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056.

 西の街並みというものは、やはり慣れないだけあって、新鮮には感じられる。

 手にあるのはコンデジだけだけれど街並みを撮る場合は別段コンデジで十分というのはある。

 一つのスポットに注視してピントを合わせるというよりも、全景をあますことなく撮りたいからである。

「おはよー木戸くん。相変わらず早いね」

 ぴぴっという電子音を聞きながら川のせせらぎと橋を撮影していたら、背後から声がかかった。

「遠峰さんも今回ばかりは撮影ですかい?」

 朝は寝ていたいと前の時は言っていたけれど、京都ということもあって少しばかり興奮ぎみなのか。遠峰さんはばっちりとした撮影スタイルで立っていた。もうそのまま町に繰り出しますというような感じだ。胸元にあるのはいつものデジ一である。べ、べつにうらやましいだなんて思ってない。今はスポットをしぼって撮影するより、全景をとると決めたのである。

「こっちは散歩もかねて、ちーちゃんと一緒にね」

「あら、斉藤さんも早起きだね」

 その隣の影を見てなじみの人なのを確認する。

 どうやら、さくらが撮影をしようとして外にでたら、斉藤さんに玄関のところであったらしい。

「だって、京都でお泊りとかすっごい幸せだもの。まだ日があがってないけど、名所もいっぱいだし、朝日とか見れたらすっごいきれいかなって」

 ちょうどあっちの方から上がってくるわけでしょう? と言われて位置関係を思い出す。

 ちょうど東側だから、水平線は見えないにしても低い角度の朝日と川面の反射は幻想的な光景だろうと思う。

「だよねだよね。もーこればっかりはしっかり撮らないと!」

「って、ちょっと木戸くんちょっと漏れてるから」

 思わず興奮ぎみに女声でいうと、面白いなぁと斉藤さんが笑う。あえて周りに人はいないけれど固有名詞は伏せてくれるのがうれしい。

「はぁあ。もうどうしてここにあるのがコンデジでこっちの格好なのかわけわかんない」

 せっかくの関西旅行だ。有名なところもいっぱいあるし、そもそもこんな遠出をできることなんて滅多にない。しかも京都は名所も多いうえに宿泊費が高いのだ。こんなところにきて撮影スポットもわんさかあるところで、使えるのがコンデジだけという苦境。

「だったら、もー学校に女装してきちゃえばそれですむのに」

「それは、できない相談、というやつですよ」

 遠峰さんの提言を受けるのはもうこれで一年近くになるのだろうか。さっきのあんなことがあってから聞くと、なおさらどよーんと暗い空気をまとうことになる。

「え? なんかあったん?」

「ああ。一応内緒にしといて欲しいけど、目が覚めたら目の前に青木の顔があって唇うばわれてました、というような話で」

「ちょっとまて。なんでそういう話をしれっとするんだ君は」

「だって、されてるんならもうどうしようもないことであって、こっちとしてはまったく不可抗力じゃん? あっちで奪われてるなら怒ったり殴ったりするけど、今回のは寝ぼけたうえでの事故だから仕方ない」

「ああ、これは恋じゃない、故意なんだっ! なんてやつ? でも寝ぼけてキス魔っていうのもちょっとなぁ。いくらなんでもそれは木戸君おとなしすぎでしょ。殴っていいと思う」

 斉藤さんの素直に過激な発言に苦笑が漏れる。いいや。別段そのあとがなければ、首でも絞めていたんじゃないかと思うけれど。そもそも故意だとしたら、ぐしゃ。である。さすがに許せない。

「続きがあってですね……」

 そのあと部屋であったことをおぼえている限り一部を省略して話した。

 そう、八瀬のところだけはさすがにいうにいえなかった。やつは女子向けには普通のオタクでいたいとか痛いことを言うのである。

 正直、女子に見せるのは怖い、というのが本心なのだろう。

 確かに女装は男子に見せる方が気楽だ。回数をこなして人に見られて、練度があがらないとなかなかハードルが高い。女子相手だからこそ完成度が高くないと、と思ってしまうのだ。

 逆に見る側からいえば、女子の方が女装に寛大であり、男子の方がきもいという率は高い。そう考えれば、受け入れてくれてダメ出しもしてくれる女友達を確保するのが一番女装スキルのアップには有効だと思うのだけれど、木戸はそもそも知り合いがいない状態でスキルアップしてきた人間なので、どっちがいいかの実感はない。

