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514.咲宮家への訪問1

本日短めです

「ふぅ。なんか久しぶりに二人でラーメンだったね」

「程よい塩味の中に昆布の出汁がいい感じにでてておいしかったです」

 四月。

 HAOTOのスキャンダルはいまだに沈静化する兆しがまったくないわけだけれど、それでも世界の流れが止まるなどということはなく。

 授業もそろそろ始まりつつあって、木戸は大学での生活をスタートさせていた。


 とはいっても、去年と違って今年は木戸馨としての活動はまったくもって何の問題もなく。

 道中での撮影も、店のおっちゃんから、またやってるねー! みたいな声をかけられたりしつつそれなりな感じだ。

 特撮研のほうでは、ちょっとルイさん話がでたりもあったものの、まあそこまで大々的な話になっているわけでもない。

 事情を知っている某一人は、すごくいろいろ聞きたそうに眼をキラキラさせていたけれど、そんなもんは無視である。


「沙紀……くんは、あれからも赤城にいろいろ連れられてラーメンめぐりしてるんだって?」

「そうですね。まりえが一緒の時もありますけど、都合が悪かったりすると二人きりとか」

 まー、僕もやっとまともな男子大学生生活を送れてる、というところでしょうか、と沙紀矢くんは苦笑気味だ。

 女子高生生活でついた癖がいくらかとれてきたとかそんな話なのだろう。


「でも、女装と女性はラーメン無料! ってところに連れて行かされそうになった時は、ちょっと困りましたけどね」

「あ、そんなのやってるんだ? なにかの記念イベントとかかな?」

「何周年記念とかそんな感じのイベントですね。女性客を取り込もうっていうのと、話題性だとは思うんですが……」

 なんか、思ってたよりラーメン屋って女性客も結構いるんですよね、と感慨深げな声を彼は漏らした。

 ゼフィ女では麺類はうどんやそばが中心で、ラーメンはやってなかったし、あまり学院のほうでも話題に出たことはなかったのだろう。


「そういや、エレナにやらされた潜入系女装エロゲで、お嬢様をラーメンやにつれてく話あったっけなぁ」

「まりえでは、あまりご期待にそえる反応はしませんでしたよね」

 生粋のお嬢様があたふたするシーンでしょ、きっと、と沙紀は軽くお腹をさすりながら言った。

 ちょっとそのしぐさはかわいかったりするのだけど、言わないでおこう。


「でもまりえちゃんだって、お嬢様でしょ? むしろゼフィロスでも高貴なほうなんじゃないの?」

「ですが、その……あの子の場合世間知らずってほど世間を知らないわけでもないですし。というか、木戸さんに思いきり毒されたというか」

「庶民じみさせてしまってすまんことです」

 ああ、なるほど。なんだかんだで、ここのところかなり庶民ご飯を食べさせたりしているので、かなり慣れてきてしまっているといったところだろうか。


「まあそれ自体は悪いことじゃないですよ。別に貧乏舌ってわけでもないし」

 きちんと高くて良いものの価値もわかっていればそれでいいんです、と彼は嬉しそうに言った。


「う、あまり高いものは俺、あんまり味がよくわからないかも」

 それは困ったかも、というと木戸さんだってセカンドキッチンのお食事会で良いものの味はしっかり覚えてると思いますが、と彼は苦笑した。

 エレナさんちのお食事会はいまでも定期的に行っているけど、たしかにエレナの担当回や、沙紀くんの担当回なんかは、見たこともない食材がばばんと登場することはある。


 この前のカモ肉のソテーとか、すっごくおいしかった。


「あー、でも次のお食事会はさすがに参加できないかなぁ……あの一件が終わらないことにはちょっと、あんまり外出ができないし」

「別に、女装しないでもいいんじゃないですか? 僕だってこっちの恰好で参加することも時々あるし」

「んー、でもなぁ。エレナの前だとなんというか……やっぱ女装したくなるもので」

 下手にこっちの恰好で行こうものなら、さールイちゃん、着替えよう! とか普通に言われそうというと、ああ、それはわかるかもー、と軽いノリで答えてくれた。

 そう。エレナ様はなにげに、他人を女装させるのが大好きなのである。


「さて、それでなんとなく歩いてきちゃってるけど、向かう方向はこっちでいいのかな?」

 食後の腹ごなしに散歩、というわけではなく、今は沙紀に行く方向は任せている状態だ。今のところ電車に乗る道を進んでいるようだけれど、果たして目的地はあるのだろうか。


「はい。今日はもうちょっとお付き合いいただこうかと思ってまして」

 ちらりとスマートフォンを見ながら少しだけ申し訳なさそうに言う彼に一抹の不安を覚えながらも、木戸は彼の隣を歩いていった。




「そして、到着する場所がここですか……」

「ええと、はい。ここ、僕の家ですけど、一回つれてこないとなぁと思ってまして」

