522.さあ帰ってきたぞ男の娘オンリーイベント1
「ルイねぇって、ほんと頭おかしいよな」
会場の一角で話をしていたら、いきなり健こと、クロキシにひどいことをいわれた。
本日はコスプレイベントの方の復帰第一弾。
男の娘キャラオンリーイベント、「おと☆コン」に参加している最中だった。
さて。オンリーイベントと呼ばれるものは、基本的に小規模で行われるものである。
一つのジャンルが、もしくは一つの作品が好きな人たちが集まるので、会場もそこまで広いところを使うわけでもなく。
コスプレオーケーな建物のワンフロアを使って行う、なんていう感じになりがちなのだった。
今回のイベントもその例に漏れず、会場は大手の会場に比べればかなりこぢんまりしている。
しかも、今日という日付は年に数回もない大規模イベントとかち合っている関係もあって、この場にきているのは本当に男の娘好きな人たちが集まっているという感じなのだった。
「クロねぇさまは、いくらなんでもねちねち言い過ぎだと思います」
さて、本日のイベントに参加しているのは、黒木姉妹……いや、兄妹もだった。
いろいろと聞きたいこともあっただろうし、実を言えばHAOTO騒動の時は早めにメールも送ってくれていた。
それなのに、あのときできた説明は公式の通りで、特別悪いことはしてないということだけ。
そしてその後の記者会見を経て……まあ、従姉妹殿たちにはこうやっていじられ続けるという始末になってしまったわけだった。
「それで、ノエルさんは今日は一緒じゃないんだ?」
「ま、俺たちだっていつも一緒ってわけじゃないしな。それにこのイベント、女性は男の娘キャラしかやっちゃだめだろ。自分にはちょっとハードル高いって、渋ったんだよ」
男装はいくらでもやるっていうのに、どうして男の娘ができないのか、悩ましいんだけど、とクロやんは首をかしげた。
ちなみに、今のクロやんは男の娘キャラ、というわけではなく、とある作品の女子高生制服姿だ。
このイベントの特殊なところは、女性の場合は「男の娘キャラ限定」なのに対して、男性の場合は「女装していればOK」という部分があって、男性の場合のキャラの選択はかなりの幅があったりする。
「クロねぇさまは、男の娘というものがどういうものなのか、よーくわかってるから簡単にいえるんでしょうけど、実際、キャラになりきるのは難しいと思いますよ」
いろいろと仕込まなきゃいけないこともあるでしょうし、メンタル面だって、と私服姿の楓香はあきれたような声を漏らした。
そう。楓香さんったら、今日はコスプレはせずに私服姿なのだ。
さて、このイベントはコスプレオンリーイベントというわけではない。
コスプレもあるけど、同人誌即売会でもあるのだ。そこに出店している人たちは私服姿の女性もちらほらいる。
なので、さっきの縛りはコスプレをするのならば、というような話なのだった。
だったらノエルさんも私服でくればいいじゃないという話なのだけど、クロとセットで自分だけコスプレできないのは、ストレスがたまるのだそうだ。彼女らしい言いぐさである。
「そうだねぇ。かくいうあたしもなりきってる感は、ほぼ、ない」
うん。とルイはカメラを首にぶら下げながらも、うんうんと深くうなずいていた。
本日のルイの装いは、それはもう、滅多にやらないコスプレ衣装なのだった。
魔法少女とでも言えばいいのだろうか。ひらひらーで、ふわふわーな衣装に、杖も装備する羽目になっている。
そしてこの杖が正直あんまり面倒で……カメラを握るときに脇に抱えるしかないという困りものだった。
なんでこんな格好をしているのかと言えば、まあご想像の通り、エレナさまが、あの騒動のせいでずいぶんとボクもがんばったんだよねぇ、わかるよね? ね? とかいってばばーんとこの衣装を持ってきたのだ。
ちょっと古い作品だけど、絶対ルイちゃんに似合うよ、なんて言いながら。
「演技っていう面では確かになぁ。つーか、ルイねぇはもうちょっと男っぽくしゃべった方がいいんじゃない? りりしかわいいのがいいと思うんだ」
ルイねぇは、ちょい女子すぎると思う、とクロやんはうんうんとスカートから少し見えているスパッツのあたりをみながら、しきりにうなずいていた。
どうやら原作をご存じのようだ。
「でも、このキャラ、割と女の子っぽくない? 中学校で制服着ててもきゃーきゃー言われてたりさ」
「ああ、つまり普段のルイねぇみたいってことか」
学ラン着ててもかわいー、みたいな? と言われて、ナンノコトデス? と片言に答えた。
いちおう、中学のころは心当たりはあるわけだけれど、高校に入ってからはそんなことはもはやない。
まともな学生生活を送ってきたつもりである。
「あとはロングウィッグはともかく、白銀色かぁ……と」
金髪とかは慣れてるけど、この白銀っていうのが、コスプレしてますー! 感がと、ちょっと毛先をつまみながらぼやいて見せる。
よくアニメとかゲームとかで白金色の髪のキャラは出てくるのだけど、これが2.5次元になるとまたちょっと現実離れした感じになってしまう。
エレナならやりこなせるので、おそらく日本人は黒髪だ、という印象が強すぎるだけなのかもしれないけれど。
そもそも、ルイは撮る側であって、撮られる側としては慣れていないのだ。
「せめて、カメラを持ってるキャラにしていただきたかった……」
「そこはしゃーないって。ルイねぇーが仮に男子であったなら、それこそ最新男の娘ゲーの、新聞記者役とかもやれたかもしれないけど」
