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反省会

本日はルイさん不在のためナンバリングなしです。崎山さん主体でお送りします。

「あれはさすがに卑怯だと思う」

 三枝邸に集まった男性陣からは、非難の声が上がっていた。

 それも一度や二度ではない。ほぼ恨み言のように、ひでー、という声が上がるのである。


 それをうざったく思いながら私は、メイド服姿のエレナに入れてもらった紅茶の香りを楽しむことにする。

 相変わらず、お嬢様とは思えないほどのメイド力である。

 香りもいいし、味だって申し分ない。

 本人は、中田さんが教えてくれたので! とか何とか云ってるけれど、これはきっと、男の娘といったら料理もできてあたりまえ! みたいな思い込みがあるからなのだと思う。

 エロゲの影響が強すぎである。


 ルイの家事スキルもたいがいだと思ってはいるけれど、その親友であるこの子だって正直、どこに嫁に出しても一流の家政婦になりそうなレベルである。嫁にこの水準を求められてしまったらきっと、世の中の女性の大半は、むりげ……と口から魂がでるだろう。しかも最近は外で働いた後に家のことをやる兼業主婦も多いので、なおさらである。

 この水準が普通とか思われたら……嫁とか、存在しえないんじゃないだろうか。


「で、ししょーはまたメイド服なのか?」

「今日はみなさまをいたわるためのメイドでございます、お客様。それとも翅さまもメイド服、お召しになりますか?」

「……いや、それはかわいいとは思うけど、今日はちょっとこのままで」

 ちょっとこっちの恰好で言いたいこととかもあるしと、翅がいうと、左様でございますかとエレナはしおらしく一歩下がった。

 どこまでもメイド然とした態度である。


 現在ここにいるのは、エレナとあたしこと、崎山珠理奈。そしてHAOTOの面々が幾人かきているところだった。

 お互いにマネージャーはなし。さらに言ってしまえば、HAOTO側は蜂と虹がいないので、人数は半分というところだった。

 というか、HAOTOのストッパー役がいないというのは正直不安しかない。


「にしても、珠理奈お嬢様も無理をなさったものです」

「内心は?」

 はぁ、と憂うようなメイドモードのエレナにあたしは、そう尋ねた。

 このメイドもどきは絶対、感心した裏になにかを隠しているに違いない。


「よくやった! このへたれめ、です」

「言いたい放題ね……」

 今日のメイドさんのキャラ設定なのか、表面上いいことをいいつつ、内心は腹グロというのがエレナの姿勢なのだった。


「あそこまでやってへたれって……エレナっち、ちょっと辛口じゃね?」

 蚕からその対応にクエスチョンが浮かぶ。

 HAOTOの面々からすれば、その結果をみればかなりのことをやってのけたというように見えるらしい。

 今回の騒動を自分たちで解決できなかった分、なんとか収めた珠理奈に多少の恩義のようなものはあるのだった。


「ただ、演技に走ったのには、いささか思うところはございます」

「ああ、それは俺たちも思った。あれ、明らかに入ってる状態だっただろ。あんなのノーカンつーか、それこそ劇だろ。週刊誌で書かれてるように、番宣なんじゃね? っていう感じ」

 かばうにしてもあんな劇的(、、)でよかったのかな? と蠢が首を傾げた。

 

 救いの手を向ける英雄譚としては、珠理奈の意識というものがあまり見えないなと感じられたのだ。

 それはたとえキスをしてもだ。

 それこそそれは、「台本に書いてあるからそうした」といわんばかりのことだった。


「騒動を収めるために、わざとああしたのよ。あたしとルイの熱愛報道は……まあ、おいおい真実にするからいいんだけど、少なくともあの子に火の粉がもりもりかかるのは避けたいし」

