054.高校二年十一月~ 修学旅行
今回は第三者視点描写ありです。めずらしく! そして色気のないお風呂回であります。
修学旅行は高校生活の中で一,二を争う大イベントである。
それが行われるのは二年の十一月である。行き先は今時京都だったりする。
もう、行き先を変えようという署名が十年も続いているというのだけれど、どうにも「修学」にこだわる学校側はそれを突っぱね続けている。
最近は海外に目を向けて欲しいという風潮からか、国外の修学旅行も多いというのだが、我が校にそのようなモダンでハイソな旅行はまず無理なことは、生徒の誰もが理解をしている。それでももっと遠くへ行きたいよというのが、ここ数年の生徒達の訴えなのだった。ようは沖縄とか北海道に行こうよ、他の学校みたいに! というようなことらしい。中学の修学旅行もたいてい奈良とか京都とかになりがちなので、別の所に行きたいと言いたいらしい。
とはいえ、木戸としては京都は、撮影スポットも山ほどあるし、山も川も、そして改めてあの人工物なんだけれどどこか近代のそれとは違う寺社仏閣というやつを撮ってみたいと思っているので、旅行自体は楽しみだった。
それを言えば、さくらあたりには、あんたはどこでも良いんでしょうと言われそうだが、四国なんかもいいし、東北もいい。まとまってお金ができたら撮影旅行には出たいと思うくらいには西の方の景色も好きである。
というのも、あいなさんの写真展で見せつけられた空の写真が未だに心に残っているからだ。
空は誰の頭上にもあるというけれど、瀬戸内海あたりの空とかも見てみたいし、京都の風景も今から楽しみすぎる。
自腹ではなく、親のお金で旅行ができるだなんて、本当に涙目である。
さて、そんな期待は盛りだくさんではあるものの。もう一つ。木戸を含め一部の人間にとって、なかなかにやっかいな条件が我が校の修学旅行にはあるのであった。
「うわぁ……木戸くんの私服姿初めて見たけど、これはなんとまぁ……」
集合場所の東京駅の一角。そこについてクラスメイトに合流したところのことである。
斉藤さんが半分呆れたようなほうけたような顔をしていた。
「どうせ、私服のセンスとかないですよう」
脇役ですので、と軽口をいいつつ、斉藤さんの私服に視線を向ける。
修学旅行は、制服でという学校もそれなりにあるのだろうけれど、木戸の通う学校は昔からずっと私服での参加が決まりとなっている。風紀を乱すほど過激なファッションをする人もいなかったし、制服の集団の威圧感というものを少し軽減するためなのだとか。
エレナの学校みたいなオシャレ学ランではなく、黒い甲冑然とした学ランの生徒がわらわらいるのはちょっとどうなのか、という判断なのだという。
それはそれで修学旅行の風物詩というようなもののような気もするのだが、威圧感というのもわかる。
その結果の、私服姿で旅行にいこうよというこの条件の理由もわからないでもない。のだが、制服が決まってると外出が楽だ! という層としては私服はちょっとねぇと思ったりもするわけだった。男物の服は本当に最低限しかない木戸なのだ。
「木戸はもうちょっと、私服を充実させた方がいいんじゃないかと思う」
同じ班になった八瀬が、こちらを上から下まで見た上で、おまえは両極端すぎると残念そうにうめいた。悪いがその苦情につきあうつもりは毛頭ない。残念ながら木戸の手持ちにある私服はほとんど女物である。だがそれを着てこれるかと言われるとそんなことは無理なのである。中性的なものもないではないけれど、どちらかというとスカート派なルイとしては、そちらを兼用してオシャレに攻めるなんてことはできないのだ。使い回せてジャケットくらいなもんだろうか。最近はきゅっとしたデザインでも男物といってしまっても通る場面も多いのだ。
男子としてのスカートは、ファッション的に少しかっこいい感じになるし、どのみち未だそこまでの市民権を得てはいない。そこまでは冒険する気はないし、やったなら、まず皆さまから「なにその女装」と言われるだろう。その前に、だれ? と言われそうだが。
「ほっほぅ。マジでそっちはどーでもいいって感じですなぁ」
クラスが違う遠峰さんにまでカメラを向けられて言われる始末だ。
