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053.

ついに30万字突破……これで手元のストックの三分の一程度であります。直しいれるたびに膨張していきますね。

 修学旅行も間近に控えた日曜日。

 イベント前の最終チェックは? とか、班員との綿密な情報交換とか。

 そういうもんはすでに終わっているので、フリーな身でルイは今日は銀香ではなくコスプレ会場のほうにきていたのだった。

「どうしたのー? ちょーっといつもより表情曇ってますがー?」

 さくらがばしばしカメラをいじりながら、ルイっぽくないねーと言い放った。

 ふむ。さすがは写真の人だ。よく見ているものである。

 こちらとしては少し考えていたのである。エレナはいろいろ大丈夫なのかねぇって言うこと以外にも、カメラの値段と写真についての話も。これは先週彼らにも言った通りの考えはずっと持っているけど、そろそろカメラも新しくした方がいいのかなぁという思いはずっとあるのである。ちなみにあいなさんはプロということもあって、我らよりも二個くらいグレードの高いものを使ってる。

「んー、エレナの学校いったときのことがちょーっとね。ハイソサエティおそるべしって感じだったんだけど」

「ああ。お呼ばれしたんだよね? いいなぁ。あたしもエレナたんの私生活をはあはあしたかった」

「さすがに二人で押しかけたら迷惑というか、いろいろ大変だよ」

 それよりも撮影に入ろう? と気持ちと表情を切り替えて彼女に提案する。

 とりあえずは、今の環境で楽しく撮影をできればそれでいいと思い直したのである。

 さて。そもそもルイのコスプレイベントの参加率はそんなに高くはない。もともと自然物のほうが好きなので、銀杏町や他の野山が多そうなところを中心に撮るのが基本なのだ。せいぜい月一回あるかないか。

 そして、エレナとの撮影に関して言えば、個人的に撮れるということもあって、一緒に参加してもそこまではりついて撮影しないようにしている。

 そう。あのコスROMの一件からルイはエレナのカメラマンというセット売りみたいな感じになってしまっていて、ルイが近づくと周りに集まった人たちは道を空けてくれて、さぁどうぞ撮ってくださいみたいなノリになってしまうのだ。それが良い状況ではないことはエレナもわかっているし、せっかくなので他のカメコさんにもいっぱい撮ってもらいたいと言っているので、それこそROM販売だとか、特殊な事情がないと一緒にいないことのほうが多いのだ。

 今日も彼女は不参加ということで、今いるのは、さくらとルイだけである。

「ルイさーん! 一枚ぜひ」

「はいー。一枚と言わずばしばし行きますよー」

 それから夏からここのところ変わってきたのが、やたらと女子コスプレイヤーさんをメインに時々男性のレイヤーさんからもそんな声をかけられるようになったことだった。

 ROMの中に入っている撮影者の顔写真を見てくれた人が、ルイの存在を認識するようになったのだ。ホームページをエレナのところの間借りをしてやっているというのもあるのかもしれない。

 通常はこちらから、お写真撮らせていただいてよろしいですかと這い寄るところなのに、それが逆になってしまっているのだった。

 名刺交換をしつつ、写真を送ってもらいたい場合は一言添えてくれる。

 必要な場合は有線でつないでファイルのコピーなんてものもやった。

 WIFIでつなぐカメラもあるみたいだけれど、こちとらそんな機能はついていないのだ。iPhone用とAndroid用のデータ吸い出し用の機材さえそろえておけばだいたいカバーできる。

「有名人は大変ね」

「そういうさくらもばしばし撮ってるじゃない?」

「だって、一番あたしがテンションあがるのがコスプレ撮影だもの」

 にやりと笑みを浮かべてシャッターを切る。その姿は他の撮影をしている時よりも明らかに楽しそうで明るい。

 ああ、自分も自然の前に立っているとこんななんだろうなと思わされる。

「やんっ。なんか制服の子がいるよ。珍しい男子コス」

 何人かの撮影をこなしたころ、明らかに場違いな二人組の姿にさくらが気づいた。つられて見てみると彼らはあきらかにきょろきょろ周りを見渡しながら、すげーという言葉を連発しつつあからさまにお上りさんっぷりを発揮していた。

