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532.ゼフィロス初出勤のお話6

「アーメン」

「いただきます」

 さて。食堂に向かうとすでに、テーブルの上には料理が並んでいた。

 一人ずつというよりは取り分けスタイルになっているここのご飯は、大皿がいくつか置かれているような状態だ。

 サラダに、魚料理、肉料理。スープはさすがにそれぞれのテーブルにすでに配膳が終了されている。


 うん。スプーンでコーンスープをいただいたのだけど、濃厚な味わいが口の中に広がっておいしい。

「ご飯がおいしいのは嬉しいのですが、どうして寮母さんまで一緒に食卓についているのです?」

 じぃ、と向かいの席に座っている寮母さんに首をかしげながら問いかける。


 まえのパーティーの時もそうだけれど、基本的にこの寮での食事は寮生のみで取るのが通例というもので。

 寮母さんがそこに参加するなどというのは前代未聞というやつなのだった。


「いいじゃんよー。ルイ先生(、、)だってお呼ばれしてるんだし、たまにはあたしも混ぜてくれたって」

 それに、すでに許可は取ってあるし、と新しい寮監督生となった子に視線を向ける。

 そちらを見ると、うんうんとうなずいている顔が見えた。

 まあ生徒さんたちがそれでいいというならいいのだけど。


 いいのだけど。

「さすがに高校生の前でお酒はまずくないですか?」

 じぃと改めて食卓の上に置かれている赤ワインを見て、首をかしげておく。

 いちおう寮母さんは教師ではないけれど、果たしてここで酒盛りを始めてしまうのはありなのだろうか。


「えぇー、固いこと言わなくてもいいじゃんか。大人はお酒をたしなむ物だっていうのはみんな知ってるし、それにパーティーとかに出れば大人がお酒飲んでる場面になんていくらでも会うだろ?」

 いまさら目の前で飲んでも大丈夫、と、寮母さんは胸を張った。

 ええと、いいのだろうか?


「あまり褒められた行為、とは言えませんが……わたくしたちからは、特別言うべきことはありませんね」

「お父様もたしなみますし、それに……大人の殿方のグラスはシャンパンで満たされている物ですから」

「うわぁ、シャンパンとあっさり言った……スパークリングワインじゃなくて」

 ふおっ、と驚いていると、ああ、ルイさんとしてはそこから気になる酒飲みですか、と志農さんに冷静に言われた。

 いや、だってそこは、くどくどエレナにも言われたんだもの!


 シャンパンだよ! これがシャンパーニュ地方の名産なのだ! とか言われたのだった。

 お値段はお高いので気に入ったのならスパークリングワインでもいいのあるよ、なんてのもおまけで。


「ルイ先生、それ……高校生にゃ、区別つかんからさ。黄金色のスパークリングワインなら、シャンパンだってなるって」

 つーか、それ、ずいぶんいける人の言い草だろ、といわれていや……まぁ、と言葉を濁す。

 いや、ただ、みんなお高いのを普通にたしなむ物ですか、と思っただけなんだけど……まあでも確かに、お酒をよくわからない人なら、炭酸浮いてるお酒=しゃんぱーん! っていうのも、正しいような気がしてしまった。

 知らず知らずにエレナに大人の階段をずいずいと上らされていたらしい。いや、酒飲みの道を、か。


「ブランドというのはすごいものですねぇ。私は正直、スパークリングもシャンパンも区別つかなかったですよ」

 両方おいしかったです、というと、寮母さんは目を丸くして、おぉっ、いける口かぁ、とちょっと嬉しそうだった。

 そうはいっても、寮母さんと一緒にお酒を飲みに行こう! とかっていう気にはまったくならないわけだけれど。


「エレ姉様から話はきいてますが、12月に、その……ルイさんはずいぶん乱れたみたいですね?」

「乱れたって……いや、たしかに酒瓶はいっぱい並んだけど、乱れてないよ?」

 っていうか、エレナはどういう風に話を伝えているんだろう……と、少し遠い目をしてしまった。

 将来の義妹と仲良しなのはいいけれど、あまり変なことを伝えないで欲しいと思う。


「ルイ先生ともなると、もういろいろ乱れてしまう? ものなのですか?」

 こそこそと、寮生から疑問の声が上がった。

 いや! まって! どうしてそう、変な風に話が進んじゃうのさ!