まったく。確かにどーでもいいので適当に選んではいるのだが、そこまで言わなくてもいいじゃないか。
ちなみに他のクラスメイトからはなーんにも突っ込みはなかった。明らかにこの三人はルイと比較して物事をいっているのである。
「さくらはまーアレとして、さすが斉藤さんはかわいいなぁ。きちんと秋のトレンドを取り入れつつ、華美にならないそのスタイル、グッドです」
「褒めてもなにもでないよー。っていうか、木戸君に褒められていてもね」
まー女友達に褒められてるみたいで嬉しいのは嬉しいけどねーと周りには聞こえないくらいの小声で伝えてくる。彼女はルイの私服姿を知ってるわけではないのだろうけど、さくらから話を聞いているのかもしれない。
「さて。では出発風景として押さえておきますかね」
まだ集まりきっていないクラスメイト達を脇目に、今回の旅行の出発点。この駅の撮影をしておくことにする。
そう。
イベント委員として、木戸はすでにもう体育祭を終えている。のだが、このカメラを託されているのは、二泊三日にもわたるこの「イベント」の写真を普通の人間が、俺には無理っすと言い切ったからだった。
今年の二年の写真部は三人。それぞればらけたクラスにいるので彼女らがいるクラスのイベント委員は仕事が半減する。二人の写真係の片方を写真部が毎回つとめるようになるのだ。
とはいえ、写真部がいない他のクラスはきちんとイベント委員がカメラを握っているはずなのである。
それでもやってくれと言われるのは、木戸のカメラの腕をそれなりに評価してくれているということなのだろう。
もともとは救済措置というわけでもないけれど、個人的なカメラの携帯や、スマートフォンの普及なんかもあるので、イベント委員に撮影がどっしり乗っかるということはないのだけれど、どうせならやってくれと頼まれたのだ。
斉藤さんが言うには、あんなに物欲しそうな目をして、指を動かしていたら譲るってばとのことだけど、別に強請ったわけではない。それに個人的な撮影もOKということなので、家庭用のコンデジも持ってきているのだ。
イベント委員の仕事がなければこちらで撮影していただけの話である。
「あ、あたしも撮るー」
駅の写真も大好きーといいつつ、カシャカシャとシャッター音が鳴り響く。
写真部のさくらはいつも使っている一眼を思う存分に動かして、平日の駅舎を撮影している。新幹線のホームのしかも車両貸切みたいな状態なので、他の乗客の姿は見えないのだが、きっと他のホームは今はわんさと人がいることだろう。
それを横目に見ながら、こちらもぴぴっと電子音を鳴らしながら写真を撮っていく。
べ、別に、一眼うらやましい訳じゃないんだからねっ。
内心にそんなルイとしての本心を隠しながら、スナップ中心に愉快に撮影してやろうじゃないかと気持ちを新たにする。
二泊三日の旅行。今回は自分用のカメラと、メモリ、そして十分なバッテリーも持ってきている。
遠方での撮影は今からとても楽しみなのだった。
風呂。
お風呂である。
かぽんという音が鳴りそうなくらいにとても風呂だった。
修学旅行一日目。いろいろと寺社仏閣を巡ったりしたものの、一日の最後はやはり風呂である。
「ふふー」
広大な湯船に浸かっているのは三十人といったところだろうか。
もちろん、大人数の宿泊なので入浴施設もいっぱいになってしまうのは旅行の常で、今年の入浴は大人数長時間制を採用している。去年の学外実習の時は短時間低人数だったのだが、そのあと苦情がでたそうで、アンケートを取ってこうなったのだ。
二クラスを一気にというのはさすがに厳しいということで、微妙な人数の割り振りになっている。
「木戸と一緒の風呂でよかった……」
そうつぶやくのは八瀬紬だ。自称男の娘の伝道師。
男子が風呂に入りながら隣の女湯をなんとかのぞこうと必死になっているのは、もう風物詩なんだろうか。
広大な露天風呂を抱えたこの宿は、竹垣をしきりとして向こうは女湯である。
その竹垣の隙間から向こう側を見ようとするやつらやら、壁を飛び越えようとするような輩がわいのわいの騒いでいるのだが、そんな雑音は八瀬には届かない。
そんなくだらないものよりも、もっとずっと見ていたいものがある。
