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507,石倉さんちの社員旅行2

「なっ、まさか一番後ろの席だなんて!?」

 そんな声をあげたのは、Mこと森山さんだった。


「機材が邪魔になるし、みなさんのご迷惑になるじゃねーか。一番後ろ一択になにか文句あるのか?」

 駅の写真を短時間で撮った後、バスの一番後ろの席に連れていかれたのだけど。

 その席順に不満な様子の森山さんに、石倉さんはチケットをぴらぴら見せびらかせながら反論してみせた。

 まあ、言い分はとてもよくわかる。


 今回のツアーは格安のそれだ。

 もうちょっとグレードがあがったり、深夜バスだったりすると、一人席が三つ並ぶようなバスもあるのだろうけど、今回のは二人席が左右にあって、いわゆる町を走る普通のバスという感じである。

 荷物を置こうという風に考えれば確かに、一番後ろっていう選択肢は納得だろう。

 でも、その妥当な席をどうして森山さんはご不満なのだろう。


「うう、前のほうの席から、進行方向の写真とか撮りたいって言っておいたのに」

「考えてやるとは言ったがな。まあ現実はこれだ」

 ほれ、あきらめろと石倉さんはぽんぽんと森山さんの肩をたたいていた。

 なかなかに気安い関係のようである。


「木戸くんは後部と前とどっちが好みかな?」

 後ろの席に移動しながら彼はこちらにも質問を投げかけてくる。

 それを言われたら答えは簡単だ。


「後ろのほうですかね。移動中の外の撮影って難しいし、それに……」

 ちらりと、通り過ぎた前の席の集団を見て、ちょっとだけ笑みを強くする。

 まあ、ツアーの醍醐味というのはこういうところにあるとは思う。


「やだ、もしかしてみなさんカメラもってて、大学のサークルさんかなにかかしら」

「でも、けっこう大人っぽい子もいるわよ。実はなにかのロケだったりとか」

 きゃーきゃーと、最後尾の前の席にいらっしゃるご婦人方はこちらの四人が大きめなカメラをそれぞれつっているのを見て、テンションをあげているようだった。


「カメラ屋の社員旅行ですよ。若いやつもいますがね」

 石倉さんは代表してそちらのおばさまたちに声をかける。


「もしよろしかったら、何枚か、というか旅行中も撮らせていただいてもよろしいですか?」

 嫌なものがあったら、あとで消しますので、と木戸が言うとおばさまたちは、きゃーとまたテンションをあげた。

 黄色い声というよりは、なんというか、もうちょっとハイクラスという感じだろうか。


「とまあ、こんな感じで、後ろの席だとほかのお客さんの車内風景が撮れるわけです」

「やっぱ木戸くんは対人だよなぁ」

 うんうんと、石倉さんが満足そうな表情を浮かべた。

 石倉さん的には卒業式での撮影の印象が強いからそうなるのだろうけど、けして対人特化というわけではないのですが。


「まさか……まさかあのすみっこぐらしのM氏がこんな対人スキルを……」

 くぅ、話を聞いた感じだとあんまりアクティブじゃないと思っていたのに、と森山さんは愕然とした顔だ。

 えっと、もしかしてあの、じみーな感じなMさんに興味を持ったのって、そこらへんもあるんですかね。てっきり蚕のファンだとかそういう話だと思っていたのだけれど。

 そうですか、黒縁眼鏡モードはちょっと人付き合い下手そうに見えますか……


「席はどうする? 森山はいつも通り端か?」

 ん? どうする? と聞いてくる石倉さんはすでに一番端の席を確保していた。

 その隣にちょこんとさくらが座る。ふむ、いちおう彼女アピールというところだろうか。


「端でお願いします。っていうか、木戸くんをこれで端に追いやるわけにはいかないし」

 お客さんは真ん中へどうぞ、と彼は反対側の窓際の席に入った。

 どうやらいつもすみっこぐらしらしい。


「まあ、確かにここら辺の席のほうが、俺としてはありがたいですが」

 そっちに入っちゃうと、車内風景撮れないですしね、といいつつカメラを通路に向けると、前のおばちゃんたちが、いえーいとピースサインを浮かべて撮られる体制に入ったので、一枚撮影。

