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494.特撮研は卒業旅行にいくそうです6

さぁ、お風呂回ですよー! しかしていつも通り、男湯でございます、はい。

 合宿生活一日目。

 さて、お泊まりの時に毎回困るのは「お風呂に入るかどうか」である。

 ちなみに、二日目は、ない。明日は山の散策をしてそのまま地元に戻る形になる。


「で、馨はどうしてそんなに、腕組みなんかしちゃって、うーうー言ってるの?」

 男性用寝室としてとってある部屋で、志鶴先輩から不思議そうな声をかけられた。

「こいつのことだから、どーせ、夜にどんな撮影しようとかそんなことじゃないですかね」

 考え込むなんて、たいていそんなことだと時宗先輩は肩をすくめた。

 いまさら感たっぷりという態度をされてしまったのだけど。


「いや、風呂どうしようかなって思って」

 ここ、共同浴場じゃないですか、というと、ああ、とそこで志鶴先輩は気付いたようだ。


「服と眼鏡がないと男湯に入れない病?」

「いやいやいや、服着て風呂とかそっちのほうが無いでしょう」

「だから、困るんですって。公衆浴場での今までの悲惨体験の数々……くっ、大きいお風呂好きなのに」

 この入りたいのに入れないってのが、毎回悩ましいんですよ! と言うと、時宗先輩は、なに馬鹿なこといってんだよ、と呆れ気味だった。

 

「入ればいいんじゃない? 僕はもちろん時宗だって、男だってわかってる相手にどうこういう思いはないだろうし」

 ほら、素顔のかおたんを僕に見せてご覧と綺麗な顔を近づけてくるわけなのだけど。

 素顔を見せるつもりは元からないよ。たとえ先輩達であってもだ。

 でも、それを差し引いても考えなければいけないことはある。


「先輩達はいいですけど、他のお客さんは? ここって大学の施設ですけど他に泊まってる人とかはいないんですか?」

 がらーんとはしてたようですけど、とご飯の時のことも思い出してこの施設を使っている人達の姿を想像する。

 正直、ここに来るまで管理人さんたちくらいにしか会っていない。

 でも施設全体が貸切なんてことは果たしてあるんだろうか。


「ああ、いちおうあともう一つの団体が泊まってるみたいだけど、お風呂はあっちとやりとりして、お互い貸切にしようかって話はしてるよ。八時から九時まではうちらだけ」

 ま、そこらへんは、あっちも十分配慮してくれてるってわけさ、と志鶴先輩はベッドの上で頬杖をついた。

 なるほど。学校の人にとっては、志鶴先輩が今男装してるからといっても、一緒にお風呂に入るだなんてありえないと考えるわけだ。


「なかなか印象って変わらないものですね」

「まあ、二年くらいずーっと女装してたし、その影響は強いってやつだね」

 あとは、有名税みたいなものかな? といろいろと目立っていたことを自覚した上での発言をしてくれた。健康診断でもひそひそされるのだから、お風呂はなおさらのことである。


