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513.石倉さんちの社員旅行8

「ふあぁぁ……」

 バスの最後部の座席にのりこむと、木戸は大きくあくびをもらしていた。

 今朝はカレーうどんと昨日は言っていたけれど、それをおいしくいただいて、出発時間までは宿泊地周辺の散策と撮影をして過ごした。

 その時は目はさえていたのだけど、やはり座ってしまうと眠気も襲ってきてしまうのは、昨日の夜の話し合いのせいにほかならなかった。

 

「あら、木戸くんったら枕変わると眠れないタイプなのかしら?」

「おばちゃんも旅行の時は睡眠薬使ったりすることもあるけど、若い子ってそういうのと無縁そうだけれど」

 飴ちゃんいるかい? と前の席のマダムたちは眠そうな木戸にいたわりの声をかけてくれた。


「ちょっと夜にお風呂に入ろうと思ったら、古い知り合いにばったりあいまして。話し込んでたら割といい時間になってたという……」

 まあそのあとの深夜のお風呂は貸し切りで幸せでしたけど! と、ちょっとテンションをあげていうと、あらとおばちゃんたちは楽しそうに驚いた声を漏らした。


「若いのに温泉好きなのね。うちの子たちはどっちかというと海とか夜景がきれいなところとかが好きだから、珍しいわね」

「海でバーベキューとかも好きは好きですけど、日焼け止め塗ったりが面倒ですし」

 あはは、とおばちゃんたちと会話をしていると、さくらから、じぃーと視線が向けられた。

 あんたのは、ビキニにしようか、パレオにしようかみたいな悩みでしょうが、と言いたげな顔である。


「それに温泉の魅力にとりつかれたらもう、行けるときは行く! ってな感じですね」

 さすがに普段から地元の温泉に入りまくるというところまではいけませんよ、というと、さくらからやはり、じぃっと視線が注がれた。

 あんた、どうせ昨日みたいな目にあうから、男湯なんて入れないじゃないと言わんばかりだ。


「で、今日の日程は車窓からみる桜並木と、お昼は海鮮バーベキュー……ってのは、うちらは入ってるんです?」

 ごはん? と首を傾けて石倉さんに聞くと、さすがにそれはありだよ、と答えが返ってきた。

 うんうん。バーベキューは楽しみかと思います。

 四月だとまだ寒い日もあるけど、冬にやるよりは圧倒的に楽だし、暖かいのがいい。


「桜並木ってのは通過するだけでバスの中から見る感じですか?」

「まあ、時間の関係上そうなるな。そういう意味じゃ森山の位置取りが一番いいわけだが……」

 他にも見どころはあるから、うまいこと心のシャッターに収めるといい、と石倉さんはらしくないことを言った。

 うぇーいといくらでも撮影しそうなのになぁ。

 あれか、景色の中に男の人がいればバシバシ撮るのだろうか。


「僕は動いているバスからでもばんばん撮りますよ。身を乗り出せないのがつらいけど」

 この席は死守、と森山さんはカメラを構えながらちょっと自分の席を誇示するような姿勢だった。

 ふむん。

 壁際に貼り付けないとなると、さすがにちょっと風景の写真は厳しそうだ。

 なので、バスの中の人たちの、この景色に包まれた顔というやつを何枚か撮らせていただくことにした。

 隣で、石倉さんがその姿をじぃーっと見ていたりするのだけど、まぁ、今日もすでにビール飲んでよっぱらいなので、じっくり見られて特別どうこうなることもないだろう。


 ちなみにいつの間にか石倉さんと席を交換して、さくらも外の撮影に入り始めている。

 さてさて、バスは気持ちゆっくりめに走ってくれているけれど、果てしてぶれない写真は撮れているのだろか。


「うわ、きれいねぇ……まるで、お花に包まれてるみたい」

 桜並木がきれいなそのコースを走るとおばちゃんたちの表情は少し夢見心地のようにやわらいだ。

 その瞬間を狙って連写をしておく。

