523.さあ帰ってきたぞ男の娘オンリーイベント2
「ルイお嬢さま。ではこちらをどうぞ」
忘れ物ですよ、とエレナはきゅっと抱っこしたそれをルイに差し出してきた。
もふもふのそいつは、つぶらなお目々を向けて、じぃとこちらを見つめている。
「その子はさすがに無理っていったと思うけど?」
首をかしげつつ、ちょっとこまったようにそう言ってあげると、ですがとエレナは使用人モードを続けながら言った。
そう、その猫のぬいぐるみは着替えるときにも渡されたのだけれど、更衣室に思い切り放置してきたアイテムなのだった。
そもそも現状、杖だけでも撮影の邪魔なのである。その上、ぬいぐるみなんて装備したら両手が塞がってしまう。
え? カメラを置いてコスプレに専念? それこそあり得ない話だ。
「魔法少女といったら、マスコットキャラは必須! それにこの子は作中でもかなりの活躍をした良キャラなのですよ?」
「それは知ってるけれど。ていうか、さんざん読まされたので学習しているけれど」
それであったとしても、自立してついてくるならまだしも、お手々に持っていなければならないというのはさすがに難しい。
肩の辺りに乗ってもらうとしても、たぶん落ちるだろう。どっちみち押さえていなければならない
「それにさ、エレナのいう活躍って、大半はこのキャラの子をいじるっていう意味合いでだよね? スパッツに萌えたり、エロいコスプレさせて喜んだり、カメラもってカシャカシャ……って! エレナがこの子の役やって、あたしがそのぬいぐるみ役やればよかったんじゃ……」
そうすれば、余すことなく男の娘の雄志を撮影できたんじゃ……といまさらながらに、ルイは愕然とした顔を浮かべた。
今回着させられているキャラに関しては、それはもうエレナから昼間っから深夜までにかけての個人レッスンを受けている。
どこがうりか、どこが押しか。アニメ化いってまえ! くそぅ、うごく魔法少女を見たかった! なんてぐっと拳を握られながら語られたわけなのだけど。
まあ、このマスコット。人間の少女に変身するのである。
おまけに、中身はまったくもって、男の娘というか、主人公大好きで、やたら小器用なマスコット猫なのだ。
さらにはオタク趣味で、いろいろとあおったり、欲望ダダ漏れな感じなキャラなのであった。
「ルイお嬢様が、実は殿方であるのなら、その道もあったのでしょうね……この子は、これでも女の子ですから」
ほれ、ぴろーんと、エレナは猫のぬいぐるみの両肩を持って、腹の辺りを見せびらかした。
ええと、エレナさん。ぬいぐるみにはさすがに性別を示すものはないと思うのですけれど?
「本来ならば、生のコスプレイヤーさんを用意したかったのです! くっ、この際、身長はある程度仕方ないといいましょう! ですがっ、主催のはるかさんは、最新作のコスプレ合わせをするということで、あちらでわらわら集まっているし、わたくしは女の子キャラをやるなど、この身が許しても好みが許しません! くっ、男の娘専門レイヤーの名前は伊達ではないのです!」
「じゃあ、おうちでやる? さくらも呼んで撮影会とか」
「ぐっ……本日とは関係ありませんから、そのようなことは……ことは……」
ちらりと、視線をそらしながらエレナは葛藤を続けているようだった。
合わせという単語にそもそも憧れるエレナさんである。男の娘キャラとその周辺でのコスというのは、楽しみだろう。
「しかし、合わせというとはるかさんの周辺の人たち、みんな男の人だよね……なんというか、壮観というか」
「もはやはるか姉さまが、実は殿方であるなどという話は業界でも消えかけていたのですが……これでまた噂は広がりそうです」
普段はそこまで男の娘キャラをやってるわけでもありませんのに、とエレナは愉快そうな視線をはるかさんに向けていた。
仲間! というような意識が強いのだろう。
「こりゃ、卒業式の集合写真よろしく、あの並び順で撮影するしかないかなぁ」
「さすがに全員とはいきませんけれど、それなりにはなるでしょうね。みなさまきちんと髪型までそろえておいでで」
女装なのはわかっても、作品のキャラになりきろうという気概はきちんと感じられます、とエレナは満足そうにうなずいていた。
そう。
今回のイベントは男の娘中心イベントということで、女装している人たちがそれなりの数はそろっている。
けれども、それぞれのキャラクター愛がしっかりある人たちが多くて、正直この中で一番、キャラになりきっていないのが、ルイなのではないか? というくらいの勢いなのだった。
こういう会は、みなさんそれなりにポリシーや、愛があふれていて、撮影するときはいろいろと聞き出しつつ、一番好きなポーズなんかもかっちり決まりやすくて、とてもやりやすいというのがルイの印象だ。
