519.記者会見の夜に3
「われわれはー、豆木ルイさんをー、いじめるものたちをー、だんことしてー、ゆるさないー」
「ゆるさないー!」
撮影所の敷地の外。
敷地を区切る壁の外に、その集団は存在していた。
人数としては三十人前後だろうか。
今の今まで集まっていなかった彼らは、撮影所の入り口を避けた場所に急に集まって騒ぎ始めたのだ。
そんな彼らの手にあるのはワンセグが見られる端末だ。
みな、HAOTOのライブ中継を見ているのである。
「ふとうなー、つるしあげー はんたーい」
「はんたーい!」
「はんたーい、でごーざるーぅう」
そんな集団の中。程よく大きな体の背中を丸めて、長谷川が小さな声を上げた。
他の人たちに比べればまったくもってサイズの違う声ではあるものの、それを咎める、いいや、それに気づける者は今のこの場にはいなかった。
さて。この集団をまとめ上げているのはいちおう、長谷川ということになる。
年齢的にも上であり、かつ、カタる会のメンバーでもある彼は、この集団のリーダーとして担ぎ上げられてしまった、というところなのだ。
周りにいるのは若い人たちばかりで、正直やや暴走気味だと言ってしまっても差し支えはなかった。
率先して声を上げているのは副リーダーを自認している二十歳くらいの女性だった。
レイヤーとしてかつてルイが撮影したことのある、ちょっと内気なタイプの、それでいてとてもいい衣装を作り上げていた人である。
長谷川もその姿をルイの写真館のほうで見たことがあり、いい出来にござる、と感心したものだった。
「マスコミのーおうぼうをーゆるすなー!」
「ゆるすなー!」
そんな彼女のヒートアップぶりに、困ったような顔をしながらも、長谷川にはこの集団を止めるだけの力はまるでなかった。
ことの起こりは、記者会見をやるという話が出たときにさかのぼる。
日時は一般公開されていたものの、場所はマスコミ関係者にのみに知らされたのだが。
そこは、情報が氾濫するインターネット社会というもの。
別の掲示板で、記者会見会場の話がでていたのを発見して、すでにカタる会の掲示板の方で詳細を聞いていた長谷川もそこに介入することに決めたのだった。
ちなみに、ほかのメンバーは虹の要請を受けて、今回はおとなしく状況を見守っているのだが。
だって、介入しなければ、明らかにルイにとってマイナスになりそうだったから。
どうしても長谷川から見て、擁護しようとしている若者たちにいろいろな思慮がかけていると思う部分が散見していたのだ。
これはれっきとしたデモ活動といえる。
法律上、デモ自体は自由にやってかまわない行為ではあるものの。
敷地内に無断で入ることもダメだし、道路を不当に占拠することもNGな行為である。
最初に話が出ていた時は、もう、会場まで押しかけて抗議してやる! くらいな勢いだったのをここまでにしたのは、長谷川が手を焼いたからだった。
さすが教育者である。
ちなみに道路の使用許可も警察からはしっかりもぎ取っている。
不当な手続きで行われた抗議は、不当なものだ、と言われるのがこの世の中というやつなのだ。
インターネットの無記名制に慣れてしまっている若者には、いまいちピンとこないようだったが、そこは、次の発言者に3行でヨロと言われるくらいに言葉を尽くして説明した。
・擁護する側が法を犯すのだめ
・周りに迷惑かけてもだめ
・行動には責任がついてまわる
三行だとだいたいこんな感じだろうか。
そして、さらには最初から抗議をするのではなく、LIVE中継を見たうえで、ルイが個人攻撃をされたら、という条件をつけたのも長谷川だった。
すでにその掲示板では、ルイが個人攻撃されて悪者にされるに決まっている、という論調で、それは許せない! なんていうヒートアップっぷりをしていたのだが、そうならない可能性も長谷川は提示したのだ。
話のメインはHAOTOに集まるだろうし、ルイさんがおまけで登場するだけ、ってこともあるし、といった具合にだ。
実際、個人攻撃が始まってしまって、今までばらけていた彼らは、集まって抗議活動をすることになってしまったのだが。
「拙者にできるのはここまででござるよ……」
長谷川はこのデモ活動がマイナスに働くであろうことを思いながら、中継先のルイに心からお詫びを申し上げたいと顔を伏せた。
「ご覧ください。突如現れた集団が、なにやら抗議活動を始めています!」
LIVE中継が行われていたカメラの一つが、ちらりとドアを開けて外の様子を映し出す。
奥まったところではない場所が会場だったのも裏目だったのか、映像の切り替えはかなりスムーズだった。
画面大き目に外の様子を映し、そしてサムネイルで記者会見の様子も映している。
