505.社内旅行にいく前に
今回は前半がさくらさんメイン、後半はかおたんでございます。
さて。本日あたしは彼の家、石倉家でパソコンとにらめっこをしている。
作業台の上に置いたノートパソコンには、最近撮った写真がばっと表示されている。
それの選別作業をしつつ、彼が入れてくれた珈琲をすすった。
え。彼が珈琲をいれてくれるのが意外? そりゃまあ、最初のころはそんなことは絶対にやらない人だったけれども、なんていうかある程度の期間一緒にいて愛着が湧いたというか。なんというか。
いちおう、あたし、こと遠峰さくらは、彼に女として見られているわけだけれど、だからこそ恋人として認識されているか、といわれると微妙な関係が続いていた。
ルイのあんちくしょうにも言われたけれど、石倉さんは男好きである。
そんな彼に女として見られるということは、つまり恋人として見れるかは微妙ということなのである。
まあ、今の所写真のことをいろいろ教えてくれるし、恋人というよりは師匠という形で仲良くしてもらっているから、これはこれでいいと思うことにしている。
さて、そんな彼はというと、同じ部屋のデスクのほうで作業中だ。
先ほどまでは写真の分別などをやっていたけれど、今はネットでの情報収集。
仕事関連の情報やら、あとは使われてる写真なんかをチェックするのである。
私も一息いれながらネットサーフィンでもしようかと、そんな彼を見て思う。
「うわぁ……検索エンジンのニュースに載っちゃうか、あの人達は……」
そんなこんなで、検索エンジンを立ち上げると、馴染みのあるアイドルグループの名前を見て、かちりとクリック。
残念ながら当人たちと親しいわけではないけれど、友人がずいぶんと懇意にしている相手である。
被写体としてすごくよくない? って前に言われたときは、素直にぶんぶん肯いたものだ。彼氏にしたいか、といわれたらちょっと悩んでしまうけれど。
「うわぁ……まじか」
記事を見るに、どうやら不祥事発生ということらしかった。
一般女性とのわいせつ動画がネットに上がっているという話だったのである。
「ふむ、じゃあ、HAOTO 動画 わいせつ で調べようかね」
こんな内容を調べるなと怒られそうだけれど、まあ石倉家のWIFIの電波は強いので大丈夫だろう。
「ほう、ちょっと若い。昔のか……って、なんじゃこりゃーーー!」
動画をみながらついつい、大きな声を出してしまった。
石倉さんも不審に思ったようでこちらに顔を向けてくれる。
「どうしたっ……って、この動画みてんのか。一日で再生数すさまじいことになってんな」
「つか、一般女性じゃねーし」
問題となる動画を見てみると、HAOTOに変な風にエスコートされているルイが映っていた。
ちょっととろんとした目を向けてるところを見るに、何かのまされてるんだろうか。こんな顔をしたあいつなんて、正直あんまり見たことはない。
良い写真が撮れたあとの顔もとろけはするけど、ちょっと違うのだ。
「まったくあいなのところの弟子は、話題性抜群だな、おい。写真で売れないで本人が売れてちゃ世話がない」
「本人、まじへこみだとは思いますが……まぁ、そりゃ息子さん誘拐とかあいつなら、躊躇はしないよなぁ……」
動画がその画面になったところで、ぽつりとあたしは呟いた。
いちおう、毎日自分で触っているものであれば、躊躇もなにもないだろう。
女同士で、胸触ったりするっていうイベントとほぼ同じ感覚なんじゃないだろうか。あれ、違うかな。男同士で触ってたら逆におかしいのか。
「ちなみに、石倉さんは触られたいですか?」
「あの女に触られても別に嬉しくもなんともないな。つか、美少年なら是非!」
「……そこで美少年て。子供相手だと男同士でも犯罪になるので、やめてくださいよ」
そういや、なんか相撲のニュースで不祥事があったみたいなことが書かれてあった。
とにかく子供相手はNGなのである。
「大人なら問題はないよな。木戸くんとかなら問題はない。お前と同い年だろ」
「……問題大ありですが」
動画に出ている主と、その人同じ人なんですけど、と内心で思いつつ、相変わらず男好きかぁと少しばかりげんなりする。
それでも付き合ってくれてるだけ、まあいいかとも思うわけだけれど。
「ま、それはそうと、春の社員旅行なんだが、お前、行きたいところあるか?」
「特別はないですよ。ただ景色綺麗なところがいいな」
「なるほどな。他のやつらもおんなじ様なこと言ってたから、今年は桜でも見に行くか」
ちょい遠出になるけど、まあいいだろう、と彼は自分のパソコンで四月、桜、ツアーで検索をかけた。
