491.特撮研は卒業旅行にいくそうです3
「おおぉ、ようやく合流できたでござるよー!」
遅れてしまって申し訳ないでござるー! とばたばたと近寄ってくるのは、もちろん長谷川先生だった。
車はどこに停めたのかはわからないけれど、無事に合流できるのはスマホがあるおかげだ。
「さぁ、じゃー、そこの穴のところに顔だして!」
はい、チーズと、時宗先輩がカメラのシャッターを切った。
木戸もそれに呼応するようにシャッターをきる。
「って、木戸くん、どうして背後から狙っちゃうかなぁ」
看板の後ろ撮ってもどうしようもないじゃない、と鍋島さんに呆れた顔を向けられてしまったのだけど、これはこれで意義があるものだろうと思う。
「昔からずーっと思ってたんだよね、ご当地の顔だし看板っていっつも正面からしか撮らないし。だったら後ろ撮ろうよ! ってなっちゃっても仕方ないと思うんだよ」
これはしゃーないことなのです、と言いつつ、もう一枚背後から撮った。
そう。
観光先にはたいていある、その土地のイメージキャラなんかが描かれた看板に、顔をはめて記念撮影をするという顔出し看板をみなさんご堪能中なのである。
正面からは時宗先輩がシャッターを切ってまともな写真を撮っているので、こちらはちょっと変わったものでも撮ろうか、という気になったのである。
「……あの、みんな? 拙者、ようやく到着……」
「そいじゃー、次、花実と、僕と……奈留も一緒に入ろう」
三つの穴を年上組みで埋めよう! と志鶴先輩はメンバーチェンジを提案。
ふむ。みんなわかってやってるのかなぁ、これ。
「うごおお、生徒達が拙者を無視するでござるぅぅううう」
拙者マジ泣きーとか、大きな体を小さくして、長谷川先生はしょぼんとしていた。
その姿を一枚撮影。
「やだなぁ、別に無視してたわけじゃないですよ。ただちょっと、顔出し看板にみんな夢中になってただけで」
合流お疲れ様です、ともう一枚撮影すると、ほんとに? と長谷川先生はつぶらな瞳をこちらに向けて来た。
まったく、大学の先生だというのに、このいたいけな感じはどうなのだろうか。
「ああ、長谷川せんせー、おつかれさまっす!」
「もー、遅いですよー! みんなお腹空かせてるんですからっ」
おそーい、とみんなに声をかけられて、長谷川先生は心なし嬉しそうだった。
さっきまでの放置っぷりとはまったく逆なのもあるのだろう。
「撮影はもういいのでござる?」
「あー、ばっちり撮ったから大丈夫ですよ。ってか先生も顔出しして行きます?」
木戸のやつが、きっといい尻を撮ってくれますよ、と先輩は呆れ混じりに言った。
いいじゃん。背後からの顔出しの看板なんて、撮った人いないと思うよ!
「お尻はさすがに。アーっ、てなっても困るからして……んー、やっぱり志鶴くんの男装はこう、しっくりこないでござるなぁ」
お尻が危ない! とアピールしながら長谷川先生はメンバーをじーっと眺めながらも、志鶴先輩に焦点を絞ったようだった。
まあ、彼がこの格好をするようになってから一月以上経っているわけだけど、それでも長谷川先生自体が特撮研にあまり顔をださないので珍しいのだろう。
「昔は普通にこっちだったんですけどねぇ。それより馨の男装の方への感想は?」
「ケイ氏は割と会ってるでござるから。カメラ構えて構内にいるところを見かけたりとか」
なにげに徘徊癖があるでござるからして、と長谷川先生は柔らかい視線を向けてくる。
うん。確かに時間があるときは大学内もいろいろ撮ってきたからね。
土日はルイでいることが多いけれど、平日は木戸としての撮影能力の向上も目指しているのである。
「今に始まった、モサっぷりではないのでござる」
なんせモブのMでござるから! と思い切りサムアップをされてしまったのだけど、うーん、そこまでモブかなぁと首をかしげてしまう。
「そんなことより、せんせー! ご飯いきましょーよ!」
「そうです。ご飯ですよ!」
さすがにお腹空きました! と周りから声が上がる。
「おぅ、そうでござった。ここは有名なサービスエリアラーメンが絶品なのでござるよ」
他にもフードコートは充実にござるー、と彼は上機嫌だ。
もうご飯を食べているような勢いである。
「じゃ、行きましょうか」
そんな先生を脇目に、花実先輩は食堂の方へと足を進めたのだった。
「じゃ、いただきます!」
「ござるー!」
いえーいと、みなさんは各自で買ってきた物を前に、テンションを上げていた。