驚きを隠せないHAOTOメンバーとルイの顔もばっちり撮られているというような状態だった。
「これは……さすがに打ち合わせにないかな」
ルイも少し困ったように苦笑を浮かべつつ、成り行きを見守るしかなかった。
さすがにこの場を動いて、それを鎮めるというのは、下策だろう。
さて、どうしたものか、と思ってちらりとマネージャーさんに視線を向ける。
「はいっ。みなさん。外が少し騒がしいですが、今はこちらに注目してはいただけませんか?」
ぱんぱんっと、大きな音を立てて手を打ち鳴らすと、ざわついていた会場は一転静まり返った。
外からの声はまだ聞こえているが、スタッフに扉を締めさせるといくらかそれは小さくなった。
中継も外を撮るのは止めて会場内のほうに集中してくれるようだった。
「それと外で集まっている方々。あなたがもしルイさんのファンであるのならば、直ちに抗議活動を止めて解散してください」
カメラ目線でマネージャーさんは、テレビの向こう側の個人に言葉を向けた。集団ではなく、今これを見ているあなたに、という意味合いだ。
「抗議の声はここまでしっかりと届いていますから」
外に集まっている人々がこの中継を見ていることを祈りつつ、彼はテレビ越しの説得を試みていた。
もちろん、アイコンタクトをしていたので、ほかのスタッフが直接そちらに話をしにもいくのだろうが。
その言葉に、外からのコールは少し弱まったように感じられた。
「みなさま、お騒がせしました。会見を続けましょうか」
まだ外からの声は完全には鳴りやまないものの、それを無視するようにしてマネージャーは仕切り直しの宣言をした。
時間が無限にあるわけでもないのだし、話すべきことはしっかり話しておかなければならないのだ。
「まさか、マネージャーさんの仕込みじゃないですよね?」
「私がこのような妨害行為をするわけがないではないですか。ここには釈明にきているのであって、けむに巻こうというつもりはまったくないのですよ」
あまりに毅然とスムーズに対応をしたせいか、記者の一人からそのような声が上がった。
これは、あなたの差し金なのでは? という不審な目である。
それに対して彼ははっきりと、妨害という単語を使って否定して見せた。
実際、外からの声が善意からきていてもその行為自体は妨害に他ならなかった。
「まったく。ここまで影響力のある人間が市井にいる、というのも末恐ろしいですね」
いやぁ、アマチュア呼ばわりして申し訳なかった、と先ほどの記者はねばついた声で言った。
「私もルイさんには三年前の翅くんとのレズビアン写真の件から興味を持っていましたが、まさか何もしてないでここまでになるとは、いやはや」
みなさんは去年の一件のほうが印象深いですかね、と彼は記者仲間に声をかけた。
って、会見中なのにどうしてこの人はこんなにフリーダムなのだろう。
「こんなことが許されていいと思いますかみなさん。我々ジャーナリストの目の届かないところで、こうにも人の心をつかんで離さない人間が誕生する。おかしいとは思いませんか? 私は大変悔しくてたまりません」
「いまいち、何をおっしゃりたいのかよくわかりません。質問の意図は明確にしていただけませんか?」
マネージャーさんもその質問者の態度に不快感を隠そうともせずに、問いただす。
質疑応答にしては抽象的過ぎて、どう答えるのか困る類のものだった。
「三年前の一件も迅速に対応して、去年も相手として彼女を持ってきた。そして今回です。いくらなんでもこの執着は、なにかあると邪推するには十分ではありませんかねぇ」
どうでしょうかねぇとネバついた声が会場を犯していった。
三年前? と疑問符を浮かべている記者もいるのだが、去年のインパクトが強すぎてそちらの方は把握できてない人たちもいるようだった。
翅がイベントにふらっと来て、エレナが悪乗りして、彼を女装コスをさせたときの一件だ。
仲良くしてるところを激写されて、あの時もぷち炎上をしたのだった。
「それは因果が逆というものです。我らとしてはただ彼女が使いやすいから使っているだけにすぎません」
「使いやすい、ですか。にしてもあなた方は一般人を容易に使うのですねぇ」
にやにやとした笑みを隠そうともしない彼の言葉に、さすがのマネージャーさんも眉をぴくりと上げた。
なるほど。どんな形であれ、一般人を、それも異性を人気男性グループのそばに置くということがおかしいということを引き合いにだそうというのか。
三年前は崎ちゃんの個人的な友達として、間接的に友好があるということで沈静化したものの。
去年の件と、そして今回のコレだ。