「ですよね……それこそ、珠理奈さんといろいろと実は乱れているとか……」

「……あの、それは女子校だからこそでる話題ってやつなんでしょうか?」

 あのー、と弱々しく手を伸ばして言うと、みなさまはとてもいい顔でこちらに注目していた。

 とりあえずその興味津々! な顔を一枚。

 いや、こんな風に思いっきり見られることとかないと思うので。


「お? ルイじょーちゃん、そんな顔して、そういう話に耐性がない感じかい?」

 女子校にいるとそういう話を自分はやらないにせよ、受け入れられる度量はあるもんだけどなぁと寮母さんから疑問が入る。

 そうは言われても、女子はみんなBL好きって分けじゃないのと同じだと思うけど。

 ううむ。女子校ならではのいろいろがある、と言われればそれがわからないわけでもないのだけど。


「話に耐性がない、というよりは恋愛にそもそもあまり興味がないというか……」

「……これはこれは。色を好みそうなのに、意外な話もあったものですね」

 ふっ、となぜか志農さんに鼻で笑われたのだけど、気にしてはいけない。

 あくまでも撮影中心なのはもう決まっていることなのだ。


「今はお仕事中心ですよ。他にうつつを抜かしている場合ではないのです」

 せっかく抜擢したのだから、お励みなさいなどと理事長先生にもいわれていますから、というと、うぉ、まじかよ、ルイ先生も真面目ちゃんかよー、と寮母さんが目を丸くしながらぐったりしていた。

 ちょ。貴女、悪友ができたー! わーい、みたいな風に思っていたのですか。


「ということは、公開の……その接吻は、特に意味はない、というやつなのでしょうか?」

 恐る恐る二年生の子から手があがった。発言するときに手を上げるという段階で、もう良い子という感じである。


「特に意味がないかどうかは、なんとも。炎上対策で崎ちゃんがやってくれた感じなので。少なくともありがたいなぁとは思っているし、感謝もしています」

 にしても、鳥さんおいしいですねぇ、と取り分けたそれをいただきながら、話を少しでもそらしておく。

 実際、寮母さんのご飯はおいしいのだけどね。

 しっかりと熱も入っていて、とろとろなお肉は、まさに至高! って感じで。

 でも、みなさんは割と食べ慣れてしまっている感があるような気がする。


「ほら、若様も聞きたいことがあるのなら、今がチャンスですよ? ここには寮生達しかいませんから、女性同士の恋愛についていろいろあーだこーだと聞いて参考にされるといいのでは?」

