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515.咲宮家への訪問2

「では、ルイとしてお答えしましょう」

 とりあえず、眼鏡をはずして髪を軽く手櫛で整える。

 これだけでだいぶ印象も変わるだろう。きれいな女声で語りかけると、ぴくりと理事長は体を震わせた。


「わぁ……これだけでいきなり印象が……」

「眼鏡のあるなしですごい変わる」

 どうしてこうなった、とすでに両方の顔を知っている沙紀ですら、その変化にはうわーとため息を漏らした。


「目の印象なのかしら。というかノーメイクでそれって、ほんとどうなってるのかしらね」

「普段はもう少しお化粧しますけどね。それがないのでちょっと不安はあるのですが」

 声としぐさでそれっぽく感じでくださいというと、二人は少しだけ無言になって、じぃーっとルイに視線を送った。

 まるで、観察されている動物のような気分である。


「で、本題なわけですが、先日の動画の件ですよね」

「……あっ、そ、そうでした」

 こほん、と彼女は咳ばらいをしながら、居住まいを正してこちらにじっと強い視線を向ける。

 さぁ、どうなのですか? という理事長モードである。

 とはいえ、彼女から詰問される、などということもなく。とりあえずこちらの出方を見る方針のようだった。


「まず、動画はご覧にはなっていますよね?」

「ええ、これ、ですね」

 呼び出された件の理由を提示すると、彼女はタブレットを差し出してきて、その画像を表示させた。

 数分の動画が流れて、終わる。

 けれども、ルイが最初に見た動画と少し異なっている点があった。

 そう、例の「息子は預かった」のシーンのところだ。そこだけモザイクがかけられている。

 事務所のほうで修正をかけたらしい。


 おまけに元のバージョンのものは破棄するようにしてくださいという注意事項がコメント欄には入っていた。

 所持してるだけで法に触れるかもしれないなどという注意喚起すらされている始末だ。やはり問題ありということになったのだろうか。個人的にそこまでまずい動画とは思っていないのだけど。


「実はゼフィロスの理事会でも、この映像が問題になっています。こんな卑猥な映像を撮っているものを、ゼフィロスの臨時とはいえ顧問としておくのはどうなのか、と」

「それは、言われると思っていました。つまりはその……さっさと騒動を収めてこいということでしょうか?」

 それとも、一度でもああいう話が世に出てしまったら資格なしでしょうか? と首をかしげながら聞いてみると、理事長先生は、はぁーと大げさにため息をついてテーブルにへたりこんだ。