いくらなんでも個人的に親密的すぎないか、という思いはテレビの向こうの皆様も思うことなのだろう。
ううん。そうなってくるともう、お付き合いをしていてごめんなさいという以外にないのではないだろうか。
やましいところは、ええと……うん。ないね。ルイとしてはない。本当に一ミリもない。
HAOTO側はやましいことだけしかないだろうけど。
それだとしても、その状況で感情まで想像されてしまうのだとしたら。
その揶揄を封殺することなど無理なのではないだろうか。
「ええ。彼女は驚くほどに自分を律していますからね。下心がないというのは先ほども申し上げましたが、だからこそ使いやすいのです」
使えるものを使ってなにか悪いことが? とマネージャーさんはある程度開き直ったように言った。
「本当に下心がないといえるんですか? 確かにいままではなにかをするということはなかった。ですが、今回の件で彼女の認知度は去年の比ではないほどに膨れ上がった。ここからデビューして一気に駆け上がろう、なんて思いがないとなぜ言えます?」
それとも、熱愛報道でも始まるんでしょうかね、とちらりといやらしい視線がルイに向けられた。
どこまでも正攻法で話をしたところで、彼には信じるつもりというものがないらしい。
それ自体はもともと、ルイもマネージャーさんから言われていたことだった。
記者会見は別に真実を追及する場所ではない。記者にも、そしてお茶の間にも、メリットがある話があればまとまるものだ、と。
逆に言えば、それが提示できなければどんなに真実を叫んだところで、信じてはもらえないということになる。
「おっさん。いい加減に難癖付けるのやめてもらえねーかな」
二度目になる質問にイライラが頂点に達してしまったのか、不機嫌そうに蚕が言った。
マネージャーさんも困った子ですね、という視線を向けたのだが、言葉を遮ろうとはしなかった。
「いくら俺たちが男性アイドルグループだからって、関係者全部男で固めるとか、おかしーだろ。メイクさんやら脚本家、ほかにもそれなりに女の人とのかかわりはあるのに、どうしてこいつのことだけ、そんなに目くじら立てるのかわけわかんねぇ」
「僕も蚕の意見には賛成です。変に擁護をするとまたいろいろ言われるんでしょうが、これだけは言わせてください。彼女はHAOTOには欠かせない協力者なのに、難癖をつけられるのは正直いい気分ではありません」
「俺からもそれは言いたいところです。っていうか俺がOKで、ルイはダメって。それおかしいし」
蠢はそういうものの、会場の人からは、そりゃそうだろ、という反応が出ていた。
ルイとしては、まあその反応の方をこそ喜ぶべきなのだろうと思う。
つまりは蠢がきちんと、男性メンバーとして記者の人たちにすら認識されているということに他ならないからだ。
実際、蠢の性別暴露会見のあと、それを揶揄するゴシップ記事というのはそれなりに出た。
男性メンバーの中での、隠れた紅一点なんていう扱いの記事も少なくはなかった。
けれども、それを乗り越えていま、普通に蠢のことはメンバーの一員として世間には受け入れてもらえているのだ。
「つーか、みんながそんだけ騒ぐのって、ルイちゃんが普通にかわいくて俺たちの誰かとくっつくかもって少しでも思ってるからなんじゃないかと思うんだけど、そこらへん記者さんはどう思ってんの?」
「……どうでしょうね。そうであれば、明日の一面はHAOTO熱愛報道で埋めつくされるでしょうが」
「俺が聞いてるのは、あんたの個人的な感想だよ」
すっと、目を細めて翅が迫ると、記者はうっと声を詰まらせる。
質問するのは慣れていても、自分が聞かれるのには慣れていないという風だった。
「翅が失礼なことを言ってすみません。ですが、おそらくこの話がここまで大きくなったのは、ルイさんがそれなりな見目をしているというのもあるのだと思うのです。これでとても地味で目立たないタイプの子が相手なら、みなさん、ああ練習か、とあっさり納得できたのではないですか?」
どうでしょうか、と記者のみなさんに視線を向けると、言われてみれば、ああそうかと多くの記者たちは納得し始めていた。
それも一理あるな、という反応なのだった。
物語のヒロインは美女であるべき。その無意識が、「あり」なのか「なし」なのかを先に判別してしまう。
「すべてはルイさんが美人だからいけない、そういうことですか? となると、スキャンダルの可能性はあるということでいいのでしょうか?」
「だー、どうしてそうなるんだよ……」
他が納得しようとしていても、それでも全部が納得するなんて言うことはない。
ああ言えばこう言うというようすで、こちらがやるように相手も言葉を言い換えてなんとかしてスキャンダルの方向にもっていこうとしている感じだった。
