526.父様は女装をやめさせたい
すぐに三日とか経っちゃいますね……すっかり更新日なのを忘れておりました。
「と、父さんはだなっ。そのなっ。お前の女装行為をその、批判するっ!」
くわっと、日曜日ばっちりルイさんとしての女装を万全としたところで、父様に声をかけられた。
GWのイベントのときは特別なにも言ってこなかったのだけど、その翌週の今日に突然にそんなことを言い始めたのだった。
「ほう、いまさら批判ときましたか……それ、本当に父様の意思ですか?」
ため息交じりに答えると、うぐっと、顔を背けられた。
これ、母様になにか言われた結果なのだろう。
「前から聞こう聞こうと思っていたんですが」
はぁ、とため息を漏らしながら胸元のカメラを撫でる。
うん。父様との交流は最近あんまりないわけだけれど、それでもちょっと思うところはあるのです。
「どうして、父様はそんなにへたれなのに、母様を奪うとか、無茶なことできちゃったの?」
ほんと、それが一番の謎だよ、と首をかしげて尋ねると、うぐっと父様は声を詰まらせた。
だってエレナパパと会った時だってわたわたしてたし、社員旅行のときは……まあまあかっこよかったけど、それでも母様の尻に敷かれてる感というのは本当に半端ないのだ。
「それは恋の力としかいえないだろう」
若いころの静香さんは本当に美人でなぁと、父様は鼻の下を伸ばした。
とりあえず、その写真は保険として撮っておく。
「それに、正直母さんはめちゃくちゃ美人だろ。だから俺としては尽くさなきゃあかんと思っているわけだ」
そもそも、かみさんにサービスするのは世の男性共通の義務だから、義務、と父様は言った。
えー。それでも三年目の浮気とか大目に見られないといいますが。
「って、その話はどうでもいいんだよ。今はお前の話なの」
「たとえば、ここで、私が父様をゆーわくとかしたら、どうですか?」
ほれほれ、父様、とちょっと上目遣いを向けておく。
「ん? そんなんされても、小娘の戯れ言ってかん……ぐっ。いかん。いいかっ! それで健二のところに立つなよ」
「その心配って。ちょっとはグラっときちゃったんですか?」
いけないおじ様ですねぇ、といたずらっぽく言ってやると、くそぅ、なまじかーさんに似てるから、破壊力が、と父様は頭を抱え始めた。
「だぁー! くそっ、とりあえず椅子に座れ! 今日は仕事じゃないんだろ?」
「ええ、まあ今日は、趣味でちょっと町中ぶらついて撮影って思ってたんで」
仕事だったら、さっさと行ってます、というと、それならよろしいと、父様は席に着いた。
そしてルイも向かいの席に座る。
「で? 女装を認めないってどういうこと?」
「いやな。お前この前記者会見で、あの崎山珠理奈さんと、その、あの……」
「ああ、めっちゃ唇奪われてたね」
それで? もごもごキスという言葉を言えない父様に代わってさらっと言ってあげた。
っていうか、キスとか接吻とかにそこまではじらうとか、あなたは男子中学生ですかと言いたい気分だ。
「唇奪われたって、お前そんなあっさりと……」
「それになんの幻想があるのかわからないけど、唇触れるだけじゃない。エレナとかはパパさんとチューしたりしてたみたいだよ?」
あそこは外国の風習が結構あるからねぇ、というと、まじか……と父様は、うらやましぃとなぜか遠い眼をした。
ええと、父様。そんなに姉様から言ってらっしゃいのキスとかしてもらいたかったんですか?