「だーかーらー。もうほんと女の子になっちゃいなって。その方がいろいろ危なくないと思うよ?」

「だよねぇ。木戸くんが男子部屋にいるって想像しただけでもう。サキちゃんもすっごい心配してたよ?」

 サキちゃんとはオカルト研の佐々木さんのことだ。去年の事件でこちらの眼鏡なしの姿を見ている数少ない人である。その心配は確かにありがたいのだが、世の中には出来ることと出来ないことがある。

 それに、こちらにだってこの状況になってしまった言い訳くらいあるのだ。

「だって、記憶にないというか、ねぼけ半分だったんだもん! 全然こっちでもそんな声がでてるとかわかんなかったの!」

 周りに人がいないことを確認して女声に切り替える。

「しかも、指なめられてかわいい声とか、あんたはエレナの影響受けすぎ! あの子はまわりが不可侵だからいいけど、うちのけだものどもはああは行かんよ?」

 う。それを引き合いに出されるととても困る。

 エレナの近辺の子たちはあまりにもいい子すぎるのだ。紳士というとあれだが、エレンが普段からふわふわしているから、意識しているがゆえに手を出さないというやつなのだろう。もう、不可侵の女神なんじゃないだろうか。

 それに比べると、今の木戸は、猛獣の檻に一つ置かれた餌である。しかもとてもおいしそうな。

「それに、青木のダメ弟。寝ぼけてじゃなくて横顔みてたらむらむらきちゃったとか、そういうんだったら割とバッドエンドだけどそれでいいの?」

「ふえ?」

 何を言ってらっしゃる。思わずかわいらしい疑問声があがってしまった。

「あいつはルイのことが好き。んであんたが眼鏡外して横で寝てて、その寝顔みてたらルイとだぶらせちゃって、理性がとんじゃった、なんてことあるんじゃない? しかもそのあと狸寝入りで一部始終聞いてたとなったら、それはそれでまずいと思うけどな」

「まさか。青木はそんなやつじゃないって。そりゃバカだけど。本当に残念なバカだけれど。ルイが好きならなおさら手が出せないやつだよ?」

 基本青木はチキンである。まさか自分からだなんていうことがあるだろうか。

 しかも、あいつは残念そうな、それでいてすっきりした顔で、友達でいようといったのだ。普段生活していてもそこに関しての傷心はあまり表にでていないように思う。相変わらず馬鹿な悪友。そんな関係にほっとするくらいなのだ。

「じゃあ、男の子の寝顔ってわかってたから、木戸くんでいいやって、わかっててちゅーしたんじゃない? 青木くんバカだし」

 斉藤さんにこんな風に侮蔑されてるだなんてしったら、きっとやつは喜ぶだろう。バカだからな。しかし斉藤さんがこんなにはっきりというのは珍しい。

 去年の学外実習の水っぽい姿への反応で、とても気持ち悪い判定をしたのかもしれない。

「ううぅ。それすごいありそう。とってもありそう」

 ルイは不可侵だけれど、木戸ならば最悪しちゃっても許してくれるんじゃないかとか思ってやってる可能性もあるだろう。こちらとしてはねぼけ説を有力視したいけれど、想定はいろいろしておいた方がいい。

 もちろん故意なら許さないけどな。男同士だったらなにやってもいいとかって、幻想だからっ!

「そもそもっ。どうしてあんたは唇強引に奪われてて、それに応じちゃってるのか」

「そ、それに関してはなんとも返す言葉もなく……」

 ううん。自分でも本当にどうしてあんな声を出していたのか、よくわからない。

「でもね! 半分寝てるようなわけわかんない状態でされたら、相手がだれかとか結構どうでもいいというか」

 ただ、感触だけが心地よかったという記憶はあるのだ。夢うつつの中で。もう半分は意識がなかったので、もう相手がとか状況がどうのとか、考えられるような状態ではなかった。

「そういうところは、男子高校生というわけですか……」

 いや。さすがにそこをみて男子高校生と言われるのもどことなく嫌なのだけれど。

 そりゃ体に素直にって感じなんだろうけれども、素直になるなり方がなんか違う気がする。

「むしろ、こっちは被害者なのに~、まったくさくらのいじわるー」

 ルイ声でくすんと嘆いてやると、斉藤さんがよしよしとなでてくれた。

「ま。指のこともあるけど、うっかり変な声はださないこと。今日の晩も宿泊で半分くらいは同じメンバーでしょ?」

「そ、そうね……たしかに、半分は同じ。青木は別だけど八瀬は一緒。こればっかりは助かる」

「あれ? 八瀬くんって事情しってる人?」

「ああ。そして極度の男の娘好きをこじらせた人だ。あいつには俺もひどい目に遭わされた」

 別の意味で八瀬も残念な人だと思う。極度の二次元好きというのはアイデンティティだからまあいいだろう。けれども去年の学外実習で素顔をずっと見ていただなんて、それも体の方も見ながらニヤニヤしていただなんてなんという残念さだろうか。

