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511.石倉さんちの社員旅行6

「ふぅ。楽しい品評会だった」

 さて。お風呂でひどいめにあった木戸は部屋に帰るなり、どよーんとした雰囲気を発散させていたわけなのだが。

 さくらに、あーやっぱりそうなるかぁ、と同情めいた視線を向けられつつ、よしよしと頭を撫でられてちょっと持ち直した。


 そのとき、森山さんに、まさかさくらちゃんの頭なでなでとか……これは撮っておくしか! なんていわれて写真も撮られたのだけど、まあずいぶん灰色になっていた木戸にしてみれば、反応するのも面倒くさい状態といってよかった。

 そして、なでなでと、そのあとたっぷりみんなの写真を見ることができたわけで。


「でも、あれだけ酔っててきちんと評価できるって、石倉さんいちおうちゃんとしてるんだよなぁ」

 まあそんなぐったりさんだったわけだけど、いざテレビに写真を表示しながらわいわい話が始まると気持ちも変わるというもので、今日撮った風景だったり、人だったりが表示されるたびに少しずつテンションも上がっていった。


 最近のテレビはよくできていて、SDカードをテレビに差し込むとそれが表示されるようなものもあるので、こういうときはとても便利だなぁととても思った。

 しかもこの旅館は二年前くらいにテレビを入れ替えたようで、かなりきれいな発色をしてくれちゃって、石倉さんも、テレビで写真を見る時代か……とかなんとか遠い眼をしていた。


 そんな彼なのだけど、品評会自体はビールの缶片手に、これはあーだ、とかいろいろとダメ出しやら、誉め言葉やらをかけてくれた。

 ルイの写真との類似点などを挙げられるのかも、とおどおどしていたのだけど。幸いそれもなく。

 昼間の写真を中心に、これ、ちょっとバランス悪くね? とか和気あいあいと話はすすんだのだった。


 ちなみに一番ダメ出しされてたのは森山さんで、どうしておまえ、人を撮ってるのに背景のほうにフォーカスしちゃってるの!? なんてのが多々あったのは、まあ仕方ないことだと思う。


 昼間行った公園での、食事風景を撮った時のそれは、森山さんを引っ張り出したところまではいいけれど、思いっきり対人ではなく背景のほうがくっきり写ってしまっていたのだった。


 もちろん木戸が撮った写真にもそういうのはあるけれど、それはわざと狙ってのことだ。

 よくやる、被写体が見ている景色、というようなパターンでの撮影なので、そのあとしっかりその人たちの写真も押さえてある。

 両方そろってこそいいのであって、森山さんみたいに背景だけ撮る気満々というのはちょっとよろしくないのである。


「さて、みんな寝静まってる感じだね」

 それが終わって、時間は深夜といったところ。

 さて、なんで木戸が一人廊下を歩いているかといえば。

 まあ、端的に言えば先ほどのお風呂のリベンジなのだった。

 サウナも慣れれば気持ちいいのだろうし、それに、あのお風呂はきちんと入っておきたいなということで。

 人が寝静まった時間にこそ、活路はあるというわけだ。


 もちろん脱衣所に人がいるようならストップだ。

 中に一人二人なら、ちょっと考える。最悪フェイスタオルを垂らして体を隠しつつ移動とかしておけばなんとかなるかもしれない。さくらからはそれ逆に色っぽいとか言われたこともあるけど。

 そもそも基本、男湯でほかの人の体をじろじろと見るのなんて、石倉さんみたいな人くらいなものなのだ。

 高校の時はみんな、わーっと女湯のほうに興味津々で男同士の交流というものはなかったわけだし。

 

 なので、さーっと軽くかけ湯をしてからお風呂にどぼんである。

 お湯の中にさえはいってしまえば、ラジウム温泉の黒さがいい感じに体を隠してくれる。

 そうすれば少しゆっくりしても問題にはならない、と思いたい。

 いろいろと、無理あるだろとか言われそうだけど、そうじゃないと広いお風呂に入れないのだ。


 せめて、時間帯をずらして入るくらいのことくらいさせてほしい。

 というか、まったく、女子高に潜入した子が寮暮らしで深夜にお風呂にはいるかのような感じになってしまっているけれど、あくまでもはいるのは男湯である。


 あえていおう、違法ではないと!!

