503.動画流出と対応3
「やっぱり、ルイさんはそちらの格好の方が落ち着きますね」
「今回ばかりはマネさんの意見に全面同意」
「えぇー、さっきの男の娘っぽさ強めも良かったけどなぁ」
さて。
現状把握が終わったら、状況打開のための話し合い。
かと思いきや、そこに待ったの声がかかったのは、まあ、なんだ。
数人から、男装のルイさんはちょっと違和感がある、というような声が上がったからだった。
崎ちゃんをちらっと見たけど、どうせ今日はサポート役ですよと言わんばかりに肩を竦めただけだった。
そんなわけで、エレナさんに誘導されて着替えてきたわけだけど。
「……どうしてあたしまでメイド服……」
っていうか、そもそもこの服、男の娘じゃないじゃんと思い切り着替えるときにつっこんだけど、エレナったら、お嬢様には似合うかと思いまして、としれっといいやがったのです。
おまけに他のだとドレス系になりますとまで言われてはこれを着ないわけにもいかなかった。
エレナの服だと正直ちょっと小さいので、借りるとなると裾が短いのを覚悟でワンピース系にするか、あとはママさんの遺品からというようなことになる。
そしてそれはたいていドレス路線というわけで……
「メイドさん……うっ。不謹慎ではあるものの、やっぱルイさんはスカートの方がいいっ!」
ぐっと、蚕が親指をたてていい顔をしていた。
あのね、蚕くん。今、君たちがやらかしたことの後始末というか、収拾をつけようとしているところなのですよ。そこらへんわかっているんですかね。
「はい。ではそのかわいい姿を守るためにも、会議を再開します。これから話し合う議題は、では、先ほど確認した事実をファンに告知するかどうか、です」
ちらりと事件を今日詳しく知った人々にマネージャーは視線を向ける。
着替えの時間もあったので、少し考えることはできているだろうという読みなのだろう。
「分の悪い賭になるだろうね」
ふむ、とエレナパパは、内容を噛みしめながら、重い声を上げた。
それにはエレナも同意のようで、口をはさむようなこともない。
「では、なぜそうなるか、虹はどう思う?」
「うぇっ、そこで僕か」
リーダーだからなのだろうか。マネージャーは話をHAOTOメンバーに振っていく。
たしかに、おじさまだけがひたすら喋ってしまうよりは、この方がいいのだろう。
「ええと、さきほどの話をしたときの、聞き手の感想として想像できるのは、事実を受け入れて、納得してくれて変わらず僕達のことを応援してくれつつ、ルイちゃんのこともただの不運な被害者として同情してくれるっていう、夢想が一つ」
「あー、まあ、夢想だよなぁそれ。ぜってぇそんなことにならねーじゃん」
蚕がリーダーの説に文句をつける。
一番幸せな結末だけれど、どうやらみなさんそれにはならないという意見らしい。
「どうして夢想だと思います?」
今度は翅にマネージャーが声をかける。
「そりゃあ、俺達のファンにとっちゃ、その説明を受け入れられないから、だろ。真偽のほどより、信じられるか、信じたいかどうかってのが先にくるからな」
どう考えても、ルイちゃんみたいな可愛い子が、俺達の心をがっちりホールドしただけだろうに! と翅は物憂げな顔を浮かべて見せるものの、まあこちらとしてはどきりともしはしない。
「そう。人は信じたくないものは信じない傾向にある。それで今回の不祥事発覚は、少々特殊でしてね。なんせ三年も前の話。そして今HAOTOは蠢の問題を解決した上でも人気上昇中。どうみてもあのHAOTOが、こんなことするはずがない、って誰しもが考える」
じゃあ、この映像を見て、どんなストーリーを人は考えるかな? とマネージャーが蠢に話を振る。
いや、マネージャーはそういうけど、ルイのファンだとかレイヤーさんとかは、ルイさんがあんなことをやるなんて、HAOTOにはめられたと普通に思うと思うんだけど。まあ、今は大人しく話を聞くことにしよう。
「誰かが作為的に俺達を貶めようとしている陰謀説とか、あとは純粋にルイの売名行為、とか」
