打ち上げ in三枝家2
「さて、あまーいデザートの登場でございます」
お食事もかなり落ち着いてしまったところで、エレナさんはにまりと言いながらこの部屋備え付けの冷蔵庫から、紙の容器を取り出した。
いわゆる、エレナさんちのセカンドキッチンとよばれるここは、食事をするためのテーブル以外にも立派なキッチンが併設されている。
そこにある冷蔵庫は、一軒家の家族向けに使われるクラスのもので、どんだけのスペースがあるの? というくらいなものだった。
「お、そっちも用意してたんだ?」
「だよー! いづもさんに、スペシャルなのよろしくっていっておいたの!」
「まさか、レインボーは出しては来ないと思うけど」
さて、なんだろうね、とルイねぇはあからさまにわくわくしていた。
ルイねぇは、シフォレの常連さんで、いろいろなケーキを食べているので、いろいろと想像してしまっているのだろう。
行きつけのお菓子屋さんがあるとは、とことん女子力が高い人である。
「レインボーってのがよくわからないけど、いろいろそろえてみたよ?」
ほら、どうどう? とエレナさんまで嬉しそうにその紙パックを開けた。
「うわぁ……これまたずいぶんと……」
「種類がありますねぇ」
箱から出てきたのは、色とりどりのケーキ達だった。
黄色、茶色、赤、緑と、かなりの数がそろっているショートケーキ達だった。
一人あたり二つの計算だろうか。
ホールにしなかったのは、いろいろな種類を食べたいでしょ? というような配慮からだった。
それは確かに、女性ならそういいそう、というようには思うけれども、男の人ってそういうの気にするものだろうか。
「まずは、レディファーストということで、ふーにょん、先に選んじゃって」
「ふーにょんって」
ほらほら、と紙パックを向けられつつ、その呼ばれ方は初めてなので、と答えておいた。
確かに名前からではあるのだけど、どこかのカメラ少女とかぶりそうな感じだ。
とりあえず、お言葉に甘えてオレンジタルトと、モンブランをもらった。
甘さとすっぱさ、両方とも味わいたかったので。
「さて。じゃー、あとは甘い話ができた人から選んでいきましょー!」
さぁ誰から話していこっか? とエレナさんはにこりとみなさんに視線を向けた。
ああ。そういうことか。
なんだかんだで、私たちはルイねぇのあの熱愛報道事件のことを十分聞けていない。
それをこの場の勢いでしゃべらせてしまえ、というところなのかもしれなかった。
いろいろマスコミの方は、珠理奈さんのほうに意識が向いていて、もうルイねぇにはあまり集まってはいないけれど。
やっぱり、一般人としては、詳しい話が知りたいという思いもあるのである。
「ちょ、それはさすがに……無理がすぎるというか」
「俺も意義あり! 甘い話なんてそんなのないし……」
あ、クロにぃさまが地声で抗議を始めた。
たしかに、私は目こぼししてもらえたようだけれど、にぃさまは思い切りとばっちりだし。
でも、正直、ノエルさんとどうなってるのか、というのは妹として気になるのです。
「ないなら、パスでもいいよ? いちおーボクは順番的には最後でいいから」
いくらでも、あまーい話のストックはあるし、とエレナさんはにまりと笑った。
そしてカシャリとシャッターの音が鳴った。
ルイねぇ……自分だって話したくないんじゃないのかな。どうしてこの人はカメラいじってるんだろう。
「じゃ、はるかさんから、いってみよーか」
ほれ、岸田さんとの仲をぱっぱと白状するのです、とルイねぇーがあおる。
どうやらエレナさんたちは、はるかお姉さまの恋人のことはすでに知っているらしい。
「あのはるかさんに恋人とか……正直、どんな人なのか想像もつかん」
「クロにぃさまも知らないんだ?」
一人だけ話に入れてないんじゃないとわかってちょっと安心する。
あとは、恋バナをわくわくしながら聞くばかりである。
「ああ、二人とは面識ないだろうけど、会社の人でね。先輩でいろいろと面倒みてくれたりとか……」
「そして、シフォレに一緒にいく仲でもございます」
ふむ……話を聞く限り、面倒見のいい相手のようだ。
けれど、シフォレに一緒に行く、というのがちょっとややこしい話のように思う。
あの店は女性同伴でなければ入れない店なのだ。だとしたら噂の岸田さんは女性なのだろうか?
「ずばり聞きますが、そのお相手は男性なのです?」
正直、この場は性別が混乱しているので、カオスなので! というと、あぁとルイねぇたちは、そこには気づかなかったー、と言わんばかりに、そこから話さねばならないのかーとか言い始めた。
ええと? ちょっと従姉妹の性別破壊っぷりが半端ないのですけれども?
