打ち上げ in三枝家1
今回は、楓香さん視点なのでナンバリングなしです。
「では、復帰を記念して、かんぱーい!」
「「かんぱーい」」
ちんと、グラスが打ち鳴らされる中、私、こと黒木楓香はアップルサイダーを片手に目の前にいるそうそうたるメンバーに、目を丸くしていた。
ここは、三枝家の一室。
黒木の家からもさほど遠くはない、ああ、なんかおっきいお屋敷だなぁと電車にのれば見れる場所だった。
そんなところに、なぜか私は訪れていて。
目の前の豪華な食事の前で乾杯なんてものをしていたのである。
こんなことになったのは、あのコスプレイベントが終わるちょっと前の話。
ルイ姉に、楓香も予定なかったらおいでと手を伸ばされたのがきっかけだ。
お兄ちゃんも参加するというし、エレナさんちでの打ち上げというのにはっきりと興味はあった。
いちおう、パソコンごしに、エレナさんが超がつくお嬢さまだというのはわかっていたんだけれど。
さすがにここまでとは思っていなかった。
おまけにだ。
「うわ、なんかすっごく久しぶりにいいシャンパンを飲んだかも」
おいしー、と声を上げているのはさきほどまでのイベントを仕切っていたお姉さんである、はるかさん。
二十代後半であるらしい彼女は、春先のこの季節に体のラインがしっかりでる服を着込んでいた。
なんというか、出るところでてて、引っ込むところが引っ込んでる大人の女性という印象の人だ。
クロにーさまは、おっぱいつめものだからな、とかなんとか言っていたけれど、雰囲気からしてそんな風にはあまり見えない。
「うん。香りもいいし、おいしいかも」
炭酸の感じはアップルサイダーもあまり変わらないけれど、とルイねーも、おいしそうにお酒をいただいている。
ちょっと興味はあるけれど、黒木家の二人はまだまだジュースである。
「ルイちゃんはともかく、はるかさんは飲み過ぎないようにね」
「って、あたしはともかくなのかい」
そりゃ、潰れたことってまだないけどさぁ、とルイねぇーがぶーと、エレナさんに文句を言っている。
二人はかなり仲がいいとは思っていたけど、まさかお酒を酌み交わすような関係にまでなっているのだろうか。
ルイねぇ、おそるべし。
「コース料理が普通に出てくる家ってのは、やっぱすげぇって思ってしまう……」
そして、お兄ちゃんはサラダに手をつけながら、はむはむと、ドレッシングうまーと言っていた。
女声で。ええ。
大切なことなので、言っておこうと思う。
兄は、現在、おねーちゃんなのだった。
私服の女装はあんまりやらんと言っていたあの兄が、今は思いっきりミニスカート姿をさらしているのだった。
わが兄ながら、反則だろうというきれいな足をしているので、スカート姿はもちろん抜群に似合う。
のだけれど、本人曰く、私服での女装は恥ずかしいとかで、タイツははかせてくださいなんていうやりとりをエレナさんとやっていた。
すべては、この家で打ち上げをやろうという話がでたときのこと。
一人、男装状態だったお兄ちゃんにエレナさんは、にぱりと笑顔で言ったのだった。
「クロくん、このままだと黒一点になっちゃうから、女装しよっか」と。
最初はかなり渋っていたお兄ちゃんだったけれど、あんな美少女に迫られて断れるほど、うちの兄は強い精神を持っていない。
そして、ころっと女装することが確定した。
服はどうしたって?
