529.ゼフィロス初出勤のお話3
「というわけで、写真がそろいました! せんせーはとても嬉しく思います!」
はい、と集まってきた皆さんをルイは満面の笑みで見渡していた。
みんなでカメラを片手にわいわいと話をしている姿は、とても愛らしいと思ってしまう。
カメラ女子。ああ、とてつもないポテンシャルのある単語ではないだろうか。
ちょっと集合が遅くなってしまったけれど、まあそれはそれで仕方がないことだろう。
「いや、それはせんせーがこの学校をしこたま撮ったからでしょう」
「戦慄すら覚えます……まさか、あのやろう、設定時間に遅刻しやがるとは」
みんなが時間厳守の中、教えるやつがそれでは示しがつかないと、志農さんは拳を握りながら、こちらに、ごごごというにらみをきかせていた。
あ。なんかちょっと副部長っぽい。
「先生は遅刻しても許されるものです。それに集合時間に十分も遅れてませんから、セーフです」
ちらりと時計を見ながら言うと、志農さんから、むぅーと不満げな顔を向けられてしまった。
その顔も可愛かったので、一枚カシャリ。
うんうん。すねた顔も志農さんは可愛いと思います。
ちなみに今は四時十分を回ったところ。待ち合わせの時間よりほんのちょっと過ぎただけである。
先生という立場ならちょっとはOKだとか思った……わけではなくて、素直にゼフィロスの風景にどっぷり集中しすぎただけである。
志農さんの指摘はこれでもかというくらいに正論には違いはなかった。
「それと、志農さん。先生にむかって、やろーはないです。せめて、この雌豚が! とかそういう感じでお願いします」
「めすぶた?」
「なんでしょう? 豚? 先生がぶたなんですか?」
なんのことと、生徒さん達はクエスチョンを浮かべまくっていた。
いや、まあ、雌豚はいいすぎましたけどさ。
というか、先生を捕まえてあだ名をつけるのは、学生にはよくあることだとは思ってるけど。
野郎はちょっとあれだし、雌豚も自分でいいつつ、ないわーと思うルイだった。
「ルイ先生は、ちょっとシャバの空気になれすぎておいでではないですか? ここは女学院なのです。もうすこしそういうのは控えていただかないと」
「えぇー、寮母さんみたいなのはセーフであたしは駄目なの?」
まじで? というと、まじですと、真面目な顔で言われてしまった。
まあ確かにルイの語彙力というのは、エレナの影響もあって大分俗っぽくなってるというのはあるとは思う。
サブカルチャーの影響は大きいとは思っている。
でも、あれでエレナもお嬢さまなのだよねぇ、とちょっと悩ましい気分にはなる。
ようは、言葉を知っても選んで使えることが大切なのだろうと思う。
パーティーとかだとちゃんとした言葉遣いしてるだろうしね、エレナは。
「では、やろうという言葉遣いも控えましょう」
「わかりました。たとえルイ先生が殿方まみれで汚れていようが、やろう呼びは控えます」
「突っかかりますね、アナタも……」
今後が危ぶまれますと肩をすくませると、ちょいちょいと服のそでを引っ張られた。
「先生。そんな有象無象はどうでもいいので、そろそろ写真の話をしましょう」
副部長がここまで乱れる姿というのは珍しいものですが、と部長さんから場の修正依頼が舞い込んだ。
ふむ。
うっすら苦笑交じりなのは、彼女が言うとおり、志農さんがここまでにくってかかる相手というのがあまりいないからだろう。
にしても、有象無象というのは、さすがに言い過ぎなような気がするけど。
えぇー、という顔を志農さんが浮かべてるのを見ると、まぁそれなりに良好な関係は築いているのだろうと思う。
「はいはい。じゃあみなさん! 撮ってきた写真の品評会といきましょう!」
ほい。せっかく立派な機材があるので、と部室に備えられた56型のテレビの電源を入れた。
前に来たときにも思ったけど、数人の部員を抱えるここにこのサイズのテレビがあるのか、と愕然とするばかりだ。
ちなみに、4Kなんですよ! みなさま! まさかの4K。
苦しい、汚い、きつい+緊張する! だなんていうのと違って。
もちろん、「解像度が高い!」これでございます!