「ちなみに俺のことは?」

「馨のことはあまりみんな意識してないかな。しのさん、は割と有名だけど」

 おまえは印象が変わりすぎるんだよ、とおでこをちょんとつつかれてしまった。

 ふむ。なにはともあれそういうことなら、ここにいるメンバーの対策だけできればお風呂に入っていいということにならないだろうか。


 よし。決めた。


「じゃ、俺もお風呂ご一緒させてもらいます。一時間は入れるんですよね?」

「おうおう。急に元気になりやがって。だが、一応言っておくがな。いくらリラックスしたからってとたんにエロイ吐息とか上げるなよ?」

 それ、まじで拷問だからな! と時宗先輩がつばを飛ばしながら言った。必死だ。

 いやいや、リラックスしてもさすがにそんな声は出さないですよ。


「んじゃ、僕がエロイ声でもあげますかね」

「って、先輩も悪のりしないでくださいよ。ってか彼女のために女装は辞めるんでしょ?」

 どうして同じサークルの男子はおかしいのばかりなんだっ、と時宗先輩は嘆きながらも荷物をまとめていた。


「じゃ、馨も準備しようか。馨の素顔、楽しみだなぁ」

「って、俺、眼鏡取るとは言ってませんからね」

 さて、そろそろ時間は先輩が言っていた刻限である。

 お風呂に入る支度をすると、彼らと一緒に大浴場に向かう木戸なのだった。



「へ? 眼鏡つけっぱなの?」

 どうして!? と、脱衣所から浴室に入ったところで、志鶴先輩に不満げな声を上げられた。

 今日のお風呂は室内なので、彼の声はそれなりに響く。

 露天風呂というのも、ちょっとは期待はしていたけれど、さすがに管理の面からなのかここは室内風呂のみだ。

 とは言っても、しっかりと地中から涌き出している温泉だということだし、浴槽だって十人くらいが入っても大丈夫な広さはある。

 正直三人で入るには贅沢なお風呂には違いなかった。


「風呂用眼鏡ってやつです。眼鏡をつけつつお風呂に入れるという優れもので、こういうみんなで入る温泉とかだと重宝するんです」

 持ってきて置いてよかった! と久しぶりに使う機会に恵まれた眼鏡を軽く指でこする。


「そうまでして素顔を見せたくないとか、馨って実は素顔自信ない?」

「眼鏡外すと素顔が3ω3になるとかな!」

 漫画だとありがちなネタだよな、と言いながら、時宗先輩は体を洗い始めた。

 あまりこちらに視線を向けるつもりはないらしく、見ちゃあかん、見ちゃあかんと一人ぶつぶつと呟いていた。


「でも、体の方はなんていうか……出るとこ出てないけど、男の体つきじゃないよねぇ」

「それいえば、志鶴先輩もあんましガタイ良い方じゃないですよね」

「いいや、僕のはまだまだ普通だってば。馨のはこう……ウエスト細すぎ?」

 肉食べなさすぎだろ、と言われて、そうかなぁと脇腹をつまんでみる。

 無駄なお肉は付いてないので、つまめるほどはないのだけど。


「あああぁー! もう、ここ男風呂っすよね!? どうしてウエストの話とかしてるんすか。普通はこう、女湯はどうかなとか、良い筋肉してますね、とかそんな話するもんじゃないんすか?」

 あんたら、おかしい! と体についた泡を流しながら、時宗先輩はぼやいた。

 でも、男湯で良い筋肉してますね、は果たしてどうなのだろうか?


「やだなぁ、時宗。お前もトークに入りたいなら、ほれ、浴槽に一緒に入ろうじゃないか」

「ちょ、俺を魔境に連れて行くつもりですか」

「でも、先輩。さすがに暖まらないと風邪引きますよ」

「ひっ」

 ほら、大人しく浴槽に入りましょう、と木戸が言うと彼はちらっとだけこちらに視線を向けて、息を詰まらせたような声を漏らした。

 失礼な。


「あのですね、先輩。さすがにその反応はちょっと傷つきますよ? これでも変な身体してるつもりはないのですから」

 見知らぬ相手から変な事言われるのは仕方ないですけど、知り合いに言われると傷つきますと言うと、志鶴先輩はそれもそうだよね、と言いながら時宗先輩の手を取った。

 思い切り浴槽にそのままダイブである。

 大きいお風呂があると、ざぶんとやってしまいたくなるけど、マナー違反なので是非ともこういうのはやめていただきたい所だ。

 