「って、あれってエレンとこの制服だよ? この前学園祭で散々みてきたけど」

「リアル制服ですかい。なんとチャレンジャーな」

 たしかにそう。こんな場所でほんまものの制服を着てくるだなんて普通ありえない。この会場だとそれはコスプレとしか思えない。それくらいあそこの学校の制服はおしゃれなのである。

「よーじくんと……もう一人はどこかであったような」

 ふむんとあごに指をあてて思案をしているとあちらもこちらに気がついたようだ。

「ルイさん!」

 彼はカメラの友人をひきつれてこちらに寄ってくる。知り合いをようやく見つけて嬉しいといった様子だ。

「こいつ、うちの学校の写真部のやつで。いい被写体はいないかっていうから、連れてきたんだ」

 まさかルイさんとばったり会うだなんて思わなかったけど。

 いやぁ奇遇ですなぁとよーじくんは嬉しそうに頬をかいた。

「ああ、カメラの性能がどうのこうのって言ってた」

 なるほど、とちらりとしか見ていない彼の顔をまじまじと見る。身長はさすがにルイよりも高く、ほっそりとしているタイプだ。髪は短めで少し神経質そうな印象を受けた。

 そんな彼は、ちらりとこちらのカメラを見て、そしてさらにうーんと覗き込んできた。そう。首からつっているカメラはだいたい胸の少し下あたりにあるのだ。

「もぅ、なに覗き込んでるんですか」

 胸をちらりと隠すようにして少し恥ずかしそうにしてみせる。視線は胸元のカメラに向かっているけれど、それは同時に胸を見ているにも等しいのだ。

 まあ、胸のふくらみなんざまったくないわけだけれど。

「って、ちょっとそれは誤解だ! 俺が見てたのはあんたのカメラ。それ、たしか四年前に出た一眼のエントリー機だろ? あんた撮影歴長いのか?」

「撮影歴は二年くらいですけど。それがなにか?」

「ってことは、その時に型落ちを手にしたってこと?」

「基本的な性能は問題なかったし、何よりお金ないですもん。高校生で一眼なんて高級品、そうそう手にできないし、型落ちで数万おちるこの世界じゃ、最初はこんなもんかなって」

 いずれもうちょっと蓄えができたら買い換えようとは思っているけれど、結局ここまでこの子で来た。確かに新しいもののほうが連写性能やらセンサーの細かさ、起動速度なんかも向上している。けれどももっとも進化するのは使い勝手だとルイは思っている。WIFIで連動できたりだとか、操作系がすっきりしていたりだとか、サイズの問題だったりだとか。

 けれどそこらへんは手間を惜しまなければいいだけの話でなれてしまえばなんということもない。そもそもWIFIとかスマホやタブレットを持っていないとなんにもならないし、たいてい他の人に見せるときはカード差し出して一括で移動することのほうが多いのだ。

「レンズを買い足すとしても、本体以上にお値段が張るし、そこらへんもキットレンズとプラスで一個だけですよ」

 それがなにか? と言ってやると、彼はぱーっと顔を明るくして、なぜかこちらの手をきゅっと握ってきた。ちょっとまて、いきなり女子の手を握らないでいただきたい。

「すごい! 今まで写真やってるやつって、無駄に高級機ばっかりだったのに、君はそんなやつらとまるで違う」

 いや、写真を見ないうちからそんなことを言われても困るんだけれど。

 そのカメラが存在している時点でユーザーはいるはずだし、誰しも高級機を持っているわけじゃない。そんなの裕福なご家庭の発想である。

「あの、よーじさん。この人いつもこんな感じなんですか?」

「この前写真部のやつらともめたばっかりだから、そういうのもあるんだろうけど」

 とりあえず、その手を放せと、やんわり引きはがしてくれてほっとする。

「今日は、良い写真撮るためにきてるんだから、ここで立ち話してる場合でもないだろ。ルイさんにも迷惑かかるし、さっさとどんどん撮らせてもらおう」

 さあさあと背中を押しながら他のターゲットを探しにいくようだ。

 そこでよーじくんが立ち止まって、言った。

「そうそう。この前の学園祭の時の写真、ありがとね。みんな楽しそうに撮られてて、あの顔を引き出したのも、君の技術の一つだと思う。まあ確かに午後のおねーさんの写真のほうがしっかりはしてたけど、俺は君の写真、好きだよ」