 沙紀が、母さん!? とかいいながら心配そうな視線を向けている。


「だ、大丈夫よ。ただ、その……あまりの事態なのにルイさんがまったく堂々としているものだから、ショックを受けただけなの」

 正直この状況は、大人でも厳しいはずだと思うのだけど、と言われて、首を軽く傾げた。

 そりゃ、この炎上は痛いことが多いのだけど。

 ルイとしての活動自粛は永遠ではないのだし、むしろこの機会に木戸としての撮影ができればいいかなと思っているくらいだった。

 問題の解決のために奔走、しているのはHAOTOの事務所の人たちだし、こちらとしてはいまのところ、できることがない。

 下手に露出をして、状況を悪化させるわけにもいかないしね。

 だから、目下できるのは、「好きに、楽しく、撮影する」ことだけなのだ。


「そこらへんは、まあ、今回はルイだけが封印されてるだけですからね。こっちの生活までは今年は大丈夫なので」

「去年は大変だったみたいよね……どうやって乗り切っていたのやら」

「まあ、ほかにも手段はあるので」

 一つ別の顔をつくるやりかたを覚えたら、いろいろほかの可能性も考えられるわけです、とない胸を張った。


「ねぇ、沙紀矢。胸がなくて可哀そうって思うのは、正解なのかしら、間違いなのかしら」

「僕に対してもそんな感想もったことあります?」

「だからよ。ふっと思ってしまったのだもの。ぺったんこで可哀そうって」

「……僕からはノーコメントです」

 気持ちはわからないではないですが、と沙紀があきれたようなため息を漏らす。

 そこらへんはまりえと長らく話をしてきたことだからだ。


「最近は胸のあるなしはあまり気にしなくていいと思いますよ。沙紀矢くんの好みが、まりえちゃんくらい、であればいいなというくらいで」

 別にぺったこで育ってなくても、それはそれでいいではないですか、と少しすねたように言って見せる。

 毎回のように思うのだけれど。

 男性は明確に主体的に、大きな胸を求めて。そして女性はそれを受けて、「大きくなければ」と、コンプレックスをもったりする。

 でも、サイズなんてものは好き好きだと木戸は思っているし。


 むしろ、小さいから恥ずかしいとか、大きいから恥ずかしいなんていう、「主観」こそが、萎縮の原因だと思っている。

 木戸としての基準は、「ばれない女装」なのであるから、ほどほどが理想なのだ。


「それで、おっぱいの話ではなく。ゼフィロスでは今はどうなってるんですか?」

 話が脱線してしまったのをとりあえず元に戻す。

 時間がないわけではないけれど、あそこで今後働けるのかどうかは重要なことだ。

 お給料の面ももちろんのこと、あの景色が自由に撮り放題となるのがとても素晴らしいのである。

 いまさら、顧問の件はナシでと言われたら、さすがにへんにゃりしてしまう。 

  

「ええと、実は今理事会も割れていて、あの動画ができてる自体で、うちの学校の品格には不適ではないか、という人たちと、学院長をはじめ、あのルイさんがあのようなものを作ったのには意味がある、と考え、すべてが解決したら来てもらおうという人たちとが意見を出し合っているところです」

「みなさん、信じてくれていてありがたいことです。ですが、騒動の解決が第一、ですか……」

 ある程度予想はしていたことだけれど、やはり反対派というものもそれなりにいるのだなぁと思う。

 ああいうお堅い学校なのである。みなさんゼフィ女を出ていたりする淑女なのだから、さすがにあの動画にけしからんという思いを抱くのはとてもよくわかる。


 けれど、すべての事情を知っている学院長先生までもが、擁護してくれているのは意外だった。

 それなりに話はしてきている相手ではあるけれど……いや、事実を知っているからこそ、あの動画の意味というものを適切に判断しているのかもしれない。女性ではないのだから、不適切なことはないだろう、いや、むしろ男性五人に囲まれて無理やりなのではないか、とすら思ってくれているのかもしれない。

 ま、確かにそれは正解なわけだけれど。


「四月は、そもそも学期が始まったばかりで、いろいろと学生たちもやることがあります。部活選びなどもありますし、貴女に来ていただくのは五月から、と考えていました」

 さて、それまでにこの騒動は解決するのでしょうか? と彼女は困惑したような顔を向けてきた。


「あの、生徒の反応というのはどうなのでしょう?」

「おおむね、二年、三年の間では、あのルイさんにあんな一面もあったか。かっこいいー、という感じです。入学したばかりの一年は、そもそも貴女がうちにくることすら知りませんから、なんのことやら、という感じですね」