 撮影許可はすでにでているので、思いきり撮影し放題なのだった。


「席を立てないとはいえ……まあ、なんとかなるものっすね」

「木戸くんとしてはうろうろして撮りたかった?」

「まあ、それはそうでしょう。叶うなら、通路から狙ってこっちからこう……ね」

「本人たちの顔を撮るのと同時に、見ている背景も感じさせたいってことだな」

 気持ちはわかるが、走行中のご移動は危険なのでおやめください、だな、と石倉さんはくいっとビールをあおりながら陽気に言った。

 ……うん。社員旅行だし気を抜くのはいいとは思うのだけど、なんかこう……いくらなんでも昼間っからガンガン飲むってのはどうなのかなと思ってしまう。


「石倉さんは撮らないんですか?」

「ま、どこかに美少年がいたら撮らんでもないが……割とこのツアー、女性率が高いんだよな……」

 ぐっ、いい感じなおじさまでもいいのに、と彼は悔しそうにこぶしを握り締めた。

 昨日の男湯の人たち同じバスならよかったのに! なんて言い出す始末だ。


「昨日の男湯はひどかった……マジでひどかった……」

 どうしてああなってしまったかと、木戸はげんなりした声を漏らした。

 あの人たちも社員旅行みたいな感じだったけれど、きっとあの後のお風呂は密度が濃くなったことだろう。


「木戸くんが出てったあと、集団さんが入ってきて、いい感じににぎわったんだけどなぁ」

「サウナも満員ですか?」

「そりゃな。サウナ好きなにーちゃんとかいて。あれでカメラ持ち込めたらきっと幸せだったろうに」

「犯罪ですからね? 男湯でも犯罪は犯罪」

 ダメだから、両方の意味で! というと、まぁカメラ壊れるわな、と石倉さんはくくっと笑った。

 高温多湿とか、精密機器の大敵のようなものである。

 テレビとかでサウナのシーンとかあるけど、あれ、どうしてるんだろうかって思ってしまうくらいに。


「そういえば、石倉さんって、防湿庫とかって持ってるんですか?」

「いちおーな。つーか、木戸くんもきちんと保管するなら、持っておいて損はねーぞ。んな高いもんじゃないし」

 つーか、あれからカメラとか買い足してる? と聞かれて、まぁそれなりにとあいまいに答えた。

 これで手持ちのカメラは三台、レンズも数本持っているとはちょっと言いづらい。

 なぜって? ルイの持ってるカメラの話までし始めては困るからだ。


「場合によってはコンデジとか入れてもいいしな。家にスペースがあるなら、ちょい大き目の買ってもいいしさ」

 なんなら、俺が見繕ってやるぜ、と彼は愉快そうに笑った。

 ううむ。あれをあまり高くないと言える人のおすすめというのはどうなのだろうかと少し思ってしまう。

 

「ま、全部のカメラをフル活用して、ほぼ毎日使ってるとなるとそこまで必要かって話もあるけどな……木戸くんの場合、ほぼ毎日外に持ち出してるんだろ?」

「そりゃまあ……こいつは外でるときはたいてい持ってますね」

 マスコミに囲まれたときはさすがにやめましたが、というと、苦労人だねぇと彼に苦笑されてしまった。


 さて、防湿庫についてはみなさんそれぞれ意見はあるそうだ。

 おけるスペースとお金があるなら持ってたほうがいい、だとか、あまり普段使わないで保管するなら必要だ、とか。

 それを考えると、現状は木戸が使っている今のカメラは学校に行くときは持って行っているし、週末はルイとしてのあちらのカメラを

持ち歩いているから、普段使いまくってれば防湿庫はいらないという考え方もあるのだろうけど……

 ええ、初代様もあるし、あとはレンズ系の問題もある。

 普段使いのレンズはいいのだけど、超望遠のごついあの子とかは、現在のところそこまで頻繁に使っているかといわれたら悩ましいところなのだ。

 というか、もっと使ってあげないと! スナイパーのようにビルの屋上で横になってすちゃっと対象を狙う……みたいな?