 そいじゃね、とよーじくんは被写体のほうへと相方のカメラさんを連れて行ったのであった。




「しかしあの二人がきたとなると、今日はエレナ来なくて正解だったんかね」

 お昼ご飯をいただきながら、ちらりと人ごみのほうに視線を飛ばす。

 周りに人はいないけれど、少しばかり声量は落としておいた。どこで誰が聞いてるかわからないのである。

「そうねぇ。この前の学園祭の時の様子はどうだったんだっけ?」

「隠してはいる、みたいだけれどどうなんだろうね。普段のエレンとたいしてかわんないもの」

 あたしとは違いますよあの子は、と言ってやると、確かにあんたはギャップ激しいと遠峰さんが苦笑を漏らす。

「なんていうか、もー素であの可愛さっていうかさ。もちろんね、エレナのキャラコスのときの格好とは違うけど、本質というかソウルというかそういうのは同じっぽい。あとやっぱ声はおっきいよね。素であの声だもの」

 うらやましいかと言われたら、たぶんそうでもない。

 普段との使い分けがかっちりできる分、木戸としてはこちらのほうが都合はいいのだ。

「実際、エレナちゃんの正体が公になっちゃうと、ファンの子は若干困るといえば困る、のかもしれないけど」

「確かに今の状態は話題性って意味ではおいしいのはおいしいよね。でもエレナ的にはどうなのかって話はそういえばしたことないかも」

 そう。男の娘が好きだから、コスプレを始めたというのは知ってるし、あの愛の注ぎ方だって十分に理解している。ただそれを秘密にするのは話題性のためかと言われると少し違うような気もする。

「あの子の性格的に、有名になるっていうときより、ばれたときにダメージ少ない方策を取ってるんじゃないかなって気もするんだよね」

「ほぅ。ルイ先生としてはそんな感じなんだ?」

「あたしは別に、ばれてどうこうってのは、ないと思うけど?」

 危ない橋は、ちょこっとしか渡ってませんよーと言っても、ほんとぉ? といぶかしげな顔をされてしまった。

「だって、あたし的にやばいのは、あいなさんと崎ちゃんと……あと青木もか。それとかかわりとしては間接的にエレナに迷惑かかるからそこ周辺? 他は正直どこにばれてもいいかなと思ってるよ?」

「あんたのファンはどうするのよ」

 う。それをつかれるとちょっと痛い。そこはエレナ周辺に入れてるつもりだったけれど、きっとどんくらいの範囲だと思ってるのか気にしてるのだろう。

「別段女子ですって明言してるわけじゃないけど、まーあの写真じゃ、だまされたーって思う人もいるだろうし、なんせエレナの撮影者として注目集めてるからそこはまずいといえばまずいよね」

「そこはエレナと話しといたほうがいいんじゃない? 安全策なんてないだろうけど」

 まあ誰にもばれないようにのらりくらりかわすしかない、とは思っている。秘密は知っている人数が少ないほどばれないものでもあるから、どこまで伝えていいものなのかはやっぱり悩ましい。特別女子ですと明言はしていないけれど、あの写真の姿を見れば十人が十人女子カメコだと思うのは、自信を持って言えることだ。

「実際エレナの素性ばれがあったら、どうなっちゃうんだろ? 男の娘派大勝利! とかそういうのはあるだろうけどさ」

 実は女の子派な遠峰さん的にはどうよ? と聞いてやるとうーんと彼女は悩んだ。

「あたしの場合は、ルイっていう前例があったし、女子ファンだからね。正直女の子でなくてもがっかりはしないのよ。問題は男性ファンだと思う」

「あー。けっこー男のカメコさんに囲まれてたりするしね。夢を壊してーとかそういう話もある、のか」

 いまいちそこらへんの感覚がわからない。たとえばそれは、あいなさんが実は男の娘でしたとかそういったのを想像すればいいのか? それならそれで別に尊敬の念も生き方も全然目減りなんてしない。

