488.3枚目のコスROM4
お昼が過ぎて、おなかも落ち着いたころ、そのメールはルイのもとにやってきていた。
『ルイさぁあーーーん! 会場つきましたよーー、そして人ごみやばいですね!』
「来るとは聞いてたけど……まさかこっちのお披露目とかぶるとはね」
数日前から連絡を受けていたその相手からの、イベント楽しんでいますという写メ入りのメールに少しだけくすりとした。
写真としては自撮りの角度が悪いとか、光がどうとかいろいろいいたいことはあるのだけど、その表情はとても楽しそうでそういう点は帳消しにしてくれるものだった。
「あれ。ルイちゃんおでかけ?」
「ん。ちょいとコスプレ広場に知人がきててね。ひっさしぶりだから、挨拶していろいろ撮ってこようかなって」
っていうか、今のタイミングでの来場って、とエレナさんは少し不思議そうにしているのだけど、それはまあ、彼女の仕事とシフトの合間になんとか抜けてきたからに他ならなかった。
朝から一番で気合を入れてきたいけれど、そうなると泊まり込みで前日からこなきゃならないのだし、今日だって女将であるお母様にかなり無茶を言って出てきたのだろう。
「で。エレナも広場にはいくの?」
「そだね。完売でブースはおしまいだし、あとはいろいろ撮られてくる予定」
ま、ルイちゃんほどの人はそんなにいないんだけどね! と笑うエレナさまの姿は撮らせていただいた。
相変わらず、りりしかわいい感じである。
「さてと。そいじゃ、コスプレ広場に急ぎますか」
今いる場所は、メールの送信相手の、自撮り写真の背景であらかたわかる。
言葉でいろいろ説明してくれてるけど、そっちは悪いけどあまり参考にならなかった。
トイレからちょっとはなれた、とか、喫煙所のちょっとわきのとか言われても、あなたここにそれがどれくらいあると思っているの! という感じだ。
さて、ブースからはなれて歩いているわけだけれど、その間にもいろいろなお店が出ているのが見えた。
ほとんどが同人誌なわけだけど、見慣れたキャラと見慣れないキャラと、まーいろいろとが展示されてて、みんなうまいもんだなぁとしみじみ感じさせてくれる。
ほとんどプロ顔負けじゃないの? お店にでててもわかんないよっていう感じの人がちらほら島にいて、同人漫画は大変そうだ、と地味に感じてしまったくらいだ。
エレナが突出して、ハイスペックなのはわかるし、ファン心理をうまくくすぐっているのはわかるけれど、普通に書店で売ってても違和感のないようなクオリティの絵が島にいっぱい並んでいる。
もちろんその中には、初々しい感じの、初めて参加しました! というような子もいる。絵のクオリティに関しては高校のクラスメイトに見せておぉ、すげぇ! って言われる感じではあるけど、そこらへんは今後どんどん慣れていけば伸びるものなのだろう。
お話の内容が実は面白いとかそういうのもあるかもしれないしね。
さて。そんなわけで、そういったブースを通り過ぎて外に出ることにする。
今日は春先の柔らかい空気と、そして透けるような青空で絶好の撮影日和というやつだ。
日焼け止めはきちんとぬらないとって感じだけど、光もたっぷりで撮影に困ることはないように思う。
じゃあ、コスプレゾーンに足を踏み出すぞ。
そんなときだ。
ざわっと、周りの視線がこちらに向いた。
なんぞこれ……
ああ、みんなあれか。
この時間だから、ルイさん一人目終わってるよね、とかなんとか思ってる感じか。
「困った……」
まだ、一人目は撮ってないんです! とか自分でいうのもなんかちょっとアレだしなぁ。あの話はレイヤー仲間で自主的に決めている事柄に過ぎないのだし。
「あっ……」
「ルイさん……そんな……」
とりあえず、いったんブースの方に戻ることにする。
メールの送り主にさえ合流できれば他に声をかけられることはないとは思うのだけど、そこにいきつくまでが問題だ。
さて、どうやって問題の場所にいくか……
え。眼鏡かけて男装していくってのはナシだ。
こんな人混みで、実はーなんてことは絶対にやりたくない。
私生活第一でありますから!
