496.特撮研は卒業旅行にいくそうです8
遅くなって申し訳なく。どうにもプロットだけは早めにできたのですが……
「ん? あれ……なんでいきなりこの猫……」
タブレットのアラームが枕元でなったのを止めて、目をあけるといきなり眼の前にでぶな猫の姿が現れた。
どうにもぎゅむっとしていたらしく、そのちょっととぼけた顔はへっこんでいる。
しかし。
「これ、時宗先輩のだよね……」
んぅ、と軽く目をこすりながら、そいつの頭を軽くぽふりと撫でる。
あたりはまだ暗いものの、それでも部屋の中を照らしている小さな豆電球のおかげで、状態は把握できた。
枕元にある眼鏡を手探りでひっつかむとすぐに装着。
いったい、この子はいつ迷い込んできたのだろうと思いながらもきょろきょろと、起き上がって周りを見渡した。
「二人とも寝てる……か」
昨晩は山の写真の品評会をしながら宴会になって、そして一足先に木戸は寝かせてもらった。
二人はまだまだ飲み足りないとかいって、お酒を飲んでいたけれど、そこはもちろん早起きをする必要があるから、それに付き合うわけにはいかなかったのである。
さすがに木戸とて寝るときは眼鏡を外す。
先に寝ますよといって、布団をかぶりはしたものの……
「まあ細目すれば大丈夫なんだし、目をつむってれば大丈夫、なのかな」
さて、このふっくら猫さんを持たせたのは時宗先輩なのだろうけど、そうなると彼らに思い切り寝顔を見られていることになる。
寝付くまでは特別気配も感じなかったから、きっと夜中にでも起きたときに仕込んだのだろう。
ぶにぶにした感触はとても心地よくて、抱き枕としても最高品質といった感じである。
「幸せそうに眠ってからに」
とりあえず猫さんは先輩にお返ししておく。
枕元にぬいぐるみがいる男子大学生の寝姿。
うん。一枚撮っておこうじゃないか。
「馨ー、おでかけするの?」
「せっかくの山ですからね。朝日とか撮りに行きます」
ま、ついさっきは朝日たんを撮ってましたが! と、ぽーっとしながらこちらに声をかけてくる志鶴先輩に答える。
「気をつけてね。まだ暗いだろうし」
「この季節の山の撮影は慣れてますから」
あんまり無理はしません、と言うとおやすみーといいながら志鶴先輩は崩れ落ちた。まだ寝足りないようである。
「いちおう昨日ルートは確認してあるし、さすがに危ない道には入りませんってば」
さてと、行きますか。
身支度をととのえた木戸は、カメラを片手に外に出たのだった。
さて、志鶴先輩には暗い道を気をつけてねと言われたけれど。
まあ人里離れた山の中である。
電灯の類いはないし、それこそうっそうと茂る山道という感じなわけで、こんな時間に徒歩で移動をするのは、危ないに違いない。
とはいえ、さすがに木戸とて獣道を歩くつもりなどさらさらないし、道自体は整えられているので、そこを通って目的地までの道を進んでいく。
あたりは驚くほどに静かで、時々鳥の声と木々のざわめきが聞こえる程度。
時間が少し経って、まだ出てこない朝日の恩恵があたりを少し明るくしてくれると、移動もだいぶ楽になった。
「でも、なおさら急がないとかな」
昨日の撮影で、これは撮りたい! と思ったスポットを見つけた。
旅行先での木戸の楽しみの一つであるその時間の撮影。
それに間に合わないのはさすがに悔しい。
そして到着したその先は、昨日話が出ていた滝の前。
みんながあんまり興味無いよーといっていたものが眼の前にある。
確かに、いわゆる名瀑布と呼ばれるようなインパクトがあるところではないけれど、これはこれでしっかりと滝という感じなところだ。正直前に姉様達といった所よりもしっかりしていると思う。
それが上手く入るようにしつつ、そろそろ明らみ始めている山々の方に向ける。
山の景色。もちろんここはででんとお山が一つある、なんていうことはなくて、周りも山岳風景というやつである。
「三脚の準備もOK。これで、あとは時間がくるまで待つばかりだね」
さてと、せっかくポジションも決まったので、あとは時間が経つのをまつばかりだ。
「ちょっと、暇、かな」
設置したカメラをぐりぐり動かすわけにはいかないので、ここは我慢だ。
