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508.石倉さんちの社員旅行3

「大変長らくのご乗車お疲れ様です。当バスは最初の目的地である桜の名所へと到着いたします」

 添乗員さんのアナウンスが車中に流れた。

 バスはぐっと左に曲がっていき、指定された駐車場に入っていくようだった。


「うわ……」

「こりゃ、見事だね」

「ばんばん撮れそうじゃないの」

 さて、そんなアナウンスを聞き流しながら、木戸たちは窓の外に広がっている景色に歓声を上げていた。

 これは写真をやるもの特有ではなく、ほかのおばちゃんたちも声を上げているので、みんながこんな風になってしまうのも仕方がないだろう。


「では、ここから90分自由時間になります。お弁当の販売所もありますので、よろしかったらご活用ください」

 添乗員さんたちに見送られながら、バスのタラップを踏みしめて公園のアスファルトに足をつける。

 時間制限はあるものの、空もものすごく明るいし、いい感じに光が入って景色がいろいろな色に萌えていた。

 とってもカラフルで鮮やかな場所だ。


「なるほど。ここで他のみなさんはお昼になるから、先に食っておこう、ということだったわけですか」

「そういうこと。ま、撮影する気がないならこの景色の中で弁当をゆっくりつまむというのもありっちゃありなんだがな」

 どうせ、撮るだろ? と言われて、はいと満面の笑みで答えた。


 実はここに到着する少し前に木戸たちはお昼ご飯を車中で済ませているのだ。

 車中での飲食に関しては、石倉さんがビールを飲んでたことからわかるように、自由だ。

 ただ、前のおばちゃんたちからは、早くないかしら? と怪訝な顔を浮かべられたりしていたのだ。


「この景色の中でのご飯も絶品でしょうけど……まあ、食べてる風景とかも撮っちゃうかな」

「あんたはそうよね。せっかくだから森山さんも一緒になって食事風景ばんばん撮ってくるとかどうですか?」

 ちらりとMこと森山さんにさくらが声をかけると、彼は反応せずに、むはーと風景のほうにシャッターをきりまくっていた。

 さすがは石倉さんのところで仕事をする人である。この景色を見せられたらすぐにでも、という感じになってしまったようだ。


「ま、好きに撮ってくればいいさ。俺もせっかくだからいろいろ回るし」

 全景も、それぞれ個別なやつも、撮り放題だからな、と言われると本当に嬉しくなってしまう。


 この公園は桜の名所というふれこみではあったけれど、桜以外にもいろいろな花が咲いている場所だ。

 桜色一色の景色もいいとは思うけど、これだけカラフルなのもにぎやかで楽しい。

 