「馨もおいで。お前こそ風邪引くよ」

「それじゃ、失礼して」

 木戸も身体についた泡を流してからお湯の方へと向かう。

 浴槽に指先をつけるとほどよい温度が感じられた。

 山の中ということもあるのだろうけどしっかりと温泉がわき出ていて、なめらかな肌触りである。


 ああ、いちおう時宗先輩からはちょっと離れるようにして後ろを向いて入ることにした。

 どうやら刺激が強すぎるようで、このままの格好で隣に近づくのは避けたのである。


「どう? 馨ったらあんまりこういうの入れないでしょう」

「んー、なんかちょっと不思議な感じはしますかね」

 男の先輩って実はあんまし縁がなくて、と木戸は少し戸惑い混じりの声を上げる。

 実際問題、中学高校と男性の先輩との付き合いはほぼない。

 コンビニの先輩はいるけれど、あそこは仕事を教わったりだとかって話で、プライベートでの付き合いはほぼ無いのである。


 だから、こうやって一緒にお風呂に入るなんてことも無かったのだ。


「おまえ、高校の修学旅行とかどうしてたんだよ」

 まさか風呂に入らない宣言とかか? と言われていやぁ、と困ったように頬をかいた。


「まさかっ、かおたんったら、生理はじまっちゃったからお風呂入れません宣言かっ!?」

 なんて恐ろしい子っ、と志鶴先輩が一人盛り上がっているけど、さすがにそんなことはない。


「一日目は普通に入ったんですよ。端の方でこそこそ身体洗いつつ、ざぶっとお風呂済ませたんです。ただその晩ちょっと……友人にやんちゃをされましてねぇ」

 さすがに二日目はあかんなーってな具合です、と肩を竦めると、あーなるほどという声が浮かんだ。


「きっとうちの親とか、喉から手がぎゅいんと出るくらいに、羨ましいイベントなんじゃないかなぁ。学校のイベントで周りは同性ばかりと思いきや、一人だけべらぼうに可愛いみたいなの」