こういうときはコンデジをいじればいいんじゃないの? って話なのだけど、なんていうかこう。
あんまりコンデジで景色を撮ろうっていう気にならないというか。
もちろん、すぐ撮りたくて! みたいなときはコンデジって時もあるのだけど、今のこれは、あえてコンデジで撮ろうって気にはならなかったんだよね。
「って、内心が少しルイ寄りになるわけなのだが……」
ここは一人だ。
そして自然の景色がいっぱいっていう環境では、自然とルイの感覚が浮かんでくるのは仕方ない所もあるのだろう。
けれど、ここのところの木戸の目標は、ルイとしてでなくても、いい絵を撮る。だ。
ルイをやめたいとかっていう気は、これっぽっちもない。
あっちでのつながりもいっぱいあるし、それはそれで楽しいものだ。
ただ、女装して無くても、あのクオリティの写真を撮りたいと思っても、不思議はないと思う。
「でも、テンションが上がるのはしょうがないかな」
指でフレームを作りながら周りの景色をじっくりと観察する。
少しずつ明るくなっていく中で、深い緑の色がそこにあった。
「そろそろ、かな」
よしと、光が上がってくる直前に一枚。
そして、その後。太陽が稜線を照らし出したところを一枚抑えた。
しかも、その光はしっかりと滝にもあたって、驚くほどにきらきらと輝いていた。
これはかなり良いものが撮れたと、にんまりしたその時である。
「そんな顔もしちゃうんだね」
カシャリとカメラのシャッター音が鳴ったかと思うと、不意に声が聞こえた。
「桐葉先輩?」
「そうでーす。ふらふらと合宿所から出て行く影が見えたから、あとを追ってみた次第で」
さすがに良い場所を見つけたもんだね、と彼女は周りの景色をみながらカメラを向けた。
どちらかというと、まとめ役をやっていた印象の方が強いけれど、彼女だってカメラもきちんと扱える人なのである。
「昨日、滝がどうのーって話は聞いてたんで、道と角度と方角とをチェックしたらいけそうだなってなったんですよ」
話をしながらこちらも滝を中心に今度は撮っていく。
朝日を浴びたこの景色はどうしようもなく美しい。
そもそも、木戸は水の入った景色というものがとても好きなのである。
「そして、会話をしながらもばんばん撮る、かぁ」
さすがはカメラ大好きっこだなぁと、桐葉元会長は優しげな顔を向けてきた。
別にそんなに珍しい事では無いと思うんだけどな。
さくらとは一緒に撮影しながら喋るなんてことはいくらでもあったことだし。
「桐葉先輩は撮らないんですか?」
「んー、風景の写真ってあんまり撮り慣れて無くてね」
いちおうカメラは用意してきたものの、さっぱりだわ、と彼女は照れ笑いを浮かべた。
「最初はみんな慣れないもんですし。いまいち写真を量産していかねば先には進めないですよ」
わほー、と声を上げながらシャッターを切る。
木戸さんはこれでマルチタスクができるほうである。
「それもそっか。じゃあ喋りながら撮影しててもいいかな?」
「いいですよ。じゃんじゃん撮っていきましょう」
気に入ったところとか気になる所をばんばん行きましょう、というと、木戸くんったらこんな人かぁ、と少し驚いたような顔をされてしまった。
いや、風景写真の撮影にならないから、見えなかっただけで本質はこんなもんだ。
「ところで、昨晩はちゃんと眠れたの?」
何枚か撮影が進んだところで、桐葉さんからはそんな質問が飛んできた。
まあ、普通の質問だろうとは思うけれど、少し苦笑混じりなのは、果たしてどういう意味合いなのだろうか。
「お風呂もゆっくり入れましたし、風景写真の鑑賞会やって、そのあと早めに寝ましたよ。先輩達は宴会やってましたけど」
なので、しっかり寝付けました、というと、おぉ、真面目さんだと言われてしまった。
「てっきり、あのメンバーなら木戸くんのことをからかいながら、日付変わるまでひっぱりまわすとかなんだと思ったけど」
っていうか、志鶴は絶対、絡み酒だと思ってたんだけどなぁと、同期入学でもある桐葉元会長からは優しい声が響いた。
呆れてる、というよりは、微笑ましいという感じだ。
「いろいろ話をしたのは確かですが、ちょっと時宗先輩がなんかちょっとおかしくなってて」
