516.三枝邸での作戦会議
久しぶりにルイさんだー!
さて、改めてスキャンダル対策に乗り出すぞ! と思った木戸ではあったのだが。
「まー、それであっさり解決するなら、すでに片付いてるよねぇ」
ほれ、甘いものどうぞ、とエレナにチョコを放り込まれた。
本日は情報収集をするなら、一番集まるところということでエレナの自宅にお邪魔させてもらっている。
会議の場所として使わせてもらったここは、HAOTOのスキャンダル対策本部みたいな場所になってしまっているのだ。
メールでの連絡があるのはもちろんのこと、時には直接館を訪れて情報交換をするなんてこともある。
だいたいは中田さんがいろいろと制御してくれているのだけれどね。
「話を聞いてる限りだと、彼らもだいぶマスコミでつっこまれてるみたいだし、不適切な動画という印象はなかなか消えないね」
いろいろな情報を出しているのだけど、とエレナはむぅーと眉間にしわを寄せている。
こちらからやれるのは、情報操作だけだ。
あの動画を演技の幅を広げるための練習という風に繕ったのもそうだし、その結果でHAOTOがどう変わっていったのか。
そこらへんを実際の彼らの姿と照らし合わせて、真実味を持たせていく。
まるで小説を書いていくかのように、過去を、あの動画を正当化していく。
上書きをするのだ。
そしてそれが信じられれば、あの動画の不適切性がいくらかでも払拭されたのなら。
騒がれなくもなるだろう。
今はそれがうまく機能してないってのもあるんだけどね。
HAOTOのメンバーがそれとなしに、話を拡散したりといった具合で、他の声に揉み消されているというのが現状なのだった。
「っていうか、ちょっとお肌にダメージ出てない? ちゃんとスキンケアやらないと」
「えぇー、そんなに気になるかな? いちおうこれでも日焼け止めとスキンケアはやってるんだけど」
さてと。そんなわけで本日は三枝邸にお邪魔をしているところなのだけれど。
久しぶりに今日はルイとしての装いをさせてもらっている。
最初は男装状態で屋敷には来たのだけど、エレナからの要望でウィッグと衣装を借りて、といった感じだ。
下着まではさすがに借りれないので……と思っていたのだけど、それはそれ。
エレナお嬢様に置かれては、「ルイちゃんが泊まるとき用にばっちり用意してあるよ!」なんて言われて、今に至るわけで。
ここのところルイとしての時間を全然とっていなかったので、なんだか久しぶりにミニスカ姿なんてのをやると、ちょっとスースーするなぁという感覚もあった。
しかもエレナ様? 黒ってちょっと攻めすぎてませんか?
もちろん、仕草自体はこんな短期間に抜けることなんてなくて、椅子に座るときのスカートの裾の扱いなんかはばっちりなわけで。ちらっと見えてしまうなんてことはないのだけれど。
「ちょーっと、ゼフィロスの理事長に言われたことが心労になってて、熟睡できてないのかなぁ」
「ああ。なんか時間制限かけられちゃったーとかってやつだっけ?」
タイムリミットは、五月のGW明けまで。実際あと二週間もないくらいなのだった。
そして、ぴっとテレビの電源をいれれば、いまだにあの動画についてのニュースが流れている始末で。
なにか他に大きなニュースでもあれば、自然に風化してくれるかも、というのはあったのだけど、それも残念ながら勃発することもなく。
芸能枠はせいぜい、誰それが結婚したよとか、誰それ熱愛報道とか、そのレベルの話しかない。
そして、その手のは……まあ、長持ちしないのだ。残念ながら。
疑惑、憶測なんていう、ほかの人と話をして楽しく盛り上がれるようなネタのほうがいいのである。
「ほんと、よっぽど今の時期はニュースがないんだろうねぇ。結局この動画、不適切なのかどうかすら話のタネになってるってのがいけないんだと思うけど」
ばっさり不適切でした、ごめんなさいって言っても、変に擁護してくれちゃう人もいて、それで議論が進んじゃうのもなぁ、とエレナは困った顔を浮かべた。
たぶん、これが白黒はっきりついているのならば、今頃はもう断罪されるかそのままスルーされるかして終了していたのだろう。
「そして、ルイちゃんエロすぎ。あんな顔。僕だってよーじの前でしか見せないのに」
ほんと、あんな男どもの前でそんな顔しちゃうなんて、ルイちゃんったら、ほんとタラシだよね、とエレナはぷぅと膨れて見せた。
ええと、エレナさん? よーじ君の前ではあんな顔するんですか?