私がノーマルだよね? えっと、なんでこんなにアウェー感がするのだろう。
「いちおー、エレナの性別不明はそのままにしておくとして、はるかさんは男性。そこは理解してるよね?」
「お、おどろきましたけど、まぁ」
さんざん、にぃさまから、だが、男だ! とか言われているので、しぶしぶ納得はしたことだ。
「そして、岸田さんもいちおう男性。ゲイっていうよりは、女性が苦手なバイって感じなのかなぁ」
そこのところどうなんです? とルイねぇが尋ねると、はるかさんは、んー、と首をかしげた。
「確かに岸田さん、女性が苦手っていう感じはあるかな。っていうか彼ってけっこう、かっこいいというか、優良物件だから狙ってる女性はそれなりにいてね」
いろいろつきまとわれてうんざりしてるみたいなの、とはるかさんはため息を漏らした。
岸田さんというのがどんな人なのかわからないけれど、そこまで言われるというのはそうとうなものなのだろう。
「確かに仕事できそーって感じはありましたけど、そんなにですか?」
「アラサーにもなると、いろいろあるって感じね。大学出て仕事して、数年で安定して、それで結婚を考え始めるって人が多いけど、そのとき目の前に岸田さんがいたら、声をかけちゃうみたいな感じ」
あああああーーー、不安だーーーと、はるかさんは思い切り顔を覆ってテーブルにへんにゃりした。
「でも、岸田さん女嫌いなんだから大丈夫なんじゃないですか?」
「実はおとなしめな子がタイプなのではって噂が社内にちょっとずつ浸透してて……おとなしいふりした新入社員とかがいたり……」
ぐぬぬ、とはるかさんは拳を握っている。
そして、そんな姿をルイねぇは握ったカメラでばっちり押さえた。
「ならさっさと、お付き合いしちゃえばいいじゃないですか」
がっちり手綱をとっておしまいなさいなと、ルイねぇとエレナさんがはやし立てた。
まあ、確かに恋愛は戦いだとも言うし、機先を制するのは大切だと思うのだけど。
「それは……うーん。このメンバーならいいか」
はるかさんはこまった顔をして、実は、と切り出した。
「いちおう岸田さんとお付き合いはさせていただいて、います」
「はい?」
「えええっ、いつの間に」
ちょ、いつ? えっ、と事情を知っている二人はわいわいと騒ぎ始めた。
クロにぃさまも、あのはるかさんが彼氏もちか……と、なんだかショックを受けているようだ。
「その……何度か女装姿で外出してたのは、ルイちゃんたちは知ってるでしょ? それでその……」
告白を、されたのです。と恥ずかしそうに言う姿を、もちろんカシャカシャとシャッターの音がやかましく彩った。
いくらなんでも撮りすぎだと思う。記者会見もかくやという勢いだ。
「うわぁ、あまあまだぁ。さぁはるかさん。ケーキを選ぼう!」
合格ですよー! とエレナさんはケーキの箱をはるかさんの前に差し出した。
「で、でもね。話の続きがあって。社内だとその……やっぱり言い出せない感じでさ」
岸田さんには彼女がいるっぽい、という噂だけ流してる状態で……と、チーズケーキを取りながら彼女はため息を漏らした。
私たちにすれば、男同士の行き過ぎた友情というものは、とても尊いものなのだけど、世間の反応というものはやはり厳しいものはあるのだろう。
「父様なら、特別露骨に変な顔をしないとは思うけど……他のみんながどうなのかはわからないしね」
特に、岸田さん狙いの女子からはいい顔されなさそう、というルイねぇの言葉に、みなさんうんうんと頷いていた。
それは私もそう思う。自分の子がアレである人が、いまさら同性愛をどうのこうのいわないだろう。
「なら、岸田さんと、結婚指輪用意しちゃえば?」
ほれ、と、ルイ姉がいうと、は? とみなさんはぽかーんとした顔をした。
はるかさんは、たぶん素直にそのことに驚いてなのだろうけど。
「まさか、ルイちゃんの口から指輪の話がでるとは思わなかった……」
「あの朴念仁が、結婚指輪という存在を知っているとは……」
そして、エレナさんとクロにぃさまはルイねぇの口からその単語が出たことに驚きを隠せないようだった。
まあ、実は私もそっちの口ではあるのだけれど。
恋愛要素とかぶっちぎっちゃう人だと思っていたので。
「結婚と言えば結婚指輪でしょ。それをつけていると女除けのまじないになるって、前に漫画で読んだことがあるし」
「で、でも結婚してないのにそれつけるとかどうなの?」
いや、うん。たしかにつけたいけれども……と、はるかさんはまだ躊躇しているようだった。
「いいんじゃないの? 別に法律で決まってるってわけじゃないし。つけちゃあかんという決まりはないと思うけど」
「ペアリングとかにしちゃってはるかさんもつけちゃえばいいじゃん」
そうすればはるかさんにだって、変な虫がよってこないよ? とエレナさんも追加情報をぶちまける。
おぉ。なんだか私が好きそうな話がもわもわと頭の中にどんどん展開されてきてしまっている。
禁断の恋からの、オフィスラブ。同僚の男同士で、じつはお互いにペアリングをつけていて、周りからはそうとは気づかれないという……内側にイニシャルとかが彫ってあったりとかして!