「へぇ、それって志鶴に後ろから抱きつかれて、変な気分になっちゃったとかなのかな」
あの子、ときどきそういう無茶するからなぁと言う彼女に、いちおう訂正を加えておく。
「お風呂とかで思いっきり俺と二人で女子トークノリになってたのもいけなかったのかもしれませんね」
まあ、普通に喋っただけなんですけど、というと、そりゃそうかーと、同情的な声が漏れた。誰に対しての同情だろうか。
「にしても、志鶴先輩の変わりようには驚きましたよ」
「だよねぇ。いきなり今日から女装やめますって言い出したときは、お前は頭でも打ったか! って思ったもん」
ま、入学当初は今の格好の方がデフォルトだったんだけどね、と桐葉元会長は懐かしそうな顔を浮かべた。
その顔は一枚しっかり押さえておく。
「しかも彼女のためにとかですからね。でもあれ絶対、いつか結婚しても奥さんに黙って女装したり、女装倶楽部に行ったりしますよ」
「女装倶楽部って?」
いや、結婚しても女装するだろうなとは思うけど、と桐葉先輩はハテナマークを浮かべていた。
あれ。女装倶楽部って一般的じゃない?
「お店でお客が女装を楽しめるお店、って感じです。ま、俺も話を聞いただけで行ったことはないんですけど」
というか、女装するなら別に着替えれば済むだけのことなので、というと、そうだよねぇと、まだまだ桐葉先輩はハテナ顔だ。
あまりにも身近に女装する人がいて感覚がおかしくなってるのかも知れない。
「奥さんに内緒で女装するとか、家族に内緒で女装するとか、会社に内緒で、とかってなると、そういうところになるみたいです。あとは……仲間がいるってのもいいのかも」
俺は普通に、女装してれば女子に混ざれる人ですけど、難しいことも多いのです、と、従兄弟のクロやんのことを思い出しながら言った。
コスプレはOKだけど、外での女装は怖いって言ってたしなぁ。
「なるほどねぇ。そんなところがあるんだ。それって女子も行けたりするの?」
「お店による、としか。あとはぐぐってくださいよ」
俺も詳しくないんで、というと、りょーかいという返事がきた。
わくわくしてるような感じなので、調べて遊びに行くのかも知れない。
「ちなみに、普通の男の娘カフェには行ったことありますよ。春に志鶴先輩男装させて三人で」
「おぉ、一時期話題になったあれかぁ。私も興味はあったんだけど、結局前に話題に出したときは行かなかったんだよねぇ」
もうだいぶ前の話になるけど、と彼女は懐かしそうな声を上げた。
「特撮研の女子連れて行ってみたらどうです?」
今ならみんなほいほいついてくるんじゃ無いですか? と聞くと、んー、と彼女は考え込んだようだった。
「社会人一年目でその余裕があったら、かなぁ。新人教育で精神をすりつぶされ、職場では先輩にいびられる毎日……あぁ、懐かしき学生時代のはつらつさは、いずこに」
よよよ、と演技っぽく嘆く彼女にカメラを向けた。
いちおう仕事を始める上で、不安のようなものはあるらしい。
「余裕がないから、後輩達と気分転換に行くんじゃないですか?」
まあ、いまいち俺も社会人になる、というのがどういう感覚なのかわかりませんが、と答えておく。
ルイとして仕事はしたことはあるけれど、今の所、嫌な仕事という感覚は一切ないので、社会人が大変だ、という感覚がわからないのは確かなのだ。
「あはは。そう言われるとそうかもなぁ。とある漫画とかだと、社会人になっても大学の近くに住んでてしょっちゅうサークルに参加する先輩なんてのもいたし」
ちなみに、そこにはBL好きの女装っこがでてくるよ! と彼女はいい顔を浮かべてくれた。
「アニメにもなったやつですよね。声優さん二人ついて女装の時は完璧に女声っていう」
一人で両方をやって欲しかった! というと、いや普通無理だからと、手をふられてしまった。
くっ、志鶴先輩だって両方だせるし、いけると思うのだけどなぁ。
「そして、戻ってくるといつのまにか、サークルは腐ってるという……」
「そこはもう、ある程度腐ってるからなー。昨日だってこっちの部屋では、蚕×M本が……」
ふふふ、と桐葉先輩は不穏な笑みを浮かべた。
って、やめてっ!