「そこらへんはもう、何回も話し合ってるじゃん。あたしだって好きでやったわけじゃないし、保身のためだったんだもん」
「それが見事に裏返っちゃってるのがなぁ……」
保身のために破滅動画撮ってどうすんのさ、とエレナに言われて、ごもっともでございますとがっくり肩を落とした。
「ま、あれだけの内容だしルイちゃんが誰にも言わないで抱え込んでたってのは、しょうがないとは思うけど、次に危ないことがあるようなら絶対、ボクにも言うこと。少なくともルイちゃんよりは対処力はあるつもりだから」
「うぅ、なんだかそれを言われると、あたしの対処能力がへっぽこに思えてくる……」
「実際、へっぽこなので……」
くっ。エレナさまの言葉がいちいちもっともで、クリティカルヒットである。
まあ対処能力がどうの、という以前にトラブルに巻き込まれることが多すぎるのだ。
「あとはもう、正式にルイちゃんがHAOTOの誰かと正式に付き合っちゃうってのもありだとは思うけどね。そのほうが、らしいから」
ほら、朝ちゅんで翅かなにかと一緒にちょっと崩れた服を着た写真とか、公開してみればいいんじゃないかな? と苦笑気味に言われて、ルイは頬を膨らませた。
いくらエレナでも、言って良いことと悪いことがある。
「お断りします。彼ティー状態で朝を迎えるとか、それはちょっとエロゲのやりすぎだと思います」
まあ、そういうゲームとかだとありがちなシチュエーションだとも思うし、実際いろいろやらされてるので、イベントスチルが頭に浮かんだりするのだけど、自分をそこに当てはめると、なんとも言いようもない気分になる。
嫌悪、というわけではないのだけど、なんか違う、なのだ。
かといって、それが崎ちゃんの姿ならいいのか、と言われても、やっぱりこういわゆる恋愛の感じというのとは違うように思えてしまう。
崎ちゃんの朝の姿というのは、写真に残したい姿ではあるのは確かなんだけどね。
「それと、そんなことしたら、みんな嫉妬しまくりで、闇討ちにあったりしそうじゃない?」
「月の出ない晩は気を付けることだな、みたいな感じで?」
はははっ、こりゃ護衛をつけるしかないかな? とエレナはティーカップに細い指を絡めながら、苦笑を浮かべた。
今の日本社会で、護衛をつけるとなるとそうとうな人物ということになる。
普通はそれよりもお巡りさんに助けてもらうのが一般的である。助けを求めてもダメだった! みたいなニュースが割とテレビに出てしまっているので、100%安心してお任せはできないのだろうけれど。
「でも、それはないと思うよ。みんなが嫉妬するのは、今の中途半端な状況のほうだからね。もやっとしちゃってるのがスパンって解決すれば、あーあ、そっかー、やっぱりかーってなって、みんな別のところに視線を向け始めるはずだよ」
より取り見取りで、いいなぁーってきっと世間のみなさんも思ってるだろうねぇと、エレナはにこやかだ。
うぅ。他人事だと思ってからに。
「そんなにHAOTOのイケメンどもがいいなら、エレナが付き合えばいいじゃない。いちおう翅の女装の師匠なんだし、それに虹さんとは縁があるのでしょう?」
ほら、男の娘大好き同士、気が合うかもしれないよ? といじわるそうに言ってあげると、エレナは、ルイちゃんはもぅ、とちょっとあきれた顔を浮かべる。
「ボクにはよーじがいるから、他にはいらないの。っていうか、はっ、まさかルイちゃんったら、HAOTOメンバー全員と付き合うつもりなの!? まさかの逆ハールート? それやっちゃったら世間の女子達から袋叩きにあうよ?」
それだけはダメだよ! とエレナさまは慌てたように言った。
「だーからー、どうしてそうなるの。付き合うつもりはないと言ってるのに」
「うん。でも、そういうのも面白いかなと思って」
それに実現できちゃいそうだからねぇ、とエレナは愉快そうに紅茶に唇をつけた。
つやつやのそれは、カップの輝きにまけないほどである。
「蜂さんとだけはほんと、なんにもないからね? 他は……いろいろあったけど。それに蠢はあたしの性別わかってるんだし、あえてそこで自分の性指向を捻じ曲げてくるようなことはないんじゃないの?」
「……いろんな人のを捻じ曲げてそうなルイちゃんに言われても説得力はないよね」
無自覚さんはこれだから困る、とエレナに言われてもこちらとしては首をかしげるだけだ。
残念ながら、ルイが男性に告白されたことは多くあっても、木戸馨として告白されたのは中学の時くらいなものだ。
あの時のは、若さゆえの過ちというか、後半はゲーム感覚だった。
そこに、性指向がどうだといったことはあまり関与していないように思う。