「まったく。ルイったらホント男心っていうかすけべ心がわからないよね」

「だって、想像してもさっぱりなんだもん。実際、遠峰さんだってあたしとつるんでくれてるのって、男とか女とかより、カメラでつながってるからでしょ? それいえばレイヤーさんとカメコさんはそのキャラの再現っていう共通目的でつながってるんだから問題なんて起きないはずじゃない?」

「理屈上はそう……だし、エレナちゃんはなんにも嘘ついてないって話になるんだけどねぇ」

 うーんと、言いにくそうに遠峰さんが呻く。

「でもやっぱり、三次元だと、こんなかわいい子が男の娘のはずがない。ありえない、になっちゃうのよ」

 あんたは自分がそんなだから、わかんないでしょうけど、と解説を付けてくれる。そういえば八瀬もそんな絶望にぞっぷり両足を突っ込んでいたのだっけ。着実にレッスンをしているけれど、そこそこ成長してるし声だってある程度出せるようになっているので、ありえなくはないと思うのだけど。

「それと、キャラの再現っていう目的もあるけど、コスプレとカメコさんの関係はもうちょっと生々しいよ? キャラ愛と、変身願望が混ざるっていうか。そして撮る方だってキャラ愛はもちろんのこと、女の子がかわいいかっこしてたら、嬉しいものだっていうし」

「淡い希望を最悪の形で叩き潰すってこと? でもそれって逆恨みみたいなもんだよね」

「しかたないじゃない。異性交流が不得手な人がそろってるんだし、妄想を加速させちゃって俺の嫁なんていってるのもいるくらいエレナちゃんは人気なんだもの。こっちに非がなくても事実を知っちゃってがくんとへこむ男子は多いんじゃない?」

 その点、あんたも一緒だから覚悟しなさいよ、と遠峰さんにざくりと指摘された。

 あんまり顔出ししないほうがよかったんだろうか。男の娘キャラ専門でやってるっていいきってるエレナよりも、なんにもいってないこっちのほうが、影響もでっかいのかもしれない。

「おっと。お二人とも帰還っぽいね、後でまたこの話はしようね」

 ちょっとまじめな話題なので、とさくらに言い置いてから今日のゲストの合流を笑顔で受け入れる。

「いい写真は撮れました?」

 よーじくんとカメラの彼。よーじくんはのほほんと。カメラの子の方はいらだったような感じでカメラを触っている。

「くっ。なんかみんなポーズびしってきめやがるから自然な顔が全然撮れない」

「いえいえ、そういう会場ですから」

 遠峰さんが苦笑まじりに突っ込みを入れる。自然な顔を撮りたいならば、そんなもん町中なり人が自然に生活しているところを選ぶしかないのである。ここは異空間。別の次元に存在する非日常なのだ。

「くぅ。よーじに連れてこられたのに、これじゃあまったく来ただけ損じゃないか」

 くそっ。風景でも撮ってくる、と彼は一人森のほうへと去って行った。つくづく個性的なお方である。

「あら。よーじくんは撮影いかなくていいんですか?」

「まあ、そうなんですけどね……」

 うーんと、カメラを持ってきていない彼が少しだけ言葉を濁す。

 そもそも、コスプレもせずカメラも持たずに彼はここに何をしに来たのだろうか。

「エレンが週末なにやってるのか気になって」

 耳元でこそりと言われた名前に体が思わずびくぅとなってしまう。

 エレンとルイはあれだけべたべたしていた親友である。ということを彼は知っているわけで、その関係からのアプローチなのだろうか。

「後をつけた……んですか?」

「いや。偶然だけどエレナちゃんっていうすごいかわいい子のホームページを見つけて、そこでルイさんの名前があったからさ。確かに髪型とかいろいろ違うけど、あいつなんじゃないかって思ったら……」