「だ、誰が持ち込んだんですか、そんなもん! いまじゃマイナージャンルで、蚕×Mなんて誰も描いてないってのに」
「もちろんまどかだよ、なるるたんだよ? 絶対に盛り上がるだろう! ってことで、数冊持参してて、みんなでわーって言いながら回し読みました」
さゆみっちは、これが木戸先輩ですか? こんなに男っぽくないのに、とか言ってたけどねーと、彼女は追撃してきた。
……そりゃBLものは、体格とかも男として描くものだから、男同士感が強くなるわけなのだけど。
いや、女装しやすい身体も大切なのだ! 華奢サイコー!
「不健全な女子部屋だ……一人部屋でアニメ持ち込んでた長谷川先生よりも不健全だ……」
「ああ、長谷川先生、シリーズ全部みるでござるーって、なにか持ち込んでたよね、って、うちの部屋だっていちおうちゃんとした話もしたよ?」
不健全だなんて心外な! と彼女は言った。
はいはい、さようですか、と言いながら、木戸はさらに緑を明るくしている木々の景色を撮る。
おっと、鳥さん発見。よしっ、入った。
「いちおう、卒業旅行だしね、ちょっと昔の話とか、思い出話を中心にして、そんなことがあったんですかーなんてノリになったし」
これぞ、卒業旅行の醍醐味ってやつです、と彼女は胸を張った。
なるほど。いちおうちゃんとしてたらしい。
「おお、それは俺もちょっと聞いてみたいですね。昔の特撮研はどんな感じだったのか」
ま、顧問があれなんでなんとなく想像は付きますが、というと、あながち間違いではないけれど、と彼女はちらりと時計を見た。
朝ご飯の予定は七時からだ。
今回の旅行に関しては全面的にご飯の準備は女子メンバーがやってくれることになっているので、ルイさんの出番はない。
まだまだここで話をしながら撮影していても大丈夫だろう。
「じゃ、ちょっと移動しながら話をしましょうか、もともと木戸くんは歩き回るつもりだったでしょ?」
三脚もしまう気まんまんみたいだし、と、すでに固定するのをやめて両手で持っているカメラを見て彼女は言った。
うん。これだけ明かりが入れば、三脚なくても大丈夫なのです。
「それじゃ、ちょっと歩きながら、お話しましょうか」
ちょうどいいハイキング日和ですしね、と周りの景色に視線を向けながらいうと、食前の運動にはもってこいだね、と彼女は明るい顔を浮かべてくれた。
そんなわけで、朝の撮影会となりました。
今回のお供は、あんまり出番の無かった花実たんです。
思えば、一年目はあれだったけど、二年目はあまりからまなかったお方です。
なので、朝二人きりでちょっとお話でもしようという流れで。
次話は、このまま朝散歩の続きとなります。土曜の……朝は無理っぽい。