 そこも理事会の中で擁護派が多い理由でもあります、と彼女は言った。

 ようは、学園祭での写真撮影が、ことのほかみなさまの中では好評だったようで、仲間という意識を持ってくれているということだった。


「とはいえ水面下ではうわさ話になってるところはあるようですが。あのHAOTOのスキャンダルの相手が、この学校にきたことがある、というレベルで」

「ああ、女子高生って噂大好きですもんね」

 逆に一年がそうなってしまっているのは、ネットでの誹謗中傷を真に受けた結果なのだろうと思う。

 しかも中高生にとっての男性アイドルグループは、疑似恋愛対象とでもいえばいいのか。そんな相手とスキャンダルになるということに、嫉妬のようなものも向くのだろう。


「写真部のほうはどうでしょう?」

 いちおう、一番大切なのがそこなので、というと彼女はまぁ、その、と口を濁した。

 来月から教えるようになる相手の反応というのが一番気になるところなのだけど。まさか悪しざまにいわれているのだろうか。

 まったく、信じてたのに、あのびっちめ、とか。ああ、ゼフィロスの子はそんな言葉づかいしないかな。


「母さん。そんなもったいぶらなくてもいいじゃないですか」

 さっさと見せてあげましょうよと、沙紀から援護射撃が入った。

 もったいぶるって何かあるんでしょうか。


「ええと、これ、有志のみなさんから、貴女に会うなら見せてやって欲しいって」

 どうぞ、と彼女はタブレットのファイルを開いて見せる。

 すると、そこには懐かしい風景とともに、去年撮影をした子たちの姿が表示された。

 ルイさんを励ますビデオレターなんてタイトルが表示されている。


「ルイさんへ。動画は邪道とか言われそうですが、今回の件がとても心配で仕方ないので、有志で今のゼフィ女はこんな感じ! というのを送ってみようかと思っています。まずは写真部を代表して私から!」

 ほのかの後輩の女の子が、画面の中で元気に手を挙げていた。

 かなりにぎやかな子である。


「毎日テレビとかでも取り上げられてますけど、写真部一同、まったくもってあんなものに惑わされたりするつもりはありません! もう、さっさといろいろ教えに来てください! 三年は特に時間がないのです」

 ウエルカムです! と差し伸ばされた手を、残念ながらムービー越しではつかんであげることはできない。


「じゃ、他の子の意見もばんばん聞いていくので、ちゃんと最後までムービーは見てくださいよ?」

 途中で消しちゃ嫌ですからね、と彼女はインタビュアーの役割を果たしながら、まずは写真部の面々、そしてルイにメッセージを送りたい有志の人たちに話を聞いていった。

 どれもこれも、また撮ってくださいとか、今年の学園祭も楽しみにしています! とか、肯定的なコメントがほとんどだった。


「まってます、か。凝った演出しちゃってからに」

 ムービーの後に流れた学院の写真の数々は、それはもう懐かしさを感じさせるものばかりで、つい頬が緩んでしまった。

 写真の撮り方自体はちょっと気になるところがないではなかったけど、あの優美な庭園も、校舎も。そしてあまり行ったことがないプールなんかの写真も入っていたりして。


 そして、最後の校門の写真には、それこそプリクラでやるように文字が書き込まれていた。

 ルイはあまりこういうのはやらないけれど、実際こうやってプレゼントされてみると、じわっとくるものがあるなと思った。


「ええと、このファイル、いただいてもいいですか?」

「ええ。もちろん」

 予備のSDカードを取り出して渡すと、彼女は手ばやにそこに、ルイさんへのビデオレターをコピーしてくれた。


「学院側としては、生徒の声もありますから、なるべく貴女に来て欲しい意向です。ですが……」

「五月までに、決着をつけてほしい、ということですね」

 最低限、メディアやネットで悪評が立つようでは困る、というのが学院側の言い分だ。

 生徒たちはいいだろう。でも、ゼフィロスに子供を預けようとする親たちにはその悪評は、悪い効果しかもたらさない。


「少しショックが大きくて現実逃避をしていたところはありましたが、そうですね。こちらからも状況の把握に努めるようにしようと思います」

 今までは、やれることもあまりないとHAOTOの事務所の動きを静観していたところはあるのだけど。

 タイムリミットがつけられてしまったのならば。

 こちらからも、やれることはやらなければならないと、その時ルイは思ったのだった。


さて。動画問題の解決にのりだしましょうということで。

ゼフィ女ではどうなってるのかー! なんていうお話でした。

まあ、生徒は応援してくれるけど、やっぱり、存在が不適切なルイさんは親御さんにはちょっと頭の痛い相手になってしまってる現状です。

さぁ、どう解決するのか、は……まぁ。もうしばらくお待ちくださいません。

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