ルイねぇの方を見たら、思いっきり視線をそらされた。
今日参加するのをあらかた知っていた二人は、こうなることを見越して用意していたようなのだ。
というか、おそらくルイねぇの私服から供出されているのだろう。
うちのお兄ちゃんとは身長差そんなにないしね。
「でも、黒木家だってそれなりにお嬢さまなんじゃないの? ゼフィロスに行こうと思えばいけるレベルで」
ね、楓香さんとルイねぇに言われて、ゼフィロスかー、と気のない返事をしておく。
いちおう、学費的にはいけるところではあったけれど、かといってエレナさんちと比べるのはどうなのかなと思ってしまう。
「否定はしないけど、お嬢さまってのは違うって。親父がちょっと出世早いだけ」
社長令嬢とかじゃないと、お嬢さまじゃなくない? とクロにぃさまが言った。
それは確かにその通りだ。
いちおう私立の学校に行かせてもらってはいたけれど、お嬢様学校といえるかといえばさすがにそんなことはないのだった。
「叔父さん……なぁ……」
「ん? あれ。クロくんって、ルイちゃんの従姉妹にあたるんだよね? ということは木戸係長のご兄弟のお子さんってことでいいの?」
さて、そんな家庭の話に入ったからなのか、はるかさんがちょっと首をかしげながらそんなことを言い始めた。
いちおう、今日はみなさんいろいろと深いところまでお互いのことを知っている人だけの打ち上げです、とエレナさんが宣言していたけれど、まさかルイねぇのお父さんのことまで、はるかさんが知っているとは思わなかった。
「係長って……まさか、会社で一緒とかそういう類いですか?」
それ、やばくないっすか? とクロにぃさまは、地声で素直に驚愕の声を上げていた。
そう言いたい気持ちはいちおうわかる。
つまり、会社ばれをしているかどうかという問題だ。
私はいちおうコミュニティがそれなりにオタクを許容してくれるようなところだったから、それで済んでしまったけれども、一般的にオタクの生存圏というのはさほど広いものではない。
四月から私も女子大生なんてものをやっているけれど、やっぱりオタクへの風当たりは多少あるなぁというのがここ一ヶ月の感想というやつなのだった。
こちらも共学の環境に慣れるのに少し時間がかかったし、あんまりそっち方面の知り合いができなかったというのもあるけれども。
「あはは。いちおー会社では隠してるよ? ただルイちゃんにはがっつりばれて今に至る、みたいな」
こっちの顔は係長には見せたことはないのです、とはるかさんは言った。
なるほど。さすがのお姉さまでも、会社ではレイヤーなのは隠してるということなのか。
「そうはいっても、恋人候補にはオタばれしてるんでしょ?」
ほれほれ、岸田さんとの話をしゃべっちゃおうよ、とルイねぇがカメラを向けながら言った。
うわ。自然に反応を狙って構えてる辺り、さすがにえげつないなぁと思ってしまう。
「そ、その話はもうちょっとこう……ご飯が進んでからで……」
さすがにまだ、こんな初っぱなで話すのは恥ずかしいー、とはるかさんは盛大に照れていた。かわいい。
そこをすかさずルイねぇがシャッターを切っていた。
「はい、じゃー次はスープと、お魚ねー!」
うちのお抱えシェフのおまかせカルパッチョでございまーす、とエレナさんは済んだお皿を回収したあとに、でんっと、それをおいた。
サーモンがつやつや輝いている、カルパッチョだった。
サラダと兼用っぽいとも思うけれど、これはこれで、おいしそうだ。
「時間さえあれば、ボクらでちゃちゃっと作ってもよかったんだけど、今日はさすがにイベントもあったからねぇ」
せめて一時間くらい余裕があればよかったんだけど、なんていいながらエレナさんはさっそくサーモンのカルパッチョをはむついていた。
男の娘イベントと、そしてその後夜祭とを終わらせてから、みんなで移動してきたわけなんだけど、時間的にはもう六時を過ぎてしまっていたのだ。
それでも後片付けを他のスタッフにお任せした上で、だから、まだ早かったりはするのだけど、さすがにこった料理を作っている時間はなさそうだな、という感じだった。
「かなり手が込んでそうですもんね。あ、これ……口の中でとろっと溶けて……」
うわ、脂ののりがやばい、とサーモンを食べながらちょっとほおが緩んだ。
その瞬間に、カシャリというシャッターの音が鳴った。
「ルイねぇさま……お食事時を撮るっていうのはどうなんですか?」
もぅ、ご飯食べるときはそっちに集中しましょうよと不満を述べると、え? という顔をされた。
