533.ゼフィロス初出勤のお話7
遅くなりました! お風呂回スタートでございます。
「ずいぶん、無茶な提案をなさいましたね」
脱衣所で思い切り志農さんに睨まれた。
まあ、そりゃ二人きりを邪魔して申し訳ないな、とは思ったのだけど、あの場所だとしょうがないと思う。
も、もちろんその、ちょっとここの大浴場にも入っていきたいなぁとは思った部分はあるのだけれど。
「んー、まあ、あのままだと絶対、彩ちゃんは逃がしてくれなかっただろうからね」
寮母さんにも声をかけられちゃったら、辞去とかできないじゃん、というと、あからさまにむすぅと志農さんの頬が膨れた。
「もう。二人ならそれぞれで入って時間内にってこともできたのに、三人ではそうも行かないではないですか」
三十分以上も入っていたら、みんなに変な目で見られます、と思い切り叱られてしまった。
なるほど。
一緒に入る、という話をしつつ、それぞれ交互に入ろうとか思っていたのか。
さすがに志農さんである。
「やっぱり志農さんは抵抗ある? その……若葉ちゃんと一緒にお風呂はいるのって」
「……これでも主従ですから。求められれば否やはないです。ただ……その。やっぱり身体を見られるのは恥ずかしいというか」
こんな身体を。と。
志農さんは右手で左腕をつかんで少し身体を震わせた。
ああ。
「ちょっとはしたないけど、志農さんはバスタオル巻いてお風呂はいんなよ。身体は見ないしさ。若葉ちゃんも敢えて見ないでしょ?」
「それはまあ。明日華は身体見られるの嫌がるし」
小さな頃は別として、もう何年も一緒に入ってませんし、と若葉ちゃんはどうしてその話題? と首をかしげていた。
当たり前すぎて、それが「なぜ」そうなのかすらよくわかっていないらしい。
「なにか見透かされてるみたいで、むしろ気持ち悪いですね」
どうしてそこまで察しがいいのでしょうか、と志農さんは不機嫌な顔でバスタオルを見繕い始めた。
部屋まで戻らなくても、ここに備え置きがあるらしい。
「うちの後輩にもいるからねぇ。自分に自信のない子がさ」
まだ一緒にお風呂に入ったことがないんだよねぇ、と言ってやると、ど、どういう人脈ですかもう、と志農さんはちょっと慌てたような感じでつぶやいた。
まあ、うん。そういう人との出会いが多い人間ってのはいるっていうからさ。
そこはもう、引きの強さと思ってもらうしかない。
「それじゃ、若葉ちゃん、とっとと脱いでお風呂はいろ。今日はリムーバー使わないでいいかな?」
いろいろあるとまずいし、というと、は、ははは、はいっ、と若様はなぜか頬を赤らめてそんなことを言い始めた。
うむ。前に一度ご一緒しているというのに固い返事である。
「部屋に帰ってから剥がしましょう。って……ちょ、ルイさん!? どうしてあっさり上着脱いだり……」
「いや、お風呂だし」
志農さんが慌ててなにかを言っているのだけれど、こちらとしてはどうしてそう言われるのかがわからなかった。
だってこれからお風呂に入るんだよ? それなのに服を脱がないなんて言う選択肢はないだろう。
「そして、まったく惜しげもなく……あ、パット? いえ……沙紀様にも確かに聞いてはいましたが……」
パット? え? パットなの? となぜか変な反応をされた。
どうしてそこで首をかしげるんだろう、この人は。
「なんとか底上げしてBを維持って感じだね。パット付きのブラ使っても足りないから、ちょっと詰め物はしてる感じなんだけど……おかしいかな?」
ないんだから、しょうがないじゃん! というと、若様は、ご、ごめんなさい! となぜか謝ってくる。
そして、志農さんは、おかしい……沙紀様から聞いた話と違う……と頭を抱えていた。
ちょ。沙紀ちゃんからいろいろ話きいてるはずなんだけどな。
若葉ちゃんに関しては一緒にお風呂にも入ったのだし、志農さんだって話を聞けばピンとくるとは思うのだけど。
「と、まあこういう戦略もある、ってことさ。自分の身体がどんな風であれ、見せ方一つであいての印象は変えられるよ?」
絶対、明日華ちゃん、今、胸がないかわいそうな子だって思ったでしょ? というと、それは、その……と、口をつぐんだ。
「わ、若はどう思います? その……ルイさんの胸を見て」
ちゃんと凝視していいですから! と言われて若葉ちゃんは、ええええっ、と動揺した声を上げた。
「ちょ、そんなっ。異性の胸を凝視するとか、いくらなんでも破廉恥な……」
「はい? えと……去年一緒にお風呂はいったよね? あたしのこともいちおう説明は、しなかったっけ?」
何言ってんのこいつ、という感じでルイはあきれた声を漏らした。
ええと。さっきも言ったはずだ。同性同士でお風呂に入ろう、と。
志農さんからはクレームがくるだろうけど、まあ、そこはとりあえずスルーしていただきたい。