「ちょ、どうして明日華はそういう茶化し方をするのですか。私は別にこの学院で色恋沙汰を起こそうだなどという気は……」

「あら、若葉ちゃんったら、学院で好きな人でもいるの? はっ、まさか三年生の、贄の君にご執心とか」

「あぁ、あの方か……確かに憧れている女子生徒は多いですものね」

 生徒達の間の会話を聞きつつ、おろおろする若葉ちゃんの姿を数枚押さえておく。

 いやぁ、最初はどうかと思っていたけれど、ここ一年での共同生活というものはかなりの親密さというものをみんなにもたらせてくれる物らしい。


 にしても、贄って名前で呼ばれるのはどうなのだろうか。


「ああ、二枝(ふたえだ)という名字なのもあって、贄と呼ばれてるだけで、これこそ特に意味はない、ですよ」

 彩ちゃんが魚のパイにナイフを通しながらそんなことを言ってきた。

 しかし、さっきの子も使っていたけれど、もしかしてこの寮の子たちは彩ちゃんを通して、エレナのオタク趣味がどっぷりという感じなんじゃないだろうか。

 その台詞がかっこよく使われているあの作品にも男の娘は出てくるので、エレナったら、くっ、これが男の娘のけなげさか……と涙を流していたくらいだった。


「んー、去年撮ったかなぁ。かっこいい系?」

「ええ。身長も高くてすらりとされていて。陸上部にいらっしゃったのもあるのか、いつも髪型はショートなのです」

 それも相まって、一部では王子なんて呼ばれ方もしています、と言われて、あぁ、とピンときた。

 確かに撮った記憶はある。

 もちろん、ルイの目から見ればそれは高身長でかっこいい女子という感じでしかなく、王子なのかどうかと言われると悩ましいのだけれど。


「ほほぅ、若様はああいうかっこいい人がお好みですか……」

 にやにやと言ってやると、ルイさんまでぇと、ちょっと不服そうな顔を浮かべた。

 可愛いので、一枚撮っておいた。きっとエレナがこの写真は、是非ください! と言ってくることだろう。


「ですが若の場合は、贄の君の相手はちょっと務まらなさそうかと。きっとキザっぽい視線でも向けられようなら背筋をぞわぞわさせて、おうち帰るっ! って言い始めますよ」

「あはは。その光景が目に浮かびますよ」

 若葉ちゃんは、そういう雰囲気でとろんと流されちゃう子ではないと思うので、というと、寮生からは、そうかなぁ? という困惑の声が漏れ始めた。


 おっと。若様が実は男子である、という前提で話しすぎただろうか。

 

