524.さあ帰ってきたぞ男の娘オンリーイベント3
「男の娘同人誌、か……」
たまにはこういうの見るのも楽しいなぁと思いつつ、ちらりとブースの方に視線を向ける。
小規模な会という話をしたものの本日の出店ブースは50くらいはでている。
それだけ男の娘作品が大好き! という人たちが多いというのは、それはそれで感慨深いものがある。
もちろん、その中のいくつかは珠理×ルイ本なんていうのをだしているのだれど。
まあ、ここらへんは生暖かく見てやってよ、とエレナからも言われているので、はぁー左様ですかというくらいに留めようかと思う。
というか、試し読みとかは、慎んでおこうかと思います。
さすがに本人に読まれるのを想定して描いてないだろうし。
話によると、どうやらほとんど崎ちゃんが攻めらしいのだが。
おまけに、ルイのおっぱいはBで描かれているらしい。割とリアルである。
実際はぺったんこなのですけれどね!
「うわぁ……これは……二冊、いいや、三冊ください!」
そんな中で、テンションの高い男性の声が聞こえた。
この会場ならばそれなりにありがち、ともいえることではあるけれど、ちょっと気になってそちらに視線を向けた。
「新刊入りました、はわかるけど……ええと?」
ちらりとそこで売られているものの表紙を見て、ちょっとルイは首をかしげた。
周りにあふれている珠理×ルイ本ではない。けれども、なんというか……
「オフセット。そうか、これがおっふセットというものか」
おふ……と、しっかりとした装丁の本になっているのをみて、変なことをつぶやいてしまった。
そりゃ、このイベントに向けて本を作ってる人は多くいるし、印刷会社に持ち込んでいる人たちだって相当いるだろう。
珠理×ルイ本は期間の問題でコピー本なのだけれど、メインの男の娘本はオフセットである。
けれども、それがどう見ても、ルイをモチーフとしているらしい表紙と、タイトルをされてしまっていたら、さすがにちょっとどうなのかと思ってしまうのである。
「中身、拝見させていただいても?」
声のトーンを抑えながらそう尋ねると、どうぞどうぞと店番をしていた男性二人組から声がかかった。
あまりこちらのことは見ていないらしく、スルーである。
本のモデルにしておいて、これか、といった感じだ。
まあ、隣の客の対応で精一杯なのだろうけれども。
「絵は割とうまい……けど、うへぇ」
ほぼ素でうへぇと言ってしまった。
その同人誌は、魔法少女ものだった。
このイベントに出ているので当然、男の娘ものであるのはたしかではあるのだけれど。
その主人公がなぜか、ルイなのである。
「アールはごく普通の男子高校生。けれども人には言えない放課後の生活があったのです……」
どこかで聞いたことあるフレーズだなぁと思いつつ、試し読みを進めていく。
「あーる! 町にリムーバーが現れたよ! さぁ、変身してっ!」
魔法少女にはつきもののマスコットキャラは、ちっこいライオンみたいなやつだった。
もふもふのぬいぐるみみたいなのがふよふよしている。
さっき押しつけられた猫のぬいぐるみにちょっと似ているだろうか。
学ラン姿の男の子がそのマスコットに言われるがまま、めたもるふぉーぜ! とか言いながらなぜかSDカードをカメラに差し込んでいた。
……変身キーってそれなのね、とか思いつつ、気を取り直して先に読み進める。
そして。
「爆撮天使! アールちゃん参上!」
「ひっ……」
なぜだか、背筋に嫌な汗をかいた。
今、魔法少女の姿をしているというのもあるのだけれど、そのキャラはカメラを装備した魔法少女であって、今のルイにあまりにも似ていたのである。
この手のものだと髪が伸びたりなんていうのもあるのだろうけど、肩の下辺りまでの髪の長さも変わらずこのままだ。
そもそもルイのウィッグは変えてないからいつだってこの長さである。
「爆撮! じゃないよ、ほんともう」
どうしてこうなった……と売り子さんたちに視線を向けた。
うん。改めてそこでブースを開いている人をみて、あぁ……と少し疲れた声を漏らしてしまった。
「あの、これって本人の許可は取っているのでしょうか。ねぇ、つぐたん」
「ですよねー、最高ですよねこれ!」
