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打ち上げ in三枝家3

本日はエレナさんからシリアス話が投下されます。途中分割できなかったのでずがんと一万字越えでございます。

「いちパスを申請します」

 周りからの期待の視線に、しれっとルイねぇは拒否権を発動した。

 さすがは、鋼の精神力を持っているだけあって、周りの期待を絶望的なまでにへし折れる人である。


「ちょっー! どうしてパスしちゃうの!? ほらほら、ルイちゃんの好物のアップルパイもあるよ?」

 そんなこと言わずに、甘い話っ! 甘い話をっ、とエレナさんは焦ったようにせがんでいた。


「だって、ケーキあきらめればパスしてもいいんでしょ?」

 だったら、この話題はあまり出すべきじゃないんじゃない? と言われてしまって、エレナさんは、がーんとショックを受けているようだった。

 あのルイちゃんがアップルパイに反応しないだなんて……といった感じである。


「甘くなくてもいいから、私はルイねぇたちが今どうなってるのか猛烈に聞きたいんだけど」

 友達とかには内緒にするから、ねっ? ととりあえずこちらからも援護射撃をしておく。

 半分本音で、半分はエレナさんが聞きたそうにしていたからだ。


楓香(ふー)に言われるとさすがに、ちょっとぐらつくところはあるけど……甘い話があるかっていうと、ほんとないよ?」

 別に甘い事はほんとないから、とルイねぇに言われて、周りから不審そうな視線が集まる。

 テレビ画面であんなことをしておいて、今更甘くないとはどういうことだろうか。


「端的に言えば、十二月の告白の答えはまだまだ先のばしって話だから」

「……え。そんな前に告白されてたの?」

 甘くはないと言っていたけれど、それを聞いて、え? と、私はカレンダーを見てしまった。

 今はいつだっけ? え。

 ゴールデンウィークも過ぎちゃってませんか?


「下手するともう半年経つじゃん……なにやってんの、ルイねぇ」

 クロにぃさまも、えぇーという顔をしている。

 さすがにそこまで放置プレイをした人なんて、友達の中ではそうそういない。


「いろいろと考え込んでたら……事件が山積みになっちゃったっていうのはあるけど」

「でも、普通に三ヶ月くらいは放置してたんでしょ?」

 それはさすがにあかんやつでは……と言うと、そういうのもあって話したくなかったのに、とルイねぇにへんにゃりされてしまった。

 こういう姿もかわいいけれど、さすがに私にそれを写真に撮ったりするような趣味はない。


「それに関しては、まぁ……珠理ちゃんが甘やかすのも悪いんだろうけどね」

 あの子ったら、答えは馨から聞かせて! とか言うもんだからさ、とエレナさんは肩をすくめた。

 どうやら、告白の事だとかすでに大分詳しく知っているらしい。


「待つ側からすると、ちょっと半年はきついかなぁ……私は事情があるからそれでいいけど、珠理ちゃんはいくらでも他に恋とかし放題でしょ?」

 ちょっと、そこで半年もってっちゃうのはどうなのかなぁとはるかさんにまで言われてしまっている。

 恋愛関係とかとことん駄目な従姉妹だとは思っていたけれど、まさかここまでとは……


「うぅ、はるかさんまでぇ。い、いちおう、進展がないわけではないのですよ? その……月一回はデートしてみる、っていうか。そんな約束になったわけだし」

「……はい?」

「え?」

 なに? とルイねぇの口から出てきた言葉にみなさんが疑問符を浮かべる。

 それっていうのは、その……お付き合い終了のお知らせ、ではなく。


「交際決定のお知らせじゃーーないですかーーー!」

 なに、しれっと先延ばしとか言っているのだろうか、この人はっ!

