492.特撮研は卒業旅行にいくそうです4
「ついた!」
「おおぉ、山っ! 山の中だー!」
ご到着、と志鶴先輩が駐車場に車を停めて、みんなに声をかけた。
歓声を上げているのはもちろん木戸だけだ。
これが海だったのなら、いっきに開けて青が見えたら大歓声だったのだろうけど、山はなんていうか……一気に景色変わるとかあんまりないからね。
ここからもっと奥地の山に入っていけば、一気に景色が変わったりもするのだろうけど、残念ながらちょっと前からそんなに変わらない林道って感じの景色が続くばかりだった。
「って、馨ははしゃぎすぎでしょう。そういうのは外にでて、空気が違う! とかではしゃぐところじゃないの?」
「何をいいますか。滅多に来られない山の景色ですよ? 森の中、林の中。そして広がる合宿地ですよ?」
わざわざこんな遠くまで来れる機会などないのだから、もう、喜ばないわけにはいかないのです、というと、志鶴先輩は、あぁ、そういう子だったよね、と諦めたように肩を竦めた。
「でも、木戸くんの話じゃないですけど、確かに空気は澄んでるような感じしますよ」
「滅多に来られないってのは確かだし」
がらっと車のドアを開いて外に出たみんなは口々に、この場所の感想を言い始めた。
今回特撮研がご厄介になるのは、残念ながら旅館というような場所ではない。
山の合間にある、大学が所有している合宿所なのだった。
もちろん、管理人さんはいるのだけど、基本的には食事なども自分達で用意するスタイルだし、布団の出し入れも宿泊客が行うシステムだ。
さすがにシーツの洗濯なんかは宿の人がやってくれるけど、それ以外のサービスは特にない。
その分、破格で泊まれるのでお金がない大学生には優しいし、おまけに言えば自分達で自由にできるので、その点でも思い出に残る行事になるという仕掛けなのだった。
「んじゃ、荷物も運び込んじまおうぜ。食材だけはちゃんと買ってきたしな」
時宗先輩がトランクを開けて大きな荷物を担ぎ上げた。
さて。料理は自分達で行わなければならないというわけで、実はここに登ってくる途中で特撮研のみんなでスーパーに寄ってきた。
いちおう、酒盛り用のアイテムもあるけれど、あとはバーベキューセット的なモノが中心だ。野菜と肉とがクーラーボックスに入っている。
高校の頃は正直、木戸に料理係が回ってくることが多かったわけだけれど、今回のメンバーはそこそこに料理が出来る人がいるのでちょっと安心だ。
「って、木戸よ……お前、荷物多くね?」
「何を言います。冬でお泊まりですよ? 三脚もいるし、レンズもいるし、撮影機材は増えちゃいますって」
いちおう、着替えの類いは最小限なので、今回は純粋に機材のみでの先輩達の反応である。
木戸としてはこれくらいなら荷物としてそう多くない認識の方が強いのだけど、みなさんはどうやらそうではないらしい。
「撮影機材か……木戸くんのことだから女装グッツがたんまり入ってるのかと思ったけど」
奈留先輩が荷物を覗き込みながら、ひどいことを言ってくる。
もう、大学じゃ求められないと女装はしませんってば。
「みなさんこそ一泊二日の割りに荷物少なくないですか?」
化粧品ボックスとか持参してないの? というと、女性陣からきょとんとした顔を向けられた。
「一泊くらいなら、携帯用で十分だし、それにこのメンバーだしね」
がっつり気合いを入れてとかやるつもりは、なし、と鍋島さんは言い切った。
他の皆さんもうんうんと肯いている。
まあ、その気持ちはわからないではないですが……さすがにメイク道具少なくない? とちょっと思ってしまった。
「志鶴先輩もメイク道具少ないとか思いません?」
「僕にその話題を振るか……まあ、お泊まりセットとしたらそれくらいじゃない? 馨だって女装しておでかけするならこんなもんでしょ?」
「まあ、俺はそうですけど、その……友達と出掛けたとき、結構しっかりアイテムを持っていたので」
エレナさんは、旅行に行ったときもけっこうしっかりメイク道具を持ってきていたように思う。もちろん車移動で持ち運びがしやすいからというのはあるのだけれど。
「あらあらあら。かおたんったらそんな本気な相手と一緒に旅行とか……まさか……」
「木戸先輩ったら、Lだったんですか……」
はわはわと、一個年下のさゆみちゃんにまで、変なつっこみを入れられてしまった。
うう。
同行者が気合いを入れている女子、ということでそういう誤解がでたのだろうけど。
エレナさんはただたんにメイクちゃんとやりたい、男の娘はばっちりやるべきだ、という部分を貫き通しているだけなような気がする。
女の子なら妥協しちゃうところを、男の娘は妥協しないんだよ? とかにぱりと言い切りそうである。
