521.復活 田舎めぐり2
おばちゃんの家は、古い日本家屋ってやつなのだけど。
その隣には、モダンな一軒家がでんと建っていた。
屋根にはソーラーパネルがくっついていて、さらには庭もあるという感じのおうちである。
屋根も瓦葺きではなく、つるっとしていて、外壁ともあいまってシックな印象を与えていた。
「ええと、確か前は普通に荒れ地でしたよね?」
ここもかー、なんて思いながら声をかけると、おばちゃんからは、まあそうねぇ、と返事が来た。
なるほど。自分の家のお隣が引っ越し組となると、田舎においては少しばかり気になるところもあるというところだろうか。
「ちょうど一年前くらいに家が建ったんだよ。ハイカラな家でね。オール電化っていうの? 太陽光で発電するとかってやつで」
おばちゃんの世代だと屋根の上にあるのっていったら、太陽熱温水器みたいなのだったんだけどねぇ。と、不思議そうな顔を浮かべている。もちろんルイからすれば、屋根にあるのはソーラーパネルというのが常識である。そもそも太陽熱の温水器ってなんだろう? なんて思ってしまったレベルである。
技術の進歩というものはすごいものだなぁなどと思いながらパネルの写真を撮らせてもらった。
「でも、お隣さん自体は良識のあるいい方たちだよ。越してきた時もご挨拶してくれたし。あとは小さなお子さんがいるからねぇ。ちょっとうるさくなってしまったら申し訳ありませんってさ」
そんなに気にしなくてもいいのにねぇ、とおばちゃんは朗らかに笑っているけれど、残念ながら子供の声を騒音と思う人たちも世の中にはいるものである。
三月に斉藤さんにお願いされていた、保育園の卒園式の撮影に行った時にも、ご近所迷惑にならないようにあまり庭では遊べないなんていう声も上がっていたくらいだった。
もちろんお隣がOKと言っているのならまったく問題はないんだろうけどね。
「だから、記念になるのは写真だっていうとろうがっ」
「なにいってんですか、お義父さん。圧倒的にムービーのほうがいいに決まってるじゃないですか」
さて、当のそのおうちからは、なにやらにぎやかな声が上がっていた。
あきらかに子供の声ではなく、二人の男性が言い争っているようだったのだ。
「おや。ありゃあ嫁さんの親父さんじゃないかい。珍しいねぇ、こっちに来てるなんて」
お隣さんは核家族というやつで、それぞれの両親は電車でちょっと行ったところと、あとは県外に住んでいるのだそうだ。
父方は近くにいるけれど、母方は遠いというやつで。
まさに、その遠いほうのおじいちゃまが、この家を訪れている真っ最中ということだった。
「なにおう。孫の初めての庭遊びじゃぞ? そりゃーばっちり写真に押さえるのがいいんじゃろうが」
「後で見返したら絶対ムービーのほうがいいですって。今のは高性能ですし、手振れもしませんから」
子供の記録はムービーですってば! と父親が唾を飛ばして抗議をしている。
ううむ、きちゃないなぁ。
「ずいぶんと賑やかなもんだね。大の大人が二人もそろって」
「あ、これはお隣の……騒々しくてすみません」
二人が言い争っているのを困ったように見ていたお嫁さんが申し訳なさそうに頭を下げている。
ちなみに今日の被写体はというと、ちょこんと庭に続くリビングでおとなしくお座りをしながら、だうー、と声を上げているようだった。ちっちゃくてかわいいものである。
「おぉっ、お隣のっ。お騒がせしております。この若いのが記録はムービーが一番とかぬかしよるので。やっぱり子供の記録といったら写真が一番ですよね!」
わしら世代だと、とじいさまはカメラを構えて力強く言い切った。
ほう。がっちりホールドしているカメラは、そこそこお値段のする一眼だ。デジタルではあるようだけれど。
「やめてくださいよ。昔はムービー撮るとしたら8ミリとかしかなかったからハードル高かっただけでしょ。今はほら、こんなに簡単に撮れるんですから」
むしろそのカメラでも動画撮れるでしょ、と父親のほうはあきれ交じりに言った。
「これは、こまったねぇ。ルイちゃん。専門家としてなにか意見あるかい?」
「小さい子の撮影ですか……」
うーん、と顎に指をあてて少し考えていると、お隣さんの三人の視線がこちらに向いた。
誰だろう? というところから、お? とすぐに誰だかわかってしまったようだ。
くっ、こっそり撮影したいというのに、とんだ有名人になってしまったものである。
「まさか、魔女もどきのルイさんですか?」
「……会見だとそんな言いぐさでしたけど、さすがに魔女もどきは勘弁してください」
普通にカメラマンなだけですから! と言ってあげると、あ、はぁ、すいませんと謝られた。
「それで。子供の記念に動画か写真かどっちがいいか、でしたっけ?」
「カメラマンのおまえさんならわかるじゃろ。断然カメラよな。瞬間のえー顔を写し撮るんじゃよ」