もはや、何を言っても無駄なのではないだろうか、という気にもさせられる。
それはそのあとの記者とHAOTOの話を聞いていても、どんどん募っていく思いだった。
「なら、彼女は、魔女なのですよ。すべてをたぶらかし、転覆させる力を持ったね! 外の連中もそう。それはあなた方だってそうなのではないのですか?」
過ぎた魅力は害悪ですらある、と愉快そうにその記者は言った。
じりじりと時間だけが過ぎていくとはこういうことを言うのだろうか。
彼はルイへの個人攻撃を止めず、なにがなんでもHAOTOの誰かと付き合っている、という結末に持っていきたいようだった。
なにか手段はないだろうか。
ちらりと言葉を交わしているほかのメンバーに視線を向ける。
なかなか話が絡み合うこともなく、堂々巡りをしているようすだ。
きちんとしたことを話していても、受け手がそれを認めない。
いいや、カメラの向こうのお茶の間の幾人かは、わかってくれていると信じたいところではあるものの。
記者たちの執拗な質問に、決定打を打てていないのがもどかしかった。
おまけにルイとしては上手く口をはさめないような状況にもなってしまって。
ふと。
思ってしまったのだ。
HAOTOのそばにいるのが、女性であるから問題ということであれば。
実はそうでないのだとしたら。
彼ら多数者にとってすれば、憶測はすぐに霧散するのではないだろうか。
HAOTOが実は同性愛者だ! という話にはならないような気がする。
それがどれだけリスキーなことなのか。この状況がルイの頭を少し混乱させていた。
冷静になれば、それが悪手であることは、誰にだって明確だというのに。
「あのっ、みなさんにお話ししたいことがあります!」
そして、決心をするとルイはマイクをつかんだ。
ひんやりとする感触と。そして、周りから集まる注目に背筋が冷たくなっていくのを感じた。
大衆に注目されると高揚を覚える人もいるようだけど、この場所においてはその視線が痛かった。
けれども、そんな時だ。
バタンっ、と大きな音を立ててルイ達が入ってきた扉が開いた。
「もう、ルイったら、こんな大勢の前で何を言おうとしていたのかしら」
「え……」
「ちょ、あれ……崎山珠理奈じゃん」
「どうしてこんなところに……」
そこに姿を現していたのは、先ほども着ていた名門女子高のベージュの制服姿の彼女だった。
でも、控室で会った時とは違って、左腕には「生徒会執行部」という腕章をつけていたのだった。
表情もいつものそれとは少し異なり、「演技に入っている」感じというのが見て取れた。
そもそも、あの崎ちゃんが、~かしら、なんて使わないし。
「いくら貴女がその気になったからって、ダメよ。これは二人だけの秘密」
そんなことを思っていると、つかつかと彼女はそのままルイのそばに近寄ってきた。
いい匂いがするなぁなんて的外れな意見が頭に浮かぶものの、それでも、なんでいきなり? という驚きのほうが勝ってしまって、ルイはぱたぱた手を動かしながら、なんで? え? みたいな感じの対応しかできなかった。
「貴女はわたくしのものなのだもの。みだりにほかの子にお尻を振られては困りますわ」
ちらりと、崎ちゃんはHAOTOのメンバーを一瞥する。
そして。
「これはその証拠。貴女がわたくしのものである、そんな証」
あわてていたこちらの顔を、彼女は両手で支えると、そのまま躊躇もなく彼女のきれいな顔が迫ってきた。
えっと……崎山さんやーい。なにをいきなり……
そして、柔らかい唇の感触がした。
どう形容していいのか、正直よくわからないのだけど。
感じられるのは、柔らかさと熱。
そしてどうしようもない安心感とでもいったもの。
これがジェットコースター効果というものだろうか。
一斉に会場の記者がシャッターを切る中、驚き続けるのに十分な時間が過ぎてさえ。
翌日の新聞記事がこれで埋まってしまうことにすら、まるで意識が回らなかったのだった。
よーやく記者会見終了です!
いやー不憫な子がやってくれましたー。これくらいの舞台装置を用意しないと、絶対この二人進展しないよ!ってなもんで。
記者会見のほうは、やっぱ書くの難しいですね! いやな雰囲気だけ伝わってくれてればいいのだけど。
デモは無事に終了・解散してますが、彼らにはLIVE中継がどう映ったのかが、とても気になるところです。頑張ってイキロ。
当初、ここまで終わったら少しお休みと思っていましたが、書いてみると、「ここ」で引っ張るのはすごく申し訳ないな、と思ってしまったので、その後の話とかも含めてもう一話アップする予定です。ちょっと遅くなるかもしれませんが。