 なんか通ったことがあるぞ、というような道を通り過ぎてついた先。

 そこにはばばーんと、大きな和風建築が建っていた。

 それこそ、広い庭もある一等地というやつで、池に鯉なんかが泳いでたりするちょっと現実離れした豪邸なのである。


「お父さんが失踪してから、会長さんのところに身を寄せてるって話だったっけ?」

「ええ。今では母もすっかり回復していますが、やはり近くに置いておきたいというのがあるんでしょうね」

 木戸さんは面識ありましたっけ? と言われて、俺にはないけど……とあいまいに答える。

 いちおう、ルイとしてなら咲宮家のご当主とは面識はあるけれど、さすがにこちらの姿で会ったことはないのだ。


「なら、今日はしっかり会ってもらおう……といいたいところですが、残念ながら今日は仕事で家にいないので」

 せっかくだから、友人を紹介したかったところですが、と彼は少し残念そうに言いながらその豪邸の敷地に入る門を開ける。

 そして玄関までの道を少し進むと、ばばーんと相変わらず見事な庭が目に飛び込んできた。

 ゼフィ女の庭もきれいだけれど、ここも風情があっていいところだと思う。


「ええと、写真を……」

 撮りたいけど、いいですか、と聞こうとしたところで、唐突にその声は別の声にさえぎられてしまった。


「あらあら、うちの沙紀矢が男友達を連れてくるだなんて。まさかこんな日がくるとは……」

 玄関にスタンバイしていたのであろう、おばさまはかなりわざとらしい様子で、こちらに声をかけてきたのだった。

 ああ、なるほど。沙紀がさきほど少し申し訳なさそうにしていたのは、これが原因だったのかと悟ってしまった。


「……どうも、初めまして。木戸馨と申します。沙紀矢くんとは大学が同じで親しくさせていただいています」

「これはご丁寧に。うちの沙紀矢と仲良くしてくれてありがとう。せっかくだから、おばちゃんとも少しお話をしていかないかしら?」

 さ、あがってあがって、と背中を押されるように、奥のほうの部屋へと連れていかれた。

 お手伝いさんと数人すれ違ったけれど、彼女らはいらっしゃいませと、ぺこりと頭をさげるだけで、基本奥様のやりたいことを阻害するつもりはないらしい。


「沙紀矢は学校ではどうかしら。この子、こんなのだから浮いてしまってないかちょっと不安で」

「ちょ、母さん、いきなりなんてことを言いだしてるんですか」

「だって、こんないい子、滅多にいないじゃない? かっこいいし、きっと学校できゃーきゃー言われてるんじゃないかなと」

 そして、ころっと女の子に騙されて捨てられちゃうんだわ、とおばさまは少し芝居がかった言い回しをした。

 本心では、そうは思っていないのだろう。


「入学当初は、キラキラした二人組って言われてましたね。でも、女子からきゃーきゃーっていうのは、なんていうかあんまりないみたいですよ?」

 だいたい隣にまりえさんがいるから、それもあるんでしょうが、というと、そうねぇと彼女は頷いた。


 そんな会話をしていると、失礼しますとお手伝いさんがお茶を用意して部屋に持ってきてくれたようだった。

 すっと、障子を開けるしぐさは洗練されていて、とても美しい。

 和式の作法というやつがしっかり身についていて、それこそ和風高級旅館で働いていそうな感じのするお手伝いさんだった。


「では、失礼いたします」

 丁寧にお茶をいてれ配膳が終わったあとは、やはり優雅な所作で部屋から離れていく。

 ちょっとそれに見とれていたのだけど、咲宮の二人にとっては日常風景のようで、ありがとうと言いながらお茶をすすり始めていた。

 さすがはセレブリティというものである。  


「きれいな方ですね」

「ついうっかり撮ってしまいそう、ですか?」

 カメラをきゅっとつかんでいたからか、沙紀にそんなことを言われた。

 まあ、そりゃ撮りたかったけど、さすがに人は許可をいただいてから撮影するのがマナーというものである。

 そして淹れてもらったお茶は、ほのかな甘みがあって、大変においしかった。

 さすがは咲宮の本家である。これでおいしいお茶菓子などもあったらとても幸せだなぁと思う。


 けれども、そんな和やかな雰囲気も、彼女の一言であっさりと霧散してしまったのだった。

「さて、茶番はここまでにして、そろそろ本題にはいりましょうか、ルイ(、、)さん」

 そう。沙紀矢くんがここに連れてきた理由。

 それはすべて、あの事件についてルイに弁解をさせるためであることに、間違いはないようだった。

まずは一番大きなクライアントのお話から。

あのスキャンダルで一番困るのって、実はゼフィ女だよなぁという感じで、こうなりました。


そして前半はラーメンです。すっかり沙紀矢くんもラーメン大好きになりましたね。

地味に赤城氏がいろいろやってたりして。まあ、仲良くなることはいいことなのです、ということで。

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