「でも、蠢は普通に女性好きだと思うけどね。FTMゲイっていう人たちがいるのは知ってるよ。性転換するよりしないままのほうがもてるだろうに、なんていうこと言われてへこんだりしちゃう、いろいろ悩ましい感じになっちゃう人。でも、蠢はそうじゃないと思うんだよね」
さて。蠢は、心は漢な美少年である。小学生の時のことを思い出しても、男子とばっかり遊んでた印象が強いし、今だってHAOTOのメンバーの中で生活をしている。
つまりはまあ、性格的には男性という感じだ。実際手術とかも将来的にはやっていこうという考えもあるそうだし、男性ホルモンを入れるって話もでている。
声が安定するまでは歌手としてはちょっとどうしようかとはなるだろうけれどね。
ちなみにFTMゲイというのは、好きになる相手は男性で、自分の性自認も男性という、トランスとゲイが混ざったような状態の人たちのことだ。
優先順位としてどっちを取るか、というのでも見た目は変わってくるのだろうけれど、モテ<性自認のほうであれば、出会いが少なくなろうが、性別の移行を優先するのだとか。
まあ、命がけの恋愛! とか世の中ではドラマティックに描かれるけれど、ルイもどちらかといえば自分の生活のほうを優先するタイプなので、もてるためなら命も顧みないっていうのは正直、理解ができないのだけれど。
「ルイちゃん。とりあえず鏡見るといいと思う。それと、珠理ちゃんのこと、忘れたわけではないよね?」
「……ああ、うん。それもいちおう、ちょっとは考えてはいるんだけど……」
正直、そっちに気を回す余裕はないかも、というと、不憫……とエレナはつぶやいた。
それはこちらに向けられた言葉なんでしょうか?
「っと、誰かきたかな」
家のチャイムが鳴ったのに気づいて、エレナがドアのほうに視線を向ける。
しばらくすると中田さんが現れて、ひそひそと耳打ちをする。
いや、二人しかいないんだから、別にエレナにだけ伝えなくてもいいのに、なんて思うんだけれど。
様式美は重要だよ? とエレナににぱりと言われてしまった。
三枝の家は、現状、マスコミに嗅ぎつけられていない。
というのも、エレナが翅の女装の師匠だ、という話はレイヤーの中では周知の事実だけれど、一般にはあまり知られていないからだ。
そして、その線で調べて行っても三枝家にはなかなか到達できない。
よっぽど運がよければ、あの三枝家に令嬢がいるという話をつかめるだろうけど、果たしてつかんだところで、屋敷の場所までもを調べることができるのかは難しいという、二重三重のセキュリティ体制になっているので、今のところここは安全地帯と言ってしまってよかった。
盗聴対策はもともと、中田さんを中心にやってくれているそうだし、そちらにも抜かりはない。
「マネージャーさんだってさ。現状報告上げてくれるみたい」
正直、あの事務所も後援者が何個かやめちゃってるみたいで、うちを逃したくないって思いもあるんだろうけど、とエレナさんはのほほんとあのマネージャーを招き入れるために席を立った。
いや、エレナさん。きっとあの人、君のことも芸能界デビューさせようとかそんな思いもあって頻繁に来ているのではないでしょうか。
そして、ほどなくして部屋にマネージャーが招待され、会議室の一角に腰を下ろした。
「おや、これはルイさんもおいででしたか。今日もやはり男装されてたのですか?」
「まだ、騒ぎが一向に収まる気配がありませんからね。私生活に影響がでて本当に大変です」
困っています、と肩をすくめると、申し訳ありませんと謝罪の言葉がきた。
まあ、実際のところ、木戸としての日常生活はそこまで切迫しているわけでもないし、彼が男装といっているのは、素なのでことさら困ることもないのだけれど。
「そうそう。こっちとしてもあまり、コスプレイベントに行けなくて本当に迷惑なんですよー」
いろいろやりたいキャラとかいるんだけど、行くと取り囲まれちゃうから、とエレナがぷーと頬を膨らませながら追撃をかける。
そう。三枝家は問題はないとはすでに述べたわけだけど、コスプレイヤーのエレナとしては、騒動が収まるまでは自粛をせざるを得ないというのが現状なのだった。
というか、実際、それなりの規模のコスプレイベントではマスコミの記者が数人紛れ込むなんてこともあったらしい。
ほとんどみなさん、というかエレナでさえあの動画の件は寝耳に水だったので、マイクを向けられたところで、早く復帰して欲しいという声しか聴けないわけなのだけど。
うぅ、復帰したらお詫びにいっぱい撮らせていただかなければと思う。
「我々としても手をこまねいていたわけではないのですが……なかなか集団心理というものを御するというものは、難しいものがありまして」
これで弊社を挙げてがんばっているのですが、なかなか難しい状況で、と彼は目を伏せる。
エレナはそんな彼に不機嫌そうな視線を向けた。
わざわざ報告にきてこの程度のことしか言えないの? とでも言いたげな視線である。