隣のお客ときゃっきゃと話をしているブースの人に、じとーっとした視線を送りながらそう尋ねる。
そこでピタリと三人の会話は止まった。
本来ならば、他のお客の邪魔はしたくはないのだけど、お客の方もまあ、あれなのでよしとしようかと思う。
「つぐ……ええと、誰のことでしょうか」
「しらばっくれなくてもよいのですよ? ねえ、八瀬さん」
それと、お隣は、にゃーさんですか? ともう一人の方にも声をかける。
今日の二人はなぜか男装なのだけれど、それでも八瀬のことは嫌になるくらい三年間見てきているし、にゃーさんもお化粧なしの顔でもある程度の判別というものはできる。
さっきからの会話だと、いつもの、にゃ語は使ってないようだけれど、見る人が見ればわかるものである。
「っまさかルイさんが足を運んでくれるとは思ってもみませんでしたのにゃ」
「あ、語尾がにゃになった。おまけに声切り替えですか」
「さすがに、ルイさん相手には猫の皮でもかぶらないと緊張してしゃべれないのにゃ」
男装の男が、ハイトーンで語尾がにゃ、というすさまじくあざとい男の娘状態になっているのだけど、お隣のお客さんは、おぉ……男の娘爆誕、とかなんとかいって大喜びしておいでだった。
さすがはどっぷりな御仁である。
「がっちがちに女装してもよかったんにゃけど、あんまりやり過ぎると騒がれるかもーってのと、今日はコスプレよりこっちの本がメインのおかずって感じにゃ」
つぐちんも、そういう理由でお着替えはなしなのにゃー、とにゃーさんは言った。
まあ、二人がそれなりに着飾ればかなりのものになるのはわかってはいるけれども。
それより、あーるちゃんを売るのが優先とはこれいかに、である。
「っていうか、どうしてこれ、最初学ランになっちまったんで?」
どなたが描いたのかしら、八瀬たん、とじぃーっと顔を見ながら尋ねると、いや、それは……と彼は視線をそらした。
「ここは男の娘中心イベントだから、男の娘が魔法少女をやるのはなんら問題はないと思うな」
「お客さん、わかってらっしゃる! そう。これの作者はルイさんをモデルにしたかった! だったらもう男の娘にするしかないじゃない!」
「まさに、おらぬなら、はやしてしまえ、男の娘、の境地! まさに神」
たぎるっ! と隣の客はぐっと拳を握りしめながら、うんうんとうなずいていた。
あの……いくら大好きだからとはいっても、そこまでとはどうなのでしょう。
「絵はお店の人で描けるのがいたから、二週間でやってくれたにゃ。ちなみに原案はつぐたん」
さすがは男の娘もの大好きなだけあるにゃー! とにゃーさんは、ばしばしと八瀬の背中をたたきながら上機嫌だった。
どうやら彼的には、男の娘変身ものはOKらしい。
「原案はつぐたんですか……ほほぅ、後で反省会ね。何なら男装でもして差し上げましょうか? ん?」
「……出来心だったんです……」
最強の男の娘っていったら、これだろ! ってさ、と八瀬はぷるぷる震えていた。
男同士のときは軽口を言い合えていたけれど、さすがにルイを相手にすると萎縮してしまうらしい。
「だって、カメラっ娘で、魔法少女で、爆撮っ! て決めポーズやって欲しかったし」
そろそろ自分もこういうのやってみたかったんだよ! と八瀬は開き直った。
まあ、作ること自体はいいとは思うけど、どうしてそこでルイをモデルにしてしまうのか……
「それならエレナあたりモデルにすりゃよかったんじゃないの?」
なんならつぐたんがモデルになりゃいいじゃん、というと、彼はくわっと目を見開いた。
「どうせやるなら、最強を目指すべきだろ! 僕の中で最強の男の娘っていったらルイなの。てかみんな珠理×ルイ本出してるけど僕から言わせれば、攻めは是非ともルイであるべき。カプの順番は大事!」
「いや、あの記者会見の惨状だと、みんなそうは思わんて……」
「うんうん。ルイちゃんは絶対受けだと思う。てか、男×男の娘が正義だと思う」
ぼそっと、隣の客が口を挟んできた。
どうやらこちらのやりとりをしっかり聞いていたようだ。
「はいはい、リーダーは黙っておこうか。っていうか、どうして来ちゃったの?」
まさか、個人で参加しているとか驚いたんだけど、と言ってやると、販売者の二人はきょとんとした顔になった。