 仕事じゃなくても、こういうのは普通に撮りたい風景の一つだ。

 もちろん、なにげない日常風景みたいなのが一番好きではあるのだけど。


「あら、若い子のほうが積極的なのね」

「ちょっとこいつが特殊なだけだと思いますけどね」

 あ、でもこちらも撮りますよ、とさくらは負けじとカメラを向けていた。

 反対側に座っている人の表情は角度的にそちらからのほうが撮りやすいだろう。


 そんなやりとりをしたあと、すぐに出発の時間はやってきた。

 添乗員さんがつくプランということで、まずはこのツアーに参加してくれたことへの感謝の言葉と、安全のための注意事項なんてものが彼女からいくつか述べられる。

 その姿ももちろん抑えておく。

 これは仕事ではなく、自由な撮影というやつだ。

 添乗員さんの制服もかわいいなーなんて思ったのは、もはや言うまでもないだろう。


 ちなみにこれをやっているのは木戸とさくらだけ。

 石倉さんはすでに、持ち込んでいたビールを取り出して一人窓際で飲み始めている。

 ロング缶なのだが、ぐびぐびといっているようだった。今日は撮影よりも観光を優先するらしい。

 

 反対側に座る森山さんは窓の外に広がる景色のほうを中心に撮影中という感じだった。

 まあ、その位置を選んだ時点でそうなるけど、ううむ。

 ガラス越しよりも実際に現地に立って撮影したいかなぁと木戸は思う。

 あとで来るための目印、というのなら、いいのだけどね。

 立ち上がって身を乗り出してっていうのは、注意事項で禁止行為と言われてしまえば、もう、外を撮るしかないってのもあるのだろうけど。 


「でも、社員旅行がツアーっていうのも珍しいわよね」

「おばさまがたは、どういう関係なんですか?」

 とりあえず添乗員さんの話が終わって、フリータイムになると、前の席のご婦人方が声をかけてきた。

 お姉さま、ではさすがに年齢的にちょっとあれかなと思って、その呼び方に固定しておく。正直なところ、自分たちの親よりも上の世代である。

 さすがに、お嬢さん呼びができるのはぼう漫談師くらいなものだ。

 