「衝撃、珠理奈様のお相手は美少女カメラマン! この記事をみた母さんがな……」
こほんと、父様は咳ばらいをしてから、父様はテーブルに週刊誌を持ち出した。
割とセンセーショナルなタイトルを並べる風潮のある雑誌である。
たしか、あの記者会見の三日後くらいに発売されてたやつだったように思う。
「あのお嬢さんと一緒になって、ルイを卒業しなさいって言いだしてな」
「父様の意見は?」
「俺も……まあ、半分賛成ではある。というか、嫁にやるよりは嫁を貰って欲しいと父親としては思う」
って、なんか言ってることがわけわからんな……と、父様は自分の口からでた言葉に頭を抱えた。
解せない、と言わんばかりだ。
「でも、それならルイを卒業しろっていうのは通らなくない? 崎ちゃんはルイの唇を奪った、んだから」
ほら、この記事にも、美女同士のレズビアンカップル誕生か! みたいな見出しあるじゃないと記事をとんとんと指でたたいてやると、おまえなぁと父様はため息を漏らした。
「かたっぽ女装で、相手が国民的美少女とか、わけわからんカップル過ぎるだろ……」
「え。割と業界では多いし。特別おかしいことでもないですけど?」
そもそも論として、今どき性の多様性がーと言われる時代だ。
どんなカップルだろうと、世の中にはいるだろうし、それを言ってしまえば「唯一無二の正解カップル」なんてものは存在しないのだ。
それぞれにドラマがあって。それぞれの中で生活ができればそれでいいのである。
そして、いちおう大切なことなので、確認しておくけれど、木戸と崎ちゃんは付き合っているわけではない。
先日の打ち上げでは楓香が思いきり、カップル誕生! と騒いでいたけれど、そんなことはない。
どうせ、あんたのことだから、これを貸しとか思ってそれで付き合おうとか言いかねないじゃない、と。
それで、お試しでルイと崎ちゃんというカップリングで恋人ごっこをしてみて、それでいろいろ考えてみて、と彼女は言ったのだった。
「じゃあ、なにか? おまえは女として珠理ちゃんを好きだとでもいうのか? お姉さま! って感じなのか?」
「……一般感覚というのはこういうものなのか……」
くっ、マジョリティって怖いとつぶやくと、父様は、は? 魔女と紅茶でもすんのか? と首をかしげた。
ああ。その単語すら知らないで生活ってできるものなんだ、とルイは逆に衝撃を受けてしまった。
「魔女のお茶会とかは関係ないってば。一般大衆って意味」
「まあ、そりゃ俺は普通だとは思うが……いちおう同性愛に対してはそれなりに思うところはあるぞ。岸田と西のことだって、特別どうこうするつもりもないし」
「うお……それ、知ってるの?」
「時々視線がな。良い感じだなと思って」
ああ、いちおう気づいてるやつは他にはいないぞ、と父様は衝撃的な事を言ってくれた。
あの二人、ばれてるやないですか。
「って、そうじゃなくて。結局、そこどまりって話をしたくて」
同性愛は知ってる人が多くいるけれど、こう、なんというか……
「みんながみんな恋愛だけ考えて生きてるわけじゃないって話なの」
んー、といろいろ考えて、なんとか言葉を絞り出した。
自分のことをあまり考えたことがないルイではあるけれど、たぶんこれが一番なのだろうと思う。
世の中には、色恋沙汰がたくさんある。
ルイとて高校時代に青木に告白されたときは、動揺したりもした。
素直にその感情を向けられることに対して、何も感じないというわけでもない。
実際、崎ちゃんからの告白に対しても、いろいろと思うところはあった。
けれども、決定的に、恋愛というものに前のめりになれない部分というものがあったりするのだ。
「じゃあ、なにか? おまえはあの珠理ちゃんを前にして、男としてなんの反応もしないっていうのか?」
「そりゃ……綺麗だな、可愛いな、撮りたいな、とは思うけど?」
最高の被写体であるのは間違いないんだし、といってやると、父様はぽかーんとした顔を浮かべた。
そして、そのあと、はっと気がついたかと思うと、ぷるぷる身体を震わせ始めた。
「くぅっ! 俺の息子はEDだったのかっ! これは……ネットの掲示板で相談するしかないなっ」
「ちょ、父様? それ、変な誤解を生むから! たぶん、南無って言われておしまいだから!」
父様がちょっとグレーな発言をし始めた。
そこらへんはデリケートな問題なので、あまり触れて欲しくないのだけど。
「しかしだな。あの珠理ちゃんだぞ? それでなびかないってEDだとしか思えないだろ」
「セクハラだと思いますけど」
「って、男同士でセクハラもないだろうに……」
うちの息子が、女装に明け暮れておかしいんだが、というタイトルで相談するしか……と、父様はがっくりとテーブルに体重を預けた。
このぐったり感は、きちんと撮影しておこう。
「とにかく、です。自分の尺度で物事測らないで欲しいんです。味覚に違いがあるのと同じで、恋愛にだって人それぞれ温度差があるものですから」
今はそっちよりも撮影に集中したいのだ、と言うと、父様は、むー、と難しい顔を作った。
「親父も似たようなもんだから、撮影に関しては俺もとやかくいわんよ。そこまで熱中できるものがあるのは素晴らしいことだしな」
そこまではいい、と父様はうんうんとうなずいた。
でも、そこでちらりとルイの目を見て、父様は言った。
「やっぱり、女装はいらんだろ。なんだっけ? 女装姿のほうが人を緊張させない、だったか? それができないってことは、おまえは他の男性カメラマンより一歩劣ってるってことだろ」
