506.石倉さんちの社内旅行1
「バッグの中身OK。不審物なし、っと」
家でさいさんチェックをしてまずいものを持ち込まないように気をつけることにする。
あれから、石倉さんたちとの旅行はあっさりと決まり、旅行の準備ということになったのだった。
エレナからは、まー、うちらがやれることって今はないだろうし、気晴らしに行っておいで、と言われたし、姉にも、あー、あんた本人はいない方がきっといいわね、と言われた。
そう。牡丹姉様は、なんとあのニュースが流れてから自宅に帰ってきてくれたのである。
そうはいっても、質問攻めにするために帰ってきただけ、ではあるのだけれど。
今までのトラブルは、電話やメールで心配してくれたものだったけど、さすがに今回のは直接ということになったのだった。
というか。せっかくだから母様のこともちょっと触れておこう。
母様は、実はHAOTO事件のニュースを知ったのは、発覚してからしばらくたってから。
週末を迎えたところからだった。
平日ナムーさんのカレーやで働ている彼女は、世の中のニュースを土日で埋めるというようなことを最近しているのだ。
いちおう、好きなドラマとかは録画して見ているものの、HAOTO事件のところはすっぽりと抜けていた。
で、その間に父様に報告をして事情説明をして、味方に付いてもらった。
家族には本当のところを話していいということだったので、それを懇切丁寧に話をし、いちおうの理解はもらえたつもりだ。
いちおう、父様には、そもそも男同士だよ? こっちにそのつもりはないよ? と言い聞かせたのだけど、うちの馨が嫁にいってしまうー、とかなんとか最初は話にならなかったわけなのだけど。
そして、母様は、なんていうか怖くて動画は見れない、とがっくりテーブルにへたり込んでしまった。
その日の夕飯はちょっと手をかけて煮込み料理なんてのを作ってみたのだけど、とりあえずご満足いただけたようでなによりだった。
ちなみに姉様もそのときは一緒に食卓を囲んだわけだけど、あんたこれならどこに嫁に行っても大丈夫だわ、と肩をすくめていた。
ご自分の結婚式のほうは、どうなっているのだろうかな、などと思いつつ。
さすがに六月までにはこの騒動も終わってほしいな、としみじみ思ってしまう。そりゃ馨としてでるんだから、問題はないっちゃないのだけど、気分の問題である。
とりあえず家族からはいちおう納得してもらえたので、よかったと思う。
「データのほうも問題なし。SDカードもチェック済み」
そんな家族をありがたく思いながら、木戸は荷物のチェックを続けた。
今回はあくまでも木戸としての参加である。そしておそらく撮った写真の品評会みたいなものはかなりの高確率で起こるだろう。
だとしたら、そこにルイが撮った写真がまぎれてしまっていてはいけないのだ。
それこそ、女物の下着がバッグの中に入ってるくらいにまずいことなのである。
ええ、あれから木戸さんは学びました。男は替えの下着は必要ないと。明日のパンツがあれば生きていけると。
あれ、それはなんかの特撮のネタか。
とまあ、とりあえず男物の明日のパンツは用意してあります。はい。
「カメラ機材もオッケー。あまり大荷物にするなって話だから、望遠レンズはもってけないかな」
今回のツアーの内容はすでに教えてもらっている。
一般的なツアーで、宿泊費込みで一万というかなりお得なものだった。
他にお客さんもいるから、大騒ぎはできないだろうけど、まあ少々なら羽目を外すのはいいことだと思う。
「今日と明日くらいは、ね」
きれいな風景をせめて思う存分。
撮らせていただこうかと思っております。
「本日はお世話になります。石倉さんからお誘いをいただいて参加させていただきます、木戸馨です」
「話は聞いてるよ。さくらちゃんと同じ高校だったんだって?」
集合時間の二十分前くらいに駅の前に到着すると、すでにそこには本日の参加者が集まり始めているようだった。
「ええ。でもこいつ、高校出てからろくに連絡もくれないし。前に会ったのってそれこそ、卒業式のときとかじゃないかな」
ほんとにひどいんだから、と言うさくらは、本日はパンツスタイルだった。
周りが男所帯だから、という配慮なのかもしれないし、ガンガン撮るぜ! という意思のあらわれなのかもしれない。
さくらは、ルイとの混同をさけるためにも、ちょっと木戸くんとは疎遠でしたというアピールをする気のようだった。
「いやぁ、去年のバレンタインの時に店にきたじゃん? その時あってるよ?」
ほれ、あのとき俺販売してたし、というと、うあ、とさくらは両手で頭を抱えた。
あれ。あれれ? とちょっとパニックになっているようだ。
たしかにあの時は女装していたから、彼女としてはどっちカウントにするのかが悩ましいところなのだろう。
ちなみに、今年もさくらと斉藤さんは遊びにきたけど、女子会の件もあってさらに混乱に拍車がかかるので去年の話だけにしておいた。
「おっ、木戸くんいらっしゃい。早速にぎやかにやってるようだね」
「……って。石倉さん。さりげなく手を取るのはやめてくれません?」
今日はきてくれてうれしいよ、とかなんとかいいながら、石倉さんは木戸の手を取っていた。