ようやくなのだ。今日一日、彼は確かにカメラを片手にとても楽しそうな一日を過ごしていて、時折ハイテンションになったり、裏の顔をちらっと表に出してしまって、思わずそんな姿にギャップ萌えにもだえそうになったものの。眼鏡を取ることもなかったし、もっさり一日を通して男子装備だったのである。正直私服姿を八瀬はかなり期待していたし、万が一にでもべらぼうに可愛い格好で来てくれたらと思っていたのだが、万が一は万が一だったということで。だからこそ、この時間を心待ちにしていたのだった。
その相手は今、洗い場でひたすらに体を洗うための泡作りにいそしんでいる。ああ、その仕草だけでも普通の男子とははるかに違うというのがわかる。男の体なんてものは、がーっと洗っておしまいなのに、丁寧すぎるのだ。
相変わらず、つばをのみこみそうになるくらいの美貌である。普段あれだけごつい眼鏡をかけているからみんなは知らないだろうが、すっぴんはそんじょそこらの女子より可愛い。
本人はメイクでなんとか作り出しているとか言ってはいるが、すっぴんでも十分に女子にしか見えない。
それを補助する意味合いで、メイク技術やらウォーキングやら、仕草やらを付け足しているのだろう。それに加えてこのケアの仕方。皮膚の扱いがとことん丁寧すぎて、まじでやってたんだなぁと遠い目になりそうだ。
八瀬としては、それはあからさまにやり過ぎな味付けなのだが、まぁそれでも至高の男の娘が目の前にいるのは間違いがない。
しかも裸で、合法的に、GOHO的にお風呂で裸身を眺められるという時間だ。
別に八瀬は同性愛者ではないし、目の前の男の娘に対して恋愛的な何かを求めたりはしない。先日はつい過激なことをしてしまったけれど、正体や秘密をしっかり把握できた今、ただひっそりと見守りたいと思うだけだ。
ただ眺める。そのつやっつやの肌と、華奢な肩、そしてウエストにいたるラインのくびれっぷりを堪能する。
もちろん男ならではの腰の骨格ではあるのだけれど、それこそ、それがないとまんま女子にしか見えないし、なくっても驚異的なくびれである。本人曰く、そうとう体型の維持には気を使っているらしい。小尻のままでくびれを作っているのだからそうとうなウエストである。
「なー、八瀬も覗きいかんの?」
「俺はいいよー、今俺は極楽にいるんだよー」
はへーと、クラスメイトがかけてくる声を無視して、じぃと身体を洗う姿を観察する。
なるほど、馨タンは左腕から洗うのか……いちいち泡立てて手を伸ばす様が可愛らしく思える。
もちろん、誰しもその姿を見てはいないのだが、ここは独り占めさせていただこう。
ふわふわの泡を体にのばしていく。
個人的に前をどう洗うのかがとても気になる!
八瀬とて、男子である。男子の前の洗い方などわかってはいるのだけれど、男の娘がどういう風に洗うのかでいろいろと想像が頭の中を巡ってしまう。今までやってきた男の娘ゲーのヒロイン達の姿が頭をよぎった。たいていは風呂のシーンの描写は体の細さの表現やら、ご奉仕のための時間になって、まじまじと男の娘単独の入浴シーンなど描かれた試しもないのだが。
「まぁ……恥ずかしがるわけもないか」
結果としては思い切り普通でした。
なんというか、ここまで普通か、というくらい恥ずかしげもなく洗い物があるから洗うというような事務的な感じで、木戸は処理していった。もちろん他の男子に比べればケアのしかたは段違いに繊細であるのは確かなのだが。
肌が傷つかないようにというのはそこに関してもそうで、丁寧に身体を洗っていっている。
シャワーの水の粒がこぼれるように背中を流れていくのは、肌が元気な証だ。
せっかくなのだから、胸とかいろいろなところを洗うところで、むむむっとか表情を動かしてくれるならそれはかなりうれしいのだけれど、そんなサービスカットをリアルでやってくださる方はいないだろう。
「これだと、大浴場じゃなくて大欲情だな」
女湯を覗きに行っていない男子が、ほへーとやはり頬を緩めていた。
なんと、視線の先はやはり木戸なのだ。なんだろうか。自分以外に木戸のスタイルをわかっている人間がいるとは思っていなかったが。
そちらをちらりと見ると、一時期からがらっと体育の対応が変わった木村が目を細めて木戸を眺めている。