「それで、話題そのものを新番組のほうにもっていった、と?」

「そ。監督には、めちゃくちゃ怒られたけどね」

 怒られるの慣れてるけど、ほんとあきれ交じりであれは、こまったわと私は肩をすくめた。


 さて。あの記者会見のあとの夕刊と翌日の朝刊。

 どんなタイトルが紙面を覆ったかといえば。


 珠理奈様ご乱心。公開ディープキス。謝罪会見をjack! 新番組宣伝にしても、おきて破り! なんてのが、紙面をにぎわせていた。

 ディープといってもそんなに長いことやったわけではないのにな、とちょっとその紙面を見ながら顔を赤くしたりということはあった。


 そしてテレビでの扱いはほぼ、新番組のほうへとシフトしていて、話題のほぼすべてがそちらの方で埋め尽くされた。

 熱愛報道という行き止まりから、別に思いっきり流れたのだ。

 もちろんこれはスポンサーの意向もあるし、うちの事務所の意向もある。

 ある程度、テレビ番組に圧力とまではいわないけれど、流れを作った力というものも存在するらしい。

 エレナは、うちじゃないよ? てかさすがに業界の方向性を変えるレベルの力はないよ、と言っていたけれど、なにかの力が働いているのは感じられた。

 まあ、HAOTO×ルイという問題に比べれば、あたしとルイとの関係性なんて本気に取られなかったという話もあるのかもしれないけれど。


 世の中、LGBTに対してどう接していいかよくわからんという空気があるものである。

 まあ、あたしはレズビアンでもないし、馨だって、トランスのはずはないのだけど。

 

 そしてそのネタを追うよりは、春の新番組のほうをネタにした方がテレビとしてもうまみがあるということで。

 メインでライブ中継をしてところは思いきりそちらのほうにシフトしたしそれに追随するかたちで、他も乗っていったのだった。  


 ただ、まあ。問題は全くなかったかと言われればそんなこともなくて。


 お前の役は、なんだったか、覚えてるか? なんていう感じで監督にはそうとう怒られたのである。

 それもそのはず。あたしが演じる予定だった役は、まさにキスする側ではなく、される側だったのだから。


「ああ、生徒会執行部のほうは別の人なんだっけ?」

「そ。ちょっときつい感じのおねーさんっていうように見える美人さんね。んで、あたしは逆にちょっとやぼてんな感じのメイクでやる予定なんだけど。イメージかわっちまうだろうがーーー! みたいな感じ」