「近所の婦人会でね。お手頃のツアーに行きましょうって話になったの」

「ちょうど今は桜の時期じゃない? 子供ももう手がかからなくなったし」

「旦那にはちょっと悪いかなって思うけど、なかなかうちの町内会は男の人がこのツアーに参加しないのよ」

 婦人会立案だけど、参加しちゃいけないわけじゃないんだけどね、とそのおばさまはわずかに苦笑を浮かべた。

 なるほど。婦人会だからこういう感じでおばちゃんばかりということになるわけか。

 ルイとしてなら、参加したい男の人も集めましょーっていうところだけど、ここは少し常識的なことを言ってみようかと思う。


「なら、来年はお二人で一緒にツアー参加、ですね」

「え?」

 不思議そうにきょとんとした顔も一枚。

 いきなり言われることだとは思わなかったのだろう。


「ほら、みなさんでってなると躊躇するっていうなら、一緒にってのはどうなのかなって思って」

 なかなか自分から出かけたりって、男の人あまりしないから、というと、まあ、そういわれればそうかもとおばさまはちょっと恥ずかしそうな顔を浮かべた。

 子供がどうのって話があったから、きっといままでは夫婦であるというよりも両親である部分が強かったのだろう。

 だったら、たまには夫婦に戻ってもいいのではないかと思うのだ。


「俺も普段あんまり遠出ってしないんですけどね。今日みたいに誘ってもらったり、友達に連れてってもらったり、そんなのばっかりです」

 ちょっと、旅行ってハードル高いというか、なじみがなくて踏み出す勇気がね、というと、さくらに思いきり脇腹に肘鉄を入れられた。

 えぇー、別に本当のことだし、それでつっこまれても困ってしまうよ。


「そんなこといっても、こいつきっと、ツアーってこれくらいの金額でいけるなら、わーいって言いながら今後参加したりしまくるんですよ、絶対」

 ほんと、これだからリア充は、とさくらがだうーんとしながらいうものの、おば様たちは、あらあら、とこちらにほっこりした視線を向けるばかりだった。

 

 そんな気配を感じたさくらは、あわあわとお手てをばたばたさせながら、言い訳を始める。

「ちなみに、私はこちらの彼と付き合っているので、こっちの変態は、たんなる友達です」

 そういう関係ではないので、ご配慮くださいませ、とさくらがなぜか余計な注釈を付け加えてくる。

 さくらとは本当に友達っていう感じしかしないと思うのだけど、どうなのだろう。


「って、変態ってひどくない? そもそもたんなる友達ってのは同意だけど」

「あんた、仮面がはがれかけてるわよ」

 ぼそっとさくらに言われて、やべっと、咳ばらいを一つ。

 まいったな。さくらと接しているときはだいたいルイとしてなので、距離感がどうにもつかみづらい。

 というか、高校の時のさくらとの絡みってそれこそ、文化祭のときくらいなもので、学校では付き合いがないから、どうすればいいのやらって感じになってしまう。

 こんなことなら、高校で仲良くしてましたー! くらいな設定は盛っておくべきだったと反省しておく。

 ほんと、さくらとはルイとしての付き合いのほうが濃密すぎて、どうしようもない。


「ま、旅に出てる間は開放的になるしな。木戸くんは好きに、好きなことやってくれていいぜ」

 いろいろな姿をぜひ見せてくれ! と、そんなやりとりを見ていた石倉さんはビール缶を掲げながらにやりと言った。

 無礼講でいこーじゃないか、的な感じなのだろう。


「二人の仲がいいのは、なんとなくわかっちゃいたが、ま、過去がどうであれ、俺はどうでもいい……わけではないか」

 けれど、彼はすっと目を細めると、なぜかさくらに向けて鋭い視線を向けた。


「木戸くんと付き合ってたというのは聞き逃せないな! 許せん」

「……現彼女に吐くセリフじゃないランキング堂々の一位か、このやろう」

 あんまりだ、とさくらが目を大きく開いて言った。

 ええと、なんかややこしいことになってきたな。


 さっきまで、この旅行に誘ってもらったり、他にいろいろしてもらったりっていう石倉さんの好意はある程度、写真家の後輩との交流だと思っていたのだけれど、まさかの恋愛感情だったりするんです?

 彼が男性を好きになるのは知っているつもりだけど……ルイとして激しく嫌われている身としては、温度差が激しくてびっくりしてしまうところだ。

 写真のほうを認めてくれるというのは、すごくうれしいことではあるのだけど。

 さくらの顔を見てわかるけど、まあ、だいぶカオスな状況である。


「なんだか、最近の若い子たちはいろいろ複雑なんだねぇ。でも、おばちゃんよくわからないけど、がんばれ!」

「なんとかなるよ、きっと!」

 どよんとしたさくらに、おばちゃんたちから根拠のない応援が届いた。

 それ自体がだいぶダメージ稼ぎそうな言葉ではあるものの、悪意がないので邪険にはできないところだろう。


「師弟関係の強さをしっかりと見せつけてあげるわ!」

 今から、あんたは恋敵なんだから! とさくらが言うと。


「もうさくらちゃんはヤキモチさんだなぁ、石倉さんが男好きなのはブラフだって前にも言ったっしょ」

 そんなにかりかりしなくてもいいじゃんと、のほほんと外の景色にカメラを向けている森山さんが言う。

 ええと。ブラフて。あなた同じ会社に勤めてるのにそれでいいのですか?