ツアーなのは、お値段をがくんと下げるための手段だ。
この写真館も経営的にはちょっと厳しいというようなことを石倉さんは言うし、そりゃツアーもありか、ってなもんである。
実は、彼がいろいろ計画するのが面倒なだけかもしれないわけだけど。
「お値段安めで景色が良いところ希望です! でも、あれ? 宿泊、なんですよね?」
「だな。ま、お前は俺と同じ部屋でいいだろ」
他の男子とのめくるめく時間もいいんだが……と彼はぶれない態度だった。
ええと、他の男子と同室より、あたしと同室の方が安全て、あんた……
「世間的には恋人同士とか見えるんだろうな……まあ、もうどうでもいいけど」
一緒にいて、得るものがたしかに多く有る。
ならばべつに、それは。
恋人ごっこであろうと、それはもう仕方が無い。
「なんなら、おまえ、話題の人とかご招待してもいいぜ? っていうか、炎上してざまぁとか、なっとらんとか、是非ともいってやれ」
けけけ、と笑う石倉さんは、ルイの炎上事件をかなり楽しんでいるようだった。
まあ、あいな先輩&ルイのコンビをライバル視しているから、そうなんだろうけど。
さすがに、この状態であいつを呼ぶことはできないよね。
木戸くんなら呼べるだろうけど、さすがにあたしは彼とそこまで懇意なわけでもないので却下だ。
ちょっとは、気晴らしさせてあげたいってのはあるけど。
ルイをつれていけない以上、かおたんを連れて行くことはできない。
「いま連れてったらほんともう、うちらも迷惑なんでそっとしておきましょう」
カメラマンは縁の下の力持ちなのですというと、まあそうだな、と彼は嬉しそうに笑った。
「さって。んじゃ、俺はちょいと買い足しいってくるから、おまえは勉強、な」
「はいはい。消耗品買い込むんでしたっけ?」
ほれ、さっさといけ、と手をひらひらさせると、彼は、いちおー旅行プランでいいのとか探して置いてくれても良いぞ、といいながら、外に出ていった。
入り浸る時間は長くなってきたわけだけど、こういうのはちょっと。
信頼されているんだなと思って、ほっこりするあたしだった。
自室で昼間から待機していると、ちょっとうずうずしてしまうのはなぜなのだろうか。
さて。健康診断の日から、いや、HAOTO事件がおおっぴらになってから、一日。
木戸はネット上の、あーだこーだに、もんもんとしていた。
そりゃあそんなにすぐにどうこうなるとは思っていない。
去年だって、生活をかなり制限されたのだ。
でも。今年は、なんだろう。
去年よりも圧倒的にアンチな人が多いという感じ。
さすがに個人情報の制限をしているからそこまで行き着く人もいないし、友人たちからの情報漏れというのもないので、自宅の写真が貼られるなんてことはないのだけど、ファンの人達の暴言はさすがに見ていて悲しくなるレベルだった。
びっちだなんだは、別に、どうでもいいと思っている。
そもそも男子なので、そう言われたところで、はて? という感じなのだ。
けれども、写真の方にまでケチをつけられるのは、どうかと思うし、コスプレ界のほうまで合わせてバッシングするような人もいて。
そういうのはちょっとなぁと正直思ってしまったのだ。
つーか、おまえら翅の女装コスは大絶賛だったじゃないか、とかなんども思ったりもした。
エレナのホームページは昨日と変わらず、掲示板はエレナのファンが鉄壁となって守ってくれている状態だった。
ああ、いちおう連絡用に個人のメールアドレスは載せていたのだけど、それはいったん削除した。絶対タチの悪いメールやらウイルスやらが飛んでくるよ、とエレナに言われて早めに削除したのだ。
「ああ、こういうときは、撮影にでも出るか」
幸い、今年は男子状態ではトラブルに巻き込まれていない。
つまり、こちらの姿ならばある程度自由に外出もできるというわけなのだった。
ルイとして活動ができないのは正直痛いけれど、去年の八方ふさがりだったときよりはずっとマシだった。
そう思えばすぐにコートを着込んでカメラをひっつかむ。
木戸として使っている方のカメラである。
「充電もばっちり。まあ軽く撮影しつつ、あとは……どこにいくか」
銀香はさすがにNGだ。千紗さんからも、絶対くんなというメールが来ている。
となると。
「たまには都会、かな」
買い物をするかどうかは別として、ウィンドウショッピングをしながら、というのもありかなと思った。
そりゃ、こっちの格好で女子服の物色をしていたら店員さんに怪訝な顔をされるだろうけれど、家電屋さんに行くのならばさほど問題はないようにも思う。
この際SDカードの買い足しとかもしておいてもいいだろう。