「見破った人としては初めてなんだよね。大好きなものに貪欲というのはいいことだとは思うけど」

 類は友を呼ぶ。やつも良くも悪くも突き抜けたものを持っているやつだ。

 けれどそれがこちらに影響するとなると、いささか困ったものではある。でも、それは想定内。あいつがどこまでいっても男の娘が大好きな変態なのはわかっているので、今ではああいう行動が出来る変態という認識なのである。

 でも。

「むしろ他のクラスメイトのほうが、がっかりだ」

 あの少し恍惚とした、正気を失っているような目が脳裏に浮かぶ。

 いくら日常とは違う修学旅行だからってそこからさらに現実離れしてどうなるというのか。

 日常生活を普通に一緒にしているやつらに、指を舐められるとか、さぁちゅーしようといわれるとか、もう辞めて欲しい。素顔をさらすとこうなると言うことなのだろうが、ほんと中学一年の頃は、周りが年相応にピュアで良かったと思う。ラブレターが来る程度で済んだのだから。

「ああもう。なんだって男装して学校通ってるみたいな状態の対策をしなきゃならないのか、本当にわけわからん」

「恨むなら、自分のおかしいスキルを恨むことね。そして、私たちがしなきゃいけないのは我らの正しいスキルを使うため」

 さっ、そろそろ行かないと日の出に間に合わないわよ、と遠峰さんに言われてまだ暗い世界にレンズを向ける。

 そう。その一言は今一番木戸が欲しい言葉だ。現実より撮影。そっちの方がよっぽど大切である。

 少しずつ景色が変わっていく。場所は変わらないのに、日の動きだけで景色はいくらでも表情を変えるのだから、お日様の力は大きい。

「それじゃ、撮影スポットさがそうか」

 どうせここから撮るわけではないんでしょ? というと、あったりまえーとさくらはにやっと不敵な笑みを迎えた。お前も自分のスポットで撮影しろやということだろう。

 いいだろう。こちらもいろいろあったが、撮影が始まればいろいろと他のことを考えてる余裕もない。

 夜明けに走る車のランプが少し白み始めている道を進んだ。

 それが通り過ぎたあと、朝日が上がるのを待つまでもなく、写真部の撮影会は始まったのだった。




「で? 結局朝のおサンポは楽しかったん? 斉藤さんとかも一緒だったみたいだけど」

 旅館に戻るとすでに眼鏡男子に戻っていた八瀬が玄関ロビーで待っていた。ふぅと手に息を吐きかけるのをみると、それなりな時間そこにいてくれたのだろうか。はたまた演出だろうか。そっちだな、きっとな。

 部屋から帰ってくるところが見えたのだろうか。彼は同行者の話までしてくるのだった。

「よく見てるなぁ……偶然ばったりと会ったんで、撮影したり相談ごとしたりいろいろしてた」

「ああ、あの二人はいろいろ知ってる人なんだっけか」

「おまえが握ったこともさくらは知ってる」

 ていうか、お前はさくらのことは知ってるだろうと、呆れ声を漏らす。さくらはレイヤーさんの撮影を好んでするオタクさんだ。それなりの評価は得ているし、撮影したレイヤーさんからも綺麗に撮ってもらって嬉しいとか、思った通りに撮影してもらってありがたいですって言われてる。もちろんさくらは普通のキャラのほうがメインで、男の娘写真ばかりということにはならないのだけど、そちらにだって造詣はある。

 そんな彼女には、もうこれでもかと八瀬の話はしてあるのだった。なにやらかしてんのあんたと言われたのは言うまでもない。やらかしたのは木戸ではなく八瀬なのだが。

「さすがにそろそろ許して欲しいところなのですが」

「今回の件を上手くフォローしてくれたら考えなくもない」

 考えなくもないだけで、結果として許すかどうかはわからないけれどと内心では思う。しかたないやつだなぁとは思っていてもやらかしてしまった事実が消えるわけでもないのだし、ここぞと言うときには思いきり使っていきたいネタである。