「若葉ちゃんはどこか一線引いてる感じがするといえばしますからね。結局お風呂だっていくら誘っても一緒に入ってくれませんし」

 いつも一人であの広さのを占有するとは許すまじ、と彩ちゃんが言った。

「いや、そもそもがこの寮の子達ってみんな一人で入る、恥ずかしがり屋さんが多いって話じゃなかったっけ?」

 まだまだお風呂入ろう攻勢が続きそうだったので、とりあえずそこでぶっさり釘を刺しておく。

 肌をさらすのに抵抗がある、というのはお嬢さまならではの感覚ではないだろうか。


 いや、もうちょっと上流階級になると、使用人が風呂場で待機なんてこともあるのだろうか。

 そうなってくると裸を見られること自体はまったく問題なくなりそうだけれど、それはさすがに小説の中だけだと思いたい。


「私はちょくちょく他の子とご一緒しますよ? 一人で入るよりは何人かでわいわい入るのも楽しいですし」

 そういえば、エレ姉さまとも一緒に入ったことがあります! と彩ちゃんはずがんととんでもないことを言い始めた。

 そりゃ、まあ。将来お義姉さんになる相手だったら、そういうのもありかもしれないのだけど。


「ちなみに洋次くんとはまだ一緒にお風呂入ったりするの?」

 っていうか、みんな男兄弟とお風呂一緒って何歳くらいまで入るものだろう? と尋ねると、さすがにそれは……とみなさま困惑したような顔をなさっていた。

 男兄弟がいない子はもちろんのこと、いる子はなおさら、うーんと悩みこむ感じだ。


「幼稚舎を出るあたりまでは一緒でしたが、さすがにそれ以降は別でしたね。男女七歳にして、というやつでしょうか」

「うちもそれくらいですよ。さすがに兄さんとは一緒にお風呂入るなんてことはできませんから」

 いくらなんでも非常識です、と彩ちゃんは腕組みなんてのをしながら言った。

 さすがに高校生にもなって、と言いたいのだろう。


 でも、エレナとは入るのに、洋次くんとは入らないってどういうこと? と思ってしまう。


「そんなわけで、今日あたり一緒にお風呂はいらない? 若様の背中を流してあげるよー?」

 ほれほれ、と誘い文句を重ねる彼女に、あからさまに若葉ちゃんは渋面を作っていた。

 どうしてそんなにぐいぐいくるのーという感じだ。


「ですが、その、傷があるし……」

 いけません、と顔を背ける仕草はちょっと演技っぽい感じがしたけれど。

 寮生たちは、あぁ……とちょっと申し訳なさそうな顔を浮かべた。良い子達である。


「そんなの気にしないよー! っていうか、去年ルイさんたちと一緒にお風呂入ってるんだから、私とだって一緒でもいいと思うの」

 同学年のよしみってやつで、是非にー! と彩ちゃんはぐいぐい攻め込んでいた。

 なにがなんでも今年は一緒に入ってやるといわんばかりである。

 学年が上がって少し奔放な性格になったのかもしれない。


「ルイ先生は、アレですし、沙紀お姉様も、ソレなので一緒に入れただけです」

 あ。思いっきり視線をそらしながら若様が苦しいことを言い始めた。

 なんだかんだで、押しが弱いところがあるからなぁ、若様は。


「アレってなんなのかちょっと気になるところですが……」

 沙紀ちゃんがあのときはぐいぐい行ったから一緒に入ることにはなったけれど、アレ呼ばわりはどうなんだろう?

「沙紀お姉さまを、ソレ呼ばわりとは……学院で話していたら一気に若葉さんがヒール役になってしまいます」

 ああ、神をも恐れぬ所業ですね! と寮生たちからはざわざわとした雰囲気が漏れ出る。

 これが、沙紀ちゃんの威光というやつか。


「その。アレっていうのは、別に悪い意味ではなくて、その。とても紳士。そう紳士的という意味で!」

「まあ、確かに紳士だけど」

「そうですわね……あのような美しい方に紳士的というのが正解かはわかりませんが、言いたいことはわかります」

 あわあわとなんとか言い訳を考えついた若さまにルイだけは、ちょっとげんなりした反応をしたのだけど。

 他のメンバーたちはその「紳士的」の意味合いを比喩表現の一つと捉えたようだった。

 焼きそば焼いてるにーちゃんという感じなのだけれども。


「ならば、私も紳士的になるからっ! 身体のほうはなるべく見ないようにするからっ!」

 ねっ、ほら一緒に入ろう? と彩ちゃんはまだ諦めていないようだった。

 ちなみに去年泊まったときは、若様はルイの身体を極力みないようにしていたっけなぁ。


「今日のところはお控えください。本日は私が若の身体を隅々まで堪能しますので」

 あまりにも困った顔をしていたからか、そこでいままで静観していた志農さんが声をかけた。

 女装潜入プロジェクトのサポーターたる彼女は、この場を乗り越えるためにそんな提案をしたのだった。


「おっ、明日華が誰かと風呂に入るのなんて珍しいじゃん。いっつも十一時とかに一人で入ってるんだろ?」

「若様の成長具合をたまには見てみたいですから」

 まあ、おっぱいは育ってないようですが、としれっと言うあたりが、サポーターとしての適正の高さがうかがえるというものだ。


「なら、せっかくだからルイ先生も入っていっちゃうってのはどうだい? 去年も若葉と一緒に入ったんだろ?」

 アレなルイ先生なら大丈夫だろ、と寮母さんはけらけら笑いながら言った。

 お酒、ずいぶん回ってらっしゃるのではないでしょうか?


「ここのお風呂を使えるというのなら嬉しいですけど、その……お泊まりは学校の許可が下りないですよ」

 湯冷めしないようにしなきゃ、と言うと、えぇーと、若様から不満げな顔を向けられてしまった。

 おまえも入るのかよ、という顔である。


「ま、大衆浴場で同性同士和気藹々と入るのは、楽しいものですよ。私も志農さんも若葉ちゃんの傷の事は気にしませんから、慣れるためにも試してみましょう」

 ほらほら、いろいろ試してみないとわからないこともありますから、というと、若は涙目で、いーやーだー、と通らない自己主張をするのだった。

なんか彩ちゃんがぐいぐいくる回になりました。

まさかエレナたんと一緒にお風呂はいったことがあります発言は作者がびびりましたよ。

でも、きっとエレナたんから誘ったりしてるんだろうなぁと、しみじみ。


そして寮母さんが割と引っかき回してくれるのがありがたい。

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