 つい興奮して身を乗り出してしまった。


「あー、楓香(ふー)が思ってるようなのじゃないと思うよ。デートって言っても現実的にはあたしとになるんだし」

「それのどこに問題が!?」

 珠理奈さんは、公衆の面前でちゅーまでしちゃうくらいなわけで、それってつまり、エル的な……エル、プサイ、なんちゃらーっていっちゃいたいような、こう……


「とりあえず落ち着こうか」

 ほら、そんなに身を乗り出さないの、とクロにぃさまに肩をたたかれて、おとなしく椅子に座り直す。

 クロにぃさまはなぜか、ちょっとだけ不憫そうな顔をしているのだけど、これは一体どういうことなのだろう。


 ちょっと変わってるけど、カップル誕生で、めでたしめでたしじゃないのだろうか。


「珠理奈さんが好きなのは、馨にぃってことだよな?」

「けれども、実際デートするのは、ルイちゃんとになっちゃうんだね……」

 そりゃ、いきなり見知らぬ男とデートとかしてたら、一般的に意味不明だもんね、とエレナさんは、あーあとやはり不憫そうな視線を宙にさまよわせた。


「でも、あたしあてにデートの提案してきたのは崎ちゃんのほうだからね?」

 別にこっちからそう指定したわけじゃないのだとルイねぇは言い訳を始めた。

 今回の騒動の対価として、それを求めるとはっきりいったのだと言うのだ。


「将を射んと欲すればまず馬を射よ、かな」

「デートを重ねていって自分の印象を強く植え付けて……ヤク○トのおばさん的な?」

 これ、どうみますかね? とはるかさん達は三人でひそひそ言い始めた。

 なるほど。

 相思相愛になればいいじゃないって安易に思っちゃってたけど、珠理奈さんの好きな相手はルイねぇではない(、、、、)んだ。

 そうなってきてしまうと、気持ちの整理というのもなかなか大変なものになるのかもしれない。


「って、あたし、馬なの!? 写真馬鹿な自覚はあるけど」

 馬はないよー、とルイねぇはあきれたような声を漏らした。

 

「だって、ルイちゃんったら、木戸馨にとりついてる悪霊みたいな感じでしょ?」

 げひゃーでしょ? とエレナさんはかわいらしく言った。

 ずいぶんかわいい悪霊さんである。


「べ、別に、人格が別になってるとかそういうわけじゃないんですからねっ。はるかさんとかクロやんだって、そうでしょ? 着替えるとテンション変わるだけで、別にその……別人になるってわけじゃないじゃない」

 若干性格は変わるけどさぁと、言うその顔は、やっぱりいつもの馨にぃとは別人に見えてしまう。


 普段の方が嘘くさく感じるのは、圧倒的にルイさん(、、、、)の露出度が高いからなのだろうけれど。

 

「でも、珠理奈さん的にはルイねぇとお付き合いしてみるっていうのも、ありと言えばあり、なのかなぁ」

「ルイちゃんの場合、どっちに転ぶかわかんないものね」

 本人の性別も迷子だし、好きになる相手も迷子だし、とはるかさんはお茶で唇を湿らせながら言った。

 うん。それは私もとても思ってることです。


「どっちに転ぶって、別に性転換手術したいー、とかはないよ? あんなめんどーなことやりたくないもん」

 そりゃ、本人達がやりたいっていうなら止めないけどさ、とルイねぇは言った。


「ええと、クロにぃさまはその、手術とかそういうのは考えてないですよね?」

「はい!? どうしてこの流れで俺にその質問がくるの?」

 じっとにぃさまの方を真剣に見つめてみたのだけど、どうやら実の兄は、姉になることはないようで、少しほっとした。

 もちろん、本人が望むのならば支援はしてあげたいとは思うけど。

 