「おまえも、隣なんかよりいいものを見てしまっているくちか……」
「いやぁ、色っぽいよなぁってな」
何が、とまでは言わないのは他に聞き耳を立ててるやつがいるかもしれないからだ。
「本人あれで自分は平凡な男子だとか言ってるんだぜ。ないだろ……」
「ないな。てかよくあれで他のやつらは気づかないもんだ」
「ま、みんな隣に夢中だしな」
男だっていう先入観がみんなの目を曇らせている。女子だというだけでみんなの視線は隣に向かっている。
もったいない。
「ま、でもさ。とりあえず内緒にしておこうぜ」
「危ないからな」
いろんな意味でな、と木村は言いたいことをわかってくれたようで、こくりとうなずいてくれた。
あとは、お湯に入りながらとにかく鑑賞である。
こんなに幸せな風呂風景など、今後二度とないのだろうなと、八瀬はふにゃっとした笑顔を浮かべた。
いっぽうそのころ、女湯のほうでは。
「あーもー、今頃隣で木戸くんが身体洗ってるかと思うと、わくわくがとまりませんな」
斉藤さんが、さくらに向けて煩悩を語りあかしていた。
「たしかにあのスタイルだもんねぇ。いくら周りの男子が視界にいれてないからとはいえ、男湯に入れておいていいはずはないんだけど」
「さくらは見たことあるの?」
付き合いは長いでしょうと問われて、うーんとさくらは眉根を寄せる。
「裸はさすがに、あいつそういうの嫌がるしね。でもラインにフィットしたドレス着てたときはやう゛ぁかった」
思わず、うに点々が付いちゃうくらいにやばかったとさくらは両手を頬にあてる。
今思い出しても、完璧な着こなしに頬がふにゃりとなる。もちろん一緒にエレナのおうちのパーティーご飯の味も思い出されてふにゃりとしているわけなのだが。
「ドレスかぁ。来年のイベントとかでなにかやってくれないかしらね。今年はそれっぽいイベントはもうないだろうし……」
「卒パが、なんになるのか次第だとは思うけどねぃ。ダンスパーティーとかなら着てくれないかなぁ。ていうか、いっそ学外の人が来てくれたりとかしたらテンション上がるんだけどなぁ」
「あはは。学外の人はさすがに無理なんじゃないかなー」
これでも、いろいろとさくらだってルイを学校のイベントに連れてこようと画策してきた身である。よっぽどカメラと関わりのあるイベントにしかあいつは来ない。学校で写真展だとか、全校生徒によるカメライベントだとかをやるなら参加するかもしれないが、そういうイベントを立てること自体がまず無理だ。
「となると、素直に木戸くんをどうにかするイベントを考えた方がいいってことかな。カメラが関係するようなことで」
「カメラを餌に引っ張りながら、女装させるためのなにか布石を打たないとね?」
そうじゃないとあの人、そんなに学校のイベントやらないよ? とさくらが不満げな声を上げる。
そもそももう少し学校に興味があるのなら、木戸馨という存在は写真部に在籍していたはずである。
「えっ。なになに? 木戸くん女装させる計画?」
二人でまったりと話をしていたら、女装という単語を聞きつけて話に混ざってくる女子が一人。
ミステリー研究会の佐々木さんは、お湯を掻き分けながらさくらの隣に寄っていく。
「そ。サッキーも興味あるでしょ? 木戸くんにゴスロリとかさ」
「んー。興味はあるけどー、去年の学外実習の話は内緒って話だしねぇ」
あそこにいたメンバーは木戸の素顔と、完璧な女声を目の当たりにしている。
そこからの連想で女装すると似合いそうというのはわかるのだが、あのときの約束は今もまだ有効だ。彼の素顔と声を聞いているという事実も内緒に、なかったこととして動かないといけない。
「なら、普段の生活から何かを感じたとかは? 身長も低めだし、似合いそうじゃない」
「うっ。で、でもでももっと小さい子もいるわけで」
木戸の身長は162センチである。背の順で並ぶと前から三番目から四番目くらいなのが一般的で、今年もそれよりも身長が低い男子が二人はいる。
「う……んー。あの二人はどうなんだろうね。ちょっと男の子っぽすぎちゃう感じというか」
小柄な二人の顔を思い浮かべつつ、ちょっと女装は無理そうかなーと二人して同意の声を上げる。