 ほら、リンの件もあっただろと言われて身構える。

 なるほど。最近のエレナは学校に行っている間もずいぶんとかわいい。そこからの派生でエレナを発見してしまうという人も中にはいるかもしれないということだ。

「で。実際のところ、ルイさんがいるってことは、エレンがエレナってことでいいんで?」

 カメラの子がいなくなってから、よーじくんが耳打ちしてくる。

 ご飯を食べながら、問い詰められるそれに、正直困った。

「さ。さぁ~」

「私はカメラの人でね。今日はコスプレ会場に来ただけで。エレナとは仲良しだけどどんな人とかはさすがにちょっと……」

 たじたじと滅多に焦らないルイが言葉を重ねる。

「ホントに?」

「くぅ」

 後ずさりをするほどに彼の圧力を感じていると、その彼に影がさした。

「おなじひとーだよー!」

 きゃーんと、いきなりエレナがよーじくんに抱き着く。

 いろいろごまかそうとしていた中で本人登場は驚きはかくせない。彼に寄った影というのがエレナのものだったのだ。

 ちなみにその姿はばっちりと写真を撮った。

 後で脅すためである。これは十分、多くのファンの獣をたきつける餌になるのだ。エレナに抱きつかれる男なんて、それこそうらやましすぎるだろう。

「もうもう。よーじったら休みまで押し寄せるとかダメだよう。してほしいなら放課後に、ね?」

 頬をやわらかくなでるだけで、よーじくんは、お、ば、お……と、単語ごとじゃない、一つの音を言うだけでいっぱいいっぱいになっていた。

「エレナが放課後でなにをしてくれるのか、とか、あたしもどっきどきっ」

 やれやれと肩をすくめながら、言ってやる。ちなみに今日のエレナはコスプレ姿ではなく私服だ。

 私服。そう。女の子の格好のほうでの私服である。

 ちなみに、私服姿のエレナの姿を公開したことはないので、今の写真は完全にプライベートな写真扱いだ。

「よーじが最近妙にかまかけてくるから、なんか気づいたかなぁとは思ってたんだよね」

 それで、これが答え合わせと、こちらに安心してとウインクが飛んでくる。

 なるほど、エレナが決めたならこちらはこれ以上なにも言うことはない。

 写真の子がどこまで離れたかは知らないけれど、周辺に集音器でも置いてなければまあ問題はないだろう。

 でも遠目でもエレナちゃんに迫られている男っていう構図自体は目立つかもしれない。

「そりゃ気になったからな……でも、どうしてお前こんな」

「好きだから、だけど?」

 目の前にエレナの顔があって、そう言われる気分はどうだろうか。

 下手をすると昔の告白され系のゲームばりだ。

「ああ。よーじくんのことはもちろん好き。でも、この景色とか、その中にいる自分とか。そういうのはもっと好き」

 そして微笑むさまはまるで冬にさく一輪の花のようで。ああ、もう破壊力抜群のヒロイン力である。学校では押さえ込んでいる分、見事に女子成分まるだしなのだ。ルイもやるけど、男子の名前にくん付けするだけでだいぶ印象が変わるのである。

「でもね、そのきっかけはよーじ君がくれたの」

「へぇ。割とロマンチックな話?」

 話が少し別の方向にいったので、おやと思いながら聞いてみる。するとエレナははにかむような笑顔でうんと頷いた。かわいい。

「あのころのボクは本当に毎日がつまらなくて。お父様とのこともあるし、無理矢理あの学校には行っていたけど、友達だって積極的につくれたものでもなかったし、怖かったんだ」