なら、うーん。
「変装、変装……か」
これをリサイクルするか。
カバンの中を見て、ルイはちょっとだけ、このレイヤーさん達のクオリティに申し訳ないと思いながら、これからの方策を練ったのだった。
「ちょ、あれなに……」
「やたらスタイルいいけど……どうしてあんな……」
「紙袋スタイル……くっ、これでちゃんとマジックで目と口のあたりがかいてあればよかったのに!」
ざわ、と紙袋ごしに周りがなにか反応しているのが聞こえた。
今のルイは思い切り紙袋で顔を隠した、紙袋カメコさんである。
ちょっと鼻をひくひくさせると、ちょっとパンの匂いがするのは、これがさきほどみなさんがいただいたパン屋の紙袋だからだ。
二つあるうちの片方というところである。
どうして持っていたのかは……まぁ、ルイさんが貧乏性だからである。
大きい袋だし何かにつかえるかも、とか思っていたのだ。
「ばれてない、ばれてない」
よし、これなら行ける! と思いつつ視界を確保するための穴だけがあいた紙袋をしっかりと被りながら周りを見る。
今回もコスプレ広場は人がいっぱいで、みなさんそれぞれに力の入った衣装を着ている人ばかりだった。
「ちょっと、気になる被写体もいるけど……がまんだね」
今はまだ紙袋を脱ぐわけにはいかないのだ。
そしてそのまま目的の場所に急ぐ。
お、あそこに集まってる人達かな。
「こんにちはー! 仲居さんいらっしゃい!」
「……へ? え? 紙袋……さん?」
え、なに? と声をかけられた彼女は、どういうこと? とおろおろと視線をいろいろな場所に向けて混乱していた。
そう。さきほどメールを送ってくれた相手というのがこの方。
以前、父様の会社の旅行で行った温泉宿の若女将というか、仲居さんというか。
でも、若女将ですって挨拶じゃなかったから、仲居さんなのかな。
「ちょっと、ナカさんこの変な紙袋の人、知り合いなの?」
「コスプレならずた袋を被って、首領とか言ってて欲しいけど……」
どういうキャラ付けなのだろう、と彼女と一緒にいる人達にも首をかしげられてしまった。
「おおぅ、被ったままだとわからないか」
ゴメンゴメン、ととりあえず頭に被っているものをすぽっと取った。
あぁ。一気にあたりが明るくなった。
世界にはどうやら光が満ちあふれているようだった。
「って、ルイさん!?」
「え、どうして突然?」
ちょ、どういうこと、と仲居さんの友達二人はざわざわと慌て始めた。
どうやら、ルイが来ることを二人には伝えて居なかったらしい。
まあ、行けたら行きます、くらいな感じだったから、それが正しいのだろうけど。
「いやぁ、コスプレ広場のほうに出る時に、ちょっと囲まれそうだったから、変装にって思って」
「それで紙袋ですか……話にはきいてましたけど、あの頃よりもルイさん人気あがってます?」
ふむ、と和服を改造したような衣装をきた仲居さんは、じぃっとこちらを見つめながら首をかしげた。
「まあ、腕もそれなりに上がったと思ってるし、ここ二年いろいろありましたしね」
いやぁ、旅行に行ったときのことが懐かしく思い出されるばかりで、というと、合わせで改造和服を着ている二人が、えっ、と驚いた顔をした。
その姿もとりあえず撮っておく。
「まさかナカさんのところにご宿泊?」
「あれは、まるで運命の出会いのようでした……」
ああ、そして朝の空き時間になんとか撮影をしてもらって、今みたいに仲良くなったわけです! と仲居さんはぐっと拳を握りながら力説してくださった。
「ど、どど、どうしていままでその話を隠していたのか……」
私達の仲なのにっ、と仲居さんは周りからブーイングを受けていた。
いや、別にあえて言うようなことでもないようにも思うのですが。
「だって、もしかしたら一夜の夢かもしれないじゃない? ああ、ルイさんは私を置いて旅立ってしまうのよ、よよよ」
みたいな、と仲居さんはちょっと演技くさい泣き真似をしてくれた。
いちおう彼女の言い分もわかる、と言っておこうかと思う。
上京するときは連絡をする、という話にはなっていたけど、さすがに間が空きすぎているのだ。
口約束でしかなかったわけだし、忘れられていてもまあ、というのはわかる気がする。
「はいはい、私はそんなに薄情じゃないですよ! というか、そろそろ撮影を始めちゃいましょうか」
さぁ、覚悟するんよ! と言ってあげると、きゃーと三人はテンションを上げてくださった。
そしてポーズを取りながら撮影スタート。
今日のキャラはあまりルイの知らないものだったので、そこは解説していただきながらの粘着撮影とさせていただいた。
「はぁ……やっぱり、噂通り……撮られててこんなに気持ちいいだなんて」
「むしろ、これは……うちの旅館の写真とか手がけて欲しいかも」
お客さんが最近減ってヤバイと言っているのは、仲居さんの友達のうちの一人だ。
どうやらこの御三方は、みなさん宿泊業を営んでいる関係者らしい。
二人が旅館で、一人はホテルの仕事をしているそうだ。
「正式なオファーとしてなら、受けられないわけでもないですが、いちおう名刺渡しておきましょうか」
