表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
535/794

509.石倉さんちの社員旅行4

「さぁ、石倉家特製カレーができたよ! 木戸くん、さぁたくさんおあがり」

「……すげー、意外。ちょー意外」

 え。なにこの状況、とテーブルを囲んでいる今になっても、カレーのいい匂いがしていても、おかしいなぁと木戸は困惑を隠しきれなかった。


 さて。今回のツアーは格安であることは最初に聞いていたのだけど、ご飯がでないというのが一つ難点だった。

 正確に言えば、ご飯付きプランだとお値段が六千円あがる。

 そんなわけで、自炊にすんぜ、というのは最初に聞いていた。

 幸い、調理場として開放されてるキッチンは予約を入れておけば使えるし、そういう客用に近くのスーパーを紹介してくれたりもするわけだけど。


「あまりショック受けてると、さらにひどいことになるわよ」

 受け入れなさいと言いながら、さくらはいただきますと手を合わせてからカレーに手を付け始めた。


「おや、あまり驚いて手が動かないようだね。これはあれかな。食べさせてもらいたいアピールか」

「だぁ、大丈夫です! 料理得意な男の人、っていうか女の人も合わせて珍しいので、驚いてただけで」

 ほら、あーんとかやりはじめそうだったので、すぐにスプーンを回収してこちらもカレーをいただきはじめる。

 おう。


「どうよ、うちのカレーは」

「……普通においしいです」

「だろ。今日は特に木戸くんに食べさせるために頑張ったし」

 ふふ、と石倉さんは嬉しそうに笑顔などを浮かべていた。

 うわぁ。うわぁ。


「うまいっすよね、石倉さんのカレー。時々食べさせてもらってますけど、肉もやわらかいし」

 そんな微妙な空気を、見事に森山さんがはふはふカレーを食べながら切り裂いてくれた。

 うん。最高です。ありがとうございます。


「でも、よかったんですか? せっかくの旅行が手料理で」

 これ、わざわざ俺に合わせて安めの値段のにしてくれたんですよね? というと、あー、と石倉さんはあいまいな表情を浮かべた。

 うん。おそらくさくらあたりから、値段についてはかなり言われたのだろう。

 コロッケ一つ買えなかった高校時代とは違うものの、木戸はいまだに節約はしているほうなのだ。

 旅行に連れていくのなら、ハードルを下げようとしても納得はできる。


「いいのいいの。っつーか、男の胃袋つかむのは、すげぇ大切なことだぜ」

「そのための手料理か……うぅ、彼女の目の前でそんなセリフをいいくさるとは……やっぱり木戸君は恋敵だったか」

 ぐぬぬと、スプーンを持つ腕をぷるぷるさせながら、さくらはちょっと涙目だ。

 よしよし、落ち着こーといいつつ、減ってきたコップに水を注いでやる。


「恋敵じゃないっての。でも、料理ができる男性はいいと思います。俺もそこそこはできるので」