 ルイねぇをして、めんどーと言わしめるものを、兄にやって欲しいと思えないのは家族だからというやつだ。


「私もパス、かな。コスは楽しいけど別にリアルが困ってるわけじゃないし」

「それを言うと、ボクもだね。父様とかにはときどき聞かれるんだけど、別に子供がどうのって話を気にして無理をしてるってわけじゃないし」

 ほんと、このメンバーは見事にその意思なしってことかー、とエレナさんが改めて驚いていた。


 私なんかの考えでは、女装したいっていうのは、女性になりたい、なのではないかな、なんて思うんだけど、どうやら実際はもっといろいろ混み合っている事情があるらしい。


「そりゃそーだよ。あたしこれでもいづもさんからいろいろ話聞いてるからさ。余計にネガティブなんだよね」

 もちろんそれを聞いてもやるっていう後輩はいるわけなんだけれどさ、とルイねぇはちょっとだけ困ったような顔を浮かべた。

 それであっても、必要とする人がいる、ということに思うところがあるのだろう。


「いづもさんってシフォレのオーナーさんだよな? どんな風に聞いてるの?」

 ちょっと興味ある、とクロにぃさまがケーキをつつきながら言った

 真剣というわけではなく、本当に興味本位という様子だ。 


「体のどうしても許せない器官を切り離して、あとはどこにもつながっていない穴を開ける手術だ、って苦笑交じりに言ってたよ。ま、それでもせざるを得なかったんだけどね、なんて付け加えていたけど」

 あそこまでの嫌悪感ってのは、あたしはないからなぁ、とルイねぇはやはりちょっとだけ困ったような顔を浮かべていた。


「どこにもつながらない、っていうので思い出したけど、はるかさんは結婚するために手術したいとか思わないの?」

 どうなんだろ? とエレナさんから質問が飛ぶ。

 先ほどまで甘い恋愛話をしていたというのに、急にシリアスな話になってしまった。

 正直、手持ちにあるオレンジタルトがちょっとすっぱく感じられるほどだった。


「戸籍の性別さえ変えられれば、結婚も問題なくなるって話かな? いちおう今のところは、籍を入れるって事にこだわりはないからね。そのために手術をする気はないよ」

 その気になれば、それくらいの額は手持ちであるけどね、とはるかさんはあっさり言い切った。

 ルイねぇが、すご……とか言っているから、結構な額なのだろう。


「ボクもわりとそんな感じかなぁ。籍を入れるためだけに手術するっていうのはなんか違うと思うし……それにそもそも、同性婚さえできるようになればみんなハッピーだと思うんだよ」

 好きに籍を入れられるようになれば家族が持てるのに、なんで駄目なんだろうね? とエレナさんはアップルパイをルイねぇの前に置きながら首をかしげる。


 とりあえずルイねぇのターンは終了という意味合いなのだろうけど、そもそも選ばせてないというのはどうなのだろう。

 一番のお気に入りがアレなのはみんな知っているけれども。


「家制度の崩壊的なもの?」

「俺は別に偏見ないけど、うちの大学のセクマイ系サークルはいろいろと揶揄されてるってのはあるかな。あそこはやべぇって」

「特撮研も、一部からはやべぇって言われたりするけど……それ以上かなぁ」

 たしかに、うちの大学のセクマイ系サークルも、ちょっと噂は悪いかも、とルイねぇも言った。


「でもま、憲法24条の婚姻の項目が問題ってのは、よく聞くね」

 憲法でも決まってるし、同性愛……というか、変わった物にたいする寛容さが薄いのが原因かね、とルイねぇはアップルパイを口に放り込んで、一人幸せそうな顔をしていた。

 自分は、あんましかんけーねーとでも言わんばかりの顔である。

 アップルパイがおいしすぎただけなのかもしれないけど。


「そう。結婚は両性の同意によってのみなされるって言われてるから、全面的に同性愛? そんなの両性じゃねぇじゃん、と一蹴されちゃうってなわけ。根本的には同性愛きめぇ、っていうヘイトがあるとは思うんだけど、果たしてボクとよーじが結婚するのに、違和感を覚える人はどれくらいいるんだろう?」

 ちょっと意地悪な話だけど、とエレナさんは苦笑を漏らした。

 エレナさんなら、相手が男性であるならば、さほどの違和感もなく周りは認めるだろうと思う。

 

 場合によっては微笑ましいな、と思われるレベルで。

 