「今にしてみれば、想像もできない」

 誰にでも笑顔を振りまいているエレナの姿ばかりを見ている身としては陰鬱としている姿なんて想像もできない。

「つまらないなら、好きなことすればって、言ってくれたから。それで前から大好きだったこの世界に入ったの」

 もともとは男の娘キャラ大好きで憧れてたのだとエレナは言う。

 弱いヒロイン属性の男の娘も嫌いではないが、なにより見た目が可愛いらしいのにそれでも凛とした強さを持った子に目を奪われた。

 外見のコンプレックスを抱えていた身としては、それは壁を突破するトリガーとなりえたものだったのだ。

「今じゃ、こっちの空気が日常に浸食する感じだね。それでも全然学校とか問題ないし、あっちのほうも」

 一瞬だけ目を伏せたのは、家でのことがあるからだろうか。

 学校は楽しくても、自宅のほうはそうでもないというところなのだろう。

 それを言えば、男子校というところと、御曹司という属性と、男の娘という三つはほどよくまざってバランスが取れているらしい。

「ボクが明るくなれたのは、よーじくんのおかげ。もちろんルイちゃんが引っ張ってくれた部分もおっきいけどね」

 エレナはよーじくんの目を見つめるように、自然と上目づかいになって言った。

「踏み出す勇気をくれて、ありがとう」

 にこりと微笑むエレナの姿は、心底幸せそうで。

 二人の間になんだか他の人が入れこめなさそうな空気がながれた。

「それと……こんなボクだけどこれからも友達でいてくれる?」

 けれどもそこで突然、心細そうな、伏せた表情がでる。その落差は激しくて一瞬心臓がとくとなったかのようだった。

「もちろんだ。なんなら彼氏になってやってもいいぞ?」

「うれしいっ」

 わしりと、エレナが軽い身体をよーじくんに預ける。

 あれ。なんかこの展開って。えと、どっちなんだ? 二人で付き合っちゃったりとかしちゃうんですか?

 ルイはその光景を見ながら、少し心拍数があがるのを感じていた。

 エレナの表情が、なんというかすさまじくいいのだ。

 普段なら連写するはずなのに、撮れたのは一枚の絵だけ。

 ドキドキするようなつやっぽい笑顔だ。今までのエレナとくらべると、少女から脱皮したようなそんな感じだろうか。

「ルイったら、ちょっと取り残されたみたいな顔してるよ?」

「ふえ? べ、別にそんなの全然……でも、さくらはさっきの顔、撮った?」

「まさか。見入っちゃったよ。ルイは一枚撮ってたみたいだけど」

「なんとかね。エレナが嫌っていえば消すけど」

 いい顔してたから、記念にね、といってやると、さすがはルイ先生ですねーとさくらが愚痴った。

「そういや、エレナがその……あれだってことなら、まさかルイさんも……?」

「それは内緒かな?」

 エレナにくすりと問いかけられて、ふむと腕を前にくむ。

「感じたままを受け取ればいいのです」

「そうそう奇跡クラスの男の娘がいてたまりますか」

 さくらも事実を知りながらそれでも言葉をかぶせる。

 嘘はついていない。そうそうこのクオリティの男の娘が転がっていないのは事実だし、感じたままを受け取れというのも正しいことだ。

「ま。どっちでもいいことか。俺はエレナが週末なにをやって、あんなに明るくなったのか知りたかっただけだから」

 これからもよろしくなっと手を差し出してくるので、それをこちらこそっと両手で握り返す。思ってたよりも大きい手で少し驚く。男同士で手を繋ぐことがないから普段あまり気にならないのだけれど、もしかしたらルイの手は標準的な男子のそれよりも小さいのかもしれない。それはそれで別段カメラの操作に支障はないからいいのだけれど。

「あー、それと確認しとくけど。お二人はおつきあいする方向なので?」

 先ほどまで座っていたテーブルにみんなで集まって一息いれてから、念のために確認をしておく。さすがに言葉が少なすぎて、二人の心意が伝わってるようには感じられなかったのだ。

「友達で居てくれるってだけで嬉しいけど、付き合ってくれるっていうなら、恋人未満みたいな感じで、いろいろ遊べたら楽しいなぁって」

 事情をしって味方になってくれる人が居てくれるのは心強いしと、彼女は言った。

 今の気持ちが恋愛感情なのかはわからないけれど、それでも彼の言葉にとことんほっとしたのだと言う。

「なら俺も、コスプレデビューしようかな。女装で」

 一緒に遊ぶというところから発想したのだろうか、よーじくんが割と無茶な提案を苦笑まじりにしてきた。

「ちょ……」

「冗談だよ。リンのこともあるし、俺にはきっと無理だろうし。見てるだけでそれでいい」

 エレナがおどろいたように腰をあげてそのままぺたりとへたりこんだ。彼氏が女装というのは抵抗があるらしい。自分がするのはいいのになんということだろう。

「でも、せっかくだから今の二人は撮らせてもらいますよ」

 カップル成立記念ってことでね といたずらっぽく笑って見せると、エレナが今になってはずかしそうにいうのだった。

「コスプレじゃない写真を撮られるのははずかしいのー」

 そんな照れた顔もすさまじく愛らしくて。まったく底が知れない男の娘だなと思いながらシャッターをきった。

孤立してる状態で身近に味方ができるというのは、なんともいえない安心感がうまれますね。それが恋なのかは今ださだまりませぬが、二人の関係を生暖かく見守っていただけたらなによりです。

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