそう返事をしてきたのだった。
過去の女にされたくない! とほのかさんがささやきかけてきまして。
いやぁ、こりゃあ崎ちゃんオコだわぁと思いつつ今年の新入生はこちらでございます!
あんまり新キャラ増やしてもね、管理しきれないからね!
そしてもう一人の子は、クロやんたちの進展のための補強です。ノエさんがああだから、どうにも先にすすまないってことで。
あ。次話も馨くんのターンです。