「ふーん、へぇー、そこそこ、ねぇ」

「それなら、次の旅行の時はぜひとも作ってもらおうかな」

 主夫力を見せつけてもらおうか、と彼は不敵に笑う。

 ちなみに、明日の朝ごはんは残ったカレーにうどんをいれてカレーうどんにする予定で、すでにうどんも用意してある。

 一晩たったカレーというやつだ。


 服が汚れそうとか思うメニューではあるけれど、今は男子服なのでその心配もあまりないのがありがたい。


「次の機会があれば、そうですね。また誘ってもらえるなら」

 その時はぜひ、というと、おうおう、いい返事だねぇと彼は喜んでくれた。


「そしてご飯が終ったら、昼間撮ったものの品評会スタートですか?」

「ま、いろいろ済ませてからだが、いちおうそのつもりだ。森山が珍しく仕事以外で対人撮ったしな。そこらへんもしっかりとチェックしたい」

「後輩の育成ですか。いいですねぇ。ああ、俺のもいちおう見てもらえると嬉しいです」

「おう、もちろんだ。いろいろ見せてもらうからな」

 楽しみにしてる、といい顔をする石倉さんと、その隣に座るさくらの表情は険しいを通り越して、どーせこうよねという感じになっていた。


「ちっ、つくづく男に甘い……つーか、木戸君を男子扱いしてる人とか今どき珍しいってのに」

 本当に、どこがいいのか、まったく、とさくらは悪態をついた。


「男子扱い……? さくらちゃんも面白いこというね。まさか蚕くんが告白したから、木戸くんは女子扱いだとかって暴論を言いはじめるの?」

「森山さんにはそう見えるか……くっ、事実誤認という言葉がこれほど重要な意味を持った日はないわ」

 ひどい話だとさくらはおでこに手をあてて首を振った。

 処置なし、といったところだろうか。


 まあ、確かになーんも知らん人からすれば、今のこのもさ眼鏡モードを見て、実は女子なのでは、なんていうのは変に思われるだろうけど。


「純粋に男として見れないってだけですよ。ほら、よくいるでしょ? 女友達と仲良くやってる感じの男の子。男としては見れません的なの」

 別に蚕くんのことはどーとも……って、いや、違うか、とさくらは言いなおした。


「うん。激しくキモイ。男にデレデレされてほんともう」

 きっと、公式会見と違っていまだにこいつ、蚕くんに惚れられてるに違いない! というと、えぇーと森山さんが不満そうな声を上げた。


 まったくもう。昼間といい、どうしてさくらは蚕の話を持ち出したがるのだろう。

 まあそりゃ、翅の話を出されても困るのだけどさ。

 

「でも、木戸くんは男子にもてそうってのはあるかな」

 まあ、ガチな人たちに好かれるかっていうと、ちょっと細すぎるがな、と石倉さんまであおってくる。

「俺は割とどんなタイプでも好きだけど、中には筋肉質のほうがとかあるからなぁ。ま、俺が思うにHAOTOのやつらは木戸くんを利用しただけだろうとは思うけどな。本命はみんなルイだろうしよ」