「いいや。あんなムービー作っちゃうルイさんなら、動画の良さもわかるはず」
質問を確認すると、どうにも男性二人でまたいがみ合いが始まってしまった。
うーむ。これはうちの父様とじーちゃんを見ているような気分になるなぁ。
まあ、木戸家の場合は実の親子なわけで、義理の父というような関係ではないけれどさ。
「私からの提案は、どっちも撮ればいいじゃない。ですかね」
「……正論だねぇ。こりゃ」
おばちゃんに、思いきり同意してもらったけど、男性陣二人は、え? というようなぽかんとした顔をされてしまった。
何言ってんの、と言わんばかりだ。
「それをするとしても写真のほうがいいじゃろー? お前さんだってカメラにぞっこんじゃーないか」
「な。その質問をカメラマンにするっていうのが間違いですって。動画を撮れる人に聞けば絶対そっちの方がいいと……」
あらあら。また言い争いになってしまった。
結局はお互い、どっちが優秀なのか、というのをはっきりさせたいようだった。まったく男の人って感じである。
ルイとしてはそういう競争心とかあんまりないので、いつもこういうのを見るとため息が出てしまう。
「あー、はいはい。そんなに優劣つけたいってんなら、お答えしますよー! モデルがちっちゃい子供なら、圧倒的にムービーの勝ちです。以上」
「はい?」
「え……君の答えがそれなのかい?」
じいちゃんは、何言っとるんじゃ? と硬直し、自分の意見を認められたはずのお父さんの方も、なんで? と目を丸くしていた。
味方してあげたんだから、素直に喜んでおこうよ。
「私としては、記念系の写真っていうのは、その時の本人の思い出とリンクしているものだと思うんですよね。ああ、この山行ったなぁとか、ここで食べたあれがおいしかったーとかね。だからこそ、それを意識して撮ったりもするんですけど……」
んー、とちょっと難しい顔をしながら、今回の主役を見る。
まだまだお小さい体でいらっしゃる、その子は、ふわふわと浮かんでいるちょうちょにご執心のようで、おててを伸ばしているところだった。
「まあ、三歳くらいまでの記憶ってないですよねぇ。私も初めて立った時の記憶とかないですし。だったら本人が後から見返すために撮るなら、絶対ムービーですよ」
ま、ご家族が振り返るために撮るなら、断然写真ですけどね! と親指をぐっと上げてみせる。
だって、写真のほうが思い出とのリンクはしやすいからね。
場合によっては、過去さえ塗り替えてしまうことだってできるのだから、写真の可能性というものはすごいものなのだ。
「将来この子が見るためにはムービー、か……なるほどの。そういわれれば確かにそうじゃの。最近のは手振れしにくいというしの」
「そして、思い出を掻き立てるなら、写真ですか。きっとこうやって僕らが言い争いをしていたことも、写真を見ながらこの子に話せる日がくるのかもしれませんね」
「上手くまとまってよかったわ……」
とりあえず、お隣さんはそれで納得したような顔になったので、その風景を一枚撮影。ほっこりしたものに仕上がった。
まあ、いい思い出にしてもらいましょう。
「それで。お子さんの写真の撮影は私も混ざっても構いませんか?」
ちらっとおばちゃんの顔を見ながらみなさまにそんな提案をしてみた。
いちおうこれでも、乳幼児の撮影というのはやったことはあるけれど……シフォレのあいさんの時に病室に行って撮らせてもらったくらいなものだ。正直もっといろいろ撮ってみたいのだ。
小さい子に、依頼でもないのにカメラを向けるなど、いろいろと危険が危ないのである。
下手をすればいかがわしい写真を撮ってるんじゃないかーとか言われかねないのだ!
「おぉ、あのルイさんに撮ってもらえるならうれしいのう」
「ええと、お値段とかは?」
こそっとそう申し出てくるのはお嫁さんだ。家計の心配をしているらしい。
「完全に今日はオフで趣味ですから、そこらへんはかまいませんよ。ただ、こちらでもデータは保管させてもらいますけど」
それで構わなければ、というと、おおぅ! こりゃー素晴らしいことじゃー! とじいさまがいった。
さて、それはともかく撮影だ。
「だうー」
幼子は基本、自由だ。どう動くかなんてわからない。
なら、とにかくシャッターチャンスは逃さない、というのが大切だ。
とにかく、すべての表情を。
ころころ変わるその顔を。
さぁ。
余すことなく撮りましょう。ムービーに負けないように。
「きょ、今日の撮影はここまでです! うちのこ疲れちゃってますから!」
「そうじゃよー、いくらストロボたかんといっても、あんなになめまわすように撮ってはうちの孫が……」
「あうー」
どれくらいの時間がたったのかわからないけれど、なぜかご家族に止められた。
ええと、まだまだこんなもんじゃないのだけれど。
そもそも、単体を撮っただけで、あとは絡みとかも撮りたいのだけど。
周りはそういうけど、赤ちゃんまだ元気で、きゃっきゃしてるよ?