「ああいうので売名はしたくないのですが……」
蠢の言葉に、たはぁと言いながらルイは頭を抱えた。
当然の話だ。ルイは写真家であって、芸能人になりたいわけではない。欠片も。
むしろ、写真を見てもらって、ああこれはルイの作品だねって言われるのが将来的な希望である。もちろん木戸の、でもいいのだが。
「一般的な女の子の感覚っていったら、自分が脚光浴びたいものなんだよ。女の子は誰しも主人公ってね」
自分の作品がすべてっていう人も中にはいるだろうけど、目立ちたい女の子のほうが実際多いんじゃないの? と蚕くんが言った。
「そして、人の想像力なんてのは、自分を基準にしてそこから伸びるから。自分がそう思うなら、きっと多くの人がそう思うはず、なんて決めつける」
それに、そのストーリーはよくありそうな話だしね、と虹さんが言葉を続ける。
「というか、ルイさんはそれだけ綺麗にしているのに、自分にはスポットあたらなくて良いというのが私には理解ができません」
これを機にデビューとかしてみませんか? とマネージャーが問いかけてくる。
ううむ。まだこの人デビューの話、諦めていないのか。
「お断りです。それにお化粧関連は、自分が見て可愛いなって思いたいだけなんで、人に見せるためじゃないですし」
あくまでも、被写体を萎縮させないための手段の一つです、ときっぱり答えると、マネージャーは、はて? と困惑したような顔になった。
まさに、何いってんのこいつ、状態である。
「今はルイのことなんてどうでもいいじゃない? それより、ほら、本題に戻って」
ちょっと脱線してしまったところを崎ちゃんが修正してくれた。
いちおう、現状で動画の再生回数はすごいことになっているし、現在進行形で炎上は広がっているのである。
さっさと方向性つけて、動けというのが彼女の言い分だろう。
それこそ、メイド服なんて着てる余裕なんてないだろうなんて言いたそうである。
「それで、マネージャーさんは今回の件の落としどころ、考えてきたんですか?」
「ええ。普通にごめんなさいをしても、ルイさんが一方的に悪者扱いされそうですし、それに庇えば庇うほど、嫉妬の炎は強くなってしまうものです」
あたしたちのHAOTOにあの馬の骨めー、という具合に、と彼は身振り手振りを交えながら大げさに言った。
実際、客観的にこの状況を見てしまえば、それこそ、なにその乙女ゲー、という単語がそのままはまるような状況だ。
女装潜入ゲームの再現は以前やったけれど、まるでゲームみたいな展開というのは起こるもんだなぁと、しみじみ思ってしまう。
「ネックとなるのは、ルイさんが一般女性だ、という点にあります。どうして自分じゃ無くてあいつなんだ、って思いますからね」
「……ええ。そうでしょうとも。だから去年はあんな写真を撮ってサービスしたんですから」
HAOTOは人気グループだ。昔からそうだったけれど、ここのところは上手く蠢の件を乗り切ったのもあって、かなりの人が興味を持っている。
そんな人達と仲良くできる一般人。
だから、去年はみんなにお裾分けという形で写真を提供させてもらった。
あれはかなりの評判で、かなりの人数がダウンロードしていったものだ。
「だったら、簡単です。ルイさん。芸能人になってしまいましょう」
ほら、ギョーカイジン同士なら問題なし、とマネージャーはにっこり笑顔でそう言い切った。
あの……その話は再三お断り申し上げているわけなのですが。
「いえいえ、さすがに今、すぐにデビューしてくれとはいいません。ただ、そうですね、あの動画は練習で撮ったものだ、という形に持っていきたいのです」
無関係な一般人、から、関係者にランクアップさせるのが目的です、と彼は言った。それも、大衆の意識の中で、だ。
事実としては、すでにルイはHAOTOのメンバーと懇意にしているし、関係者といってしまっても差し支えないくらいの交流はしていると思う。
うん。関係者って言って良いくらいの迷惑もかけられてると思う。