あんまり他の人には内緒の方向で、といいつつ写真館のほうの名刺を三人に渡しておく。
内緒というのは、もちろんコスプレ関係では営業あんまりかけないで、と佐伯さんに言われているからだ。
「わっ、これは嬉しい。でも、仕事受けてるの内緒にするって……」
「ここで営業かけたら、仕事たくさんになっちゃうから、なのかなぁ」
ビジネスとして撮りに来てくれるのも、ありだと思うけど、と仲居さんは苦笑ぎみだった。
「さてと、じゃ引き続き、撮影といきますか」
まだまだ時間はかけますよー、といいつつ三人の反応を伺うと、ぜひ! という元気の良い声が聞こえた。
ちょっと離れたところからこちらに向けられる視線がいくつもあるのはわかるけれど、とりあえず今は。
この三人の姿をばっちりとカメラに収めさせていただきたいのだった。
さて。翌日の話なのだけど、さくらから電話がかかってきたと思ったら、滅茶苦茶電話越しに爆笑された。
ルイあてにかかってきているので、家に居てもきちんと女声での対応である。
どうやらあちらも家からかけてきているらしく、パソコンの画面を見ながらの反応なのだそうだ。
「ちょ、あんた! 袋女現る! とかマジでなにやってんのよ」
「袋女って……ああ、昨日のやつもう記事になってるんだ?」
タブレットをつけて昨日のイベントの記事を検索する。
検索ワードは、袋女である。
「ほんとだ。袋女現る! になってるね。思い切りネタっぽい感じで」
この手のイベントの紹介をやっているところで、一つのニュースとして袋女の話題が上がっていた。
なにげに読まれている件数が多くて、ランキングに載っているくらいだった。
記事の内容は、昨日行われたイベントに現れた謎の袋女の正体に迫る! というようなもので、正体はルイさんでしたー! みたいな流れでインタビューを受ける形になったのだった。
どうしてそんなの被っちゃったの? から始まって、コスプレ写真撮影の楽しさとかに割と真面目に答えたりもした。
「いやぁ、いちおう取材は受けたんだけど、まさかこんな記事になるなんてねぇ」
「取材受けたんか……さすがは売れっ子は扱いがいいわね……」
ま、袋女なんだけどね! と言ってさくらはまた爆笑しはじめた。
いや、箸が転がっても楽しい年頃はとうに過ぎてると思うのですが。
「きっとみんな、あのルイなら袋くらい被るとか思ってるわね」
きっと! と強調を二回つけてくださりやがりました。
「さくらこそ、昨日はイベントいかなかったの?」
会場で見かけなかったんだけど、と言うと、電話ごしに、あぁと彼女は笑顔を浮かべてるような気配が感じられた。
「それが卒業式の撮影に駆り出されてね! 石倉さんの助手として仕事してきたの!」
やったぜ! とキラキラした声のさくらに思わずこちらも嬉しくなった。
お仕事が貰えるというのは、とてもいいことだ。
「よかったじゃん。これからもっとばしばし仕事も入るだろうし、いずれは独り立ち、かな?」
「ルイこそ、どんどん仕事入りそうじゃない?」
この売れっ子めー、とちょっと声のトーンを低くしながらさくらは言った。
怨みがましそうな声をしてるけど、きっと照れ隠しというのもあるのだろう。
「でも、たまにはルイと一緒に銀香とかふらっと撮りに行きたい、かな」
そろそろ春で桜も咲くし、一緒にどこか撮影に行こうよ、とさくらが提案してくる。
もちろん、それには乗る気まんまんだ。
「いいね。なんなら都内桜の名所ツアーとかやってみる?」
地元も良いけど、たまには都会も! というと、えええっ!? とさくらからは変な声が上がった。
「あの都会にいくと、迷子になるルイさんから、都会提案とか……なにかしら、これは明日は血の雨でも降るのかしら……」
「し、失礼なっ! そうそう迷子にならないよ! ニガテなのはオフィス街なの! 桜の名所はそれぞれ特徴ある開けたところだから大丈夫だよ」
いくらなんでもそこまで迷子してないよ! というと、あははは、とさくらから明るい笑い声が聞こえて来た。
「ま、それじゃ来月になったら遊びに行こうと言うことで」
それじゃ、またね、袋女さん、と言われて電話が切れた。
「さくらが桜の撮影を、錯乱しながらさらっとやる、か。来月の楽しみが増えたね」
普通のお花見ももちろん好きだけれど、やっぱり写真仲間と一緒に歩きながら撮影をするというのは、とても楽しいことなのだ。
「去年は春先にひどい目にあったしなぁ……今年はなにもなければいいけど」
無難な生活を求む、と思いながら、昨日のデータの処理のためにルイはパソコンを立ち上げた。
イベント終了! え、特撮研の方はって!? それは次話で旅行にいくので、それでいいかなぁと。
袋女ネタは、けっこう前から温めていたものではありましたが、まあインパクトありますよね。
そして、さくらさん。無事に桜の撮影……できると……うぅ。
さて、そんなわけで今年分のネタもそろそろ終わりに近づいてきました。
特撮研といく、撮影旅行で、とりあえず大学二年の分は終了です。その後二週間お休みをいれて、学年を一つあげていく予定です。