「そりゃなぁ。襲われる側が襲ってちゃイメージ崩壊、キャラ崩壊。ひどいだろうし」

 あれじゃあ珠理ちゃんが姉として妹を誘惑するみたいな感じだよな、と翅は頷いた。


「そこまでして公開の場で、ルイお嬢様の唇を奪うだなどと……よほど溜まっていらっしゃったのですね……」

 おかわいそうに、とエレナはポケットから取り出したシルクのハンカチで目元をぬぐう仕草をした。

 ええと。溜まってるのはお前だろうと、心の底からいいたい。

 確かにこちらも温泉旅館からずいぶん待たされているというのもあるけれど、エレナのほうが、コスプレできなくて病んでしまっている感じが今はする。


「ま、うっぷんは溜まっていたのは確かね。ほんと、あんたらの対応があんまりよくないもんだから、ルイにばっかりヘイトがたまっちゃうっていう」

「う、うるせぇな、つーか、俺たちじゃああんな真似できないっての」

「やったら、それこそ捕まるっていうか……なにやっても俺たちじゃ、かばうにしろ、チューするにせよ、出口がねぇっての」

 くそう、同性の強みは卑怯だ! と蚕が言った。

 いや、同性て……


「あたしだって、もうちょっと記者会見が普通に進めば、干渉する気はなかったのよ。でも、あいつ、うっかり自分の性別のこと、言おうとしたでしょ」

「え、まじ?」

「まじよ……会見聞いてて、周りで話が進んでて、自分にできることはないかって必死に考えてる顔だったもの。あれ放置してたら絶対言ってたわよ」

 あいつなりに変なジェンダーバイアスでもあるんじゃないかしら、と私は肩をすくめた。

 そう。自分が男だといえば、みんなは興味をなくすだろうとか思ったのだろうけど。

 馬鹿をいうな、とデコピンをしてやりたい気分である。


 あのビジュアルで、そんなことを言ってしまったら、新たに火種ができるようなものだ。すでに炎上しているうえに何をやろうというのだろうか。

 新聞各社は好き勝手書くだろうし、当然それが公になれば、女子高関連の仕事もできなくなる。

 ……まあ、この前の行為も仕事に差し支えはちょっとはできてしまうかもしれないけれど。


「まぁ、そういうちょっと抜けてるところもかわいいんだけどな」

「それにしても、致命的過ぎるだろそれは」

 そもそも、記者会見を行った理由というのは、早くこの騒動を終わらせないと仕事に差し支えがあるからだったはずだ。

 なのに、その仕事ができなくなるようなことをおおっぴらにしていいはずもない。


「実際、ルイお嬢様は本日は、咲宮の家へ呼び出しを食らっていますからね。女性に強い思いを向けられやすいという点が女子高で大丈夫かと心配などされてると思われます」

「……じょ、女子高の中なんて、もともと先輩への憧れが思慕になんて、いくらでもあるじゃない。そんなのにいちいち目くじら立ててたらどうしようもないし……」

 咲宮家からの呼び出しと聞いて、あたしはちょっとだけHAOTOの連中から目を背けた。

 そういわれてしまうと、女子高の中で変な目で見る相手は増えるかも、という思いが少し浮かんでしまったのだ。

 もしかしたら、告白なんぞをしてくるお馬鹿さんも現れるかもしれない。しまった!


 で、でも、しかたなかったのだ。

 今回のことは、どう見ても明らかにルイは被害者だ。

 そうなるように演技をしたし、マスコミ関連も見事にルイへの興味、ではなく崎山珠理奈と、L系のドラマに向かうように仕向けた。

 カメラの角度も、あたしの表情がしっかり入るように狙ったし、実際、あの時のルイの顔をきちんと見ていたのは、あたしだけだ。

 ちょっと、驚いたような顔をして、それでいてちょっととろけるような顔をしていたのは今でも覚えている。

 正直、リードするのも悪くないなぁなんて思ったくらいだ。 


 今回一番気を使ったのは、ルイへの興味をどれだけ減らせるか、ということだった。

 話題の中心を、ようはあたしが担えばいい、ということだったわけだ。


 おまけに絶妙に、本気なんだか番宣なんだかわからないという状況まで作った。

 そもそもHAOTOのみんなはルイに依存しすぎなのだ。

 あれでも素人なのだから、そこにスポットを当たらないようにして、プロである自分たちのほうに意識を集中させてスキャンダルは全部かぶる、くらいの気持ちでいて欲しいものだった。


「それで、珠理奈お嬢様。キスの感想などを、こちらでふてくされている男どもに、勝ち誇ったように言って聞かせて心を砕いてはくれませんか?」

「し、ししょう、ひでぇな……なんのキャラかしらねぇけど、今日はぐいぐい行きすぎだろ」

「本日は腹黒メイドなので。こうなのです。それにあなた方は十分になじられる資格をお持ちかと」

 エレナにずばっと言われて、HAOTOの三人はすさまじく嫌そうな顔をした。

 まあ、言われたことはその通りなので、仕方ないところはあるだろう。


「そうね。まあ、甘酸っぱいレモンの味なんていうけど、感想としてはやわらかいなぁ、つやつやだなぁ、こいつまじで男か。というのが感想でした」

 うぅ……なんか、ちょっとこっちの心が折れそうだと思ってしまった。

 ま、まあ唇がかさついてるよりは、ぷるんぷるんのほうがいいのだろうけど……なんだかちょっとはもやもやする。


「で、でも、拒絶はされなかったし。ちょっと気持ちよさそうにもしてたように思うし。これは脈があるかもっ! ということで、あんたらには悪いけど、あの子はあたしがもらいます!」

