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487.3枚目のコスROM3

「これにて完売でございます!」

「おおぉ、良かった……買えて良かった……」

 最後の一冊を手に取った男性は、ぎゅっとコスROMを胸元で抱きしめながら涙ぐんでいた。


「天と地をわける……か」

 売り切れってこの世の悲劇の一つかも、と未先ちゃんはぼそっと呟いた。

 じっとり汗をかいていたりするのだけど、それだけこれまでの販売が忙しかったということなのだろう。


 彼女の視線の先には、購入できなくてぐったりしている人が数人(、、)いた。

 そう、数人である。

 お隣は、実際、数十人というレベルでぐったりした人達がいるので、それに比べれば破格の少なさである。


「かといって、ないものは出せないしね……それに売れ残るレベルで用意するのはさすがに……」

 これは追加プレスしなきゃかな……とエレナは申し訳なさそうに呟いた。

 数人とはいえ、買えなかった人が出たのがやはり気になるのだろう。

 ちなみに、数人で済んでいるのは、残り部数で列調整をしたからだ。

 中田さんが、ここから先は売り切れだとあらかじめ伝えて、列が伸びるのを止めたのである。


「ホームページでも伝えたとおり、委託販売もありますから、そちらでお買いいただければと」

「うぅ、仕方ない……まだチェックしてるところあるから、そっち行こうぜ」

 祭はまだまだ続くのさ! としょげていた人達は気持ちを切り替えて動き始めた。

 このイベントはなにも、ここだけでやってるわけでもない。

 他にたくさんブースはあるのである。


「とりあえず、完売おめでとう! 未先ちゃんもお疲れ様」

「ひぃ……こんなに忙しいとは思ってませんでした」

 つかれたー、と彼女は、パイプ椅子に座り混んで、テーブルにへたり込んだ。


「まあなんだかんだで、エレナも露出が増えたし、それに応じて人気も上がったからね」

 あ、と、そこでルイは言葉をきって、少しだけ意地悪そうに未先ちゃんに言った。


「今日の売り上げはあくまでもエレナの人気によるものだからね。作品の出来がどうのってのは、ちょっとしたらわかるから、覚悟しておくように」

 今回はちょっと新しい試みもしてるから、果たしてどうなることやらー、と言ってやると、うぅと彼女は少しだけ弱気な顔を見せた。


 そう。

 今回は三人での共作ではあるけれど、エフェクト担当の未先ちゃんはまだまだ初参戦なのだ。よって、今日集まってくれたお客さんも、「それ」を目的という人はまずいない。


 エレナとルイに関していえば、新キャラやカメラのバージョンアップなど、基本的にブラッシュアップという感じなので、お客さんの期待値を大幅に割ることはないけれど、未先ちゃんだけはまだまだ未知数なのだ。逆にハードルも上がっているので、力不足なら叩かれる可能性だってある。


 自分で最高なものだと思っていても世の中、渋いということはよくあることである。


「あっ、でももう感想あげてくれてる人いるみたいだね」

 大きめなサイズのスマホをいじりながら、エレナは画面をスクロールしていく。

 ツイートや、掲示板への書き込みをチェックしているのである。


「ほうほう。あのルイさんがエフェクトとかよく許したよな、とか、まじエレナたん天使、とかいろいろあるけど……」

 ふむ。とエレナは少し神妙な様子でそれらを見つめていく。

 今回のエフェクトをかけた写真に関しては、やる前と後を両方ともROMに入れてある。

 それ、なんて水増しなの!? って言われそうだけれど、普通に作品数としては以前のものとなんら遜色はないので、別にとやかく言われるつもりはない。

 エフェクトありとなし、セットで一枚カウントである。


「ユニコーンやべぇ……なにこれ、ツノの質感とかまじこれ、二次元から三次元きちゃってんじゃん、だってさ」

 ほれ、喜ぶと良いよ、とエレナは満面の笑みで未先ちゃんに大型スマホの画面を見せた。


「ユニコーンのは、ほんと力入ってたもんね」

「原作では描かれてないところですし、ここはもう、がんばらねば! って感じでしたし」

 あわわ、と反応を見ながら体を震わせている未先ちゃんの顔を一枚カシャリ。

 感動すると人はこんな顔をするもんだよね、ほんと。


 未先ちゃんが入る、というのもあって、今回のコスROMでは幻想生物との邂逅というのも一つのテーマとして入れてある。

 さきほど話にでていたユニコーンはまさにそれの代表格のようなもので、現実には存在しないものだ。

 けれども、清らかな乙女しか会えない、だとかいう意味合いでも、ファンタジーではとてもポピュラーな題材なのである。


 今回のこの作品では、男の娘がちょっと変わったユニコーンと出会って親密になっていくというお話がメインテーマになっていて、密かに人気作なのだった。

 乙女だと思って契約したら、実は男の娘でしたー、っていう展開を作っていくのだけど。ユニコーンさんはもう、フランクでちょっと天然で、人間体になった時なんかも、残念イケメンと散々言われるほどの、愛されキャラなのである。