「食べてる風景ってみんな表情がころころ動いて楽しいし、それに記念だから、撮っておかないとね」
「楓香……この人を前に、写真を撮るな、というのは無理だ。諦めろ……」
「うぅ、昔はどちらかというと受け身だったというのに。どうしてこんなにたくましくなってしまったのか……」
クロにぃさまからまで、諦めの顔を向けられてしまっては、もう撮影云々については言っても無駄だと悟ってしまった。
もう。小学生の頃のルイねぇさまは、それはそれはほわほわかわいい系だったというのに。
「あっ、ルイちゃんの小さい頃の話は聞きたいかな。中学の頃のことはちょっと聞いたけど、二人はもっと小さいころから交流あるんでしょ?」
「それはボクも聞いてみたいかも。蠢から小学生の頃の話をちょっとだけ聞いたけど、そうとーな天然さんだったみたいだし」
「そこは、蠢からの話だけで、是非とも満足して欲しいんだけど」
あんまし触れてくれるな、とルイねぇがちょっとだけ不機嫌そうな声を上げた。
あれ。
「あんまし気を遣わなくても、大丈夫なんだけどな」
その違和感をクロにぃさまも感じたのか、ちょっとだけ柔らかく微笑んでから、カルパッチョうめぇーと明るい声を上げた。
ルイねぇの小学生の頃の話となると、こちらとて自ずと、あの頃のことを振り返る必要がでてくる。
もう、十年も前の話で、気持ちの整理はついているのだけど、そこら辺のことをルイねぇは気にしてくれたらしい。
「過去よりもむしろこれからの話をしたいところで」
いちおう、今日のイベントからレイヤーさんの撮影をばんばんやったわけだけど、次のコスROMどうしよっか、とかそういうのを是非にっ、とさらにルイねぇは話を別方向にぶっ飛ばそうとしてくれた。
「次かぁ。んー、次はできれば秋くらいには出したいところかな。ルイちゃんはともかくボクはある程度就職関連のことも考えないといけないし」
それに、そもそも新作男の娘ものがそれなりに出ないと、やるにしても……とエレナさんはちょっとだけ渋い顔を浮かべた。
一時期ほど、男の娘作品で当たったものがないというのも、ちょっと気になるところではあるのだろう。
二次創作のカテゴリに入るものの宿命といってしまえばそうなのだけど、元ネタがなければやれるものも制限されてしまうというわけだ。
「なら、もう男の娘コスっていうしばりなくして、普通にポートレートとか写真集とか出しちゃえばいいんじゃない?」
ギャップでたぶん、すっごく売れるよー、とはるかさんがタマネギをお箸でつまみながら、言った。
ああ、それは確かに、よさそうかもしれない。
身長こそそこまでないけれど、普通に読モなんかがやれてしまいそうな相手だ。
レイヤーさんの私服姿、というのは、エレナさんクラスになったらかなり需要があるんじゃないだろうか。
「んー、それはなしかな。あくまでもボクは性別不明で売ってるんだし。そういうのはプライベートでしかやらない予定」
「じゃ、プライベートで作ってみる?」
いちおー、アルバムの作成とかはノウハウとかツテはあるよ、とルイねぇが提案している。
へぇ。個人で学校の卒業アルバムみたいなのって作れちゃうものなんだ。
「むしろ、普通に町中での撮影とかはしてもらってるし、そこらへん集めてアルバムにしてみるっていうのはありかな」
お父様とか、それがあったら大喜びしそうかも、とエレナさんはあまり会場では見せないような、素の笑顔をさらして見せた。
もちろんそんなところもルイねぇは撮るわけで。
なんだか、こうやってあの写真達はできていくのかー、と素直に感嘆してしまった。
もちろんレイヤーとしてのエレナさんも素敵なのだけど、演技をしていない姿もキュート過ぎて。
あぁ、ほんと、どうして自分はこの場に居合わせているのだろうと、ちょっとだけ不思議に思ってしまうくらいだった。
「んじゃ、それを楽しみにしつつ、メインのお料理でございます」
カラカラと廊下まで運ばれてきた料理を、エレナさんがテーブルに運んでくる。
どうやらこのお屋敷には、執事さんがいるのだそうだ。今日はあくまでもサポートだけで表にでてくることはないようだけれど、それでもこの場を整えてくれた立役者といっていい人なのだろう。心の中でとりあえず感謝。
「あれ。メインはあっちの厨房でって感じ?」
「スープとかはこっちで温めておいたけど、まあこればっかりはね。せっかくお友達がいらっしゃるのでしたら、是非ともっ! こういう機会じゃないと腕がふるえないんで! って言われちゃってさ」