「黄色はレンギョウ、か……桜もいろんな種類あって、いい」

 非日常って感じも、とてもいいと思いつつレンズを向ける。

 少し遠くからの景色と、移動して近くからも枝に咲いた花を撮っていく。

 いちおうは自由行動ということでもあるので、石倉さんたちとも別れてそれぞれで撮影だ。

 さくらと一緒に撮らないのかって話もあるけど、まあ、ルイとしてならそうだけどこっちだったら別々のほうがいいだろう。

 それで、夜に品評会とかやればいいと思う。


「あら、木戸くん。せっかくだから撮ってくれないかしら」

「そうね。せっかくだし」

「でも、そっちのカメラで撮ってもらったほうがいいのかしら」

 さて、そんなわけで撮り進めていたわけだけれど、遊覧コースの途中でバスで前の席にいたおばちゃんたちと一緒になった。

 いつもならばこちらから声をかけるのだけど、どうにもこの鮮やかな風景の中でテンションが上がっている彼女たちのほうから声をかけてくれた。


 もちろんそう言ってくださるのであれば、撮らせていただきますとも。


「それじゃ桜並木を背景に数枚行きますねー!」

 少し下のほうから、斜め上に向けて集合写真を撮る。

 ちょっと背景が明るすぎる感じはするけれど、まあ顔に光もあたっているしきっと大丈夫だろう。

 みなさん昭和的なピースサインをしているのは、なるほど婦人会のみなさんかぁ、というようなほっこりした気分になる。


「あとは、歩いているところも後ろから狙いますので、それぞれ自由に花を愛でていてください」

「あら、そういう撮り方もするのね」

 プロっぽいときゃーきゃー言いながらもおばちゃんたちはそれぞれ思い思いに公園の風景を楽しみ始めた。

 そんな横顔も、そしてその先にある風景もしっかりと抑えておく。

 撮影会みたいになってしまっているけれど、まあこれはこれで楽しいのでよしとしよう。 


「写真の転送とかはバスの中でやろうかと思ってますけど、まあ、こんな感じです」

「あらま。なんかポートレートみたいな仕上がりね」

「素敵だわ。まさかこんな写真撮ってもらえるなんてラッキーね」

 背面パネルで見せた写真はそれなりに好評なようで、おばちゃんたちはありがとうと言って、先に進んでいった。


「鮮やかな手並みだね。まさかこうもあっさりおばちゃんたちの撮影をこなすとは……」

「って、石倉さん見てたんですか?」

 てっきりみんなばらけたんだと思ってたのに、というと、まあ、な、と彼はちょっと躊躇してから言った。


「楽しそうに撮ってる木戸くんを撮ってた」

「……うわぁ……」

 あっさりと撮影してたことを白状した彼に、ちょっとげんなりした顔を浮かべておく。

 まったく、なんだかんだでこの人もあいなさんと似たところがあるように思う。

 ルイとしてはあっちに撮られ、木戸としてはこちらに撮られるはめになるのか。


「さすがにそれは引きますよ。っていうか俺なんて撮ってもしょうがないでしょうに」

「いいや。すごくいい顔してたし、やってやったーって顔も需要高いよ」

 やっぱ男子の撮影はいいなぁと石倉さんはカメラの背面ディスプレイを見てにまにましていた。

 うぅ。ルイとしてなら言われるのはわかっても、こっちでそう言われるとなんか違和感があるなぁ。


「それで? 石倉さんは公園の撮影はどうなんです?」

「まあ、景色もそれなりにって感じかな。つーか、ここは女性客のほうが多いのがちょっと難点」

 撮れなくはないが、と彼は少しだけ不満そうな顔になる。

 あれか。彼としてはちょい渋のナイスガイとかが桜の木を見上げてるようなのを撮りたいのだろうか。


 でも、偏見かもしれないけど、おっちゃんたちって桜を見上げるというよりはその下で酒盛りするっていう印象のほうが強い。

 それを撮る、というのもまあ悪くはないのだろうけど……

 ここの場合、遊覧コースがあるから、そちらではなく座り込んでゆったりできるエリアにいかないとそういうのは撮れないような気がする。


「展望台エリアとかに行ったほうがよさそうですかね、それだと」

「ま、そうなるな。でも俺としては木戸くんを撮っててもいいかなと」

「……さすがに、張り付いて撮られるのはちょっと」

 緊張して撮影に支障がでます、という、えぇーと本当に不満そうな声を漏らされてしまった。


 いや、だってさ、さすがに撮影風景つきっきりで撮られるとか勘弁していただきたい。


「ま、でもそういうことならしかたねぇな。あとでできた写真はじっくり見せてもらうとして、俺は別のスポットいくわ」

「と、見せかけて後ろから追ってくるとか、なしですからね」

「わーってるよ。あとで撮った奴は見せてくれ」

 よろしく、と言ってやっと彼は離れて行ってくれた。

 これでようやく撮影を再開できるというものだ。


「今年の桜は撮れないと思ってたけど、ま、よかったのかな」

 近場にはこういう、観光客を狙った場所というのがないので、こういう景色は本当に珍しいものだ。

 少しばかりにんまりしながら、木戸は再びその景色にカメラを向けた。




「さぁ、森山さん。声をかける練習しましょう」

「あらかじめ声を掛けられるなら、やってから撮影が基本です」

 しばらく公園内をうろうろして撮影を楽しんだあと、お昼ご飯をいただけるテーブル席が並ぶスポットで本日のメンバーは集まっていた。

 石倉さんはすでにバスに乗っていた男性客たちに声をかけ、楽しそうに撮影を始めている。


「で、でもこんだけ景色きれいなら別にわざわざ人を撮らなくても」

 この大自然だけで十分ではないかな、と切り返されて、うーむ、そこまで人を撮るの苦手ですかと溜息が漏れそうになった。

 これで木戸さんも対人は得意なほうでもない。

 いちおう卒業式の依頼がくる程度には撮れるけれど、やっぱり木戸状態だとフランクさというか遠慮のなさというのがいまいち発揮しきれていない部分があるようにも思う。

