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500.健康診断と動画流出

さぁナンバリング500までまいりました。まさかこのお話が500とは……

「おぉ、これはケイ氏ではござらぬか。今日は健康診断でござったな」

「おはようございます、長谷川せんせ。三月の不摂生がどーでるのやらって感じですかね」

 体重増えてないといいなぁ、と言うと、長谷川先生はそんな心配はまったくなさそうでござるな、とお腹周りを凝視してきた。


 ルイ状態ならその視線に反応もしようものだけれど、いまは男子学生状態なのでそれも気にはならない。


「拙者の方が、最近の不摂生が気になるところでござるよ」

「カップ麺から、お弁当にすればいいんじゃないですか? 野菜中心の自家製弁当とか」

「そこで、嫁さんもらえーって話にならないのがさすが木戸氏にござる」

 同僚と話をすると、たいていそっちになるのは、ジェネレーションギャップというものでござるかな、と長谷川先生は腕を組みながらうむぅとため息を漏らした。


「まあ、その話してもいいですけど、三次元より断然二次元、なわけでしょ?」

「そりゃあ否定しようがない事実。二次元の女の子はまじで、僕の嫁」

「二次元の女の子は料理作ってくれないですけどね」

 ただ、画面の向こうから笑顔を振りまいてくれるだけです、というと、お? と長谷川先生はなにかをひらめいたようだった。


「たとえば、二次元の男の娘が調理の仕方を指示だししてくれるアプリとかあったら、拙者ほいほい課金するでござるよ」

「うわぁ、レシピってよりは動作手順まで、逐一教えてくれる系ですか。フライパン用意できた? お兄ちゃん、とか言われちゃうんですか?」

「うごっ。その、お兄ちゃん、もう一度! もうちょっと高めな声でプリーズ」

 うわぁ、女子学生じゃ絶対言ってくれないその台詞を安易に言ってしまえるケイ氏に憧れるぅ! と長谷川先生は身体をくねくねさせてもだえ始めた。


「やりませんって。っていうか、男の娘が料理しているのがいいって先生も思う派ですか?」

 もー、ほんと俺もそう思うんですけど、志鶴先輩ったら料理は絶対やらんとかいうんですよ、とこちらもため息を漏らす。


「んー、エレナたんとかが料理してる動画とかが出回ったら、課金してでも見たいお」

 コス姿ももちろんいいけど、エプロン姿とか見てみたいし……と先生は、中空に視線を向けた。

 どうやらその姿を想像しているらしい。


 いちおう、エレナさんのエプロン姿は木戸家のブルーレイの中に収められていたりするのだけれど、さすがにそれを持ってくるわけにはいかない。

 あれはおいそれと見せられるものでもないのである。


「じゃあ、先生はあれですね。ゲーム製作を始めるしかないですね。シナリオは先生が作ってあとは理系の講師さんとか捕まえて」

「絵をかける人も募集でござるな。あとは調理の手順にござる……おぉっ、なにげにこれをやることで、オタクが料理得意になるという未来が見える……っ」

 ふおっ、なんか拙者世界を変えられる気になったでござると長谷川先生は、ぐっと拳を握った。

 あれ、案外本気?


「あとは、あれでござる。ボイスアクターとして、ケイ氏が、美味しく出来たらボクにも食べさせて欲しいな、とか言ってくれたらばっちりでござる」

「いいませんて。それに男の娘設定で、リアル男の娘を使う意味があんまりないようにも思いますし」

 どーせ女装キャラは少年声が出せる女性声優さんがやるんですよーだ、というと、そうにござるよなぁと彼もテンションを少し下げた。

 三次元がどうのと言っていたのに、そこを残念がるのはなんというか。

 これが二.五次元というものか。


「でも、今回は料理って話だけど、今は声をかけると家電の設定やってくれたりするのもあるし、フィギュアの中に音源を入れて、いってらっしゃいおにーちゃんとか、一人暮らしでもすばらしいオタライフが満喫できるんじゃないかと思われ……」

「それ、泥棒が入ったらびびりそうですね。あれ、お兄ちゃんじゃない……宅配の人ですか? とか声かけちゃったりして」

「AIってよりは、顔認識センサーとかつけての判別になりそうだけど、夢があるでござる」

 仮想彼女で、もー拙者大満足にござるよ……と、長谷川先生はちょっと遠い目をした。

 

「っと。まあ料理アプリはがんばってもらうとして、俺はそろそろ健康増進センターにいかないとなんで」

 待ち合わせもしてるんですよ、とタブレットがTODOのバイブを鳴らしてくれたのを感じて話を切り出す。

 今日は、赤城とも一緒だけれど特筆するのは清水くんも一緒だということだ。

 彼もだいぶ治療の効果がでているようで、胸のオペも終わったし堂々と検診を受けられるという状態になったのである。


「おぅ、引き留めて悪かったでござる。ぱぱっと検査を受けてくるといいでござるよ」

 今度アプリの話はじっくり話すでござるといいながら、長谷川先生は研究室に向かっていった。

 適当に話した料理アプリの話だったわけだけど、なぜか乗り気である。

 

