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520.復活 田舎めぐり1

再開一回目は、田舎に行こうということで。

作中、おばちゃんと言ってますがだいたい六十代後半くらいです。


「銀香町よ、私は帰ってきた! と言いたかったーー」

 うわあーーん、と駅を降りて、がっくりきながらも、とりあえず肩にずしりとかかるカメラの感触に少しホッとする。


 さて。復帰第一回目は銀香町にと思っていたのだけど、千紗さんに連絡をいれたら、「まだ記者とかうろうろしてるからやめた方がいいよ」なんて言われてしまい、ちょっと別の町を歩いてみることにしたのだった。

 騒動自体は、ほとんど崎ちゃんが話題をかっさらってくれたおかげで沈静化してくれてはいるのだけど、それでもあれだけの数の記者がいれば何人かはルイの方に視線を向ける人たちもいるというわけで。


 さらには、ネットで擁護してくれた人たちの問題もあるにはある。

 彼女たちが今どうしているのかは一応聞いているけれど、それでもイベント関連でどうなるかわからないので、大きなものに参加するのはしばらく控えようなんていう話もあった。小さいオンリーイベントはでるつもりだけどね。


 ちなみにあのシュプレヒコールの主催はなんと長谷川先生だったそうで、かなりびっくりさせられた。

 しれっと木戸として、どうしてそんなことやっちゃったんです? と尋ねたところ。

 ルイたん擁護の過激派の若い子たちが暴走してしまった結果だったんだお、という答えが来たのだった。


 その話を聞いたときは、そうかぁ……撮った子たちそんなにルイにご執心か……とちょっと嬉しいような、怖いような。そんな感情が浮かんだものだった。

 だからと言って、撮影を辞めるつもりはまったくないけどね。

 コスプレ関係のほうも明後日、エレナも参加する小さめのイベントに出るつもりだ。

 もちろん、芸能関係者立ち入り禁止だし、前回騒ぎを起こした子らは謹慎中である。

 あまり騒ぎになりすぎずに楽しめればいいと思っている。


「ま、でも、こっちもいつか来たいとは思ってたし、いっか」

 

 この駅を降りるのも三年半ぶりくらいだろうか。

 高校生だったころに一回だけ訪れた、少し遠い田舎の町。

 銀香町よりもさらに下ったところにあるそこは、帰りがけに思いっきり痴漢をされ……そしてそのまま、青木に告られたなぁという思い出の町でもあるのだった。

 ショートパンツとか二度とはかないもん、と心に深い爪痕を残したものである。


 って、町の方も湧水があったり、果樹園があったり、ネギ畑があったり、ちゃんと思い出ありますよ! 大丈夫。


「よっし、果樹園もしっかりとそのまんまだ!」

 いいねいいねぇ、とまだ実を付けていないそれらを撮影していく。

 あの時は十月だったのである程度実もついていたのだけど、春先のこれはまだまだ、ただ木々がある程度の一定間隔で植えられているだけという感じだった。


「こっちもやっぱり四季で撮ってみたいなぁ」

 うーん。ちょっと遠出をすることになるから当時はお金をけちってここまで足を延ばせなかったのだけど、今ではある程度カメラ関係のアイテムも買いそろえたし、コンビニでのアルバイト以外にもルイとしての稼ぎがあるのでこれくらいの交通費ならば特別問題にはならないようにも思う。


「確か、この先を進んでくとネギ畑があって……」

 かつての記憶を思い出しながら、歩を進めていく。

 果樹園の先は、ばーんとネギ畑だったわけだけど、さすがに五月ということで、畑の土が作られているだけだった。

 あの時は、おっちゃんに土は踏み固めないようにと注意されたっけなぁと、ちょっと懐かしく思う。


 そして、その先に進んだときのことだった。

「ええと……あれ?」

 山道みたいなところにある祠に行く途中の景色を見ながらルイは、はてと首をかしげていた。

 正直、一気に田舎になるなぁと思ったくらいに、以前は緑一色という感じだったのだけれど……

 どうにも、目の前に広がっているのは、できたばかりに見える住宅ばかりなのだ。

 もちろん、ところどころに土地はあるし、木々なんかも残っているのだけれど。

 ううむ。なんかだいぶ住宅街にシフトしてしまっているような感じなのである。


「おやまぁ、ルイちゃんじゃないかい」

 戸惑いながらシャッターを切っていると、ふいに声をかけられた。

 振り返ってみると、そこには前にお世話になったおばちゃんの姿があった。

 あの頃とあまりかわらないようで、相変わらず町中をウォーキングしているようだ。


「久しぶりねぇ。おばちゃんなんだかテレビで映ってるのを見て、びっくりしちゃったよ」

「覚えていてくださったのですか?」

「そりゃねぇ。一緒に縁側でご飯食べるなんて、滅多にないことだしねぇ」

 あの時一回だけ会っただけなのになぁと、ちょっと覚えていてくれたことにほっこりしつつ、こんにちはと挨拶をしておく。

 そして彼女は、テレビの話をちょっとしつつも、ルイの視線が町に向かっているのを見て、あぁと納得したようだった


「町がかなり変わってて驚いているというところかい?」

「ええ。正直、もっと緑がいっぱいで、水路とか普通にむき出しだった印象があるもので……」

 家に帰ればあの時の写真もばっちりあるから、ここら辺の風景とも照合することだってできるだろう。

 