まあ、逆にこだわりが強すぎて、その角度ではなくて、こちらからっ! とかいろいろと注文を受けることもあるのだけれど。それはそれである。
さて、そんな話をエレナとしていると、話題の相手である、はるかさんがこちらに近寄ってくるのが見えた。
「ごきげんよう、ルイちゃん。本日はよく来てくださいました。今までさぞやお辛い思いをされたことでしょう」
「ええ、本日はお招きいただきありがとうございます。また数々のご心痛を与えてしまったことを申し訳なく思っています」
やはり、とても綺麗な顔ではるかさんは優雅に挨拶をしてくれた。
まさに、キラキラと星が輝きそうなくらいである。腰くらいまである長い黒髪もかなり質のいいウィッグのようで、普段のはるかさんを見ている身としては、別人というような印象の仕上がりだった。
「……ルイちゃん。どうしてそこで普通にキャラ崩壊するの……きちんと魔法少女として答えてよ。男の娘なんだから、そこまでお嬢様言葉とか使わないってば……」
「ごめんなさい、エレナさん。どうしてもゼフィロスでの経験が表にでてしまって」
あら、いやだわ、と答えると、キャラ崩壊が、崩壊が……とエレナはぺたんと地面にへたりこんで、膝と手をつけてしまっていた。
うう、もとから演技は苦手だと言っているというのに。
「でも、はるかさん。このイベントでよくそのキャラ選びましたね……このイベントでなければ、合わせの他の子とか、女の子でそろえられたんじゃないですか?」
ね、生粋のお姉さま、と言ってあげると、うん、それはまあ、とはるかさんは、あっさりそれを肯定した。
みんなのお姉さまなんてコスプレ業界でも言われているはるかさんである。
彼ならば、本当に素の感じで、合わせをしようと企画を練れば、あっさり実現してしまいそうだったのだけど、本人もそれは自覚をしているらしい。
客観的に見るのであれば、はるかさんを男の娘主人公コスにして、ヒロインは女の子でそろえた方が、違和感というものは当然ない。
そりゃ、女装コスのクオリティはとっても高いし、みんな綺麗にしているとは思うし、これはこれでいい被写体という感想ではあるけれど、コスの合わせとしては、身長差という問題がやはり厳然として存在してしまう。
楽しければ勝ち! って意識は、もちろんあるし、この場が楽しければそれでいい! っていうのはルイとて承知はしていても、このはるかさんのクオリティを見てしまうと、美少女レイヤーさんたちに囲まれてるのも見てみたいとか、ちろっと思ってしまったのだ。
それはそう。二次元の、三次元化。エレナがいつだって目指している境地である。
「ただ、やはり、十周年ということもありますし、初心に帰ろうという思いがあったのです。昔、やはりこういうイベントで、私もヒロイン役をやらせていただいたことがありまして」
男の娘イベントだから堂々とできる、合わせでの女装は楽しかったですから、とふと懐かしさをにじませながらはるかさんは言った。
なるほど。こういう縛りがなければ、女装潜入系の主人公役のコスはやっても、ヒロインのコスを男の人がすることはまずない、ということか。
それは確かに、その通りなのかもしれない。そこに男の娘キャラがいるからこそやるという人が多そうだし、それに女性キャラをやるというのであれば、あえてそこに固執しないでも、他作品にいくらでも女性キャラはいる。
それこそクロやんみたいに、女性キャラは選び放題なのである。
となると、本当にこの作品を大好きな人たちが、さらには女装とか男の娘とか大好きな人たちが、その世界を作り出そうとして集まったということなのだろう。
それを考えれば、身長がどうのーとか、そういったことは些細なものなのかもしれない。
それこそ、この場を同じ話題で共有できる大切な仲間たちと一緒に合わせるという、そういう楽しみ方なのだろう。
「それに、みなさま心の底からこのシリーズが大好きな人たちが集まっていますので、そういう意味でも思い出話に花が咲くなんてこともあるのです」
あ、でもルイちゃんは当時十歳とかか……と、はるかさんはちょっとだけ遠い目をし始めた。
懐かしく思うのはやってもらってもいいけれど、さすがに十歳のルイを想像はあまりしないで欲しいのです。
「あはは、実は係長に、昔のルイちゃんの写真は見せてもらったことがあってね」
「な……ん、だ、と」
まて。あの父様はじーちゃんにだってあきれられるほど写真がだめな人である。
子供の頃の写真っていったら、それこそ学校イベントで他の人が撮ったやつとか、あとは姉様たちが撮ったやつくらいだと思っていたのだけど。
「あれ? 見たことない? 小学校の運動会の風景、みたいなやつ」