お知り合いなのですかい? といった感じだ。
「実はですね……この人……」
こそこそ、と八瀬にだけ耳打ちすることにした。
騒ぎになっても困るからね。
「HAOTOのリーダーの虹さん、なんです」
「……は? え? ちょ……見た目全然違うんですが……」
「とりあえず騒ぎになるからご内密に」
こうしてみると、普通にどこにでもいる、内向的なおにーさんって感じなんだけどね、とげんなりした声を漏らした。
それでも虹さんは、大変に気分がいい、らしく、爆撮! とかポーズを決めている。よっぽどこの本が気に入ったようだ。
「まさか、そんにゃところにも男の娘好きがいるとは……こーにゃると、スキャンダルはまじでガセだったのにゃ」
男の娘好きーが、ルイにゃを好きになるわけもないんにゃし、とにゃーさんは一人なにか納得しているようだった。
ふむ。男の娘好きでも普通の女子と付き合いたい男子はいっぱいいると思うのだけどなぁ。
まあ、虹さんたちはこじらせちゃってるけれど。
「はいはい、その話はとりあえずあまり掘り下げない方向で。それよりもその本の話をしなきゃだよ」
まだ、納得はしていないんですからね、と言って上げると、八瀬はだってー、と少し上目遣いで、懇願するような表情を作った。
女装をしていなくても、表情だけでこれをやれるようになったのは、お店での経験のたまものというものなのだろう。
ちょと撮ってしまおうかとも思ったけれど、一人目は慎重にね! なんて言われているのでぐっと我慢をする。
今日はコスプレ撮影をしにきたので、いい感じの子を発掘せねばならないのだ。
「そもそも、どうしてさらっと爆撮したあとに、きゃっきゃとそのまま町歩きして撮影してんのさ……」
こういうのは、戦闘シーンに最大限力を入れて、そのあとさっそうと去って終了じゃないの? とぱらぱら本をめくりながら言ってみる。
まだまだ戦いは終わらない! とか、ちょっと衣装が崩れて、涙目になったりってのが定番だと思っていたのに。
何を間違えたのか、ふっつーにこのあーるくんったら、町の撮影とか始めちゃうという。
「そこはモデルを忠実に再現というか」
「あたしったら、こんなんか……いや、でもさすがに魔法少女はやらない……というか少女っていう歳でもない……」
さすがに町の平和は守ってないよ、というと、八瀬はほー、とこちらをじっとり観察してから、言った。
「そんな魔法少女なコスプレをしておきながら、それはないと思うよ、かなたん」
「かなたん言うな! っていうか、つぐたんが猫コスとかやればいいと思うよ」
ほれ、この子のコスをさあさあ、というと、八瀬は、そいつは! と目を輝かせた。
「つまり、ルイにあんな格好やこんな格好をさせて、変な妄想したり、はあはあしても、すべて許されるというなんという……」
「えっ、ちょ、たしかに原作ではそういう場面もあったけれども……おーい」
「やばい……いままで、家でしか妄想したことなかったけど、公然とそれがやれるとは……たぎるっ!」
ぐっと八瀬まで拳を握りしめてなにか変なことを言っている。
「まあまあ、あんまりがつがつ行くと、嫌われちゃうよ? 落とす気があるなら紳士的にゆっくりとね」
「真顔で、ふけつ……とか言われるのも、ごほーびって人もいますけどにゃー」
虹さんがなぜか不憫そうな顔を八瀬に向けていた。
でも、八瀬っちは男の娘が大好きなだけであって、別段付き合いたいとかそういうのはあまりないと思うのだけど。
「ま、とりあえずは周りにたくさんある珠理×ルイ本が今晩のおかずということで」
「……ふ、不潔です……」
八瀬があまりにもいい顔で、そんなことを言うものだから。
そりゃもう、盛大に唇をとがらせながら、そんな台詞をいうことしか、今のルイにはできなかった。
コピー本の中にオフセット本があると、おぉっ、て思ってしまう昨今です。でもコピー本もいいよね! わいわい楽しく本を作るのは、とてもいいことだと思います。
ちなみにあーる、のほうが語感がいいから、そうしてますがRUIなのかLUIなのかは決まっておりません。ちなみにジャックさんのルイはLouisだったりします。はい。