女装は身長ではない。主にルイからそんな台詞を聞いているさくらは、その内容をやっと実感するに至った。
これでもコスプレ撮影はしまくっているし、女装の人の撮影なんかもかなりやっている。だから身長が高くてもきれいな女装ができるのは知っている。でも身長低めでも女装は無理という実感はいままで感じたことはなかったのだ。
「なら、どんな服が似合うと思う? 是非着て欲しい服とか」
「あのけだるげな感じには、ネグリジェとか?」
普段の、学校での彼しかしらない佐々木さんは、いつも机のお友達になっている印象からそんな服装を想像したらしい。
「あー、天蓋付きベッドとかでネグリジェでぐうたらしてる感じは……かわいいかも」
その姿をあとの二人も思いきり想像する。素顔を知っている身としては、もちろん眼鏡を外した状態でだ。さくらにいたっては普段のウィッグまで地毛として装着してしまっているほど。少し伸びた髪がばらばらっとベッドに広がりながら、それで細い腕をぺたりと並べて、んうぅ、とか寝息を立ててる姿はいろいろな意味で垂涎である。むしろ現実にやってその姿を撮影したいほどだ。
「私としてはドレスとかふわっとしたフリルたっぷりな服とかどうかなーって思うんだよね」
是非ともロングウィッグ付きで! という斉藤さんの脳裏にはほっそりした腰のラインとどうしようもなく真っ白な手足の姿が浮かんでいる。体育祭でまじまじとその姿を見たわけだけれど、あのハーフパンツ姿は凶悪的だった。太ももの辺りも健康的で、それでいて細くて締まっているし、姿勢もいいからワンピース系を着てもよれないのがいい。
「悔しいけど、そういうのも似合うのよね、あいつ……」
「ん? 木戸くんって女装のけがあるの?」
むむむっと、ほぼ無意識に返してしまったさくらの一言に、佐々木さんは反応した。
実際に木戸馨に女装癖があるかといわれたらイエスなのだけれど、女装している木戸はそれこそルイという別人格みたいな感じになるので、あれは女装なのかと首をひねってしまうのだ。
「ああ。なんか小学校高学年から中学にかけて、おねーさんのオモチャになってたんだって」
「おねーさんのオモチャってけっこーミステリーな香りがする」
うまい斉藤さんのフォローにさくらは、口の形だけでありがとーと感謝を伝える。苦笑されてしまったけれど、うまくごまかせたようでなによりだ。
「しかも12才とかでしょ? 今よりちっちゃいんだよね? それで無理矢理おねーさん達に着せ替え人形状態で、恥ずかしそうにロリータ服とか、ちょーと、その表情が、あふん」
たまらぬ、と一人想像して佐々木さんは撃沈した。ロリータ大好き属性でも持っていたのだろうか。
「あー、本人がいうには、上手くだまくらかされたらしいよ。世間知らずだったみたいだし」
それに気づいたのは中学も入ってだいぶ経った頃デスと、撮影しながら遠い目で語ってくれたのを今でもさくらは覚えている。
「それで? さくらの考える木戸君の女装はなにがいいの?」
いままでいろいろ見てきてるんでしょー? という意味合いもこもっていそうな、愉快そうな視線を向けられつつ、さくらはうーんと考え込む。
この質問自体は、ルイにどんな服を着せたいかというのと同じような意味合いになる。なるのだが、あんにゃろうは服のセンスもいいし一年たって一周してから多少は着回しもでるようになってきたけど、衣類でも十分に遊び尽くすやつだ。それに着せたい服となると……
「コスプレ、かな。猫耳とかつけてもらうキャラとか、けもみみつけて欲しいかも」
言ってみて、想像してみて、おぉと思わずその姿が浮かんで、涼しそうな顔がちょっと崩れそうになるところに嗜虐的な喜びがほのかに芽生える。基本ルイのやろうは涼しい顔を崩さないのだ。でもこういうのだったら、ひどいーとか言いながら、しゅーんとするだろう。かわいい。
「なんだか、さくらが悪い顔をしている……」
「だってさぁ、あいついーっつもあたしはちょっとのことでは揺らがないのさーって余裕なんだもん。ちょっと揺さぶってみたいー」
そして、焦った顔とか、怒った顔とか、そういうの撮りたいーとさくらは煩悩を形にする。
人を撮る人間としてやはり、いろいろな表情というものは見たいし撮りたいのである。