暖かいうちにいただきましょう、とエレナさんが並べた料理は、その……
高校の時に一回だけ、作法を覚えるとかいうのでフレンチのレストランに行ったときにでてきた、それと同じものだった。
「フォアグラと牛ヒレ肉のステーキ。いちおーミディアムにしてもらってるんだけど、しっかり焼き切ったほうがいい! って人がいたら、こっちでちゃちゃっと追加で熱いれるけど、どうかな?」
「問題なしです。っていうか、やわらかそう」
そこに現れたものは、ゆらゆらと湯気をたてていてまだまだ熱々だった。
「……フォアグラ……初めて見るけど、こういう感じなんだ」
はるかさんは一人、その料理に出会ったことがないらしく、おぉーと歓声を上げていた。
「あたしもここで初めて食べさせてもらいましたけど……まあ、普通はそんなに食べるものじゃないですよね」
焼き鳥屋の白レバーのほうがまだ、ありかも? という声に、ルイちゃんあっちも希少品だよ? とエレナさんが注釈を入れていた。
あ、白レバーってのはよくわからないかも。
「どっちも肝臓に脂を蓄積させているという意味では、似たような感じかな。白レバーは焼き鳥屋さんでおいてるところが時々あるけど、自然に多めに脂を溜め込んじゃった鳥さんなんだってさ」
そういう意味では人工的に作っちゃうフォアグラの方が養殖的な感じになるのかなぁと、エレナさんはちょっと考えながら言った。
「なにはともあれ、冷めないうちにいただいちゃいましょう」
「うわ、これ……すっごくお酒に合う」
なんか、贅沢しちゃってるなぁ、とはるかさんは初めての食感にぷるぷるしていた。
「楓香とクロやんは、フォアグラ経験ありな感じ?」
「いちおー学校の教育の一環で。テーブルマナーを教わるみたいな感じで」
「おにぃちゃんのところもあったんだ?」
さすがは姉妹校だ、なんて思いながら、フォアグラにナイフを入れた。
抵抗なくするっといくそれは、ほどよく火が入っていておいしそうだ。
「学校でテーブルマナーを教わる学校……くっ、まぶしいっ」
「大丈夫ですよ、はるかさん。あたしもはるかさん側です。テーブルマナーじゃなくて、味噌汁の作り方とか家庭科でやりましたから」
激しい音だけ立てなければ大丈夫ですよ、とルイねぇがはるかさんの手を取って仲間アピールをしていた。
なるほど。ルイねぇの学校って公立の高校だって話だし、あまりそういうのはなかったということなのだろう。
「で、でもフォアグラだめーって子、けっこういましたよ。私はねっとりしたこの感じ、結構好きですけど」
「高校生くらいだと、まだまだレバー自体が駄目っていう子多そうかも」
高級イコール、万人受けするわけじゃないって感じなのかなと、クロにぃさまが補足してくれた。
高級品だから手放しにいいというわけじゃないというお話である。
「個人的にはあん肝の方が好きだったりして」
回るお寿司屋さんにあん肝があるとちょっと幸せになります、とルイねぇは言った。
確かに、あっさり醤油味のあれもねっとりとおいしいと思う。
「じゃ、エレナっち。ここであの台詞を一言」
「内臓、食べたい、でいいです?」
どれだろうと、んー、とかわいらしくいいつつ、エレナさんは何かの妖魔っぽく、そんな台詞を言った。
それはそれでかわいすぎるわけで、きっと原作はぎひゃー! って感じなんだろうけど。
「って、エレナさんが男の娘が出てこない作品の台詞をご存じでいらっしゃるだなんて……」
なにっ、とクロにぃさまが目を見開いていた。
私はその台詞の元ネタをよく知らないけど、なんだか少年漫画の台詞の一つらしい。
大剣で戦う半妖の戦士の物語なのだという。
ちなみに、ルイねぇもきょとんとしていたので、よくわからなかったのだろう。
「ちなみに、お肉も食べたいです」
ああ、ヒレのお肉おいしー、とそんな中でルイねぇはステーキの方に手を出していた。
いけないいけない。こちらもメイン食材をはるものである。しっかり温かいうちにいただかなければ。
ナイフを入れたステーキはそれはそれは柔らかくて。
実はこの部屋にいる他の人が、みんな男の人だなんていう事実を考える余裕すら、今の私にはまったくなくなってしまったのだった。
打ち上げだーー! お料理だーー!
というわけで、「どきっ☆男だらけのお食事会」に紛れ込んだ楓香さん視点でお届けです。
おいしいお肉を食べるともうそれでいろいろどーでもよくなるよね!
そしてフォアグラは作者食した経験がございやせん。さすがに取材のために食べに行くのも……