「そこは、見た目で男女っぽいから違和感ないだけじゃない?」

「俺も同意見。っていうかエレナさんにほんとその、下がついてるかどうかが疑わし……いだいっ、いだいって!」

 じぃとクロにぃさまがエレナさんの下半身に視線を向けていたので、とりあえずにぃさまのほっぺをつねっておいた。

 そこはさすがに見てはいけないパンドラボックスというものだ。


「あはは。でもま、見た目で違和感がないってのは武器になるのかな、と思っててね」

 けれど当の本人はそんなことを気にするそぶりもなく、内緒の作戦会議をするように、コロコロした愉快そうな声を上げていた。

 みんな一同に、武器? とはてなマークだ。


「改憲論が浮上している今、それをうまく利用できれば、24条だってなんとかなるんじゃないかってボクは思ってるのさ」

「それ、なんかのゲームの設定かなにか? 結構無茶いってない?」

 どや顔をしながら話しているエレナさんにルイねぇが、何言ってんの? というような感じの声をかけた。


 正直私もちょっと思った。

 憲法とは、日本の国のルールの最高峰といわれるものだ。

 それを、変える議論がでている、という話は社会系の教師が話を脱線させながら、つばを飛ばして話していたから知っている。


 けれどもそれは、自衛隊の保持やらの話であって、同性婚がどうだなんて話はびた一文出ていないはずなのだけど。


「一度憲法(うんめい)が確定してしまったら、それを覆すのは容易なことじゃない。だったら、この転換期に、自分たちにとって不利な項目を削ろうって動きをしても、問題はまったくなくない?」

 ま、一般の人にとって、憲法が自分の人生を不利にするなんてこと、めったにないんだけどね、とエレナさんはなぜかすごく大人っぽい顔を浮かべて周りを見回していた。


 我々にとっては、二次元を三次元に顕現させる男の娘レイヤーなのだけど、それでも今ここにいるエレナさんは、同じ顔をした別の人という雰囲気だった。


「正直、普通の生活をしている身からすれば、いまいち改憲論ってぴんとこないんだよね」

「まぁ、俺もそうかな……国会議員目指すとかもないし、皇室関係者とお付き合いすることもないし」

 その無関心さがいかんのだーーーー! ってうちの社会系の教師は気炎をあげてたけどな、とはるかさんとクロにぃが困惑した声を浮かべていた。


 ルイねぇはアップルパイを食べる手を少し緩めて、じぃっとこちらの反応を見ているようだった。

 あらかじめなにかエレナさんと話でもしていたのだろうか。


「はるかさんは、岸田さんと結婚したくないの?」

「さっきもいったけど、その気はないよ。籍を入れることだけが幸せじゃないし」

 ぷぃとそっぽを向くはるかさんに追い打ちをかけるように、エレナさんは上目遣いでいった。

「本当に?」


 ずいぶんと破壊力のある視線である。

 はるかさんは、わずかに目を見開いて。

 ふぃと視線をそらした。

 それを見て、エレナさんは満足げに話を始めた。


「方法の一つ目。憲法を変えるかどうかは最終的に国民投票によってきまるけど、そもそも「議論の台にのせる」ためには国会議員の協力者が必要だね。だから、議員を抱き込む必要がでてくる」

「抱き込むて……それこそ無理難題だと思うけど」

 なにをいっているんですかい、このお嬢さんは、とみんなの目が言っている。

 

 いや、ルイねぇだけは一人、紅茶を飲んでまったりしている。

 ベタ降りとはこういうことをいうのだろうか。


「んー、自分の住んでる地域の議員に、最初にちょっと接触を持って、応援をしていますという姿勢をみせてからの、懇願メールをしておく、というのは一つありだと思うよ。基本、困ってる人のために政治はあるっていうのが原則なんだしね」