「ほほう。木戸君、無理に着せられてただけではなくって、割とのりのりなのか……」
ふむふむ。良い感じにミステリーですなと、佐々木さんがしみじみうなずいた。普段のルイの口調がどうしても頭に浮かんでそのまま言ってしまったのだが、それに食いつかれてしまったらしい。
「と、ところで、あっちのほう騒がしいけど、なんかあるの?」
ちょっと強引かなと思いながらも、ちょうど物音が大きくなったので、そちらに話題をそらすことにする。
「ああ、馬鹿な男子が竹垣を通り越してこちらをのぞこうっていう話らしいけど……」
ばちゃーんとか音が鳴ってるのは、登り途中で落ちてしまった人達の音なのか。
「じゃー、そこに木戸君が入ってるかどうか、賭をしましょうかねー」
「えー、賭にならないよ。どうせみんな無関心で身体洗ってるとかって思ってるでしょ」
「正解。異性関係はほんともー、淡泊でねぇ」
無害認定ってやつですねぇと三人の意見はまったく同じようだった。
「それで? あれってちゃんと覗けないようになってるんだよね?」
割とじゃばじゃば激しい音がしているので、ふと不安な声が上がる。
「去年に飛び越えたのがいたとかで、そこはばっちりみたいだけど」
飛び越えちゃったらミステリーだねぇーと、佐々木さんが答える。
例年、どこかの学校の誰かが覗こうと画策するのは、男子高校生の生態の一つという勢いで、風呂風景はこんな感じになるらしい。去年は男女の風呂の入り口も別れていたし、隣り合わせというわけでもなかったので、ここまで熱心にはならなかったのだろうけど、ここのお風呂の構造が、がんばればいけるんじゃね? という妄想をさせてしまうのだろう。
「木戸くんなら、一人で女湯とかそんな恐怖体験は嫌だーって言いそうだね」
「あー、あいつの場合は別の意味で、かなぁ」
そういえば、以前一緒に旅行に行ったときに混浴でふらふらになって帰ってきたことがあったっけとさくらは思い出す。混浴だったはずだけれど、女の子がはいってきちゃって、反射的に女子なりきりをやったと言う話だ。
「普通に考えて、あの竹垣から落ちたらねんざくらいはしそうだし、落ちてこっちを見たとしても周りから袋だたきに遭うし、ちらっと覗けたとしても、漫画みたいにおけが飛んでくるわけでしょう?」
すこーんと、という効果音とともに佐々木さんが桶をもってフリスビーのように振り抜く構えをとる。もちろん投げはしない。どうやら木でできた桶は投げるには少し重すぎるらしい。
「あまりにもリスキーというか、それで得られるメリットが女子の裸っていうのは、なんかなぁとは思うかなぁ」
いろいろと理屈っぽく考えていけば、ばからしい行為をしているとわかるはずだと思う。それでもやってしまうのは馬鹿だからなのか、それとも少し旅行の熱気にやられているのか。
「そこで出てきたのが男子の裸でそれに萌えてしまうとか、入ってるのはおばーちゃんばっかりっとか、覗きのオチはいろいろなネタがあるよねー」
「あるあるー。昇るのがとっても大変なところをなんとか抜けた後に、がこんと落とすっていうアレね」
今回にしてみれば、ちゃんと先にあるものがわかっているのだから、そういうオチはないのだろうけれども。
彼らはわかっているのだろうか。覗いていた事実がわかってしまったら今後女子から卒業までどんな扱いを受けるのか、を。
いくらなんでも対価とリスクが合わない。
「もーそんなことに心血注がずに、普通にお湯を楽しめばいいのにねぇ」
離れて入っていた山田さんがふはーと体中をとろかしながら、半分うつろな目をして、まったくおばかさんたちーとゆっるーい声を漏らした。
その姿を見ていたら、木戸くんも同じことを言いそうだなぁと、深くさくらは思ったのだった。
修学旅行第一弾です。今回は全面的に書き足し分です。いきなり次の話になるとさすがに衝撃的展開すぎるのでorz
次回はちょっと、やらかしちゃうお方がいらっしゃいます。修学旅行で、男部屋で……となるとあり得るとは思うのだけど、そ、そこはご都合で……
そもそも今回だって男子達はなにをやらかしてるの!? って感じですが学生時代にのぞきをしようとしてた男子は居たそうなので、残念な男子高校生たちということで。