「それで? 部屋の方はだいじょうぶだったか?」

 ひいと顔を青くしながら震えている八瀬の肩をぽんぽんと叩きながら尋ねる。

 すでに眼鏡に戻っているということは、もう落ち着いているのだろうなとは思いながらもいちおう聞いておく。

「あはっ。さすがは馨ちゃんだね。もう完璧っていうか最初はみんな固まりかけたけど、あの空気だったからすぐに打ち解けちゃった」

 変な空気の後押しでデビューできたよと、八瀬はあざと可愛い系のキャラ声を出して眼鏡状態でも乙女っぽさをアピールしてくる。

「そいつはよかった。ちょっと心配はしてた」

 割と強引に八瀬をねじ込んでみたものの、はたしてこれが受け入れられるのか、受け止められるのかと不安はあったのだ。なんせ普段の男子の状態を知っているクラスメイトへのお披露目だ。日常あっている人間、それも割とつるんでいる相手がいきなり男の娘としてかわいい声を上げていたら、少なくとも木戸は抵抗感を覚えるものである。

「むしろ良かったのかもね。あんなことの後でみんな飢えてたからさ。餌って木戸は言ってたけどホントに寝起きなのもあって変なテンションだったし、木戸のアレもあったしで。一時間くらいみんなとおしゃべりしてたら結構みんな満足してくれたっぽい」

「それはこちらとしては、だいぶ助かるが……」

 八瀬としてはどうなんだろうか。男の娘として注目されること自体は全然いいと思うし、いつかはクラスメイトにお披露目するとさんざん言っていたのだから、それが今になっただけというようなことでもあるのだろうけれど。

「でも、木戸のエロ声がもっかい聞きたいと、みなさん申しておりました」

「ちょまっ。おまっ。それは……」

 なんにせよ餌が機能してよかったと思っていたら、八瀬がひどいことを言い始めた。

「そんだけ、あんたのエロ声は男子高校生には刺激的すぎたってこと。今後一切あれ禁止。ダメ。危ない」

「それ、斉藤さんたちにも言われた。むしろ男子部屋にいるの危ないって言われた」

「だよなぁ。眼鏡かけてればそーでもないのに外したあとはあれだし。おまけにそれを長時間見られて意識されたのって、なかなか払拭できないぞ」

「!? いまちょっとすっごいやばいことが頭に浮かんだんだが」

 払拭できない、あたりで頭につきりと嫌な想像が浮かんできた。木戸の素顔が認識されたという事実は地味に痛手なのではないだろうか。さすがに寝起きの変な空気のせいとはいっても、素顔でどうなるかというのは中一の頃を思い出せば想像がつく。

「どした?」

「風呂……やばくね?」

「ああ。なるほど」

 一瞬で八瀬にはどういうことなのかがわかったらしい。男の娘もので風呂イベントもあるから簡単に想像もつくのだろう。

 そう。今晩泊まる場所はこことは違う別の旅館だけれど、どのみち風呂は隣のクラスとの混成でいっせいに入るのだ。

「大風呂にはいるのが基本だしな。部屋風呂使うっていったら、女子の生理中ってくらいの理由しかないし、順調に風邪で一日飛ばすしかないんじゃない?」

「くっそぅ。俺は温泉も好きなんだよ。明日いく旅館、温泉完備でゆっくりつかれると思ったのに」

「そいつはご愁傷様で。でもお前の素顔知ってる人間からしてみれば、眼鏡外したお前と一緒の湯船とかはっきりいって混浴状態とかわらんよ? たとえばバスタオルとかで隠すとかしたらなおさらひどい」

 とりあえず、昼過ぎからはマスクつけておいた方がいいというアドバイスは素直に受け入れておく。

 朝すぐに、となるとクラスメイトも困惑するだろうし、ごく自然に途中で体調が悪くなったていで行くしかない。

「しかしどうなんだ? むしろ見せてしまった方が夢がさめていいのでは?」

「何をいってますか。ついているからこそいい! だが男だという響きがいい。僕は木戸の裸ならいくらでも凝視するね」

 むしろ昨日はめっちゃガン見した。きれいだったとうっとりする八瀬に肩の力が抜ける。

 こちらは普通に身体を洗っていただけだったし、実際女湯を覗こうと騒いでいた男子ばかりと思っていたのだが。

「それは、お前だけだ」

 この男の娘フェチめ、といってやると嬉しそうに、それでいて木戸の腕をすりすり触りながら八瀬が言う。

「はぁこの滑らかさ。去年見てたときもすげぇって思ってたけど、なんつー絹肌。つーか。あのスキンケアはさすがにちょっと教わってなんだけど、無理だ……毎日あんなんやれてる時点でお前は頭おかしい」