「若は残念な子なのです。結局未だにルイさんの事を女性だと信じ込んでいるようで」
「まじか……いや。まあ女性だと思っていてくれた方が、いいと言えばいいけれど」
この学院に赴任しているわけだし、そこらへんは秘密厳守ね、ということだし、というと、あぁと志農さんは思い切りうなずいてくれた。
「それはそうと、ルイさんの胸の話です。若。ほら、そんなに恥じらわないでちゃんと見てください」
「ほっ、ちょ、明日華、やめっ」
ほれほれ、と若の顔をぐわしっと強引にルイの胸が見える方向に向けさせると、諦めたように彼はルイの胸を見ることにした。
女性の肌などまじまじと見たことなどない男子高校生にはいささか刺激的な光景である。
「……小さいのも、綺麗で、なんていうか……幻想的というか」
「ぐっ。若が変な物に目覚めそうな予感……」
見てはダメです! と一転明日華さんは頭を押さえていた手を目の前に回した。
目隠ししてます、という状態である。
「ちょ、なにするのっ。見えないってば」
「ま、明日華ちゃんは成長期でこれからも大きくなるだろうし、小さな胸にときめいてはいけない、かな?」
「なっ。なにをおっしゃるのですかっ。胸が小さい女性じゃないとダメ、なんてなったら範囲がかなり狭まってしまいます」
一般的に! と志農さんはわたわたしながら、言い訳を始めた。
まあ、そりゃ、平均値はCだとかDだとかいう話だし、胸ぺったん女子がどの程度いるのか、といわれると悩ましいのだけれど。
「今まで撮ってきた相手で、ほんと胸ぺったんな子、何人かいたよ? 服着ちゃうと膨らみが見えないっていう感じの」
さすがにここまでない子はいないかもだけど、AAとかはいるのさ! と胸を張ると、それはそうですが……と志農さんから不満げな声が漏れる。はいはい。ゼフィロスはみんな栄養状態がいいせいか、睡眠がしっかり取れてるせいか、おっぱい大きい人ばかりですよーだ。
「ともかく。胸の話からいったんそれて。私としてはルイさんのその胸囲が驚異的です」
若も多分それを感じて、幻想的とか言ったのでしょうと、志農さんは若さまの目を塞ぎつつ、じぃとうろんな目をルイの胸元に向けた。
別に、いくら見たっていいでしょうという無遠慮さである。
「そういう志農さんだってあんまりサイズかわらないんじゃないの? それ75のCとかでしょ?」
「……っ。若の前で具体的な数字を出すのはやめてくださいっ!」
恥ずかしい、と志農さんは若葉ちゃんから手を離して自分の胸を隠すように胸元で腕を交差させた。
恥じらう姿とか、撮りたいと思ってしまうのはいけないことなのだろうか。
さすがに今のような更衣室での写真なんて、撮っても公開はできないけれど。
「どうでもいいけど、早く入らないとみんなに怒られるんじゃないかな?」
そんな志農さんの乙女心に気づく様子などまったくなく、若葉ちゃんが言った。
なかなかこちらの二人は進展などはまったくしていないようだ。
「そ、そうですね。揉めている場合ではありませんね」
さぁ、早くいきましょうと志農さんはバスタオル姿のまま浴室に入っていった。
「そりゃ、明日華の裸を見るのは申し訳ないとは思うけど……どうして、私はルイさんの隣で身体を洗うはめになっているのでしょう……」
さて。まずはお風呂に入る前に身体を洗う、というのがこういう大きめな浴場でのマナーなわけだけれど。
左右に備え付けられている洗い場では、思い切り二つの組にわかれて身体を洗っているところだ。
若はあっちで、とびしっと言われてしまえばそれを断ることなどできるはずなどもない。
志農さんは一人、バスタオルをはずして身体を洗っているようだった。
ふむ。
千歳にだって聞いたことはないけれど、そういう人がお風呂に入るときというのはどういう心境なのだろうか?
ルイとしては別段それに対しての違和感などはないので、洗う方に意識を集中という感じではあるのだけれど。
とはいえさすがに洗わないでもいいというわけも当然ないだろうし。
志農さんの性格なら、若の前では変な匂いとかさせてられないとかで、しっかり身体は洗いそうな気がする。
「とりあえず志農さんがお風呂に入るまでは、こっちでまったり身体洗っておけばいいんだよ」
ほれ、ゆっくり泡も作った方がいいし、といいつつボディーソープでふわふわな泡を作る。
ああ、やっぱりここの備え付けのは香りもいいし高級品という感じだ。
それぞれで自分で用意したりという子もけっこういるみたいだけど、備え付けで十分なルイである。
「それはそうですけど……やっぱり目のやり場に困るというか」
どうしてここで僕はこんなことをしているんだろう、とぽそっと若様がぼやいた。
いや、素の声がでてますけども?