「い、いえ、我々とて何もしてないわけではないのですよ? 例の動画流出の首謀者は押さえましたし、それなりに情報の誘導をしてます。ですがあまりにも、HAOTOとルイさんとの関係性がスキャンダラスなんです。おまけに、週刊誌の記事にはかなりのでたらめが書かれてしまっていましたからね」
まあ、それもあいつが書かせた記事のようですが、とマネージャーさんは忌々しそうに言った。
うん。そりゃ、あの元女マネージャーを捕まえたってのは、とりあえず実績の一つとして数えていいのだろうとは思う。
でも、彼女を捕まえても、やはりルイとしてはそれが解決の糸口になるとは到底思えなかった。
「その週刊誌の発行元への抗議は……やってますよね。それで訂正記事はでたんですか?」
「いいえ。たびたびの抗議でもむしろ、なにかやましいことがあるからそんなに必死なのだと思われてるところはあるようですね。しかもネタを持ち込んだのが、うちの社員ですから」
ほんと面倒なことばかり起こしてくれます、と彼はがっくりと肩を落とした。
「はぁ……それこそうちとか咲宮の力でも使って、ぷちっと行ってしまいたいところだけど……それだと隠蔽だなんだ言われそうだし、余計大事になっちゃうか」
問題を収束させたい理由なんて、ルイちゃんが一般人だからってことで終了なんだけど……なぁ、と言いつつ、じぃーっとエレナはこちらを見つめて、これじゃーしょーがないかとため息を漏らした。
「やれることはしっかりやらせていただいています。あとは時間が経って風化するのを待つしかないというくらいでしょうか」
「あとひと月くらいはかかりそうな勢いですよね。なんとかなる方法ないですか?」
さすがに風化するまでに時間がかかりすぎると不安そうな声を上げると、彼は、おやっと眉を上げた。
「なにか都合が変わりましたか?」
前の時はじっくり、というようなお話だったかと思いますが、と彼はこちらの反応に訝しむような表情を浮かべた。
そういえば、会議をしたときはゼフィロスでのことにまで頭が回ってなかったことを思い出す。
仕事のことをすこんと忘れていただなんて、本当にあの時はショックを受けていたということなのだろう。
「仕事をする予定だったところからクレームが来たのです」
「仕事……仕事ですか? ええと……モデルデビューとかされてましたっけ?」
「……これは写殺対象でしょうか」
マネージャーさんが素でそんなことをいうものだから、ちょっと昔のアニメに出てきた能力者を思い出してそんなことを言ってしまった。
ええと、これでもルイさんったらプロのカメラマンなんですよ?
阻害されてるのは趣味で行ってるコスプレ会場と、自然撮影だけではないのです。
「いえ、カメラマンで、というのは存じていましたが、すでに仕事を始めているとは思っていなかったもので」
これは失礼、と彼は少し申し訳なさそうにこちらに謝ったあとに、切り出してきた。
「できるだけ収集を早めるということであれば、もう一つだけ手段はあります。ですが……もともと我々はルイさんのリスクを最小限にして差し上げたいという考えを最優先にしていましたので、いままで話していなかったのですが」
それによって貴女に悪影響がでる恐れは十分ありますが、それでも貴女さえよければ試せる方法はあるのだと彼は言った。
ふむ。
そういう言い回しをするということは、つまり、ルイにも役目があること、ということか。
「ある程度のことならやりますよ。まあそれが元でさらに炎上ってことになるといけないので、検証はさせていただきますが」
あまりにも私にやれることがなかった理由は、むしろ気遣われてた結果ですか、というと彼は、まあそういうことですといつものあの油断ならない笑顔を浮かべた。
「それで? その方法っていうのはなんなの? もったいぶらずにさっさと教えて」
ほら、下手なことをいうと、わかってるよね? とエレナが少し脅しをかける。
うまくけん制してくれているのだろうけれど、目の前の人にどれだけ効果があるのかは疑問だ。
大丈夫です。ちゃんとお教えしますよ、と前置きをしながら彼はその方法を告げる。
「貴女とHAOTOで記者会見を行うことですよ」
彼はにやりと、すでに成功を確信しているかのような晴れやかな笑顔でそう言ったのだった。
最近ルイさん分が足りなかったので、久しぶりにやらかさせていただきました。
エレナさんぐっじょぶ! 友達の下着を買っておいてあるっていうのは、まあ、お嬢様なのできっとありと思いましょう!
さぁ、そしてそろそろスキャンダルのお話も終盤にさしかかってまいりました。
あと二話くらいで終わる予定です。
終わった後、何をやろう、という感じではあるのですが……ちょっとネタだしでお休みもらうやもしれません。