 確かにもっちりすさまじい肌質だけれど、と八瀬はもう吸い付くような勢いで腕をなでまわしている。いくら同性とはいえ、さわりすぎである。

 以前斉藤さんにハンドケアの話を指摘されたことはあるけれど、それは全身にわたって行われていることでもある。

 肌がきれいというのは、割といろんな困難を突破できるのである。

「おかしいって言われても……スキンケアはやめらんない。っていうか女子なら誰でもやってんじゃね?」

「いや。普通顔だけだろ。やって手くらいまでで」

 まあ脱毛くらいはするだろうけどな、といいつつ、八瀬はまだ腕の肌を堪能していた。

 正直くすぐったいからやめてほしいのだが。

「習慣になっちまえば全然だし、それに肌が弱い人なんかスキンケアは必須だって聞いたこともある」

「弱くないのに保湿するってところが、普通大変なの」

 皮膚が弱い場合、必要にせまられて仕方なくスキンケアをするのだと八瀬は言い切った。

「ま、俺としてはやった方がきれいになるよ、としか言いようがないやな」

 八瀬の肌は別段悪いというわけはまったくない。普通に外で遊ばない白い男子の肌である。

 首筋のあたりも特別荒れている感じもなくすきっとしている。きめは若干荒いが。

「むしろ八瀬は大丈夫なのか? さっきまでさんざん愛想振りまいて、一緒に風呂って」

 そんな首筋をまじまじみながら、そういやぁと言葉をつなげる。

「まぁ僕は平気かなぁ。見られるだろうけど、あんまり、みないで……とかちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめて言ってみたりとかしてみたい」

 お前はどれだけ男の娘脳だと言ってやりたくもなるが、たとえばエレナがちょっともじもじしながら、あんまり見ちゃ、や、なんて言った日にはだいぶ破壊力があるような気がする。ルイで想像するのはなしである。なしである。大切なので二度言った。

 エレナというとあっちも修学旅行がたぶん今の時期あたりにあるだろうが、どうするんだろうか。あそこの生徒は紳士だから男湯でも肉の壁とかつくって、「見るなよ? 見るなよ? チラッ」とかやってそうな気がする。彼氏と修学旅行で混浴というイベントができる人間なんてそうそういないだろうな。

「それと、青木は結局どうしてんの?」

「ああ、僕がでてくるときはまだ寝てたよ」

「まさか、死んでるとかはないよな」

 木戸の唇を奪ったので満足して、お亡くなりというのはさすがにひどい一生だろう。

 けれど、あれだけ騒いでいて寝ているというのはどうなんだろうか。確かに青木は寝起きがそこまでよくもないけれど。

「勝手に殺すな」

 そんな話をしていたら、ロビーに青木が姿を現す。

 まだ眠そうにしているし、寝癖もたっている。なぜこいつがここにいるかは知らないが、まぁとりあえず反省を促すためにもそれなりの罰を与える必要はあるだろう。

 ふぃ。青木を無視するようにして廊下を進む。そろそろ部屋に戻らないと布団の片づけなんかも大変だろう。修学旅行だけあって布団の出し入れなんかは自分でやる必要があるのだ。

「まて、ちょっと待て」

 青木が慌てたようにこちらの顔を覗き込んでくる。

 でも答えてはやらない。青木に焦点を合わさないようにして、くるりと八瀬に向き直って話を始める。

「で、八瀬。今日の朝ごはんってなんだっけ?」

「僕が知るかよ。それで、どうすんのこれ」

 八瀬がこちらの意図を組んでくれているのか、質問をしてくれる。

 直接青木と言葉を交わさないと言下に伝えているが、他の情報は八瀬むけで聞かせてやれというところだろう。

「とりあえず半日。昼ごはんまでは無視する予定。あいつはやってはならないことをした」

「まーあれはさすがに引くわー。ナナメ下を全力で駆け抜けた感じだよね」

「そんなわけで、布団たたみにいくぞ。さぼると他のやつらに難癖つけられるしな」

 さぁさっさと行こうか、と全力で青木を空気扱いして、あの部屋へ向かうことにする。

 部屋の野郎たちもアホだが元凶の青木よりは数倍ましなのである。


 朝焼けの景色と川面はたまらないのですよね。やはり朝起き出さないとです。


 さて、では明日ですが。青木くんへの制裁はお昼で終わり、そして班行動の昼ご飯に彼らが訪れた場所は、もはや時代おくれ感のあるあのネタであります。もうメイドさんとか当たり前なカルチャーであります。

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