「っと、さっさと健康診断いかねば」

 そんな長谷川先生を見送りながら、木戸は健康増進センターに向かって歩き始めたのだった。


 


「今回はX線も問題なし、かぁ。二年の進歩が感じられてとてもいいね」

「って、さすがに三回目なら僕だって慣れるって」

 胸のレントゲンを撮って終わって、外で一番最後の清水くんと合流。

 車の後ろにつけられたタラップを余裕で降りてくる彼を見ながら、思わずうんうんと腕組みをしながらそんな感想を木戸は述べた。


 ちなみに、三人での順番は赤城が一番最初。

 前の人タイプだといいな、とか、沙紀矢くんはいないのかな!? とかキョロキョロしていたけれど、残念ながらここはそういう場所ではない。


「で、前の順番の人は、好みだったのか?」

「いや、まったくだな。男なら誰でもいいってわけじゃないし」

 好みくらいはある、と赤城は少しだけがっかりしたような顔を浮かべた。

 こいつは未だに、沙紀矢くんの従兄弟に焦がれているわけだけど、それとは別に出会いを探すのにも抜かりはないらしい。


「つーか、木戸の身体見ても、男っぽさが足りなくてなぁ。相変わらず華奢で衝撃だよ」

 ほんとに飯食ってるのか心配になるぞ、と赤城は苦笑を浮かべた。

 いちおう、赤城と入れ違いで部屋に入ったので、上半身を脱いでる状態をお互いに見せているのである。もちろん恥ずかしがる必要などまったくもってない。


「飯は食べてるし、身長はとまっとるよ。筋肉は……ないではないけど、腕はこんなもんだ」

 我ながら腕は細いかなとは思うけれど、しっかりとカメラがホールドできればそれでいいやという思いもある。


「それより清水くん。もうそろそろ撮られてもいい気分になってたりしない?」

 ほれ、どうよ? と指でフレームをつくりながら問いかける。

 いちおう健康診断が行われる会場なので、今の木戸はカメラを持っていない。

 なので、これだけしかできないのだ。

 できれば早めにカメラを手元に回収しておきたいなぁと思いつつ、検査項目終了なので、書類を提出してセンターの外に出た。


 外にはこれから検査を受けるのであろう人達が集まってきている。

 時間内にくればいいので、スタートの時間を外してくる、という人もそれなりにいるようだった。

 

「もうちょっと、かな。変化してる感はあるけど、ちょっとカメラは苦手」

「となると、いろいろと言葉ぶつけていって、リラックスさせるしかないか」

 苦手意識持ってる相手をその気にさせるのも、仕事のうちだね、と言うと、二人には変な顔を向けられてしまった。

 どうしてそんな反応なのだろうか。


「いや、なんつーの? お前がカメラ好きなのは知ってるけど、それってプロみたいな感じつーか、お前のスタイルとちがくね?」

「えええぇ。どういう風に俺の撮影を捉えてるのさ……」

 いちおうこれでもプロとしての仕事はしてるんだけどなぁ……おおむねルイが、だけど。


「気の向くまま思うままにひたすら撮りまくるみたいな感じ?」

「うん。あんまり人を撮るってよりは、自然なのを撮るみたいな」

 だから、モデルを用意して撮るみたいなのは、やってないんだとばかりと二人は言い合っていた。


「た、たしかにそりゃ、モデルを雇ってっていうのはあんまり普段してないけど、それでも声かけて表情和らげるとかは普通にやってるつもりなんだけどな」

 ああ、でも学校だとスナップか、とあごに手をあててちょっと振り返った。

 ううむ。ならば今年の目標はちょっとそこらへんにしてみよう。

 ルイとしてなら、さっくりできてる技術の一つということで。


「でも、木戸よう。カメラにドハマリもいいけど、そろそろ就職とかも考えないといけないんじゃね?」

 ほら、これでもう俺達も三年なわけだしさ、と赤城が珍しくまともなことを言った。

 合コンとかやって楽しくやろうぜ! とか言っていたのが嘘のようである。


「あー、インターンシップとか? 会社の目星はつけておかなきゃだよね……」

 まあ、僕の場合はちょっといろんな意味で大丈夫なのかなとか思うけど、とちょっと清水くんの顔が曇る。


「知り合いのFTMさんは建築系だったな。手に職持ってる方がいいんだろうけど……あとは外資とかはあんまり偏見ないって聞くけど」

 そこらへんは、この学校、専門家がいるんだから相談してみればいいんじゃないかな? と、ちらりと検診に従事しているであろうねーさんのいる建物の方に視線を向けた。


「専門っていっても、就職前はどうなんだろ……」

「まあ、俺から見た感じだと別に清水は問題ないと思うけどな。そりゃ戸籍の性別との食い違いってので、インパクトあるだろうけど、上手く説明さえできてきちんと働けるのを見せればいいんじゃね?」

 つーか、それで仕事に制限くらうのはやだなぁと、赤城は肩を竦めた。

 おそらく自分の性癖のこともあって言っているのだろうけど、むしろ赤城のほうが仕事探しは楽だと思う。結婚してないと一人前じゃないっていうのはあるんだろうけど、結婚してないからゲイだ、という風にはならないように思うし。