 合わせで、人間体と主人公のコスをしている人はそれなりにいるけれど、主人公と、動物体の写真を作る人は滅多にいない。

 というか、出来た人がいなかった。


 それが今回はじめて実現されたわけだ。

 それこそ未先ちゃんは、幻を写真に落とし込む才能があるということになるだろう。

 原生生物を元に加工していくので、さすがにどこかの神話の邪神群まで見事に再現とはいかないけれどね。

 今回のだって、エレナと仲良しの白馬をベースにいろいろ加工してできたわけだし。


 ドラゴンとかを作るとしたら、はたして、恐竜をベースにでもするのか、は虫類系をベースにするべきなのだろうか。

 まあ、そこらへんは未先ちゃんの考えるべきところだ。

 素材を撮れといわれたら撮るだけのことである。


「たしかにこのユニコーン絵は卑怯だと思うなぁ」

「前回も、新しくなったなーって思ってたけど、今回はさらに進んだよね」

 幻想的な感じ、とお隣の二人も冊子になってる部分だけを見てそう評してくれた。

 

「ROMはご自宅で是非ともお楽しみを」

「そうさせてもらうね。次は……お隣にならなかったら、どうしよう……」

 うおおぉ、イベント参加もしたいしROMも欲しいし、と男性の方が頭を抱え始めていた。

 ま、ここらへんはイベント参加者のジレンマみたいなものらしい。

 サークル参加ならば、早くは参加できるけれど、もちろん開始前の販売は褒められた行為ではない。

 実際、今回のイベントだって開始前に人が並ぶなんてこともなかったし。


 いちおう、準備の時間に挨拶にいってそれぞれの作品を交換というような対応は取れるだろうけど。

 そこらへんはサークル同士が懇意かどうかというようなことにもなる。


 ちなみにルイさんはお目当てのサークルというよりは、コスプレゾーンの方に興味があるので、そういったジレンマはない。あっちは開場しないとみなさんそろわないしね。


 さて、売り切れて一安心とほっこりしたところで、こちらにちらりと伺うような視線が向けられているのを感じた。

 そしてそのまま、その二つの視線の主はこちらに近寄ってくる。 

「というわけで、販売も終わったみたいなので、戻ってきてみました」

「あ、真矢ちゃん」

 売り切れおめでとうございます、と言いながら近寄ってくる彼女の後ろには、やはり真守さんもこそこそ隠れて付いてきていた。


 あ、二人ともなんか手に荷物持ってるけど……もしやそれって。

「お昼ご飯の差し入れです。ご飯まだなら一緒に食べませんか?」

 それともお弁当もってきてますか? と言って彼女が差し出してきたのは、大きな紙袋に入ったパンだった。

 紙袋二つ分もあるので、かなりいっぱいといった感じだ。


「ご飯は中田さんに買ってきてもらおうって思ってたから、まだ用意してないんだよね。ルイちゃんも今日はお弁当もってきてないよね?」

 うっかり持ってきてたりしないよね? と言われて、うんと肯いた。

 いつもはお弁当をしっかりもってくるルイなのだけど、今日はエレナにお弁当禁止を言い渡されていたのである。


「ほう、これは……りっぱなサンドイッチですな」

「あー、それ、実はボクも目をつけてたお店だったりして」

 実は、お昼はそこにする予定だったのです、とエレナさまはおぉーと歓声を上げていた。

 今日お弁当持ってこなかったのは、この近くにいいお店がある、とエレナに言われてたからだ。


「ええと、ここで食事してしまって大丈夫ですか?」

「あ、うん。とりあえずお店の片付けだけしちゃうね」

 売るモノはないけど、見本とかは一応きれいにしなきゃね、と真矢ちゃんにウインクをしつつ、完売の札を残してテーブルの上を綺麗にしていく。


 真矢ちゃん達にはブースの中に入ってもらった。

 前に島の中でやったときよりも後ろのスペースは広々だ。

 空いた段ボールを片付ければさらに広くなる。後ろにブースがないというのはこれほどかという広さだった。


「お金はとりあえず中田さんに預かってもらおうか」

 500円玉のコインケースがどっしりと重みを感じさせ、札束がひどいことになっているそれを保護者で大人な中田さんに預けておく。

 1500円の1500部完売。

 おつりとして用意した分も合わせてかなりの額である。