もちろん、木戸とてお昼ご飯を前にはしているけれど、そのものよりも周りの楽しそうな風景の方が興味深かった。
もちろんその姿は数枚撮影。
全体も撮るし、それぞれの姿をフォーカスして撮ったりもする。
そして、眼の前にある山菜そばもしっかりと撮らせていただいた。
そう。今日の木戸さんはさすがに一人だけお弁当ということはできなかった。
そんなわけで、いろいろとあるメニューの中からこれを選んだのだった。
長谷川センセーはさっきも言っていたようにラーメン。
他のメンバーは、鳥の唐揚げのサンドイッチや、パスタ系なんかも頼んでいて、テーブルの上はかなりカオスな状態となっていた。
「フードコートって、こういうのが醍醐味だよね。いろんなメニューが並んで和洋折衷? みたいな感じで」
「ですよねぇ。あぁ、かき揚げのライスバーガー美味しいです」
はむ、と、かりかりに仕上がったそれをはむつく鍋島さんがほっこりした顔を見せた。
ちなみに、彼女はもう一個ライスバーガーを頼んでいて、味噌汁をつけていた。
「おっほー! まずはスープでござるよー。あぁ、良い感じに出汁がでて、いいでござるなぁー! 拙者二郎けーも好きでござるが、こういうあっさりもいいでござるっ。おっ、細麺はずるっと進むっ。拙者麺をすすってる! 幸せでござる」
おっほー、すばらしいラーメン人生! と先生は喝采を上げていた。
「ケイ氏はラーメンはどうでござる? あんまり食べる感じしないでござるが」
「今日はカプ麺じゃないんですね」
いい感じのラーメンじゃあないですか、と言ってやると、美味しいでござるーとご満悦なようだった。
「ちなみに、俺もラーメン屋は時々行きますよ? 後輩と一緒にってことが多いですが」
個人だと、どうしてもお弁当になっちゃいますね、と言うと、おおぅ、木戸氏と一緒にラーメンとか、拙者もご一緒したいですぞ、と長谷川せんせーはチャーシューをいただいた。
「ほー、ケイ氏もきちんと学生生活やってるのかー。ちなみにどんな子とつるんでいるのか、気になりますなー」
「たしかに、木戸くんの友達関連は、ちょっと興味あるかも」
どんな人だったら、一緒にいられるのかー、となぜか特撮研のみなさんにはやし立てられてしまった。
えっと、別に普通に後輩とか同期ですってば。
「はは。馨について行けるなんて、どこか世間からずれてるか、よっぽどの人格者だろ」
ちなみに、僕は人格者枠ね、と志鶴先輩がいうので、みんなから、あんたはずれてるほうだ! と総突っ込みされていた。
まあ、違いない。
「でも、木戸とはあんまりメシに行ってないし、その……たまにはラーメンとかも一緒にいかね? 志鶴先輩も連れて」
ほら、前みたいに男三人で! というと周りから、男三人……ねぇ、とひそひそされた。
「男三人だよ! てか、他二人がおかしいからこの評価だよ……」
「どうせなら、朝日たん爆誕で、男の娘三人のほうがおいしいのでは?」
「って、ちょ、やめっ」
ぼそっと言ったらかなり時宗先輩には睨まれた。
はぁ、まったく、たかが女装するだけでそんなに怒られるとは。
それにだ。
おそらく女子三人でラーメン屋にいくと、破格な待遇を受けるものなのだ!
たとえば、汁はねを防止する紙ナプキンいかがですか! とか!
エレナはこの前、チャーシューのちっちゃいのおまけしてもらったっていってたけど、あれは……まぁ、例外なんだろうけど。美人はいいデスネ。
「ラーメンいくなら、僕は男のかっこうおすすめかなぁ。おしゃれなお店はいいけど、がっつり男飯ってところは、女の子入るの気後れしない?」
周りも、なんでここにみたいな感じになるし、と志鶴先輩は優雅にパスタをいただきながら、答えた。
説得力皆無である。
「それを言われると確かに……でもでも、私小さい頃結構親にラーメン屋さんつれてってもらいましたよ?」
さゆみちゃんは、ラーメン? それってそんなに珍しいの? というきょとん顔である。可愛いので撮った。
「ああ、それはほら、ちょっと車でいった感じな駐車場広い系のラーメンじゃない?」
「いっぱい390円! みたいなさ!」
そんなさゆみちゃんに、なぜか時宗先輩と志鶴先輩は詰め寄って、問いただしていた。
なにこれ、二人ともどんだけラーメン好きなのさ。
「290円のかけラーメンとか希望です!」
そんな二人にとりあえず、びしっと手を上げてそんなことをいっておいた。
うん。こだわりラーメンもいいのだけど、いかんせん。
ラーメンは木戸にとって高級品なのである。
ええ、そりゃこだわりはわかるよ! わかるけどもさ!