 ほんと、どうして普通に入ろうとしてるだけなのに問題が起こるのだろうか。


「っと、あれ?」

 そんなことを思いながら、甚平姿のままお風呂に向かうと、その途中にある飲食スペースに見慣れた人影を見つけた。

 見慣れたといっても会ったのは、木戸として二回程度だ。

 向こうがこちらを覚えているかはわからないけど、ちょっと様子を観察してみることにする。


 飲食スペースは、夕食が終わって軽いおつまみとお酒を出すような、簡易的なバーのような雰囲気になっていた。

 もうちょっとお高い宿になれば、それこそバー専門のようなおしゃれなお店が入っていたりもするのだろうけど、ここは残念ながらそこまで高尚なところでもない。


 スタッフさんも注文待ちといった感じで一人で回しているだけだし、お酒の類も面倒くさいカクテルなんかは特にないようだ。

 基本的には瓶や缶に入っているもので、それに追加してちょっとお値段高めに生ビールを出すという感じだろうか。


「どうしてこんなところに、アレがいるんだろう」

 たしか、失踪中とか言ってたような気がしてたけど、と木戸はそのちょっと濃い化粧の人物とのめぐりあわせに、あーあという気持ちを新たにした。

 うん。そりゃそうだろう。

 いま、HAOTO動画事件として、テレビを騒がせている元凶となった動画をばらまいたであろう人物が目の前にいるのである。


 探偵に行方を追わせています、なんていっていたけど、まさか逃げてる最中にばったり出くわすとは思わなかった。


 さて、それを目の前に見て、果たしてどうすればいいのか。

 一つは、見なかったことにしてさっさとお風呂に行くという選択がある。

 HAOTOの誰かに、見かけたという話をしてからそうするのもいいだろう。

 それに食堂の端っこのほうで、例の元女マネージャーをちらちら観察してる人も座っているのだ。

 焼いたするめとかかじってるけど、あれは探偵さんなのだろう。

 となれば、そっちにお任せしてしまって、もう、こちらとしては不干渉でもいいようにも思う。


「でもなぁ……どうしてあそこまでなことができちゃったのかは知りたいかな」

 いちおうは、芸能界というところでマネジメント業をしているプロである。

 いろいろとセクシャリティ系においては、ゆがんだ思想をもっていたとは思ったけれど、はたして、あれを公開することの意味というものを彼女はどれだけ把握していたのだろう。


 そこらへんもあわせて、ちょっとだけ話をしてみたいと木戸は思ってしまっていたのだった。


「とりあえず、ウーロン茶でいいかな」

 さて、食堂の使用規定に食事をしなければならない、というのはないのだけれど、手ぶらで彼女のわきに合流する勇気はなかったので、店員さんにオーダーをしてコップにウーロン茶を注いでもらう。

 いっぱいで三百円か……とかしょぼんとしていたら、お替り自由ですよ、とかそんな顔を見ていたバーテンダーさんは伝えてくれた。

 なるほど。お酒を割るため、チェイサーとして、といった用途なので、お替り自由ということらしい。


 まあ、そんなわけでそれをもちながら、例の女史のわきに座り込む。

「あの、お隣あいていますか?」

 他の席も空いてはいるのだが、まあ、この手の声掛けはマナーというものだ。


「んぅ? ……なにかしら。どこかで見た顔ね……」

 彼女はだいぶ出来上がっているらしく、こちらの顔をぽーっとみながら、誰だっけ? と首をかしげていた。


「さぁ、誰でしょうね。二回くらいはお会いしてるのですが」

「……ひょろ男子か。ってことは木戸くんね。まさか貴方にこんなところで会うとは」

 本当に、幻だったとしたら、自分に怒ってやりたいわ、と彼女は嫌そうな顔をした。

 まあ、そうだろう。


 蚕の告白騒動の時は、トラブルに巻き込んですまないといった部分はあっただろうけど、そのあとのプールの話ではけちょんけちょんにしてやったという思いはある。

 木戸の影が薄いので彼女はとくにこちらに悪意を持ってる感じはないのだが、それでも実際は「失脚のきっかけ」を作った部分はあるのだ。どう思われてるのかはちょっと気になるところだった。