やるなら、男のままで撮っていけばいいじゃないか、という父様の言葉に、ルイはぐふっとダメージを負っていた。
確かにそれは、ずいぶんと痛いところである。
「むぅ。それは……」
「痛いところを突かれたって顔してるな。だったら男としてプロのカメラマンを目指してみろってんだ」
女装しないで、良い写真を撮る。そこを目指せば自ずと女装の機会も減ってくだろうと父様はうんうんとうなずいた。
「……できないわけじゃないもん」
「はい?」
「だから、別に馨であっても、撮影はできるっていってんの。相手の表情引き出すことだって、やってやれなくはないよ」
「って……え、できんの?」
何をいってんの、という感じで父様は首をかしげていた。
父様は写真の事がよくわからない人で、じーちゃんからも、まったく駄目な人扱いをされているくらいだ。
だから、馨のカメラの事についても多分よくわかっていないのだろう。
高校生のころは、それはもう、ルイという姿を使うことで写真の撮り方というものがずいぶん変わった。
この見た目だけで、相手の緊張がすとんと取れる。
それはとてもありがたいことだったし、楽しく撮影することの元にもなった。
けれども、それだけにずっと頼っていたわけでもないのである。
高校三年の時には結婚式の撮影を任されたし、卒業式の写真撮影も馨として行っている。
大学に入ってからは特に、馨として撮影する機会も増えた。
ここ二年で、人にたいしても撮影する力は向上している。
相手の表情を緩めることもできるし、特撮研での撮影でもぐっと人の撮り方はうまくなったという自覚はある。
だから、女装してないと撮れないなんてことはないのだ。
「じゃあ、女装してでかける意味とか、ないだろうが」
女装の理由がないのに、なんでやってんの? え? と父様はパニックをおこしているようだ。
そりゃそうか。
「結論から言えば、楽しいから、になっちゃうんだけど。やっぱりこっちの方が撮影しててテンションも上がるし、もう一歩段階上がれるというか」
楽しいんですよ! とにかく! というと、お、おぅ、と父様は呆けたような顔を浮かべた。
うん。いい顔なので撮っておくよ。
「いちおう、父様たちの心配もわかるつもりではいるんです。ルイとしていろいろやらかしてますし、将来どうなるの? って不安にもなるでしょう。心配してくれるってことは、素直にありがたいですが……」
父様達の不安というのは、究極的には、うちの子供は大丈夫なのか、という心配なのだろう。
普通ではない道をずんずん進んでいるのを見ていてハラハラしているとでも言えばいいのだろうか。
けれども、さすがに今でなおその心配を向けられるのは、どうなのだろうかと思う。
ルイも、二十歳になりました。という感じである。
「正直、なんとかなるって思うんですよ」
「すさまじい楽観主義だなぁ、おまえは……」
「だって、すでにカメラマンとして働いているわけですし。始めた当初からもう五年も経ってるんですよ? それでなんとかなってるわけで」
「仕事っていっても、おまえのはその……本格的にってわけじゃないだろうに」
アルバイトみたいなもんだから、なんとかなってるだけだろう、と父様が言った。
まあ、確かに佐伯さんのところの扱いはそんな感じではあるけれど。
けれども、もともと性別の話さえ問題がなければ、きちんと就職できたというようにも思っている。
佐伯さんにも腕は認めてもらっているし、大学を出たらもっと働く時間を延ばす方向で考えているところだ。
「学生だから本格的じゃないってだけですよ。それにカメラの腕は財産ですから。別に性別が変わったからって失われるものじゃないです」
今まで積み重ねてきた物は、なにも女装のテクニックだけではない。
これまで撮ってきたものは、きちんと自分の中で形になっているのだ。
それになにより。
「カメラはこれからもなくなりませんから。高性能モデルとかはバンバン出て、個人で撮れる時代にはなっちゃうんでしょうけど」
だったら、たとえ自分がどちらでいようが、仕事はしていける。
ちゃんとそれで生活はできるだろう。
「ったく。ほんとおまえは……」
どうしてそんなに道のない道をずかずか歩いて行けるんだか、本当によくわからん、と父様は大きなため息を漏らした。
そうはいっても、ルイしては逆にどうして不安を抱えていなきゃならないのか、と問い返したいほどだ。
「そこはまぁ……なんていうか。きっとあれですよ」
んー、さすがにもう話すこともないぞー、と思ってぴんと頭にひらめいた言葉があった。
「父様だって、母様を巡ってバトルしたくらいやんちゃだったわけでしょ、きっとその血を引いてるんですよ」
「うあ……それを言われると、あれだが……」
「とにかくですっ。今日はそろそろ行きますよ? 撮りたいところあるし」
これ以上話してもしょうがないでしょうから、というと、ううむ、と父様は黙ってしまった。
あまり両親との間に溝はつくりたくはないけれども。
なんとか今のスタイルで仕事を続けさせて欲しいものだと、ルイはしみじみ思ったのだった。
はい、木戸家の面々があのスキャンダルをどう思っているのか的なお話をかこう! ということでこーなりました。
正直ちょっと、セクシャリティの話とかもしたかったのだけど、ルイさんがパパに、「んなはなしするわけないわ」と思ってこうなりましたとさ。
女装してカメラマンやるののどこが悪いのさ! ってな具合でございます。