ほらほら、またちょうちょさんがきたね? ちっちゃいおててがいろいろ動いてございます。
これを撮らずして、どうしろと?
「おやまぁ。それこそ写真の魔女なのかねぇ。ちょっと空気感がちがってあたしら話しかけられなかったよ」
「話しかけるもそんなに時間たってなくないですか?」
そんなにたくさんは撮ってないですよ、というと、えぇーと周りの大人から怪訝な声が漏れた。
一人フリーダムなのは、相変わらず別のちょうちょを追っている幼子だけである。
うぅ。ちょっと保護者を放置しすぎただろうか。
「ええと、ご家族での交流をちょっと離れて撮るのはありですか!」
しつこく粘着はしませんから! としゅびっと敬礼をすると、ご家族からは、そういうことなら……ととても微妙な顔をされてしまった。
まあ、でもこれくらいちっちゃい子の撮影も、なかなかに楽しいなと、その日はとても満足した一日になったのだった。
わしは、その日の光景を忘れることはないじゃろう。
久しぶりに、娘夫婦の家に遊びに行ったときのことじゃ。
その日は、孫が庭で遊ぶというので、それを撮影しにいこうと思い切り勇んで家に向かったんじゃ。
これでもわしも素人ながらそれなりに写真を撮ってきたからのう。
孫の勇姿もしっかりと撮ってやろうと思っておったんじゃ。
そしてまあ、いろいろあって、最近テレビにでまくってるカメラマンがそこに加わることになったんじゃが……
さすがはプロというだけあっていいカメラを使っておった。おまけに、本人は息をのむほどに綺麗なのじゃから、こりゃー若いのは放っておけんじゃろうなぁと、最近の騒動のことも納得したのじゃった。
しかも、写真に対する向き合い方というのも、なんというか、変なこだわりがないというか。
あんなにカメラが大好きなのに、ほかのも柔軟に受け入れるというのは、すごいと思ったものじゃった。
ま、さすがに孫にあんなに迫って粘着して撮影されると、ちょっとどん引きしてしまったがの。
それはそうと、みんなで撮影をしようということで、孫がぺたんとおしりをつけた状態から立ち上がるところを撮影したり。
「ばーば。ばー」
きゃっきゃと、孫が隣のばあさまに手を伸ばしているところも、思い切り撮影した。
不思議と、子供を前にすると誰しも笑顔になるのだからなんともいえん。
まあ、うちの孫がことらさかわいいからじゃがね!
自分の足で庭を歩いたりというところも少しだけ撮ることができたんじゃ。
ムービーも撮っているから、あとでじっくりと再確認じゃな。あとでデータはよこすように言っておこう。
大満足といっていい撮影会になったわけじゃが……
一つだけ。本当に一つだけ。
わしには心残りができてしもうた……
それは、庭遊びも終わって、娘が孫をだっこして、部屋に上がろうとしたときのことじゃった。
室内には、ルイさんがカメラを構えていて、ちょうど娘の姿を押さえようとしているときじゃったのじゃ。
赤子というのはたいてい、周りに興味があるものでの。
目の前にあるもの、触れるものは触るものなんじゃよ。
そして、そこで、その事件は起きたのじゃ。
「だうー」
ひらりと、ルイさんのスカートが孫の手によって上げられよったのじゃ。
これは偶然。事故のようなものじゃ! うちの孫が悪いわけじゃあない!
しかし……
しかしだ!
わしはあろうことか、その瞬間、シャッターを押せなんだ!
ああ、その奇跡的な瞬間を、わしは画像に残すことができなかったのじゃ!
「黒……だ」
「ちょ、おまえさんたち! 何を見てるんだい!」
あまりに衝撃的過ぎて、わしらが固まっていると、隣のばあさまがそれをたしなめた。
い、いかん。確かにあれは、黒じゃった。
なんというか、健康そうな白い太ももに黒のらんじぇりーは、反則じゃと思った。
隣のばあさまはそうはいうが、こんなものを見せられてしまったら、男としてはもうどうしようもないじゃろう。
ちなみに、娘の旦那のムービーにもその姿は映っていなかったそうじゃ。がっくり。
じゃがま。それはそれでよかったんじゃろうな。
盗撮はもちろん犯罪なのじゃし、あれは形として残ってしまってはいけないたぐいのものじゃったのだろう。
「心のアルバムか」
孫が大きくなったときに今日の話をしたら、どんな反応をするじゃろうか。
ああ。まだまだ長生きせんとな、とわしはにんまりとその日にできた写真を見ながら思ったのじゃった。
さぁ、お孫様の撮影会! ってな感じで、相変わらず写真バカっぷりを発揮してみました。
ほのぼのとホームを撮影するのはほっこりしてよいですね。
そして、赤子の描写は作者初めてでございます! 長いこと小説書いてるけど、ほんと初!
ああ、遠いところにきたものです。
斉藤さんと保育園の話はEPでできればいいなとは思ってますが……あっちでも幼稚園児にいろいろといたずらされていたりしましてな……