 そもそも、それはプライベートなのだから、あえてカミングアウトしなくてもいいんじゃないかなとも思う。


「そのためのインターンシップ、かぁ。でもいまいち会社が絞れないんだよね」

 正直、身体を変えるほうに意識いっちゃって、将来の生活とかあんまり考えて無くて、と清水くんはどうしよう、と悩みこんでいるようだった。


「自分の興味と、働きやすさと、そういうの見に行くためにもインターンシップすればいいんじゃない? 何社か受けようと思えば受けられるんだし」

「って、木戸はどうすんだよ。やっぱカメラ関係?」

 こいつの将来が一番危うい気がすると、赤城は失礼なことを言い出した。

 いちおう、こちらはもう内定が決まってるどころか働き始めてるんですからね。


 ルイとしてだけど。


「ま、カメラ関係だな。今は技術水準を高めて通用する、需要のあるカメラマンになることを目指すって感じ」

「カメラっつっても仕事いろいろあるんだろ?」

「まー、フォトスタジオから、出版系での写真撮ったりもあるしいろいろあるけど」

 なんでも写真撮れるのがいいなぁと言うと、ぶれなくて羨ましいことで、と赤城に言われた。


 でも、カメラが扱えないお仕事ってのはさすがに選択肢に入れたくないし。

 いろいろこれ絡みでやっていけたらいいなと思う。


「それでそんな木戸くんは今日はこの後撮影に入るの?」

「いちおうそのつもりではいる。清水くんがモデルになってくれるなら、中庭あたりでばしばし撮っちゃうけど」

 さぁどうかね? と再びフォトフレームを作ってびしっと這い寄ると、駄目だからねと、ふんわりかさわれてしまった。


 こりゃちょっと、じっくり日々から声をかけていかねばあかんなぁと思いつつ、さぁカメラ回収して撮影を始めるぞと思った時だった。


「あっ! 木戸くんやっといた!」

「携帯に連絡してもでないし。探したんだからね!」

 軽く息を早めている女子二人が眼の前にいた。

 久しぶりに大学で会う磯辺さんと田辺さんである。

 学部が違う関係で、ちょっと学内ですれ違うことくらいはあっても、最近はあまりじっくりと話をしたりというのは無かったので、ちょっと新鮮だった。


「っと、携帯……あ。昨日充電忘れてたや……」

 ほぼルイとしての連絡手段であるタブレットの方はかっちり充電しているのだが、残念ながらガラケーの方は充電をし忘れていたらしい。

 こちらはこちらで、佐伯さんとかから電話も来るし、今日のは本当に偶然としかいえないのだけど。


「よりにもよって今日みたいな日にそれとは……」

 磯辺さんが、呆れてものもいえないという様子でこめかみのあたりを抑えた。

 えっと、なにかあったのだろうか。


「えっとね、木戸くん! あのね。その……この動画、見て欲しくて」

 田辺さんは困惑した様子でこちらに向き合いながら、スマホを横向きにしてこちらに向けてくれる。

 その動画は、十分にもわたるものだったのだが、正直、最初の数秒を見ただけでそれがなんなのか、わかってしまった。


「ちょっ、これ……ルイさんじゃん」

「うわ、なんか……HAOTOのメンバー? 結構若いけど」

 おぉ、となにが始まるのか、男子二人のほうは興味津々である。


「……ええと、田辺さんはどうしてこれを俺に持ってきた?」

「動画見て、志保にどうしようってあわあわ相談したら、木戸くんに話を聞こうってことになって。ええと、でもなんで木戸くんなんだろ?」

 あれ? あれー? と田辺さんは自分がなぜここに来させられたのかわかっていないようだった。

 それくらい、この画像には衝撃を受けたといったところだろう。


「って、なんかおい。このルイさんなんか……これ、盛られてる? 表情おかしいだろ」

 ああ、でも、なんかエロイな、と赤城まで言い始めている。

 あの、赤城が、である。でも、女子二人がいるからブラフも入っているのかな。


「うわわ……こんな大胆なことする子だったんだ……」

「お前の息子は預かった! とか、俺も言ってみたい」

 赤城たちが何か言っているか、いまいち耳に入ってこなかった。


「ちょ、木戸くん? 大丈夫?」

 思わず、すとんとひざから力が抜けた。

 そしてそのまま四つん這い、まさにorzの格好になってしまって、磯辺さんが心配そうな声をかけてくれた。


「終わった……俺の春が、終わった……」

 それは、まださくらがちらちら咲き始める時期のこと。

 けれども、これから起こるであろう騒動を思えば、もう。

 今年の春は、終わってしまったようなものなのだった。


前半まったり最後で、ねえさん、事件です。

健康診断とか将来の話をしていても、迫り来る荒波というものがあるというわけで。

男の娘が動画でレシピ教えてくれるアプリとかは、突発で「欲しいなそれ!」なんて感じでつい。


さあ次話からは対策を練っていきますが、今回のはものがものだけに……ちょっと長期戦にはなる予定です。ただ、男バージョンが今回はフリーなので。その点は避難場所かなぁと。

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