「具体的にはどうするつもりなんです?」
あんまり、変な話だとお断りしますよ? というと、彼はバッグから何かをとりだしてテーブルに置いた。
「蠢との幼なじみ設定と、そこからの交遊の話を使わせてください。その結果、ちょっと情熱的なドラマの練習をしていた、という形に落とし込みたいのです」
彼がこちらにすいと差し出してきたその冊子には、『午後の媚薬、少女は大人の階段を蹴り飛ばす(仮)』というタイトルが載っていた。長いタイトルである。
「なんか、18禁の動画風なタイトルですね……」
ま、あんまりその手のは詳しくないですけど、とルイは渡されたその冊子をぱらぱらめくる。
「これ……」
「はい。お茶を飲むところや、その後のやりとり、決まった台詞と、ト書きと。動画から書き起こしてなんとか完成したのがついさっきです」
それは、ドラマの脚本のようなつくりをしているものだった。
キャラクターの名前と、台詞と動きが書かれてる。
その本は実に良く出来ていて、細かいところにいろいろな配慮が成されている。
たとえば、アドリブという表記の入れ方だ。
すでに作品はできているので、そこから台詞を拾って表記してしまえばいいだろうと思ってしまいがちだけど、ちょっと突拍子のない台詞が飛び出たところは、アドリブ扱いになっていた。
例の、息子さんを誘拐するあの台詞も、アドリブになっているのだから恐ろしい。
いちおう、ト書きで翅の身体に触って、この窮地を脱出するとかは書いてあるんだけどね。
これならたしかに、この本を元にあの動画が作られたと考えても違和感はないように思う。
「あの映像そのものを、演技の練習動画だ、と説明してしまえという方向性は、いいと思います、が……どうして、あんなのを突然やろうとしたか、ってのは、疑問じゃありませんか?」
恋愛禁止の硬派系アイドルグループなんだから、こんなの撮ってちゃダメじゃないですか、というと、そこは言いようですよと、彼はふふんと余裕の笑みを浮かべた。
「ちょうど、ドラマで恋愛ものなんかもぼちぼち取っていった頃ですからね。けれど当時のHAOTOは恋愛禁止グループです。女性に免疫のない彼らをどうするか、と当時の私はどうも、頭を悩ませたらしい」
「でも、恋愛経験あるとかなんとか、メンバーから以前聞いた覚えありますけど」
恋愛禁止グループではあるけど、別に初心なわけじゃない、みたいなことを言われた記憶はある。まあ、世間の人は恋愛禁止の話しか知らないのだろうけど。
「おや、私の知らないところで、そのようなことが……これはゆゆしき自体だ」
「って、マネさん。今は俺はルイちゃんにゾッコンなの。昔の話むしかえさないでくんないかな」
そんなことよりも、変な演技してないで話つづけようぜ、と翅は不機嫌そうに言った。
ふむ。別に君が誰と付き合っていようと、別にどうでもいい話なのだけれどもね。
「さて、それでいきなり本番、というよりは、蠢の幼なじみであり、珠理ちゃんの友人でもある、朴念仁のルイさんに相手役をしてもらって、練習をしようとしてできたのが、この動画なわけです」
練習だから、あえて台本も私が作ったという設定にしてあります、と彼は言った。
「若干無茶があるような気はしますが……」
「いや、でも演技でなら、仕方ないと思ってくれる人達もいると思いますし、あんな破廉恥なことをするルイさんったら、なんてびっちなんだろうって言ってる声も減ると思いますが」
いかがですかね? とマネージャーが問いかけると、その会場にいる皆は、ううむとぱらぱら台本をめくりながら、どこかに穴がないか考え始めた。
どうしても会議の場面って、事情説明になっちゃうのであんまりドラマがありませんね。
けれども、仕込み側と周りの反応の対比みたいなのかいてきたいので、さぁこの案がファンのみなさんにどう受け止められるのか、は後日ということで。
次話では、こちらでできる対応が他にないか+雑談という感じで、進みます。
そして世間の反応編ということで。