 しかもたいていこの会場で買い物をする人は千円札を用意してくる方ばかりなので、金額に対して枚数がすごいもの、という状態になっているのだった。


 ではお預かりしましょう、とさらっと受け取った中田さんは、かっけぇなぁとしみじみ思ったものである。

 え、集計しないのかって? それはイベントが終わったあと。

 今はしっかりとお祭りの方に集中したいのである。


「さて、じゃ、テーブルはできたし、いただきましょうか」

「ちょっと多めに買ってきたけど、残ったら持って帰るので!」

 にこりと真矢ちゃんはなぜかこちらにウインクをしてきたのだけど、あまり意味がわからなかった。

 あれだろうか。男の娘のエレナさんは男性ばりに食べるのでしょう? とかそういうことだろうか。

 残念ながらエレナさまは燃費はいいお方でいらっしゃるので、食べて二つまでだと思う。


「ま、中田さんも一緒に食べましょう」

「え、わたくしもですか……?」

 一歩下がって控えていた中田さんにも声をかける。

 おそらく一人二個としてもちょっとあまりそうなのである。

 

「せっかくだから一緒に食べようよ」

 ねっ、とエレナに袖を引っ張られて、うぅと中田さんは弱ったような声を上げた。

 さすがにお嬢様のお願いには抗うことができないらしい。

 ちょっと困ったような中田さんの顔も良かったので、その姿もエレナ込みで撮らせてもらった。

 

「さてと、さっきはあんまりご挨拶できなかったけど、改めまして。男の娘専門コスプレイヤーのエレナです。お二人はルイちゃんのお知り合いということで」

 今日は来てくれてありがとうございます、とエレナがベーグルサンドを手に取りながらにこりと笑顔を向けた。


 あ、なんか真守さんったら思い切り体をがくがく震えさせているんですけれども。

「ま、真守(まも)あんちゃん。正気を、正気をたもとう、私もちょっと美人オーラにどうにかなってしまいそうだけど」

 あわあわと、真矢ちゃんまで兄をさすりながら本人もガチガチに緊張していた。


「ほれ、あたしとは普通にしゃべれるんだから、エレナとも緊張せずに普通に話せばいいってば」

 ほらほら、リラックスリラックスとカメラを向けると、これがリラックスの魔法か、と真矢ちゃんは、あぅと情けない声を上げながらうつむいた。

 どれだ、リラックスの魔法と思ったけれど、まあ突っ込まないでおく。


「ルイどのとも……きちんと話せる気が全然しない……」

 リア充怖いと、真守あんちゃんは真矢ちゃんの影に大きな体を隠したままだ。

 どうしてそこまで恐れられるのかよくわからない。


「別にそこまでリア充って意識ないんだけどな……好きなことやってるだけで」

 だよね? と未先ちゃん話を振ると、ちょうどサンドイッチにはむついているところだった。

 トマトとチーズのサンドイッチである。

  

「んー、ルイ先輩に関してはダメなところいーっぱい見てきてるんでダイジョブですけど、エレナさんはちょーっと緊張しましたよ? まさかこれで男の娘だなんて思わないし」

「心外だなぁ未先ちゃんったら。これが男の娘というやつだよ!」

 ボクほど男の娘っぽい子は滅多にいないよ! と言われて、未先ちゃんは、あーはいはい、とスルーの構えだ。

 

 思えば、最初は多少緊張していた未先ちゃんも、エレナの男の娘大好きをこじらせたところあたりを見て、態度を軟化させたところがあったように思う。


「僕もエレナたんはずーっと男の娘派で、その、この前のテレビ見てショックを受けててその……」

「あれは旅先で偶然撮ることになっちゃってね。でも、あれで男の娘だったとしたら、二次元に迫れると思うんだよね」

 お兄さんはどう思いますか!? と話を振られて、ふぉっと彼は助けを求めるように視線をさまよわせた。

 ちょっと内気な人には話題を振るのはいいことだろうけど、さすがにまだちょっとそこまでやるには慣れが足りないのではないだろうか。


「あんちゃん。とりあえず落ち着くためにもごはんにしよ。エレナさんがそう言ってるんだったらきっと男の娘なんだし」

 真矢ちゃんは少し慣れてきたのか、クロワッサンにいろいろサンドされているものをはむりといただいていた。

 みずみずしい葉っぱとハムの色がこちらからは見える。 

 