 でも、ここまで対人がいやだーというほどでもなくなったのである。


「俺もそこまで得意なほうではないですけど、ひと声かければいいだけですから」

「そうですよう。しかも同じバスに乗ってる仲間同士っていう話も今日はあるし、さぁ声をかけて撮ろうじゃないですか」

「得意じゃないとか絶対嘘だ。石倉さんから対人の人扱いされてるくらいなんだし」

 さくらちゃんだって人撮るのに遠慮ないし、まったく最近の若い子はいったいどうなっているんだと森山さんはてんぱっているようだった。


「森山さんは難しく考えすぎですよ。お写真撮らせていただいてよろしいですか? って聞いて、撮る、これだけの簡単なお仕事です」

 ほれ、やってみましょうと言っても彼は、ええぇ、と二の足を踏んでいた。

 しょうがないなぁ。


「では、食事風景を撮らせていただきますね」

「あら、木戸くんだ。どうぞどうぞ。こんなおばちゃんだらけの食事風景撮ってもどうかと思うけど」

「いえいえ、そんなことはないですよ」


 森山さんが身動き取れないので、こちらで先に一枚。

 テーブル席に座っているおばちゃんたちを中心にして、背景を軽くぼかす。

 明確に花が咲いている、というよりは色が押し寄せてくるというような感じな仕上がりになった。


「ささ、森山さんもぜひ撮らせてもらいましょう」

「そこで僕に振るか……」

 ちらりと彼に視線を向けるとおばちゃんたちの興味も自然と彼のほうに向いてしまう。

 さすがにここまでくれば、撮らざるをえないといったところだろう。


「ほんとぐいぐいくるなぁ、もう」

 彼はついに観念したのか、カメラをおばちゃんたちに向けると、撮らせてもらいますね、と声をかけてから数枚シャッターを切っていた。

 果たしてどんな写真になっているのか、とても気になるところだ。

 撮り方によっても全然違うものに仕上がるしね。


「さくらは……ああ、もう始めてるか」

 バスに乗っているメンバーを中心にさくらも行動開始。

 話をしながら、花について話をしつつ、いい感じに表情を作っていっているように思う。

 残念ながら彼女が得意とする動物は、あまりいないようだけど……お、盲導犬がいらっしゃる。

 大き目なそいつに、さくらが食いつかないはずはなくて、ゆっくり声をかけて写真を撮らせてもらっているようだった。

 あとから聞いた話だと、シャッター音がなりすぎると気にしちゃうかもだし、なんていう思いもあったのだそうだ。


「さて、お次は全く関係ない若い女子グループとか狙ってみます?」

「うぐ、さすがにそれはハードル高いってば」

 ナンパなの? ねえ、木戸くんって軟派なの? と彼はおろおろしながら言い始めた。

 ええと、軟派っていう使い方とか初めて聞いた気がする。

 行動としてのナンパはそれこそ嫌になるくらい聞いたことはあるけれど。


「てか森山さんはさくらとも話せてるんだから、別にそれと同じ感じで行けばいいだけじゃないですか」

 断られたらそれでしつこくしなければ大丈夫ですから、というと、ほんとに? と彼はいぶかしげな顔を浮かべた。

 ううん、もしかしたら彼は過去に女子を撮って変な目で見られたことでもあるのだろうか。


「まあ、あそこらへんから声かけてみましょうか」

 ちょっと大人しめな女子三人組にターゲットを絞る。といってもみなさん二十代だろうなってくらいの年齢構成のグループだ。

 さすがに今日は十代の子たちはきていないようで、あとはちらほらカップルさんたちがいるかな、という感じだった。

 他は圧倒的にバスツアーのお客さんである。

 近所の学校の遠足とかがあればまた違ったのだろうけど、今日はこんなもんなのだった。


「あ、あの……その、ええと」

 えいやっと、森山さんをそのグループのほうに押し出すと、彼はあわあわしながらカメラをぎゅっと握りしめながら、何を話そうかとかなりパニックになっているようだった。

 あら。ちょっとやりすぎたかな。


「こんにちは。あの、俺たち風景の写真を撮ってるんですけど、何枚か記念に撮らせてもらえませんか?」

 もちろんできた写真はみなさんのスマホにお送りしますというと、いきなりの出来事に面を食らっていた彼女たちは、おぉ、立派なカメラだとこちらの胸元を見て、少し安心してくれたようだった。

 森山さんが挙動不審になってしまっていたから、警戒させてしまったかなぁとも思ったのだけど。


「ほい、じゃあ、森山さんも撮らせていただきましょう」

 っていうか、素直に名刺だしてご挨拶すればいいじゃないですか、というと、あ、と彼はその発想はなかったというような顔をした。

 ちょっと。プロの肩書が一応あるんだから、それを使わない手はないと思うのだけど。

 木戸さんだって、プロの肩書とかあるなら名刺をしゅっとさしだしてこういうものです、とかやってみたいさ。

 ルイのほうでは、今の状況だと逆効果になってしまうけれども。


「それじゃ、食事風景、いただきました、というわけで」

 カメラを向けて何枚か撮った後に、代表して一人の人のスマホにデータを送らせてもらった。

 それぞれで個性でますねぇ、なんて言われてたけれど、みなさんは大変喜んでくれたのだった。

今回はツアーの途中たちより場所です。

モデルとして「花見山公園」というところを参考にしています。

四月はかなりいろんなお花が咲いてきれいだそうです。補修工事しててそろそろ終わってるのかな。


そして、森山さんったら、対人撮影にびびりぎみです。女装しなかった木戸くんの将来もあんなんだったのかなぁと思いつつ。

次話は夜のお話となります。

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