おとなしく、可愛い男の娘キャラをやっててくれ、とクロやんはにやにやしながら、んじゃー、同人誌でも見に行きますか、と妹を誘って離れていった。
後で、撮ってとは言われているけれど、とりあえずは一人でルイを独占するのもちょっとと思ったのかもしれない。
「同人誌か……」
そういや、前にカメラ関連の同人誌書いてた子は、その後どうなっただろうかとちょっと懐かしく思った。
さすがに続きを出しているだろうか。男の娘専門であるここに来ているわけもないとは思うけれど。
ちらりと会場を見回すと、まだまだ設営準備に追われているという人の数が多かった。
スタートは十時からではあるけれど、それまでにブースの設営や、レイヤーさんは着替えなどもあるので、入場自体は九時から解放しているのである。
「うぅむ、設営中の写真とかも撮りたいけど……さすがにちょっと無遠慮かなぁ」
一般の町中とかなら準備段階の写真もよく撮るのだけど、そもそも声をかけて許可を撮って回るのも大変だ。
それにイベントに来る人は、撮られたいという人ももちろんだけど、写真はちょっとという人も少なからずいるものだ。
そうなってくると、ここはぐっと我慢をさせていただいた方がよさそうだった。
そんなふうに興味深く会場設営を見ていたら、十時を告げるチャイムが鳴った。
アナウンスももちろんスタート。小さな会場でもそれは変わりなく、イベントの開催を告げる開会のアナウンスと、注意事項を告げる言葉が続いた。
そして、である。
「みなさま、本日は定例となります、おと☆コンにお越しいただきましてありがとうございます! これから、我が主人から言葉がありますので、ぜひ、お耳をぴんとたてて、ご拝聴くださいませ」
会場に甘やかな声が広がった。
それは皆様おなじみの声。
そして、あのエレナの声には違いなかった。
彼女は壇上で、メイド服を着込みながら、やっとこの日が来た! と言わんばかりにきらきらした笑顔を浮かべている。
服装は新作が来るかと思いきやそうではなく、以前にもお披露目されたことのある音泉ちゃんをモデルにしたキャラのコスプレだ。
メイドの男の娘は割と多いとは言っても、やっぱり今日はこれ! みたいな心境らしい。
そしてエレナが少し後ろに控えたあと、会場には別の人影が姿を現す。
おお。すらっとしたそのシルエット……
うわ。これ、撮っていいやつかな? どうなのかな?
「ごきげんよう、みなさま。本日は、男の娘オンリーイベント、おと☆コンにご来場いただいてありがとうございます! 開始時にご挨拶させていただくのはいささか照れますが、このイベントの主催の西王子はるかともうします! 男の娘と、普通のコスプレを愛する一人ですっ!」
以後、お見知りおきを、とぺこりと頭を下げると、会場からは、きゃーーー! という黄色い声が上がった。
もちろん半分以上は、黄色いかどうかちょっとわからない声も混じっていたけれど。
そう。本日のイベントの主催がはるかさんだ、というのは前から知ってはいたのだけど、それがまさか。
「まさか、お姉様なあのキャラをやるとは……」
緋色のワンピース制服と、長い黒髪が腰くらいまで届くその姿は、まさに、あの寮のお母さんとささやかれるあの女装潜入キャラに違いなかった。
しかもだ。
はるかさんはあれで、身長はルイよりもあるわけで。すらりとしたワンピース姿でとにかくすらりとした足が映える。
きっとあれ、エレナ的には、身長そこそこないとできないー! って悔しがってるんだろうなぁ。
エレナの身長だと、ヒロインの方がらしいしね。
まあ、はるかさんとて、男性としては身長は低い方ではあるんだけれどね。
「そして、今回これを立ち上げた理由の半分は、リア充どもにもてあそばれた、ルイちゃんと、エレナたんに、存分にこの空間を楽しんでもらおうと思ったわけです」
二人に変な感情をお持ちの方はいませんよねーーーー! と、壇上の人があおると、会場はちょっと考えながら。
「らぶりーーーー」
とだけ答えた。ええと、これだと、主催者の意図とかぶるのかわからないのですが。
「はい、ご同意いただいたということで。前からの告知と同じく、ルイさんへの例の件への追及はなし、エレナっちは……聞いてもいいけど狸なので答えないよ? こんこん、だそうです」
今日が狸耳コスなら、よかったのに、と彼女までへんにゃりしてしまった。
いや、はるかさん。狸は、コンコン鳴かないと思うのです。
「それと、本日は同人誌側も珠理×ルイ本がかなりの厚みをもっていますので、ご本人は気をしっかりもっていただこうかと思います」
ああ、来ましたわ! と、なぜかお嬢様言葉ではるかさんはキラキラしたいい顔を見せてくれた。
「では、男の娘イベント、おと☆コン、スタートです。みなさま羽目を外しすぎない程度で、楽しい時間を過ごしましょう」
お姉様からのお願いです、とぱちりとウィンクをしたはるかさんは前にあったときよりもはっちゃけているようで。
もちろんその瞬間にもシャッターを切ったルイなのだった。
久しぶりに、男の娘イベントということで!
誰にどのキャラやらせるかなぁとちょっと悩みましたが、うちの作品の男の娘って、わりと女子の平均身長くらいの子が多いので、お姉様だれにすんべ、とちょっと悩みこみました。
ちなみに、かおたんがやってるのは、かなたんなので、スパッツです。さぁ、叫べ、オーバーゼアー!