「……どうして父様がそれを持ち歩いているのか、あとで八つ裂きにしながら聞きます。ええ、口がきければあとはどうだっていいです」
どうにも父様のキャラには合わないなとは思いつつ、八朔でも食べさせながら聞き出すか、と不穏なことを言っておく。
「ルイちゃんちなら、家は写真いっぱーい、コルクボードに記念写真がばしばしっ、おしゃれ系とか思ってたんだけど」
「基本、家に写真はないですね。っていうか、はるかさんならおうちにご招待もできなくはないですが……」
んー、まあ、ここでする話ではないですね、といいつつ、この話が広がるのはあまりよくないなと判断を下した。
「それはそうと、はるかさん。社員旅行の方はよかったんですか?」
プライベートにはプライベートということで、ルイからはそれを吹き飛ばすネタをつっこんでおく。
例年GWに行われる、会社の社員旅行は今年もしっかり行われているし、父様も今はどこか遠くへ行っているはずなのだった。
泥酔した部下を介抱したりもしたのだろうか。
「そこは……ほら、今年はこのイベントの主催もあったから」
きちんとお断りしておきました、とお姉さまはなぜか、ルイの頭をぽふぽふしながら言った。
「はるかお嬢さまは、ルイちゃんの騒動に大変心を痛められ、いつ戻ってきてもいいようにとこの会に全力を尽くしてくださっていたのです」
ああ、さすがははるかさま、とエレナが地面にへたり込んだまま、よよよと嘘泣きを始めた。
ええと、エレナさん。あなただってきっちりキャラ崩壊しておいでではありませんか?
いろんなメイドさん混ざってない?
「わざわざ、励ますためにってことですか?」
「このままなでなでしてると、ハゲ増すかな?」
ああ、さわさわしてて気持ちいいとはるかさんは、ルイの頭をなでまわすのをやめるつもりはないようだった。
エレナに言われたことにすこし照れているらしい。
「でも、実際騒ぎが収まらなかったらどうするつもりだったんです?」
「そこは問題ありませんよ。たとえ騒ぎの渦中であろうと、きっちりしたセキュリティの中で、このイベントをやるつもりだったので」
それにここに集まってる人たちはみんな、ルイちゃんのことを変な目で見るような人じゃないから、とはるかさんはあっさりと言い切った。
問題が起きてしまっていても、みんなは味方だとでも言わんばかりだ。
「それは……なんか、その……嬉しい、ですね」
「ま、どっかの誰かさんが、ちゅーとかするもんだから、それはそれでみんなで祭になってしまったのですけどね」
ほんと、やるにしても個人宅とかでやってなよ、とエレナさまはぶぅーたれていた。
どうにもエレナは、崎ちゃん相手になると辛口になるようである。
「でも、あの発覚から一週間くらいなのに、みんなたくましいのではないかしら。我らがルイさんの新たなる新世界の幕開けに、もう大興奮というところで」
「あの、新しいって言葉が二重にかぶってますけども」
ちらりと視線を、同人誌販売のコーナーに向けたはるかさんに、じとーっとこっちも嫌そうな声を上げておく。
まさか、この短期間でそれを作り上げてしまうだなんて、本当にどういう力業だろうかと思ってしまうほどだった。
「いちおー、崎ちゃんはお友達、だからね。あれだって世間で言われてるみたいに番宣の一種で……今後はわからないけど、今は友達」
「……まじか」
どうやって答えようと思って、いろいろ考えながら言ったのだけど、はるかさんは演技するのもやめて、ぽかーんとした顔を浮かべ始めた。ええと、齟齬がないようにしっかり答えたのだけれど、なんなのだろうこの反応は。
「あのチューがきっと、ルイお嬢様をそそのかしてしまったのです。これで世間的にいろいろな苦境を乗り越えながら幸せになる同性愛ストーリーが確立してしまったのです」
「なっ、エレナ……それは言い過ぎ。あれはあくまでも、疑惑の興味をそらすためって、本人も言ってたし。ごめんとも言ってたじゃない」
「ですが、実際、こうやって友達にすら、そう言われるのです。そう友達にすらね」
じっと、はるかさんに視線を向けるエレナは、まあ、そういうことを言っているのだろう。
ルイの性別を知っている人=友達からすれば、今回は芸能界が騒ぐ以上にスキャンダラスなことである、という認識なのだろう。
異性愛と同性愛では、世間の受ける真実味というものに、やはり温度差がでるというのが今の世の中だ。
ルイと崎ちゃんのスキャンダルがあまり信じられなかったのは、一般の人の中にどれだけ異性愛が常識として根付いているのかを証明してしまった。
恋愛というもの自体がよくわかっていないルイであっても、世間の受け止め方の違いというものを体感して、そういうもんなのか、と考えさせられたのがこの前の事件の収穫である。
では、じゃあ実は、同性愛じゃないってことを知ってる人たちは?