 ほら、LGBTの人がみんなそれやれば、困ってますアピールにならないかな? とエレナさんは神妙に言った。


「それ、みんなでやろうって話?」

 それに、ルイねぇは反応する。

 とりあえずアップルパイには満足したようだった。


「民意ってのは数の力だよ。ある程度の人数が集まらないと、話は聞いてもらえない」

 だから、と。エレナさんはじぃとはるかさんの目を見つめていた。

 何かを期待するような、そんな視線だ。


「それをはるかさんに背負わせようってのは、駄目だと思うけど」

 お願いをしたいなら、ちゃんと腹を割ってはなしなさいな、とルイねぇに言われて、エレナさんは、やっぱだめかぁと開き直った。

 なにやら二人はわかり合っている様子だけれど、他のメンバーは置いてきぼりをくらってぽかんとしてしまっていた。 


「いまいち話が見えないんだけど?」

 はるかさんの困惑の声に、私もクロにぃも同調していた。

 もう、甘い話をしていたのが昔の事に思えるくらいだ。


「これはお願いなんだけど、さっき言ってたプランを、LGBのコミュニティでいろいろまき散らして欲しいなっていうお話で」

「無茶ぶりをいうなぁ、エレナちゃんは。私、そーんなにそっちのコミュと太いパイプがあるわけじゃないよ?」

 たしかに私は岸田さん好きだけど、自分がゲイだっていう認識はあんまりないしさ、そっちのコミュとの付き合いがあるわけではないよ、とはるかさんは不満げな視線を向けてきた。


 たしかにはるかお姉さまの周りの印象は、うまくまとめてくれるお姉さん! っていう感じで、BLの相手役っていう感じはこれっぽっちもない。本人だってそういうカテゴリだという自覚もあまりないんじゃないだろうか。


「いや、別にそっちのコミュにたいして、直接話をつけようってことじゃなくてね。ただ、噂をばらまいて欲しいなぁって」

 はるかさんなら、イベントとかもいっぱい企画してるし、お付き合いも多いでしょ? とエレナさんはお願いを続けた。

 それなら無難にできそうな気はしないではないけど……どうなんだろう。

 BL好きと、ゲイコミュニティが仲良しかどうか、といわれると、実に悩ましいと私は思う。


 だって、二次元のBLは好きだけど、三次は惨事って言われちゃうわけだし。

 それはBL好きでさえ、リアルの同性愛に対して違和感を持っている、下手したら嫌悪感すら持っていることの証左にならないだろうか。


「それで効果があるのかって言われるとなんともだけど、動き出さないとどうにもならないし」

 先に進めないよ、というエレナさんに、まぁそれはわかるけど、とはるかさんは二の足を踏んでいる感じだった。

 言いたいことはわかるけど、残念ながら政治に関わるということは、結構ハードルが高いことだ。

 自分からそれをなんとかしようと思えるためには、そうとうの熱が必要になる。


「BLカップルの幸せのために、みんなで活動しよう! みたいなのだったらイベント関係の人たち祭みたいな感じで面白おかしくやりそうですけど、それって物語と現実を混同してるって思われちゃいますし」

 熱、といえば、BL大好き腐女子のみんなにとってすれば、二次元のキャラのために何でも奔走できる人たちも相当数いたりする。

 誕生日はお祝いするのは基本だし、死亡などしたならお葬式をあげるレベルだ。

 となれば、二人を合法的に結ばせるために、リアルでもルールを変えるべき! みたいな発想は理解してもらえそうなようにも思う。


 問題はその発想自体が、一般の人には受け入れられないだろうってことだけれど。


「そっちの線はちょーっと危険かな。祭にはなるだろうけど、さすがにネタでやってるって思われたら取り合ってくれないだろうし」

 あくまでも、困ってるからルールを変えようっていうのが主体だからね、とエレナさんは言った。

 問題となるのは、やはりそこなのだろう。


 困り果てた人たちは、自分で陳情をしにいかなければどうにもならないという、この不条理さ。

 生活に困ってない人は自由に動けて、サポートが必要な人は声を上げられないというのは、問題が停滞するには十分に整った環境だと思う。


「ま、やれる範囲でやれることやっとかないと、後悔しそうかなってね」

 だから、はるかさんにもできることをやって欲しいんだ、とエレナさんは言った。


「でも、じゃあエレナさんはこの件でなにか動くつもりで?」

 声かけをはるかさんに丸投げしたエレナさんに対して、クロにぃが探るような質問をぶつけた。


 コスプレ界への影響という意味合いでは、エレナさんだってすさまじい物がある。

 なにもはるかさんにお願いしなくても、自分でやればいいのではないか、という思いもあるのだろう。


「いちおう、社交パーティーとかには出る機会もあるからね。おじさま達に直接そういう話をふっかけるつもりだよ」

「この手の問題は女性議員の方が真剣に受け取ってくれそうな気はするけれども……」

 社交パーティーか、とルイねぇはちょっと懐かしそうな顔を浮かべた。

 