 ったく、ほんとモテモテで嫌になるねぇ、あいつは、と彼は苦笑まじりに言った。

 苦笑っていうか、明らかに騒動が起こって喜んでるよね、この人。


「そういえば、木戸くんには例の事件の話ってHAOTOの皆さんから連絡があったりはないの?」

「……公式ホームページをご覧くださいとしか言えませんね」

 いちおう、木戸に対して説明がされたわけではないし、木戸宛に連絡がきたわけでもない。

 だから、まあ、何も知りませんでもいいのだけれど。

 さくらが変な顔をしていたから、さすがに嘘はよくないなぁということで。


「その顔はなにか知ってそうだなぁ。寝物語にいろいろな話を聞かされてる展開とか?」

 ぜひとも、ルイの大炎上話、聞かせてほしいところだね、と石倉さんがビールをあおりながら、けけけと笑う。

 まったく、どうしてこの人はここまでルイさん嫌いですかね。


「もう、石倉さんどうしてそんなにルイのこと嫌いなんですか?」

「佐伯の関係者はほとんど嫌いだからなぁ。まーあいつの写真見たときにさらに嫌になったんだが」

 ええと……うーん。ちょっとその言葉で不安になってしまった。

 ルイの写真が嫌いな彼が、木戸の写真を見たら果たしてどう思うのだろうか。

 そこらへん、どうなのかがちょっと気になるところだ。

 あいなさんには、写真で同一人物なの気づかれたしな……


 いちおう、卒業式の撮影でバッティングしたときは、写真見られても特別なんにも言われなかったけど。

 というか、彼にルイの写真を見られたのって、いつが最後だっただろうか。

 ここのところ、しばらく彼とはかち合うことがなかったような気がするけれど。


「あとは、割とずけずけ物を言うだろ? 俺の写真見てあいつ、にじみ出るものがない、とか言いやがったんだぜ」

「うわぁ……」

「……いや、だって……」

 それは、あなたからして、ルイの町の写真をいまいちだーと言った上での反応だったじゃないですか。


「石倉さんの写真を見てそんなことを言っちゃうなんて、きっと珍しく外れの写真でも見せちゃったんじゃないですか?」

「そ、そうかな……いや、確かに女性雑誌の写真とかだった気はするが」

 それにしても、年長者にもぐいぐい言ってくるというか、そういうところがこう……と、彼はもにゅもにゅ言っている。

 うん。あれはルイじゃなくても突っ込んだところだと思います。


「でも、男の写真なら誰にも負けない自信はあるね。それだけは佐伯さんにだって負ける気はしねぇ」

「あの人は、どっちもそつなく撮れるので……」

 純粋に男の人の写真を比較したらどうだろうか、とちょっとだけ頭の中で考えてみる。

 確かに彼の男性の写真はすごく良いものが多かったのは確かだけど。


「まあでも、ひとつなにか得意なものがあるってのはいいですよね」

 突き詰めてるというか、特化してるってのがとてもいい! と言ってあげると、彼はちょっと頬を緩めているようだった。木戸状態でほめると喜ぶんだよなぁ、この人。


「つっても、景色特化はよっぽどじゃないときついけどな。やっぱり仕事でやるなら対人のほうがいいし」

「それは偏見だと思いますけどね。景色だって十分やってけますって」

「……そいつは、風景写真でも仕事とってきてから言ってほしい」

 まあ、好きなんだろうなってのはわかるんだがな、と石倉さんはぼやいた。

 森山さんはそう言われて、仕事か……としょぼんとしてしまっている。

 

 んー、ルイとしての感覚だと、風景写真で仕事するってなると、その土地のPR用の風景写真とかになる感じだろうか。

 銀杏町で写真を使わせてくれって言われたことはあるけど、仕事の依頼として撮ったというのは、ない。

 圧倒的に対人の仕事のほうを多く受けてる現状である。


「ちなみに、さくらは動物特化ってことでいいの?」

「まあ、そこはね。でも人を撮るのも好きだし、レイヤーさんとおしゃべりしながら撮るのも好き」

 さすがに異性の前できょどったりはしません、と胸を張るさくらに、森山さんはちょっと不満げだ。


「そりゃ、女の子が男に話しかけるのはやりやすいかもしれないけど、反対だと大変なんだよ」

 緊張もするってば、と森山さんはカレーの最後をスプーンで掬い取った。

 言いたいことはとてもよくわかるように思う。


 木戸としては姉がいたり、姉の友達におもちゃにされたから女性との交流が苦ではないけれど、考え方とかも結構違ったりとか、そもそもからして、同じ生き物に見えないくらい違って見えたりすることもあるのだと思う。

 でも、そこで恐れずに声を掛けられるというか、慣れていくのが大切なのではないだろうか。


「でも、仕事では撮れるんですよね?」

 さすがにプロとして仕事やってるわけですし、と石倉さんに聞くと、まあなという返事がきた。

 よかった。さすがにそこまでできませんとなってしまったのなら、お仕事の幅がぐっと狭くなってしまう。


「指定されたシチュエーションで、こういうのに使うやつっていうような指示がきちんとあれば撮れるんだ。でも、そうじゃないとちときつい」

 自然な表情を切り取ったり、自分で好きにこういうのを撮りたいってのが見えてないんだ、と彼は肩をすくめた。

 