 いや、「同じ会社だからこそ」なのか。


 プライベートだと、ほんともう、男好きを隠そうともしないもんなぁ。

 だから、さくらと付き合い始めたと聞いて、はぁ? となったのだ。

 「好き」と「付き合う」は別物だってのはわかるけれど。


「それに仕事と恋愛は別でしょ。いくらなんでも、石倉さんは社員旅行に愛人候補とか呼ばないよ! 今日だってカメラやる子だから呼んだんじゃないの?」

「……ホントカナー、こいつの色香にやられたんじゃないのかなー」

 じぃーと、さくらは石倉さんに白い眼を向け始めた。

 あの、さくらさん。いくらなんでも大丈夫だから。

 気に入られてる自覚はあるけど、色香とか、黒縁眼鏡状態でそんなに出ないから!


「ま、そう思いたければ、どうでもいいぜ。俺はただ、木戸くんがなんか落ち込んでるようだったんで、気晴らしに誘っただけだし」

 さすがに、人生終わりみたいな顔してたからな、あんときと彼は言った。

 そりゃ、確かにがっくりはきてたけど、そこまでひどかっただろうか。


「そうですよねー、まさかコクってきた相手が、別の女の子と、あーんなことやってたとか、ショックでそりゃへたり込むよねー」

「さくらサン、マジやめて、その話題……」

 ほんと、やめてくださいと、げしげし脇腹をつついておく。

 それじゃ、実は蚕くんのことを好きみたいなことになっちゃうじゃないか。

 そりゃ、被写体としては、いいとは思うし、ちょっと手のかかる弟みたいな感じでかわいいとは思うけどさ。


「お、蚕くんの話題は、僕もちょっと聞いてみたいな。そもそもどうして知り合いなんだろうか、とかね」

「森山さんまで食いついてきますか……」

 はぁ、と深いため息をつくと、さくらがぽふぽふ慰めるように肩をたたいてくれた。

 いちおう、話題を出してしまったことを反省してくれているらしい。


「彼らとは学校の学園祭で、ちょっと縁があってそれから交流してるだけです。っていってもあんまり撮らせてもらったことはないですよ」

 いい被写体なんですけどねぇ、というと、森山さんは、だよねー、となにかを想像しはじめたようだ。

 おっと。対人は苦手みたいな感じだったのに、蚕くんだけは撮りたいのか。


「ま、あれくらいのを撮るなら、それこそ佐伯さんくらい上手くならなきゃだな」

 がんばれ若人、と石倉さんはビールの缶を揺らしながら、笑った。

 たしかに、彼の言う通り。

 芸能人の撮影のオファーが来るくらいにならなければ、彼らは撮れないことになる。

 それを思えば、ルイとして先日撮りまくれたのは本当にありがたいことだったのだろう。


「まずは、森山さんは今回の旅行で、対人の撮影の練習、ですかね」

「うぅ、木戸くんがモデルになってくれるっていうなら、ぜひ」

 対人の練習をしようと提案してみたのだけど、思わぬカウンターがきてしまった。


「ああ、こいつ、撮るのは好きだけど撮られるの苦手な人なんで、ダメですよ」

「それに、ほら、見知らぬ人に声をかけてさらっと撮れるようになるのがいいんですって」

 自由時間でばんばん声かけて撮っていきましょう、というと、森山さんは、が、がんばってみる、と言ってくれた。

なんやかやと更新おそくなっちゃいました。

また、鼻血吹いてたりとかしたんですが、なんとか社内風景更新です。


さくらと木戸くんとしてのノリがいまいち「本人たちすら」確定してないというこの感じが、書いててとても難しかったです。

そして石倉さん、木戸くんにはいい人だなぁとしみじみ。というか女子に冷たいんだよ、きっと、この人。


さて、次話ですが。せっかくなのでお花見させてあげようかと。

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