そこらへんは、それぞれの反応というものがあるわけで。
「何を言いたいのかいまいちわかりませんね。あのルイさんが、写真を撮ること以外になにか興味を持つのでしょうか?」
二人で、あーだこーだ言っていたので、はるかさんが演技っぽく首を傾けながら、そう言い切った。
話はまあ、わかりますけど、「その単語」に何か意味でもありますか? という位の勢いだ。
恋なんてものは、落ちるときに落ちるもの。
そして、その隙がルイにはまったくもって見えない、という認識なのだろう。
「すがすがしいまでに、あの話を信じてない感じですね」
「そりゃもう。あっちは本気だとしても、ルイちゃんが誰かと恋愛できるとか、ちょっと想像できない」
結婚した後はそりゃあ相手が苦労するに違いない、とはるかさんは不憫そうな声を上げた。
「ですよねぇ。お嬢さまもお目が高い。絶対そうなるに決まってると、私も思っています」
「……うぅ。それ、あまりにもあたしがだめ人間みたいじゃん……」
半分は自覚はあるけれど、さすがに結婚したら相手が不幸とまでは思っていなかったので、ちょっとショックだった。
い、いちおうこれでもご飯つくったり、お風呂焚いたりいろいろできる自信はあったのだけど。
崎ちゃんちに泊めてもらったときも、朝ご飯ちゃんと作ったし。
「まあ、恋愛の形は人それぞれです。自分の大好き、を押さえてでも相手と一緒にいたいとか、そうなったらもう、たまりませんよね」
押さえた部分を相手が受け入れてくれて認めてくれたらなおさら幸せですけれど、と、はるかさんは余裕な笑みである。
まちがっても恋愛シミュレーションゲームの主人公というよりは、アドバイザー役のお姉さんという感じなのだった。
「そういうはるかさんはどうなってるんですか? 去年は旅行でお楽しみだったみたいですが」
写真、送ってくれてありがとうございます、というと、うぅ、と彼は顔を赤らめた。
ヒロイン力満点である。
「進んでないわけではないけど、それは……あとで話そ? 打ち上げのあとのは参加してくれるんでしょ?」
「それは……まあ。エレナんちでの打ち上げは、あたしも出るけど」
確かにこの場で個人の話をするのは、ちょっと違うなとは思うけど。
「こっちの打ち上げで、日をまたぐなんてことになるんじゃないんですか?」
「それは……うん。イベントとして告知してある後夜祭はきちっと終わらせるので」
その後は、各自フリーなのです! とはるかさんは満面の笑みを浮かべた。
もともと、話をするために夜の時間は空けてありますと言わんばかりだ。
「ちなみに、明日のお仕事は?」
徹夜かな? とちょっと思ってしまったので、それも聞いておく。
「有給はとってあるし、係長も、いいよ! って親指思いっきり立てたから」
とういうか、そもそもどっちに転んでもどんちゃんするつもりだったから、取っていたのさ! と、はるかさんにいい顔をされた。
有給って単語自体が幸せを呼ぶなにかなのだろうか。かわいそうに。
「さて、ではそろそろ私も会場を回らせていただこうかと思います。ああ、それと、一人目の撮影を誰にするのかは慎重にね」
その後は大変でしょうから、とはるかお姉さまは少し苦笑交じりに言いながら、あまり広くないそのスペースを見て回るようだった。
「一人目……か」
さすがにエレナをいきなり撮るようなことをするつもりはない。
二人目以降は撮って欲しいと言ってくる子がそれなりに出ることは予想されるので、一人目は本当にルイがこれは是非撮らせていただきたい! と思える相手を選ぶ必要があるのだ。
「ま、でもその前に同人誌コーナーを見せてもらおうかな」
ね、どうかな? とエレナに声をかけると、はいお嬢さまと、恭しい声をかけられてしまった。
さぁ男の娘本などをいっぱい見に行こうではないですかっ! と言わんばかりのエレナを横目に。
やっと、帰ってきたんだなぁという満足感をルイは感じていた。
はるかお姉さまとの会話がなんだかとんとんと進んでいくので、気がつけば長めに。
にしてもキャラになりきるのって難しいなぁとしみじみ思います。というかお嬢さまこれでいいんだっけ? と作者が苦悶するという感じで。
猫マスコットは、まあ。その……人型のほうのコスを誰かにやってもらうのも考えたのですけどね……それこそ八瀬っちを連れてくるとか、ちょっと無茶をしないといけないと言うことで……