カメラは首からつっているので手はフリーなわけだけど、あまりにナチュラルに触ってくるものだから反応がおくれてしまった。
つっこみを入れたのはさくらである。
「男同士で手をつなぐなんて日常茶飯事だよ。Mともよくてはつなぐし!」
「M?」
つい、先日自己紹介してもらったばかりではあるものの、Mという単語がわからないという風にクエスチョンマークを浮かべておく。
「こいつ、森山っていうんだけど、なぜかMって呼ばれたいとか去年あたりからいいはじめてさ。あ、でも木戸くんも昔Mとか呼ばれてたんだっけ?」
「え……?」
石倉さんの言葉に、森山さんが不思議そうに声を詰まらせた。
あ、これあれか。なぜかMを名乗るって、そういうことなのですか。
「ええと、HAOTOの蚕くんに告白されてた黒眼鏡って君なの? 狂言だって聞いたけどまさか実物に会えるとは……」
おぉ、感動だ! と彼は手をとってぶんぶか振ってきた。
うん。石倉さんとは違ってこちらは純粋に感動して手を握ってきているだけである。
「森山さんまで……そんなにそいつの手がいいのか……」
くそぅ、とさくらは言いながら、その光景を撮影していた。
あの、さくらさん。ルイは撮っていいけど木戸馨の撮影は控えていただけると嬉しいのですが。
「こういうときは、さくらも手を添えて、ずっ友、だよ? とか言えばいいんじゃない?」
「えええぇ、さすがにこのメンバーでそれはないわ。っていうか石倉さんとか手をつかもうとすると、するっとよけるし」
撮影練習でもそんなんだし、とさくらは、ぷぅと軽く膨れた。
そんなに手を触りたかったのか、この人は。
「別に手取り足取り教えるようなもんでもないしな。そもそも変に力が入ってぶれるんじゃね?」
設定だけちゃんと教えてるし、見方も教えてるんだからそれでいいだろう、と言われてさくらは、そりゃそうですが、としょんぼりしていた。
恋人関係というのに、二人はずいぶんとドライな関係である。
「それで、あとの一人はまだなんですか?」
とりあえず手を振りほどいてから、残り時間をみつつ最後の参加者が到着していないことに首をかしげる。
参加者はたしかさくらと石倉さんと森山さん。そしてもう一人いたような気がしたのだが。
「それがなぁ。あいつインフルエンザにかかって欠席なんだよ。一昨日わかって急きょ一人分減らした感じで」
ったく、一月にもかかって今もかかるって、どうなってんだよ、と石倉さんはご不満なようだった。
ううむ、こちらの病弱さんはだいぶダメらしい。
佐伯さんのところの三木野さんですらインフルエンザは一回しかかからなかったというのに。
四月になってもまだまだかかる人はかかるというのだから、気をつけなければならないのかもしれない。
「なので今日はこのメンツな。木戸くんは森山と一緒の部屋って感じになるけど、それでいいかな?」
なんなら俺と一緒の部屋でも、と彼はにこやかな笑みを浮かべた。
あの、彼女の前でそれをやるのはさすがにどうかと思います。
「部屋は問題なしです。それよりも、まだ出発まで時間ありますよね?」
「ああ、いちおうな。出発時間よりも前に集合は設定したし」
それがなにか? と彼はにやりとしながら言ってくるのだけど、そんなのわかりきったことである。
「せっかく集合場所が東京駅なんだから、駅も駅からの景色も撮っておきたい! という感じで」
さっきまで撮ってた駅からの景色はとっても良かったです、とほんわかいうと、だよねー、と周りからも共感の声が上がった。主にさくらである。
バスツアーの集合場所としては、おおむね新宿か東京あたりがよくある場所だ。
近所まできてくれるところもあるけれど、今回はここからのスタートとなる。
そして、東京駅といえば、しばらくやっていた駅前の改修工事が終わったところなのだ。
フェンスが取り外されたあとの景色はとても美しく、皇居に続く道がビルに覆われた都市の間にぽっかりあいている、というようななんとも言えない空間として存在している。
そちらはたっぷり撮ったわけなのだけど、それでもこの場所には撮るものはわんさとあるのである。
都会の撮影はちょっとあまり気分が高鳴らない木戸なわけだけど、東京駅だけは別だった。
駅舎のほうも赤レンガで作られたちょっとレトロな作りになっているのだ。
それぞれの改札口のところには、丸い天井があったし、そこももちろん撮影済み。
そしてちょっと離れたところから見る駅もまた、いいものなのだった。
できれば向かいのビルの上とかから全景を撮りたいところだけれど、さすがにそこまでの時間的余裕はないので、今度個人的にこようかと思うくらいだった。
「んじゃ、撮影いってきてもいいぞ。出発時間には遅れないようにね」
時間厳守で、と言われてちらりと時計を見る。
せいぜい時間は十分程度しかないのだけど、それでも旅の出発地点のここを撮ることを十分に楽しめた木戸なのだった。
本日ちょっと短めでございます。諸事情により!
と、まあ世間はアレな感じになってる木戸さんですが、もさ眼鏡男子状態だとまるで都会にいってもだーれにも気づかれないクオリティとなっております。
そしてさくらさん……どうしてこのお話は女子が不憫なんだろう……
東京駅はいい撮影スポット多いのでお勧めです。