「あー、ルイちゃんは是非とも、咲宮のパーティーとかに招かれるようなら、この話題振って来て欲しいかな」

「それはエレナも呼ばれるんじゃないの? 沙紀矢くんの二十歳のパーティーとかもあるだろうし」

「んー、まあボクもやるつもりはあるけど、一人より二人、だよ」

 ふむ、とルイねぇは少し考えつつ、まあ権力者というのは味方につければ圧倒的なものだけれど、いや、あの人が認めるだろうか……ともごもごなにかを言っていた。

 完全な独り言というやつだ。


「ま、その件は了解したよ。やれることはやってあげる。でも、やれないことはできないから」

 それよりもさ、とはるかさんはケーキの最後のひとかけらを食べてから言った。


「甘い話を聞きたいのだけど」

 そろそろ、エレナたんの睦言をききたいです! とはるかさんは素直な意見を述べてくれた。

 うん。

 

 ちょっとシリアスな話に向かってしまったけれど、もともとは甘ーい恋愛トーク中だったはずなのだ。


「んー、甘い話には事欠かないけど……そうだねぇ。よーじとは子供は何人くらい欲しい? とかそんな話してるよ?」

「ぶふっ」

 さらっと言われた内容に、クロにぃさまが紅茶を吹いていた。

 我が兄ながら、反応しすぎだ。

 咳き込んでる兄の背中をなでると、ちょっと涙目になりながらもなんとか持ち直したようだった。


「結婚の先を見据えてらっしゃる……でも、それは……」

 はるかさんは、目を細めながら不憫そうな声を上げていた。

 それ、がどれだけ当たり前ではないことなのか、わかった上での発言だった。


「生殖医療は日々進歩しているからね。ちゃんと後押ししてあげれば十年後、二十年後はどうなるかわからないよ」

 そのためには、やれることやっとかないとなんだけど、とエレナさんは愉快そうに言った。

 ああ、そうか。

 エレナさんは性別不明にはしているけれど、この反応を見るに、まじで男性ということか。

 信じられないけれど。


「やれること……ねぇ。具体的にはなにかあるの?」

 忙しそうにしてるなとは思ってたけど、とルイねぇから疑問の声が上がった。

 うんうん。それは正直、私も聞いてみたかった。

 一般人の感覚だと、もはや座して医療技術が進むのを待つ、くらいしかできないように思うのだけど。


「んー、そこは、結構すぐに思いつくことだとは思うんだけどね」

 やっとくこと、あるじゃない? とエレナさんはこちらを見回しながら、さぁ答えはでないかな? と面白そうにしている。

 そんなことを言われても、わからないものはわからない。


「お金を稼ごうと思っているところなんだ」

「うわ……」

 いろいろ考えたけれど、エレナさんからの答えには、えぇー、という気分にさせられてしまった。


「しごくまっとうな意見だね」

「確かにお金はあって困らないだろうけど……」

 なんか変にすごいことを想像してしまったであろうみんなは、その答えにちょっとだけ不満げな反応をしているようだった。

 もちろん私もである。


 そんなところで、ルイねぇはあきれたような声で言った。

「エレナの感覚でいう、金を稼ぐ、はたぶん一般感覚とそうとうずれてるから、油断してはいけないんじゃないかなぁ?」

「そうかな? いちおう今は元金作りって感じで、そこから事業展開をして……って考えてるけど」

「……いくらくらいお金稼ぎたいの?」

 はるかさんが恐る恐る尋ねた。

 なんだか、お金を稼ぐ、という日本語の意味は個人でそれぞれ違うらしい。


「とりあえず、iPS関連の研究支援金を出したりってことをするためには年に1000万くらいは余剰金が欲しいよね」

「……なんかスケールが違う話が展開されてるんですけれども……」

「1000万って……」