「って、そんな素直に納得って……」

 えぇーと声を上げてる兄を放置して真矢ちゃんはお食事に入る。

 こちらをちらっと見たけど、貴女がそうなら、エレナさんもそうなんでしょう? と言わんばかりである。

 んーむ。はたして真守さんにこちらの性別の話をいつすればいいのか、非常に判断に悩むところだった。


「あ、それでルイちゃんのお姉さんの話ききたいかな。結婚式六月なんでしょ?」

 初耳だよ、それ、とエレナからちょっと不満げな声が漏れた。

 なんでそういうイベントを教えてくれないのかな、という感じだった。


「いちおう式場は押さえてあるみたいだよ。お金もためてるみたいだしね。主に新郎の方が」

 うちの姉様は、そこまでお金に余裕ないと思うんだよね、としみじみ言うと、似たもの兄弟ですかーと、なぜか未先ちゃんに不憫そうな視線を向けられてしまった。


 いや、べつに姉様はそこまで貧乏ってわけじゃないと思う。

 ただまだ学生だからお金がないだけのことだ。


真飛(まなと)がどんどんリア充になっていく……」

「ほら、あんちゃんそこはちゃんと祝福してあげないと」

「でも、僕はきっと三十路の魔法使い確定なのに、なんであいつばっかり」

「それは、女の子の前できょどるからでしょ? せっかく今日はこんなに美人さんがいるんだから、しっかり慣れておくべきだよ」

 ほら、恐れずに、さぁ! となぜか真矢ちゃんはパンがたっぷり入っている紙袋の前にいるルイの前に彼を誘導した。


 ふむ。これは女性慣れをさせるためにご協力くださいとかそういうことだろうか。


「ご注文はなにになさいますか?」

 とりあえず紙袋に手を伸ばして、彼に向けてにこりと笑顔を浮かべて見せた。

 将来的に親戚になるお相手でもあるので、これくらいはサービスしてもいいだろう。

 え、親戚のおじさんに変な目を向けられてるんだから、懲りろって? あれは不可抗力というやつなのです。


「ごふっ」

「……ルイちゃん。女性に免疫ないオタクさんにそれはない……」

「ええぇ……これくらいで撃沈してちゃ、ファーストフードとかいけないじゃん!」

 なんでそんな反応なのさ、と言うと周りは、いや、その……とそっぽを向き始めた。

 ぐぬっ、どうしてこういつもこんな展開になるのだろうか。

 

「ちなみにうちの兄は、大手ハンバーガーチェーンは問題ないですが、グランデとか、トールとかなカフェには行けません」

「ああ、あのダイバーシティなところか……性別変える手術のために有給とれるとかっていう」

 あのおしゃれカフェかぁ、とつぶやくと、未先ちゃんからどうしてそういう反応ですかこの人はと変な目で見られた。

 うーん、グローバルでダイバーシティでセクシャルマイノリティに寛大なのは特筆事項なんだけどなぁ。


「ちなみに、その店、あたしも行ったことないので、今度真飛さんや姉さまも誘って行ってみましょうか」

「って、ルイちゃんの行ったことないのは、外食系全般に言えることだと思うけれど」

 倹約家だからねぇ、とエレナはベーグルサンドを食べ終えてぺろりと指についたマヨネーズを舐めとった。


「あ、それいいですねぇ。ぜひとも! ほら、真守あんちゃんも決まりだからね!」

 メニューの予習は家でやってくということで! と真矢ちゃんは同世代での交流をもとうと提案してきた。

 まあ、確かに姉さまたちの式までそう期間もないのだし、もうちょっと交流を持ってもいいのかもしれない。

 真守さんは、お、おうと返事をしながら、紙袋からサンドイッチを取り出した。

 ボリュームが多めのライムギパンのサンドイッチだ。


「なんなら、未先ちゃんも来る? 同年代の交流ってことで」

 どうかな? ととりあえず誘ってみると、どうしてボクを誘わないかなっ、とエレナさまにむくれられてしまった。


「エレナももちろん参加したければいいよ。ファーストフードとか学校帰りに行くのが夢とか、昔言ってたもんね」

 結局、なんだかんだで学校帰りってのはカラオケくらいしかかなわなかったわけだけれど。

 エレナさまは、わーい、と素直に喜んでくれたようで、真矢ちゃんと連絡先交換しよっか、なんてやりとりを始めていた。


「はたしてそれがいつになるのか……」

 ああ、どうしようかと未先ちゃんは一人悩まし気な顔をしていたわけだけれど。

 ベーグルサンドのパンの風味がすばらしくよくて、あまり詳しく問い詰めることなどはできないルイなのだった。

同人誌即売会で四桁売るようなサークルってお金関係やばそーとか思いますが、めちゃくちゃうまくても300部とかしかでない現実……というか無名でしかも小説でオリジナルだと十冊とかってこともありますので、この次元になるともう脳が理解を拒絶するレベルかと。


にしても、いろいろなパンのサンドイッチっておしゃれの塊って感じがする作者です。

そしてスタ〇は一度だけしか行ったことないや!


さて、そんなわけで真守あんちゃんも陥落した感じですが、次話は撮影に踏み出します。

作品の時系列で一年半以上ぶりくらいにあのキャラが再登場です。誰だよってのは次話で。

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