そもそも、カメラの解像度はテレビで言うフルハイビジョンよりもさらに緻密なものだ。
カメラではフルサイズなんていわれるけど、そのレンズはテレビのそれよりも精密なものである。
もちろん最近は頭打ちなところもあるし、画素数だけで語れない、というようなところもあるけれども。
大型で綺麗に映るテレビというものは、あるだけでありがたいと、万歳をしたいところなのだった。
「それでは三年生から順に見て行きましょうか」
ほれ、さっさかSDカードを入れていきましょう、というと部長さんは、おや? と疑問符を浮かべた。
「三年からでよろしいのですか?」
はて。不思議なことをおっしゃる。
そりゃ、一年生から見て行ってもいいのだけれど。
「うちの先輩のやり方でもあるんだけど、年長者から見ることにしてるの。ま、正直どっちでもとは思うんだけど」
まあ、趣味のようなものです、というと部長さんはそこで言葉を引いてくれた。
個人的には、まずは慣れてる三年生から順に映していって、最後に一年生をという風に時間を取りたいというのが実はあった。
あいなさんなんかもそうなのだけど、最初にこなれたものをぱっぱと見てしまうのである。
レクチャーする部分が少ないというのも当然あるし、あとは、一年生達におっ、というのが出てしまったときに、上級生が写真を見せるのを恥ずかしがらないように、という配慮もある。
ま、ビギナーズラック的な、大当たりを初心者が出すこともあるから、一概に年配だから良い写真を撮る、というわけでもないんだけどね。
「そういうことなら、私のからまいりましょう」
変な絵とか笑わないでくださいね、と部長さんは恥ずかしそうにSDカードをテレビにセットした。
それで読み込んで、写真が表示される。
「ほぅ……これはまた」
「水辺でうたた寝、といったところですか」
そこで映し出されたのはこの学校の庭園にある一区画。
池の畔のベンチでのワンカットだった。
そこでは、ちょっと困った顔をした女学生と、それにもたれかかるようにしている女子生徒の姿があった。
人差し指で、しーっと、ジェスチャーをしているところがとても愛らしい。
「まさに、なんでも撮れの精神ですね……」
「はい。でもその子の事は起こしませんでしたし問題ありません」
しれっという部長さんは、ふふんとルイに向かって胸を張ってきた。
どうよ、これ、と言わんばかりである。
うん。
「起きないようにという配慮は良かったと思います。ただ……これとセットで目が覚めるところも欲しかったかも」
もっと粘って欲しかったかも、というと、うぐっと部長さんは顔をこわばらせた。
まあ、いつ起きるかもわからないのを撮るかっていうと撮らないだろうけどさ。
こう、目をこすりながら小さなあくびをするようなところもセットでと思ってしまったのだった。
「時間経過も考えて撮る……ですか勉強になります」
「でも、それをやっていては、待ち合わせに間に合わないのではありませんか?」
いつ起きるのかなんてわからないのですし、と志農さんがしれっとこちらに疑問符混じりの視線を向けてくる。
「そこらは、もう運だよね。待ち合わせの五分前くらいにタイマーかけておいて、あとはそれまでに起きてくれたらって感じ」
動物を撮るときなんかも粘るよ? というと、ならどうしてタイマーつけておいて遅刻しますかね、この人は、と副部長さんは辛辣な態度をとられてしまった。
まあ、志農さんならこちらに警戒心ばりばりになるのはわかるんだけれども。
ちょっと遅れたくらいでそうブチブチ言われても困ってしまいます。
次から気をつけます、はい。
「んじゃー、次いきましょう! 時間もないしね!」
あ、一年生達は、先輩達の写真をみて、ぐっとくるのがあったらメモとっておいてね、というのも忘れないようにする。
最初は、自分の好きという物がよくわからないというのもあるし、それはもういっぱい撮るか、いっぱい見るしかないので、先輩達のそれもサンプルとしてしっかり観てもらう必要があるのである。
さて、そんな感じで三年がおわり、二年生へとシフトしていった。
もちろん、アドバイスなり感想をいうところも、徐々に変えていく。
特にそこまで慣れてない子には、厳しい指摘はあんまりしない。
これでもルイさんは、褒めて伸ばすタイプなのです。
「ほぉ、若様のは、校庭ですか」
部活動の風景だねぇ、と二年生最後の若葉さんの写真を表示しつつ、ふむと顎に手を当てながらじぃっと見る。
なんというか、やりたいことはわかるんだけど、全体的にぼけぼけな写真になってしまっているようだった。
「シャッタースピード思いっきり間違えてますね……ですから、若にはマニュアルはまだ早いと申し上げましたのに」
「むぅ。みんなマニュアル撮影だったから、真似してみただけだし」
動いている物を撮るときにはそれなりの設定にするものだけれど、そこのところを思い切り間違えてしまったらしい。
志農さんに思い切り注意されているけれど、それは事実である。
でも、二年生で突然入部して、という現状としてはすぐにでもみんなに追いつきたいなんていう思いがあるのだと思う。
「そこらへんはきちんと教えていくから、まずは人を撮りたいと思った! というところをしっかり覚えておくようにしましょう」
題材選びも大切だから、と若様に笑顔を向けると、は、はい、となぜか顔を赤くされてしまった。
んーと、若様って、ルイが実は男子なのって伝えてあったよね?
え、信じてない? そうか……普通におねーちゃんだと思われてますか。
「そして一年生だね」
今年の一年生は多いので、チェックしていくのにそれなりな時間がかかった。
でも、全体的にやはり経験不足な感じが目立った。春から始めたって子ばかりだから当たり前ではあるんだけどね。
「とりあえずもちっと枚数撮るように心がけよっか。チェキとかだと制限あるけど、デジタルの方はもう気にする必要ないからさ」
気になったところは遠慮しないで撮ること、というと一年生たちはそういうもんかぁとカメラをきゅっと握りしめていた。
「いえ、でもルイ先生ばりには撮ろうとしないほうがいいとは思いますが」
どこでもげひゃーと言いながら撮影するのは、レディとしてちょっと危ないかと思います、と志農さんから注意が入った。
いや、まあ、この枚数撮ろうというのはちょっと初心者にはとは思うところはあるけど。
あとで没写真は消すなりすれば良いじゃないと思ったりするわけなのだった。
「とりあえず、一カ所での撮影を一枚で満足しないようにしてみようか」
限られた枚数であらかじめ計算して撮るっていうのも勉強にはなるけど、まずは何枚か撮ってみようと言うと、はーいという声が上がった。
まあ、まだ一回目。回数を重ねていけばきっと良くなっていくことだろう。
「まだ真っ白っていうのが、初々しくていいねぇ」
さあ、どんな風な写真を好きになってくれるのか。
ルイはそんな生徒達の顔を見ながら、にやりと笑みを作るのを抑えることができなかった。
人の写真の評価がルイさんにできるのかーというところがあったのですが、まあこれでも写真にぞっこんなので、いろいろ成長しています。
成長しないのはおっぱいくらいなものです、はい。
次話は、寮に伺う予定です。若様がどうしてここにまだいるのかーなども含めつつ、ですね。