 いや、動物を狙いましょう。うん。盗撮とかは、ダメ、絶対。 


 そんなことを思いながら、ちらりと視線を奥に向けると、さくらが必死に窓の外の景色にカメラを向けているのが見えた。 

「んで? さくらはいい景色撮れてるの?」

「ぼちぼちでんな。やっぱ景色が流れるのがつらい」

 止まってばちばち撮りたい景色だよねー、とさくらはゆっるい声を上げた。

 かなり周りの景色にうっとりしているようだ。


 さくらさんが桜まみれの景色で錯乱中、か。


「あんた、今ちょっと失礼なこと考えたでしょ? っていうか……桜の撮影なぁ。昔はあいつとも行ったもんだけど、最近はなぁ……」

「って、さくらちゃん、この前ルイちゃんと撮影いってたじゃん」

「あんにゃろ、桜の季節いっつも、なんかトラブルに巻き込まれるのよ。何かに呪われてるんじゃないかなって思う」

「ホントナー、ノロワレテルノカナー」

 今年もあれだけど、去年もなんだかんだで、さくらと一緒に桜撮影ができなかった。

 その前は……うん。崎ちゃんといっちゃったところはあるんだけれども。


「って、木戸くんもルイちゃんには同情的かぁ。ほんとどうしてあんなことになっちゃったんだろうねぇ」

「……ノーコメントで」

 ハハハと、言ってあげると、石倉さんがちらっとこちらをみて、何気に頭をぽふぽふしてきた。


「りょ、なんで、頭なでなでとかしてくるんですか」

「いや、ちょっと木戸くん気落ちしてそうだったし、それに、美少年の頭を撫でまわしとかー、みなさんもしたいでしょーー!」

「あ、わかるわー、木戸くんの頭はなでてみたい」

 ほれどうよと、石倉さんに言われて、戦々恐々としているところ。


「おまたせしました、当バスは、アウトレットモールへと到着いたします。それと、木戸くんの頭は私もなでさせてもらいたいので!」

 目的地に到着したわけだけれど、石倉さんから伝播したそれは止むことはなく。

 まさかガイドさんまでが乗っかって。木戸は下りるお客さんのそれなりな数に、若い子いいわぁーと撫でられる羽目になったのだった。 

 



「さて、旅行も終わりって感じですが」

「なんだ? おめぇなんか俺に言いたいことでもあるのか?」

 さて。あれから旅行もつつがなく終わり。

 みんなと駅で別れてから、さくらは旅行中の疑問を石倉に向けていた。


「わざわざ木戸君をさそったのは、撮影の腕も見てみたいってところだったんでしょ? でも、実際でてきたのを見てから、ちょっとお酒のペース早くなってるなって思って」

 彼が木戸の写真を見たのは、ちょうど高校を卒業した時だ。中学校でかち合ったというのが最後である。

 それから二年近くが経ってどう進化したのかを見つつ、あわよくば、というのはあったに違いない。


「……そりゃ思ったよりいい写真だったしな。そりゃあ、すげーってテンション上がって飲む速度もあがるだろう」

「でも、その割に結局勧誘はしなかったんですよね。そこらへんなにか伝えられることがあったらどうぞ」

 てっきり、旅行に誘ったからどれくらい撮れるようになったか見て、引き込む算段だと思っていたのですがというと、まぁ、な、と彼は悩ましい声を上げた。


「……ええとさ。さくらは知ってるかもだけど、あいつさ、ルイ(、、)だろ?」

「どうしてそう思いました?」

 いまさら、ソンナバカナーというやりとりはしない。

 結局、この兄弟子もあいな先輩同様に、木戸君の写真の中に、ルイを見た、ということなのだろう。


「人の撮り方が一つ目だな。だいぶセーブしてるようにも思えたが、周りを抱き込むようにして表情作ったり、公園でもひっかきまわしてただろ。森山がひぃひぃ言うくらいに強引に撮らせてたし」

 ああいうところ、カメラを持ったルイ(やつ)の強引さがうっすら透けて見える感じだな、と彼は言った。

 さくらもずいぶんと木戸君状態でもルイに近くなってきたなぁと最近は思うものの、本人に言ってもにこやかに、そうかな! やっとおいついたかな! とかにこやかに言うだけだから、特別言及したことはない。


 それよりさくらとしてはちょっと気になることがあった。

「でも、一緒にお風呂に入ったのにそう思っちゃうんですか?」

「写真は嘘はつかんだろ。だとしたら、あいつの日常が嘘で塗り固められてるってことだ」

 さいですか、とさくらは答えた。

 その答えに行きつくとは、さすがに彼も写真にどっぷりだなぁと思ってしまう。

 本来ならば、似た誰かとか、一緒に育ったとか思いそうなものなのに。

 男湯に一緒に入ってなお、同一人物と断定する彼に、少し身震いしてしまう。

 

「だとしても、うちに来てもらってもよかったんじゃないかなーとは思うんですが」

 腕がいいならなおのこと。少なくとも森山さんみたいなチッキンより、仕事もとれるのでは? とさくらは話す。

 実際、あいつはルイとしてそれなりに仕事をこなし、春先からゼフィロスの臨時顧問みたいなことをやりはじめる話もある。

 問題児だらけのこっちの事務所には、誘っておいて無駄がない最高の人物ではないだろうか。


「あいつは天才肌だからな。佐伯さんとこ向けだろうよ」

 けれども、石倉は肩をすくめながら、あっさりそう言った。

 さくらも確かにルイを見ていて思うことではあるけど、だからと言ってみすみす佐伯写真館に渡していいのかと思ってしまうのだ。


「それは裏返ってうちらは天才じゃないっていう風に聞こえますが?」

「って、さくらは自分のこと天才って思ってんのか?」

 え、まじで、となにか宇宙人でも見たかのような反応を彼はしてみせた。


「そ、そりゃさすがに自分でそうは思わないですけど、その……木戸君が天才っていうほうの話です。すげーとは思うけど、天才? ん? って感じで」

 そりゃ、女装の腕は天才かもしれませんが、とこそりとさくらは言う。

 おまけにルイとしてなら、写真の腕も、なのだが、男装状態ではどうだろう? 悔しいことに仕事はこなせるレベルはあるとは思うけれど、天才か? と言われれば首をかしげる感じだ。