「同行者が気合いがはいってたのは認めるけど、エルはなくない? それにあいつとは別に恋愛関係ではないと、最初に散々……」
みんなもその話は掘り下げない! というと、えぇーとみんなからご不満の声が上がった。
「ほれ、みんなもとりあえず、チェックインというか、荷物部屋に運んじまうぞ」
そんなところで盛り上がるな、と時宗先輩は、元会長の威厳を出しながら注意をしてくれた。
みなさんそれに従うように、はーいと、明るい声を漏らしたのだった。
「で、どうしてみなさん、リラックスムードなんだろう?」
カメラを構えて、さぁ、外に歩いていくぞー! と思ったところで部屋の様子を見ると、みなさんはとことんくつろぎムードで、それぞれ歓談中というような感じだった。
今回特撮研が借りた場所は、みんなが集まれる歓談室と、それぞれ男性寝室、女性寝室といった具合だ。三部屋借りれるあたりは、合宿所がひたすら安いからできる芸当である。もちろん夏休みの間なんかは他のサークルとかち合ったりもあるから、取れないことも多いらしいけど。
ちなみに、長谷川先生はこの歓談室に一人で泊まる。
広くて寂しくないですか? とみんなから言われたのだけど、拙者、学生とは距離を置きたいのでござる、とちょっと寂しそうな顔をして答えていた。
けっこう広い部屋で一人きりとはどんな気分なのだろう。
「へ? なにって。やっと長旅も目的地にきたんだし、宿でゆっくり、だろ?」
なにいってんの? と普通に時宗先輩に言われて、きょとんと木戸は首をかしげた。はっきりいって彼の方がなにいってんの、である。
「地元の散策とかしないんですか?」
「あー、近くに滝があるとかって話はあったけど、いくならそこくらいかな。あんまり時間はないけど、誰か行くヤツいる?」
周りに視線を向けると、それぞれ、ここでぬくぬくしていたーい、なんて声が漏れた。外に出る気はいっさい感じられない。
「な、なんという……なんという反応……」
信じられない、と一人愕然としていると、ぽんと肩に手をおかれた。
「ここは特撮研なのだぜ! モデル班はもちろん、撮影班もコスの撮影以外はそこまで熱はねぇって」
「んなー! 時宗先輩まで! どうしてこの景色があるのに撮りたいとか思わないかな! これは……あれか」
こほんと、咳払いをしてから、ちょっとだけ雰囲気を変えて時宗先輩に言ってやる。
「先輩……自然の写真の撮影も楽しいのに……」
うるっと、上目使いで女声でそんなことを言ってみたのだけど。
「ぐぅ……だ、だまされないぞ! 俺は色仕掛けに世界一強い男の子になってみせる!」
くぅっ! と先輩はぐっと拳を握りしめながら、周りに視線を向けた。
後で聞いた話だけど、その視線は、たった一言「たすけて」というメッセージを発していたという。
「じゃ、木戸くん。探索は私と行こう。果たして山でどんなの撮るのか楽しみだし」
そんな中の助け船は、花ちゃんが出してくれた。
まあ、ルイと一緒に撮影に出たこともある彼女なら山歩きの楽しさも理解していると思いました!
「写真バカは私が何とかしておくので、みなさんはゆーっくりしててください」
びしっと敬礼を決める花ちゃんにみなさんは、出来る子やぁー、救世主やー、とまぶしいモノをみるような視線を向けていた。
「って、それ、俺が困った人みたいじゃないですか!」
まったく、外出したら外に撮影するのが普通なのに、と、頬を膨らませておく。
少なくとも、さくらとかなら、一緒に撮影に行くのがデフォルトだったし、疑問の余地なんてまったくなかったというのに。
特撮研の人達はどうにも、コスプレ特化という人達が多すぎる。
風景の撮影を楽しもう! というか、なんでも撮ろう! っていう感じが少ないのである。
「実際困った人だろー。たしかにおめぇの撮影技術はやべぇって俺でも思うけど、これだからこれか、って感じだよ」
誰もついてはいけねぇ、いまさらだろ、とケロっと、時宗先輩に言われて、え、そういう反応なの? と驚いてしまった。
そりゃまあ「背景画像」をルイに頼る人達である。
自然の風景よりも、コス写真で! という風潮はずーっとあったし、普段あんまりシャッター音がきこえないなぁと思っていたのだけど、まさか、みなさんそういう趣味だとは……
くっ。そりゃ好き好きだとは思うし強要はしないけどさ。
自然の写真撮るのだってすっごく、たのしーのに!
「ほい、じゃー、撮影行きましょう」
ほれ、木戸くん。せっかくだからちょっと薄暗い森の中の撮影とか、是非教えてくださいな、と花ちゃんに背中を押されて木戸はカメラを片手に外に出たのだった。
そして、広がる大自然!
そんな中での撮影はとても楽しくさせていただきました!