 ま、現実は、よっぽど美人じゃないと起きないこと、だろうけどと彼はにやりと意地悪そうな笑みを浮かべた。

 きっと、父親のことでも想像しているのだろう。


「まさかお前、修学旅行でネグリジェ着てたとかはないよな?」

「っ!? ないですって! 俺は高校時代()普通だったんですよ! 寝間着は普通にジャージだったし」

「ジャージ、ねぇ」

 それだけ華奢でジャージを着ると、果たして子供っぽく見えるのかはたまた、と志鶴先輩からじぃーという熱い視線が向けられた。

 ええと。別に普通のジャージだし。そんなに特別なものでも無いのだし。


「間違えてサイズが違うのを持ってきて、彼ジャー状態、とか?」

 あれは割と破壊力あるよね、とうんうんと彼は肯いた。

 残念ながら志鶴先輩は身長のある美人さんだから、彼ジャーをやるならそうとう大きめなのを選ばなければならないわけだけど。


「お、俺はなにも想像しないぞ……たしかにそういう二次元ゲーム好きだけど」

「時宗のジャージ着せて、彼ジャーとか?」

 ほれほれ、時宗ーと志鶴先輩が隣でからかっている。

 可愛いじゃれ合いである。カメラがあったら撮ったのに。


「くっそ。なんで俺がまともなのにこんなアウェイ感を持ってなきゃならないんだ……」

 俺はゆっくり温泉に浸かるっ、と言いながら時宗先輩はすーっと、反対側のへりのところまで進んで行ってしまった。

 ちょうどお湯が流れ込むところだから、あっちは結構熱いと思うのだけど。


「あーあ、振られちゃった。で、それから温泉は入ってないって感じなんだ?」

「そーでもないですよ。貸切とか、混浴とか、入れる範囲で入ってるんで」

 ほら、昼間も旅行の話してたじゃないですか、と言うと、なるほどと彼は納得してくれた。


「貸切じゃないとお風呂に入れないっていうのは、なんていうか……不憫な感じかな」

「志鶴先輩はどうなんです? スーパー銭湯とか入れるんですか?」

 というか、彼の場合はプールとかはどうだったのだろうか。

 こうやって裸体を見ていると、綺麗な身体をしているな、とは思うのだけど。


「それは問題ないね。身長があるし、メイクさえしてなければ普通にちょっと華奢な男子で通るから」

 身長って、それだけで男っぽく見えるポイントの一つだよ、と彼は綺麗な指をびしっと立てた。

 指の間を水滴が落ちていく。


「むぅ。ちょっとそれは羨ましい……」

「なんなら、筋肉つけてマッチョになってみたら、案外男湯も問題なくなるんじゃない?」

 どうよ、と言われたものの。

「マッチョか……想像が付かない……プロテインとかぐびぐび行っちゃう感じですか?」

 さすがに、そこまで筋肉質になりたい願望はない。

 それに、足は鍛えすぎるとごつくなるのでちょっと困る。


「そうそう。毎日女装生活から馨もさぁ、解放の時だよ!」

「無理くせー」

 ぼそっと、時宗先輩がつっこみを入れてきた。

 一応彼も会話は聞いているらしい。


「毎日女装生活って。自分がやめようとしてるからって、俺まで巻き込まないでくださいよ。それに先輩だって夕飯の時に、筋肉付くのやだって言ってたじゃないですか」

 腕周りごついと、可愛い服着るの大変ですよ? というと、そうだったー、と彼はへたりこんで浴槽のへりに身体を預けた。


「それはそうと、馨は来年度も女装する気満々なんだ?」

「まあ、それなりに、ってところですかね。って、ああ、新歓……どうしよう」

 そういえば、後輩は女子しかいない件について! というと、あぁと先輩はちょっとだけ同情的な視線を向けてきた。


「去年の、本格派女装でも馨は浮いたからねぇ。今年は僕も特に手を貸すつもりはないし、例年みたいにとりあえず着ました女装が増えるのかも」

「そこで一人参加とか、なんて拷問……」

 とはいえ、クオリティ低い女装とかやりたくない……というと、志鶴先輩はほっぺたをつんつんつついてきた。


「ほれ、がんばれ男子の後輩を捕まえられなかった男子会員」

 イベントそのものをアレンジしてちょっと変えちゃうのも一つだし、と彼は言った。

 去年のそれは、思い切り志鶴先輩の趣味満開だったというわけだ。

 それなら、たとえば男子限定じゃなくて仮装コンテストみたいなのにしちゃってもいいんじゃないだろうか。


「じゃあ、朝日たん爆誕の方向で……どうでしょう?」

 ちらっと我関せずを貫き通しているもう一人に話を振る。

 いちおう、彼がやってくれるのなら、なにもかもが問題なくまとまるのである。


「いまさらやらねーって。それは後輩がやるもんだろうが」

「井上先輩はずーっとやってたけどね」

 僕が入るまで、ずーっと、と志鶴先輩は昔のことを思い出しているようだった。

 井上先輩というのは、木戸がオープンキャンパスで見学に来た時にいろいろ話をしてくれたにーさんである。


「うぅ。本当に、駄目ですか? 先輩っ」

 さて、困ったときのおねだりをするなら、女声に限るということで。

 こちらに背を向けている時宗先輩にじぃーっと視線を向けながら、ちょっと揉み手をしてみる。


「ばっ、ちょ。だーめーだ!」

「ほほぅ……朝日ー、何が、駄目なのかなぁ?」

 さぁ、おにーさんに言ってご覧、と志鶴先輩がお湯をかきながら、彼の隣に移動してぽんと、肩を叩いた。


「そ、そりゃ、新歓女装大会の件っすよ」

「へぇー、朝日ー、ほー。そうかそうかー」

 あんまり話を広げるのもよくないかー、と先輩は一人納得したようで、朝日ーと、相変わらず肩をぺしぺし叩いていた。ふむぅ。なにがどうしているのかよくわからない。


「馨も、あれだね。なんでもかんでも女声をだしておねだりすれば、男が落ちると思ったら大間違いだ、ということに気付く良い機会ということで」

 新歓のことはまた後で考えようか、と彼は、なぜかいい顔でこちらに戻ってきた。


「なんか釈然としませんが……まあ、今はゆっくりお風呂に入るってことで」

「そうだね。あっ! せっかくだから、トッキーの背中でも流してあげたり……」

「志鶴先輩……あとで、おすすめの同人誌を一冊献上いたします……許して」

 それだけはご勘弁をっ! と時宗先輩はなぜか、背中を流す件を拒絶した。

 別に、男同士で背中を流すなんて、普通……かどうかは別として問題はないと思うんだけどな。


「じゃ、僕がやってもらおうかな。馨なら丁寧に洗ってくれそうだし」

「別に、それくらい構いませんけど……」

 時宗先輩は放置でいいんだろうか、と思いつつ、浴槽の外に出た。

 温まった身体からはほかほかと湯気が上がっている。


「見ちゃあかん。見ちゃあかん」

 ぼそぼそと、そんな声が上がっていたのだけれど。

 とりあえず気にしないことにして、木戸は身体を洗うための泡を作り始めたのだった。

男同士でつるもうとすると、特撮研はトッキーが一人被害者になる件について。

まあ、男の娘二人と一緒にお風呂に入れるとか、なんて幸せ者だよ、こいつぅって感じですけどね。

しかし、きゃっきゃやってたらしたい話が、次話送りになりましたとさ。

最後のほうの時宗先輩に関しては、ちょっと、いろいろお察ししてあげてください。


次話は寝室にて。でございます。

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