そして、そのまま残業をする二人はめくるめく……めくるめくーーー!
「楓香さん、感情がダダ漏れになっていますよ」
カシャリとシャッターの音が鳴って、我に返った。
なぜかルイねぇが、少しお姉さまみたいな口調で声をかけてきた。
けっこうやばい顔をしていたのかもしれない。
「社内って異動とか結構あるものなんですか? うちの父は仕事の話あまりしないんで、よくわからないんですけど」
「んー、そこまで動かないかなぁ。ただ同じ係の人たちはそれなりに仲はいいし、変に指輪の話にはつっこんでこないと思うけど」
「なら、先に岸田さんにつけてもらって、その後はるかさんが少し間をあけてからつければいいんじゃないですか?」
ペアリング、いいじゃないですか、とルイねぇにきらきらした顔を向けられても、はるかさんは、でも……とやはり煮え切らなかった。
「指のサイズ……やっぱ気になるというか」
ペアリングって、男女で作ってあるでしょ? 女の子の指のサイズとか9号とかでしょ? 私は12号くらいあるよ……と、はるかさんは遠い目をし始めた。
ええと。
「ひ、人それぞれだと思いますっ。太い指の人もいるし、その……手を使う仕事をしてる人とかは指も太くなるっていうか……だからペアリングとかも打ち直したりとかで、大きくしていけるというか」
わたわたと、そんなはるかさんを慰めるために私は言葉を重ねた。
ちょっとトラウマスイッチみたいなのが入っちゃいそうだと思ったからだ。
「ああ、いちおう女性のリングって9号くらいの人が多いのは事実みたいですけど14号とかもいるって話みたいですよ」
ほれ、ぐぐった結果で、とクロにぃさまはスマホをみんなに見せた。
ナイスアシストである。
「岸田さんのサイズとおそろいだったら、なおさら真のペアリングって感じがして、それはそれでいいのでは?」
ほらほら、やっちゃいましょう、とルイねぇがあおった。
すると、はるかさんは恥ずかしそうに、か、考えてみる……といいながらチーズケーキをぱくついた。
うわ、なんてかわいい感じなんだろう。
そしてルイねぇがえげつなく写真を撮りまくっている。
「はい。じゃー、はるかさんの一巡目はこれでとりあえず区切りということで、次はクロくんいこうか。ノエルさんとどこまで行ってるの?」
ほら、うまくいえたら、ご褒美あげるよ? とエレナさんは芝居がかった声を上げながらケーキの箱を見せびらかした。
あの、にぃさま。いま、ごくんってしたの、どっちにですか? ねぇ、にぃさま?
「ノエルさんとは、正直進展はまーったくなし。というかあの人、男嫌いなだけで俺だからいいっていうのではないんじゃないの?」
実際、ルイねぇにはめっちゃなついてるわけだし、と恨みがましいような視線が向けられた。
我らがお姉さまは、ん? ときょとんとした顔でカメラを構えている。
「ええと、確認なんだけど、ノエルさんはルイちゃんの性別のことって知ってるの?」
普通に女性扱いなら、仲良くなるの当然だと思うけど、とはるかさんから質問があがる。
「あー、実は、ルイねぇの大学とうちと、もう一個で合同コスプレ本を作ったんですよ。んで、似合わんもさ男モードのかおたんさんは、あっさりとノエルさんの胸襟を開いてしまった、というような話です」
「でも、あれはクロやんの従兄弟だからという理由もあったと思うけど」
「それでも仲良くなりすぎだろ……ってか、ノエさん……くぅ」
結局お友達から先に進めない、とクロやんはへにゃっとテーブルにへたり込んだ。
相変わらず、ノエルさんの男性嫌いは継続中のようで、一緒にコスプレを楽しめる友達としか思われてないそうだ。
「甘く……はないけど、かわいそうだからケーキ選んでいいよ」
ほら、これで塩辛いその思いを中和して、とエレナさんが優しい顔でケーキボックスを差し出した。
クロにぃさまはガトーショコラに手を出していた。ほんのりビターに行くらしい。
「さてと、じゃあ順番的にはルイちゃんになるんだけれども……さて、どんな話が聞けるのやら」
生半可なことだと、ケーキあげないんだからねっ、とエレナさんはなぜかツンデレ口調でそんなことを言った。
でも、確かに。
ルイねぇの話はとても詳しく聞きたいと、私もとても思っているところだった。
なんていうか、ふーかさんも、木戸家の係累なのよな……とちょっと思いました。
そして、はるかさんの話がきちんとできたのは満足です。
あ、そういや同性婚について掘り下げるプランが、なんかきれいさっぱり吹っ飛んでいる……
うう、次話でやろう。次話で。
さて、そんなわけで次話はルイさんのお話とエレナっちのお話です。さぁ甘くなるのだろうか。