いっぱい千円近くしちゃうとか、庶民には厳しい金額なのだ。
ほんと、いっぱい五百円とかだと嬉しいのだけれど。
「なっ、木戸! おまっ、いいラーメンにはそれなりの対価がいるんだぞ! 本気の食材、本気の仕事。だからこそ、お客にまで、本気を求めるってのがラーメンだぞ!」
「……二人のラーメン愛が重い……あのですね! 世の中にはラーメンは二種類あるんですよ!」
二人の言いぐさがあんまりなので、おそばを食べながら二人の前のめりな感じを押しとどめる。
「ほう? 俺達の前でラーメンを語るか……」
「馨……君がどれだけラーメンを愛しているのか、とくと聞かせてもらおうか……」
ふふふ、と先輩二人から詰め寄られた。
っていっても、あんたらラーメン食べてませんよね、いま!
「一般女性にとってラーメンとは、さゆみちゃんが言うような、郊外型チェーン店のラーメンなんです。醤油ベースのあっさりラーメン。専門店ではなくてそれこそイベント会場とかで食べるような、店主のこだわりほとばしるっ! みたいなのじゃなくて、大衆ラーメンなんですって!」
「まじか……野菜ましましもやしあぶら多めとか、駄目か……」
「魚介をつくした出汁のかおるラーメンとか……」
二人はいろいろと好みのラーメンを出していたのだろうけれど。
たいていの人気ラーメンというのは、がつんとくる個性なんてない庶民ラーメンなのである。
「ラーメンばっかりは弁当にできないですからねぇ。魔法瓶持参っていっても、麺がくたくたになりそう」
お外のラーメンを豪勢にすすれる身の上になりたいっと拳を握ると、鍋島さんにぽふぽふと肩を叩かれた。
「500円ラーメン、おいしいよ! ってかラーメン専門店より、オシャレなパスタとかサラダバーとかに行きたい!」
ほら、木戸くんも女の子ならわかるよね! とか変な事を言い出したのだけど。
「女の子じゃないし、サラダバーなら、家からお弁当作ってくるんで……」
よくわかりません、というと、あらまぁと彼女は「わ」という顔をした。もちろん撮った。
「ほらほら、かおたんも女の子ならバーニャカウダとか、スイーツ食べ放題とか♪」
「うわーん、部活の人達がひどいよう」
事情を知っている奈留先輩が、はやし立てるように女子のりをかけてくるので、ちょっと泣き言を漏らして見た。
「ってか、ラーメン専門店全否定かよ……くそっ、木戸。今度ラーメン屋行くぞ!」
「ああ、僕も連れてってよ」
「はいはい、わかりましたよ」
別にラーメン否定とかないんだけどなぁ、と思いながら、とりあえず了承の言葉を伝えて置く。
「一応言っておきますけど、女子の多くは専門店のラーメンを食べ慣れてないだけだから、全否定とかそういうのじゃないですからね」
誘うなら他の女子を誘うべきです! と言うと、時宗先輩は首を振った。
「木戸よう。俺に女の子達を誘えると思うか?」
……あんまりな残念っぷりである。
「志鶴先輩は?」
「ちーを差し置いて、他の子誘えないじゃない」
ふむ。確かにそれはそうかもしれない。特撮研の子達を誘う、というならあれだけど、それ以外の女の子を誘うとなったら問題だろう。
「なら、斉藤さんを中心に他の子誘うとか」
斉藤さん、あれで女友達多いしさ、というと、えぇー、と彼は拗ねた顔を浮かべた。
「ちーのやつさ、なかなか他の女友達と合わせてくれないんだよね。馨の話だとそれなりにいっぱい、友達いそうなのに、会うときはたいてい二人なんだ」
「せんぱーい、それはさ! まだまだ付き合い始めで、他に誰も入れたくない時間みたいな?」
「ですよー! まだ二ヶ月とかなんだから、そんな時期に友達交えるとか、ありえないですよ」
そうだそうだー! と周りははやし立てた。
「じゃ、とりあえず半年続くのを目指しましょうか」
やれやれと呆れたような顔をして木戸が言うと、まったくおまえは安易にいってくれるねぇと、彼は肩を落とした。
さてさて、若者は三ヶ月程度で恋を終わらせるというのだけど、先輩の恋はどれくらい続くのだろうか。
斉藤さんも、最初の友達というので、澪を連れてくのだけは勘弁してあげて欲しいと思う木戸なのだった。
ラーメンと性差。
はい。性差をかたるにはラーメンについて話せばいいと思います!
とかいいつつ、私も割とひとりラーメン行ける派なんすよなぁ。油ましましはいったことないけれども!
さて、そうこういいつつ彼らの旅もとりあえず到着を迎えます。
次話、合宿地にて、という感じで。さぁ男子諸君。かおたんの寝顔にもだえるがいい!