 きりっと言ってやると、HAOTOの三人は、えぇーと不満そうな声を漏らした。

 翅さんなんかは、まだわかんねーし! と明らかに対抗心むき出しである。


「キスができるかどうかで、その先まで進めるかどうかがわかるともいいますからね。かくいうわたくしめも、その、よーじとは愛の確認作業はたんまりさせていただいております」

「ししょう……どうしてそこで照れたような演技を普通にできるのか……」

 これがなりきりというやつか、と翅はあきれたような感心したような声を上げた。


「その先まで……かぁ」

 とりあえず自己主張は公衆の面前でできた。これであの優柔不断というか、恋愛に関してはまったくもって無頓着なあいつに、ちょっとは考えるきかっけは与えられたんじゃないだろうか。

 少なくとも、拒絶はされなかったのがとても嬉しい。


「いろいろ未来計画を考えていらっしゃるところ申し訳ありませんが……」

 そんな風にちょっといろいろ考えてにまにましてしまっていたのだが、そこにエレナの声がかかった。

 申し訳ないって、なんのことだろうか。


「ちなみにルイお嬢様は、過去、クラスメイトの男性とも、接吻をしており、特別拒絶なさらなかったそうです」

「……ひどいメイドがいたものだわ」

 ざわっとHAOTOのメンバーがその話に身を乗り出した。

 内心かなり複雑なところはあるのだろう。男相手でも大丈夫という事実と、ファーストキスは奪えないのか、という感想とで。

 

 そしてあたしはというと。

 キスを拒絶しない、ということ自体に大した意味がないことをしって、クッションの効いた椅子にぽすんと体重を預けていた。

 

「……で、でも今回のことでポイント稼いだのは確かだもの! 一歩も二歩も進んだに違いないんだから」

「ですが、しばらくはお二人でお出かけというのはやめておいた方がいいでしょうが」

 いろいろな意味でスキャンダルが飛び火しますので、とエレナにしれっと言われて、さらにがくっと体から力が抜けた。


 そうだった。

 いままでは、ルイとしてならある程度自由に一緒に遊びにいけたけれど、今回のことでそれが封印されてしまうという事実を見落としていた。

 はっ、ならば馨と一緒に出掛けるチャンスが……ないなぁ……


「なんなら珠理奈お嬢様も男装などをなさってみて、一緒に歩いてみるというのはいかがでしょうか?」

 めいっぱいお手伝いいたします、とエレナに言われて、えぇーと不満な声を上げた。

 隠れるにはありだろうけど、あまりにプライベートを犠牲にしすぎだと思う。

 そ、それに、ほら。

 世間的には番宣扱いって思ってる人のほうが多いから、きっと友人関係は維持できる、はず。


「なら、俺が女装してルイちゃんとデートで決まりだな!」

 ししょー! その時は町中での衣装お願いします! と翅が調子のいいことを話しはじめた。

 解せない。


「ルイさまは不在でもこの奪い合いですか。まったく多くの方から愛されるというのも、大変なものですね」

 これがハーレムルートというやつでしょうか、とつぶやくエレナの声は、少しだけ優しい声音をしていて。

 とりあえずは、危機は脱したんだな、という実感だけは得ることができた。


 あとは、そう。

 あたしたちの恋路がどうなるのか。

 そこらへんはもう、神のみぞしる、といったところなのかもしれなかった。

話題性のベクトルがうまく変わったようでなにより、なわけですが。

崎ちゃんったら、やっぱりこうなるか……という感じでした。


そしてエレナっちの今回の役は書いていてちょっと楽しかったです。

さて、そして次話は二週間の休み明け後ということになります。まずは元気なルイたんの日常あたりからはじまるのではないかなと。

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