 さすがにその金額にはルイねぇも驚きを隠せないようで、年間でそれは夢を見過ぎな気がすると、目を丸くしていた。


「でも、実際、子宮移植に2000万かかるって話もあるくらいだし、全般的に生殖医療はお金かかるからね。ある程度目標を持ってきっちりキャッシュフローを考えないとやりたいことができないもん」

 それでも全然足りないよ、なんて真顔で言われてしまっては、もはや何もいうことなんてできなかった。

 それだけ無茶な挑戦をしようとしているということなわけだ。


「くっ、さすがに大きい家に住んでいると考えるスケールも大きくなるものなのかな」

 私たちの同期だと年収500万もいけば素晴らしいって感じなんだけど、とはるかさんが庶民感覚を述べる。

 実際、さらにここから男女差があって、アラサー女性だと400万でも素晴らしいなんて話が世の中にはあるそうだ。


「起業ってある意味で博打みたいなものだからね。でもそれをやらないと手に入らないものがあるなら、やるしかないでしょ?」

 冒険しないで諦められるなら、それはそれでいいことだと思いますよと、エレナさんはケーキの箱からイチゴのショートケーキを取り出しながら言った。

 さすがにそろそろ甘い物食べたい、という気分になってきていたのだろう。


「ただ、誰でも子作りの問題がクリアできるなら、誰でも好きな相手と自由に付き合えるじゃない? そんな未来はちょっと見てみたいんだよね」

 それが普通って言える未来が来たなら、ボクの大勝利ってことで。

 そんな風に笑うエレナさんの顔は、あぁ確かにこれは男の娘のものなんだなぁと感じられて。

 

 ルイねぇがひたすらシャッターを切るのもわかってしまうくらいに、凜々しくて、そして愛らしかった。

 

「それにそうすれば、違和感が少ないっていうのの一助になると思うし。男性同士のカップルが保育園にお迎えにいって、他のみなさんと和気藹々できる、っていうようになるのが理想かな。さっきは途中で言うのやめちゃったけど、結局最終的な憲法の改正は国民投票だからね。ちょっと違っても同性愛者もただの人です、っていうアピールしていかないと、変な想像からのヘイトにつながっちゃうよ」

 たとえば、ゲイの人がカミングアウトすると、お尻がやばい! と思われてしまうっていうテンプレとかさ、とエレナさんは苦笑混じりの顔を浮かべた。


「ちなみに、エレナたんはお尻がやばいんです?」

「それはノーコメントで」

 そんなこと話し出したら、ケーキワンホール分くらいになっちゃうから、とすまし顔でエレナさんはショートケーキを味わっていた。


 はじめてこうやって、エレナさんの家でレイヤーとしてではない素顔をいろいろ見せてもらったわけなのだけれど。

 たった二つ年上なだけでこんな人がいるだなんて信じられないくらい。

 

 あの、最強男の娘専門レイヤーさまは、すごい人なのだというのを実感した夜だった。


基本あまり、悩ましい現実ってものは、気楽にへろーんとしているのが放課後の特徴ではありますが。

今日はちょいとやらかさせていただきました。


ただ、作中にも書きましたけど、この子ら、初恋がそのまま実っちゃう系な感じなので、自分はゲイである、というアイデンティティはあんまり持ち合わせてないんだなぁ、という点が書いてて新発見! でした。


改憲論はGWなのでちょっと考えよう? っていうようなお話でした。まあほんと憲法が縛るのは国政機関だ、という認識なので、24条はほんと、国民を縛る数少ない壁! みたいに思います。当時はそもそも想定外だったんでしょうけれども。


と、ながなが語るのもあれなので。次話はイベントも終わって、ちょっと父様と話し合いになったりします。

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