花ちゃんもあれからいろいろ撮っているのか、かなりバージョンアップしているような感じだ。
「ちょっと山の中の方が寒い、のかな」
「だね。標高がこっちのが高いし、その分ちょっと寒いかも」
上着とか着ないで大丈夫? と問いかけると、彼女は全然OK! とにこやかなものだ。
「それで、今日は撮影の目標みたいなものはあるの?」
「んー、先輩が言ってたように、滝を目指してもいいんだけど……花ちゃんとしてはどう? なにか撮りたい物があればそこを目指すけど」
いちおう木戸的には今日はこれでいこうかな、という漠然な目標はあるのだけど、彼女が撮りたい物があるなら、それを優先でもいいかな、という心持ちだった。
だって、特撮研の中で唯一自然写真の方に興味を持ってくれている人なのだ。
なかなか一緒に外に出たことがない身としては、是非ともいろいろ一緒に撮って景色を撮ることの楽しさを味わっていただきたい所なのである。
「滝……もちょっと気になるけど、木戸くんの撮影の方が気になる、かな」
果たしてどんなものを狙っているのかが気になる、と逆に返されてしまって、それならと話し始めることにした。
「いちおう今日撮ろうと思ってたのは、春を感じさせるもの、だね。桜の季節には早いけど三月も終わりだし、この季節ならではってのがあったら、どんどん撮るぞー! って感じ」
「それって、大撮影会の四季の背景っていうのにも影響されてる?」
ルイさんの春の風景ってすごくよかったし、と花ちゃんはテーマを聞いて、おう、となにか納得したようだった。
いやいや、そもそもルイさんが普通に四季の風景を撮っていたりするので、それはデフォルトというやつなのです。
「もともと、季節は意識して撮るようにはしてるね。この前の雪景色はもうたまらんかったし」
あれは良かった、とほっこりしていると、カシャリとその顔を撮られてしまった。
「って、俺を撮ってどーすんの」
「だって、なんか幸せオーラ出てたからつい。それにルイさんにも言われたけど、撮りたい景色を撮れ、なんでしょ?」
ほら、これが撮りたい景色だったんだし、と花ちゃんは背面のパネルをこちらに向けた。
「そりゃそうだけどさ……俺みたいなの撮ってもやっぱどうしようもないと思うな」
「撮られ慣れてない人はみんなそう言うって、ルイさんも言ってたよ」
うぐ。盛大にブーメランである。
正直な話、ルイの姿は撮られても良いのだけど、木戸の姿は撮られたくないというのが本音なのである。素顔はもちろんのこと眼鏡をつけてるところもだ。
それが元で、未先ちゃんにばれた経緯もあるしね。
「ま、まあなるべく、風景中心で撮っていこうか、ほら、つくしが出てるよ」
こういうの見ると、春って感じするよね、と数枚撮影。
花ちゃんも視線をそちらに向けてくれたようで、うわ、本物初めて見ます、と都会っ子な面を見せてくれた。
最近は、あまり見る機会なんてないしね。時々アスファルトを突き破ってでてくるのがいるとはいうけどさ。
「んで、そっちはふきのとうかな。木々の間の小さい春の訪れって感じで」
「あ、タンポポも咲いてる!」
「ちょっと視線を落としたり、上げたりするとわーっといつもと違うものが見えたりするんだよね、これが」
普通に歩いてると通り過ぎちゃうけど、けっこうこういうの見つけるの楽しいっしょ? というと、うんうん、と花ちゃんは言いながら写真を撮っていった。
そして、当然のように、カメラを木々の方にも向ける。
たまには、空を見上げるのがよい、ということで。
ちょうどその時、一斉に鳥が飛び立った。
「おおぉっ! 今のはタイミングばっちりだ! こればっかりはほんと運だし、いいものが撮れた!」
やった、と拳を握ってると、花ちゃんはもう一枚、その横顔にシャッターを切っていたのだった。
どうやら彼女も風景よりも人のほうを撮るのを好む人のようだ。
「まったく。ほらっ、花ちゃんもばんばん風景を撮ろうか」
「はいはい、そうさせてもらいます、教官どの」
ちょっと説教っぽくなってしまったからか、花ちゃんはさきほどやったように、ぴしりと敬礼をきめてくれた。
はぁ、これでなんとか森の景色をばしばしと撮って行けそうである。
特撮研と旅行にきたものの、なにげに彼らは「コスプレ撮影」に特化してるという現実を突きつけられてしまいましたね!
いままでの周りの連中が、写真特化か、あんまりやらないかの二極だったので、木戸くんとしてはかなりのギャップを感じているようです。
撮影は短めですが、撮影シーンもきちんと書けるように、リアルでもいろいろやらねばなのですよね……
さて、次話はご飯から夜更かしまで、まいります。ご飯は心配ないですが夜更かしのほうが、どうなることやら。