「ご旅行ですか?」

 しれっと、そんなことを言うと、彼女はおや? とまゆをひそめた。

 事件のことは知らないの? とでも言いたいのかもしれない。


「事務所はいまバタついてるみたいですし、他の仕事? とかも思いましたけど、まあ酔っぱらってるところをみるとどうなのかなと」

「……傷心旅行よ。あいつらいつもいつもあたしの足を引っ張って。頭にきたから辞表をたたきつけて出てきてやったわ」

 大人の社会は本当に大変、と彼女は言いながらぐびりとビールをあおる。

 辞表をたたきつけた、か。

 果たしてあの社長さんが受け取るのかどうかは、謎である。


「そういえば、木戸くんもあたしの壮大な計画の足を引っ張った当人だったわね」

 おつまみの柿の種をつまみながらじろりとこちらに恨みがましい視線がくる。

 ええと、そりゃ確かにあなたを木っ端みじんにした覚えはありますが。

 個人的に恨まれるのはちょっと嫌だ。


「蠢の件ですか? あれはまあ引っ張ったと言えば引っ張ったことにはなりますけど」

「ほんと、いきなりあんな子連れてくるんだもの。しかも翅までとか」

 わざわざあの日はいろいろな仕事を振っておいたのに、と悔しがる彼女を見て、えぇーとちょっとげんなりした気分になった。

 いくらなんでも、計画がずさんすぎるのではないだろうか。

 もちろんそれにほいほい乗ってしまう蠢も、お馬鹿さんに違いはないのだけど。


「そこはほら、そもそも俺にばれた時点で、事務所に連絡いくっていう風には思いません?」

 あとは、プロのみなさんがなんとかするわけですよ、というと、そういわれればそうかと彼女はあっさりと納得した。

 HAOTOが在籍している事務所は、彼らのほかにもアイドルの卵をたくさん抱えるところだ。

 大手、かどうかは別として、零細というわけではない。

 そうなれば、翅さんの影響力なんかを考えれば、事務所としてすぐに動いてもおかしくないというわけだ。


 実際は木戸がさらっと女装して片づけたわけだけれど、価値観が凝り固まっている彼女からしてみれば、アレがコレだ、などとはつゆとも思わないらしい。


「HAOTOのマネージャーをはずされてからは、ほんと大変だったわ。あたしなりにマネジメントしていたのに、先方から怒られたり、仕事とりにいっても、冷たくされたり。ほんと使えない子ばっかり回ってきてほんとひどかった」

 どうしてあんなのばっかり担当させられたのか、ほんと困るといいつつ彼女はビールをさらにあおった。

 まったくもって、本人に自覚がないというのが恐ろしいところだ。

 先日聞いた話だと、それでも将来性がありそうなのの担当に回していたという話だった。

 なのに、そのチャンスを拾えないどころか、本人たちの資質の問題にしてしまうあたり、いっそ、さすがと言ってしまいたいほどだった。


「HAOTOの子たちだって、せっかくあたしがいろいろとやってあげてるのにいい顔しないし。そもそも恋愛禁止令とか今どきの男性アイドルでつけてる意味なんてある? 女性アイドルチームだったら秩序維持のために必要だと思うけど、二十歳くらいの男の子が今まで恋愛経験まったくありませんとか、むしろキモイわ」

 っていうか、木戸くんだって恋愛の一つや二つ……おっと、なんでもないわ、と彼女はちらりとこちらを見て、気まずそうに言葉を切った。

 ……なんだろう。ほかの人に言われる分にはまったくもって、気に障らないのだけど、今のはちょっとむかっと来た。

 そもそも、眼鏡は男除けの重要アイテムである。もっさりしてる感じの仕上げも男除けである。

 こっそりすみっコぐらし。そのために今の姿をしているのであって、別にもてる気なんてのはまったくないのだ。


 そして。声を大にして言おう! 世の中の二十歳の男性って恋愛経験があるほうが少ないから!

 

「しかも、ああ、そうね。蚕の相手もあなただったわね、Mくん」

「……あれは、蚕の独断で、こっちも不意打ちでしたよ」

 なにも画策はしていませんというと、まあ、そうよねと素直に返事がきた。突飛なことだと思っているのだろう。


「いちおう、他の女子に頼んでもそのあとどう転ぶかわからないし、じゃあ男で、という発想になったそうですが……あいにく、彼ら同業者はいても友達はあまりいないみたいで」

 頼れる相手としてお鉢が回ってきたようです、というと、あぁと彼女は納得したようだった。

 確かに、HAOTOのメンバーは芸能活動を中心に送りすぎていて、友達はそこまで多くない。

 というか、あんなことを頼める間柄の相手がいないといったほうがいいか。

 それを簡単にふってくるあたり、だいぶ木戸としては信頼されてるなぁというところだ。 


「それも併せてうまくさばいてほしいって思いもあったのに」

 ままならないわねと彼女は、はぁと肩を落とした。

 いちおう彼女なりにどういう方向に持って行きたいかはあったようだ。もちろんそれは本人たちからすれば的外れなマネジメントだったわけだが。


「でもまあいいわ。一回これできりもついたし、旅行が終わって少し休んだらまた一から仕事始めるんだから」

 次こそはうまく流れに乗ってやると彼女が再起を決意したそのときだった。


「まだあなたはきりなんてついてませんから。勝手に別の道になんて行かないでください」

 彼女の背後には珍しくよれよれになったスーツを着込んだHAOTOのマネージャーさんが立っていたのだった。

さぁ失踪中のあのおかたとばったりという感じで、いろいろとあちらの言い分もきいてみたわけですが。

さんざんだー、というわけで。


夜のお話は次話も続きます。さぁマネさんたちばとってくださいませ。


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