「なんつーのかな。すげー自然に写真撮るだろあいつ。まあ計算とかはしてるんだろうが。楽しくて仕方なくて、ついうっかりここまで来ちゃいました、みたいなな」

「ああ、それはわかりますね。確かに、こりゃうっかりだ、とか言いながら、変なところの撮影してそうです」

 うん。そういわれてしまうとわかる。女装までして撮影なんて、と思ったことはあったけれど、撮影そのものに関してはいつも楽しそうに撮っているのだ。脳みそお花畑とでもいえばいいのか。

 

「俺たちはなんだかんだで悩んだり、結構がんばってここまで来てるだろ。でもあいつ、がんばってんの? っていうか今日だってほわほわ撮影してたし、できないって状況になるとなにかしら別のところに視線いかせて普通に撮ったりする」

「本人は頑張ってますっていうけど、あれこそ好きこそものの上手なれって言葉の体現って感じでしょうね」

 なるほど、そういわれれば天才か、とさくらは納得したようにため息を漏らした。


「ま、あいつが佐伯さんのところが嫌だって飛び出したなら考えんでもないけどな。今のところは様子見をしつつ、うちの問題児どもの世話をみないといけないからな」

 森山はもーちょっと対人ちゃんと撮れるようにさせたいし、もう一人は……栄養ドリンクでも渡してやるか、と彼は、肩を落とした。

 そんな姿を見て。さくらはやっぱり、この人はいいなぁと思ってしまう。


「ちなみに、お風呂での木戸君はどうだったんです? 大騒ぎって話はきいたけど、アレを男湯につっこんでまともでいられる人はそうはいないと思うのですが」

「なんだ、さくら、おまえあいつの裸とか見たことあんの?」

「いちおう同性同士としては、水着というか下だけというか、着た状態で一緒にお風呂は入ったことはあるので」

 さて、ちらりとでも嫉妬はするだろうかとあらぬ期待をしながらも待っていると、彼は、あぁとうなずいた。


「写真見て、ほんとに男か確認しようっていろいろやったんだけどな。あれでガードが固くて、大切な場所が見れなかったんだ」

 本当にふがいないことにな……と彼はいい顔を浮かべた。

 ええと、なにか思い出しているのだろうか。まるで嫉妬のかけらもなかった。


「ちなみにさくらは下腹部のあたりを凝視したこととかあるのか? その……かわいいおいなりさんがーとかって話」

「……女子相手にしてる自覚、いえ、なんでもないですね」

 石倉さんはそういう人だとあらためてさくらは思い出して、はぁとため息を漏らす。

 そうか。やっぱりあの木戸君である。

 うまいこと隠しながらお風呂に入っていたかと思いつつ、それをネタにちょっとこの恋人としての自覚がない人を揺さぶってみるかと思考を巡らせる。


「じゃあ、ルイが男装してついてきた、とかって思わなかったんですか?」

「んーや。いくらなんでも男装して男湯入れる奴はそうそういないだろ。ってか痴女すぎだろそれ。俺のかおたんはそんなことをしない清純派だ」

「……俺のかおたん……くそう」

 彼女の目の前でなんという発言か、とさくらはうなだれつつ、少し遠い眼をした。


 遠くで桜がいい感じに散っていく風景が目に入ったので。

 ほぼ無意識にさくらは、それにシャッターを切ったのだった。


 タイトルは、さくら、散る。だろうか。

 なんとか散らないようにしたいなと内心思うさくらだった。

気が付いたら朝でしたー! 更新遅くなってすまんことです。

さてさて、ようやく旅行も終わった! ってな感じですが、まーあんまり旅行で石倉さんにいちゃつかせてもあれかなぁということで、翌日はある程度カットさせてもらいました。誰得感がありますし。


そして、さすがはあいなさんの兄弟子だよなぁというお話ですね。さくらさんも不憫な子ねとしみじみと。

さて、次話ですが。そろそろ事件のお話をすすめていこうかと思います。


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