「ほんと、今回のマネージャーの作戦、どこまで上手く行ってるのかほんと謎なんだよねぇ」
早いところ、なんとか解決して欲しいと思いながら木戸は家を出ることにした。
「う……家電にはテレビも含まれるということを想定していなかった」
賑やかな店内にはいって、いきなり眼の前に現れたそれらに、木戸はがっくりと地面にへたり込んでいた。
店内はしっかり清掃されているので、ひざをついても汚れることはない。
どうしてそんなにがっくりきているのかといえば、眼の前に何台も並んでいるテレビが問題だった。
そこでは昼前のニュース番組というかトーク番組で、HAOTO事件について検証をしているところだった。
それこそ、卑猥画像であるという前提で話をしているのが見え見えで、どうしてこんなものを作ったのか、というところを出し、さらに街頭インタビューではネガティブなものばっかりが出ている状態だった。
その中で、お似合いだしいいんじゃないの、という意見は一つだけ。
それはそれでどうかと思うのだけど。
本当に練習動画です、という話の効果があんまりない。
もちろんインタビューの人の中には、私に声をかけてくれたら練習つきあったのに! なんて声もちらちら聞こえたのだけども。どっちみち羨ましい、ずるいという意見ばかりだったのだ。
「お。木戸くんじゃん。どうした? 体調でも悪い?」
「……ああ、石倉さん」
ぐったりしていたからか、ちょっと心配した声をかけられてしまった。
声の先を見上げると、そこにはこちらを覗き込んでいる石倉さんの姿があった。
「いえ、ちょっとふらついただけで。大丈夫ですから」
さすがにテレビがショックでとは言えないので、体調不良ということにさせてもらった。
「木戸くんかなり細いし、飯くってねーんじゃないかと心配になるね」
なんなら昼飯とか一緒にどうよ、と言われたけど、謹んでお断りさせていただいた。
お昼は家まで戻る予定なのである。
あくまで気晴らしに町にでただけで、今日は一日みっちり撮影する予定ではないのだ。
昨日撮ったHAOTOの写真も整理したいところだしね。
「予定があるならしゃーないか。ああ。じゃあどうだろう? 今度うちで社内旅行やるんだけど、一緒に来ねぇか? うちのやつらもそろって参加する、まあツアー旅行なんだが」
「それ、けっこう豪勢でお金かかったりします?」
学生には厳しい出費になったりしませんか? と尋ねると彼は、ううむと悩むような顔つきになった。
「今の所、景色の良い場所を狙ってるのと、格安のツアーで行くから一泊二日で一万くらいのを検討中だ。ちなみに夜は昼に撮った写真の大品評会。木戸くんの刺激にもなると思うけど」
どうだろう? と言われてちょっと悩んでしまった。
今のこの鬱屈状況と比べると、ぱーっと旅行にでるというのはアリだと思う部分もある。しかも石倉さんのところとなると、メンバーはさくらと、Mこと森山さん。あとは病弱な先輩さんとなるだろうか。
あまり大所帯ではないし、わいわい話ができるのは楽しそうにも思える。
他に騒動の対策というものがとれない以上は、地元にいてもしかたないかなという思いもあった。
「他のメンバーがOKということであれば、お邪魔してもいいですか?」
さくらあたりから、いろいろぶつくさ言われそうなので、いちおうそう答えておく。
「だいじょぶだいじょぶ。うちに木戸くんを邪険に扱うヤツなんていないから。いたとしたら俺が静かにさせるから」
「静かって……」
「ま、じゃあ、確定ということで。日取りとかは連絡するからメアドよろしく」
彼に言われるままに、こちらからメール送信をしておく。
前に名刺はもらっているので、馨の方のメアドに登録してあるのだ。
「よっしよし。木戸くんのアドレスゲットだ! んじゃ、旅行の件、ほんと楽しみにしてるから」
そいじゃ、さっさと日取りと行き先決めるぞーと言いながら彼は店から去って行った。
買い物袋を持っていたから、もうそちらは終わったのだろう。
「いちおう、エレナに連絡はしておこうかな」
行っておいでと言ってくれるとは思うけど、いちおうはHAOTO事件対策を手伝ってくれている相手である。
「こっちで行く撮影旅行、か」
だいぶ新鮮だなぁと思いながら、木戸はエレナあてのメールを作った。
ルイさんに近い人達は擁護派ですが、世間一般はHAOTOファン過ぎて、午前の番組に取り上げられる状態にまで発展しております。
さあ、どうやって決着させるんですかね。
それはそうと、石倉さんは木戸くん相手だとほんっとうに甘い。優しすぎてびびります。
そして次話からは数話、旅行にでます。こんな事態だからこそ!