「ま、昼間の見てもらって分かる通り、ってな感じで、俺としてはなんとかなってもらいたいってわけさ」

 ほんと、自分から率先してあれ撮りたいこれ撮りたいってなってほしいと言う彼の姿は。

 いつものちょっと抜けてる感じとは違って。

 スタジオの運営者としての、上からのきちんとした姿に見えたのだった。




「んじゃ、木戸くん! 風呂いこーぜ、風呂。ここのはでかくて黒くて、あったかいって有名でな!」

 きちんと温泉だぞ、と言われて、黒いとなるとラジウムか? なんて思って少し興味がわいてしまうものの。

 写真の品評会をやる前にいきなり声をかけられて、先ほどのきちんとしたスタジオ運営者の顔はどこに行ったと思ってしまった。


「ええと……あとで一人で入るのでいいです」

 もちろん夜起きたら一人で入る、くらいな勢いで断った。

 ご飯も終わって一休みした今のタイミングは、はっきり言って他のお客もお風呂に入る時間帯だ。

 そんなところにバッティングしたら、はたしてどんなふうになるものだろうか。


 前にエレナに見せてもらった男の娘ものでは、完全に見た目女子なのに男湯に入って周りが大パニックというような状態になっていた。

 眼鏡をかけてる状態でそこまでにはならないとは思うけど、体のケアはきちんとしているので、果たして周りがどうなるのか、正直想像もつかないのだ。


「お? あれか? みんなと一緒に入るのがちょっとっていう、今どきの若者ってやつかい?」

 せっかくの大きな風呂なんだからみんなで入らないともったいない、と石倉さんに力説された。

 ちょっと困って視線をいろいろなところに向けると、森山さんは、処置なしという感じで首を横に振った。


「風呂に関しては石倉さんはしつこいからね。僕も昔は一人で入りたい派だったんだけど、何回か誘われて今ではすっかり慣れちゃったよ」

 やっぱり回数こなすと慣れてくるってのはあるものだね、と彼はしんみり言った。

 いやいや、別にこちらが恥ずかしいとかそういうことではないのですけれどね。まったく。


「そりゃ石倉さんからしたら、裸の男の人がわんさかいたほうがいいんでしょうが、俺は一人ゆっくり入りたい派なんです」

 男の裸見て喜んだりしないので、というと、それは誤解だ! と彼は言った。


「男の裸はただ見るだけではないんだよ。鑑賞するんだ。あの筋肉がいいとか、あの骨格がいいとか。かっけーなぁとかな」

「……あの、男湯で他人の体の寸評するのやめません? 女湯でならわからなくないですが」

「そっちのがわかんねーよ。まあさくらあたりが言ってたんだろうけどな」

 俺らに女湯のなんやかやを語る素材はないと彼に言い切られた。


「ってか、普通は、女湯の状態を想像して、なんとかさんのおっぱいがどうのーとかいうんじゃ」

「……木戸くんはさくらのおっぱいで盛り上がるのか?」

 何を変なことを、と不憫そうな顔を向けられたのだけど。

 さすがに、それは石倉さんのほうがおかしいのではないだろうか。


 たしかに木戸とて、さくらのおっぱいでどうのこうの盛り上がる趣味はない。

 というか、身近におっぱいな姉がいるので、もうおなか一杯なのだ。

 でも、一般的な反応がどんなものなのかはこれでも学んだのである。


「ちなみに森山さんもそういう話はしない派ですか?」

「そりゃ、まあさくらちゃんで盛り上がったらさすがに石倉さんに申し訳ないし。スタイルはいいなと思うけど」

「山歩きとかもしますからね。女優には負ける、がっくりとかいってはいましたが」

 果たして今はどうなんでしょう? とちらりと石倉さんに視線を向けてみたのだけど、え? とほぼ無反応だ。

 何を聞かれてるのかよくわからないという感じである。

 ふむ。二人で一緒にお風呂に入ったりはしないのだろうか。


「ま、あれだ。木戸くんはお風呂に入るってことで確定な」

「ほんと、どうなっても知りませんよ」

 ぱしんといい顔で肩をたたかれてしまえば、もうそれ以上断ることもできなかった。

 さすがに男状態では、風呂に入れない言い訳などというものは、そうそうないのである。

 さあ、風呂眼鏡さんよ、どうか、我を護り給え!

素泊まりプランだと安いんだよー! ということで。お金のない学生期とかはお世話になりますよね。

そして、ちょっとお手製カレーに木戸くんが衝撃を受けております。

普通にご飯がでてくるだけで衝撃を受けるというのも、なんかなぁとは思いますが。大人になればできるようになる人は増えるのは道理かなと。

風景特化でのお仕事ってどれくらいあるものなんでしょうね。広告の背景とか、素材とか活躍の場はあるとは思いますが。作中では対人のお仕事のほうが取りやすい設定でございます。


さぁ次話は風呂でのお話と、深夜のお話となります。品評会自体はすっとばします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