「僕じゃなく、私、って志農さんに叱られるよ?」
「そのやりとりはもう昔に散々やりました……」
むぅ。ここくらいいいじゃないですか、と若葉ちゃんがむくれる。
まあ、一年やっと乗り切ったってのもあるから、ちょっとそれで気が緩んでいるところもあるのだろうけれど。
「それでもあと一年頑張るって決めたのでしょう? だったら頑張っていただかなければ」
しかも、カメラもやりたいって話なわけだからね、と隣を見てウィンクをして上げると、あまり見ないでください、と顔を背けられた。
いや。そりゃあんまりじろじろ見るつもりはないけれど。
「頭を洗うのはさすがになしにしつつ、っと。若葉ちゃんはそれ、地毛なんだっけ?」
「一応そうなりますね。沙紀お姉さまに習っています」
ま、あそこまで長くはしてないですけど、と、視線を上に向けて歳の近い親戚を思い浮かべる。
沙紀ちゃんはお嬢さまって感じのロングだもんなぁ。
それを作り上げるために四年とか使ってるって言う話だったし。
それに比べれば、若葉ちゃんはまだまだセミロングという域をでない。
ウィッグにしてないのは、一年間通い続けるという話があったからなのだろう。
奏は一週間だけだったのでウィッグで問題なく過ごしたけれど、長期間となればそれなりに成長というものはするはずなのだ。
ある程度でウィッグを変えるなんていう面倒なまねをするのは厳しいし、毎月美容院に行くおしゃれさん設定というのも、どうだろうか。
ルイとしてはウィッグでは? と突っ込まれても対応はきくけれど、はたして女子校でそれをするキャラとなると……ちょっと難しいような気がする。それこそ学生にとって大部分の時間を過ごすのが学院だし、そこでの髪型の指定がない以上、敢えて地毛を伸ばさない理由はない、というわけだ。
「長い髪だと、洗うの大変とか思ったりはするのかな?」
「そりゃ、そうですよ。ショートカットの子はいいなぁとか、普通に盛り上がったりします」
「普通にその話ができてしまうのは、地毛だから……かもね。いやま、あたしだって実際にウィッグつけた状態で洗って髪を乾かすというようなことは、やっているから話はできるけどね」
「……とても無駄な努力をされてますね」
そういう反応をしてきたのは、反対の洗い場にいる明日華さんからだった。
若様はいまいち、え? ウィッグを頭で洗うの? え、なんで? という顔だ。
でも、そういう細かいところからこつこつやっておかないと。
ま、ずーっと髪が短くて、だからこそウィッグ使ってるって話をしてもいいんだけどね。
実際、ずーっとショートの子とかいるわけだし。
「ま。潜入してる若様よりは、町中を歩くためにそれなりに女装研究はしている、といったところかな」
「そんなことより、普通に髪を伸ばせばいいでしょうに」
「いや、だって、あたしこれで普通に男子高校生とかやってたし」
男子で長髪だと問題児扱いされちゃうよ? と志農さんにいってやると、そもそも存在が問題児でしょうにという音とともに、シャワーの流れる音が聞こえた。
どうやら身体は洗って終わったらしい。
「ええと。改めて真面目に聞きますけど、その……本当にルイさんは殿方なのですか?」
「ほんと、いまさら改めてだね。なんなら自分の目で確認してみる?」
ほれ。と、挑発をすると、い、いえっ! そんなっ、と若様はお風呂の方に逃げていった。
無事にバスタオルを巻いて入浴というマナー違反な人と合流といったところだろうか。
「まったく、別に恥ずかしがることもないのに」
見知らぬ男性に変な視線を向けられるとさすがに嫌だけれど、それが知り合いの、しかも女装までしている子となれば全く問題はない。
むしろ、そこで恥ずかしがる姿をちょっとかわいいなぁなんて思ってしまうくらいだ。
そんなほっこりした、その時だった。
まだ、交代の時間にはたっぷりあるというのに、いきなり浴室の扉がばーんと開いたのだ。
ん? 鍵ってここはなかったのだっけ?
「あらあら」
「まさか……そんな……」
そして。その先。
脱衣所のところにばーんと立ち塞がっていた彩ちゃんは湯気がたゆたう浴室を見回しながら、唖然とした顔を浮かべたのだった。
いやぁ、やっぱりお風呂回はきゃっきゃしてしまいますね。
ただ、志農さんがアレなので今回はちょーっとやらかしてみました。
基本、あんまりLGBTの苦悩系は出さないのですが、ガチTSな子の場合は、風呂もヤでしょー、おまけに他人に見られるとか、もうたまらんらん、ということで。
ルイせんせーとは、完璧違う感じという。
さて、そして次話は、彩ちゃんといろいろします! 一緒にハイッテイッチャイナヨーとか、ルイせんせーなら言ってくれるはずだ!
明日華さんが、明日香さんになってたのでここ数話なおしました。