「市街化調整区域からはずれたところがけっこうあってねぇ。それで家を建て始めて売り始めた人たちが増えたってわけさ」

 区画整理なんかもやって、町を活性化させようみたいなのもあってね、と彼女は少しだけ不安げな声を上げた。

 たしかに、いままで草が生えていた放置されていたようなところが一気に開発されるというのは、かなりの変化だ。

 そして、変化は人に少なくない不安を与えるものである。


「市街化調整区域ってなんでしたっけ?」

「あはは。そこからかい。まあ土地っていうのは家を建てられる場所とそうじゃないところを市町村が決めてるんだよ。自然保護の意味合いもあるんだろうけれどね」

 畑専用の土地とかもあるってわけさ、と彼女は言った。

 都市開発のための分類だそうで、価値がより高くなる宅地と比べると調整区域のほうが固定資産税が少なく済むのだそうだ。


「それで、ここらへん一帯が開発ができるようになってね。土地の所有者は元の金額の五倍くらいの相場になっちまったもんで、こぞって住宅会社に売ったのさ。そして新築の建売住宅がずらっと並んだ、ってわけさ」

「やたらこう、近代的というか、おしゃれなおうち多いですね」

 そんなに土地の値段が変わってくるのか、と愕然としながらも、目の前に広がっている宅地群の外観にシャッターを切っておく。


「狙いは子供が生まれたばかりくらいの世代みたいだねぇ。今どきの家って感じのが多いのさ。前に広告が入った時に間取りを見たんだけど、二階にリビングがあったから、おばちゃんたち世代だとちょいと階段の上り下りがきついかもしれないね」

 時代は変わるもんさ、と、新築の物件を見ながらおばちゃんはため息を漏らした。


「あら、おばちゃんは新しい人が入ってくることが不安だったりします?」

「不安がないわけではないけど……まあでも、若い人が増えるのはありがたいことさ。なんだかんだで、うちの町の若いのは都会にあこがれてでてっちまうの多いからね」

 うちの子も都心で働いているし、と彼女は寂しそうに言った。

 なるほど。過疎対策の一環もあって、新しく家を建てているところもあるということなのかもしれない。


「もちろん交通の便はちょっと悪いけど、その分、家の相場も安いからね。ルイちゃんもどうだい? あのべっぴんさんと一緒に暮らしてみるとかは」

 ここなら一軒家を持つのもできるかもしれないよ、と言われて、えぇーと不満げな声をあげた。

 さすがに、まだ稼ぎ始めたばかりの人間を捕まえて、一生に一度の買い物をしようというのは無茶がすぎるというものだ。

 それに、あのいっけんだけで、付き合っていると思われるのも困る。


「あの子は友達なんですってば。助けてくれて感謝はしてますけど……」

「あはは。わかってるよ。いくらなんでも女の子同士でそういう関係になるのは、珍しいだろうしねぇ」

 最近はそういう人もいるっていうけど、やっぱり実感はあんまりしにくいもの、とおばちゃんは笑っていた。

 身近に男同士で付き合っている人たちを見ている身としては、ちょっというべきこともあるだろうけれど。

 まあ、同性愛への認識はこんなもんだよねぇ、と思ってしまった。


 ああ、ボク達は男の娘と男性カップルなのっ! とエレナあたりはいいそうだけどね。


「でも。ルイちゃんこそ、こんな景色だとがっかりじゃないかい?」

 あの時は、本当にこの町のことをほめてくれたしねぇ、と縁側での一幕を思い出しておばちゃんは嬉しそうな顔をしていた。

 確かにあの時はお弁当をつつきながら、自然が多いこの町のことを目いっぱい褒めたものだった。

 どこもキラキラしてて、土のにおいがしっかりして。

 いいなぁと思ったのも確かだった。

 

「い、いえ。そんなことはないですよ。まあ今日は野菜系の食事をとろうと思って入ったら、実はステーキやいてましたー! みたいなショックはありますけど」

 どっちもおいしいのでいいのです、とにこりと言いながらシャッターを切った。

 新しい街並みという感じで、これはこれで悪くないと思う。


「はぁ。相変わらず変わらないねぇ。あの頃もそんな感じでカメラ向けてたっけ」

 あんたがテレビに出てたのを見て、あー、やっぱりこの子も変わっちまったのかねぇと思っていたんだけど、ほんと変わらないよ、とおばちゃんは目を細めていた。

 まあ、HAOTOのあの話に関してはほんと、みなさんに、あのルイさんが!? みたいな印象を与えたみたいだしね。

 おばちゃんにそう思われても当たり前なのかもしれなかったけど。

 ただの写真バカだということを再認識していただけたのだったらなによりだった。


「いちおうこれでもカメラは変わったんですよ。こっちのほうが断然きれいに撮れますし」

 プロ仕様ということで、お仕事もちょっとは始めてますからね、というと、そうなのかい、とおばちゃんはじぃーとカメラを見た。

 前よりもこっちのほうがちょっとごつい感じがするので、違いはよくわかると思う。


「それなら、うちの近所でも撮ってもらおうかね。お茶菓子くらいは出すからさ」

「ああ、あの縁側は素敵でしたね。でも、お散歩はいいんですか?」

 コレステロール下げるために歩いてるんでしょう? と聞くと、おばちゃんはああ、それかいといった。


「いちおう数値はなんとかなってるからね。たまには楽しいことくらいないとね」

 食べすぎはよくないけど、ちょっとならね、とおばちゃんは笑った。

 さて。それではちょっとだけ、おばちゃんちに寄らせていただくことにしましょう。

田舎は田舎でも、銀杏町ではなかったー! という、懐かしのあの町に降りてみました。

前に来たのが高校の体育祭の後なので、実に三年半ぶりくらいです。町が変わるには十分な期間かと……


次話ではおばちゃんちに行きますよ! 久しぶりにルイさんが自重せずに動きます。(え、自重なんていつしたよ、って声が聞こえる……)

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