485.3枚目のコスROM1
「これがサークル参加というものですか……」
おぉ……とまだまばらな会場の風景を見ながら、未先ちゃんが感動したような声を上げていた。
本日は三月のとあるイベントの日。
コスプレあり、販売ありのそこそこな規模の同人イベントの日なのだった。
正直、卒業式シーズンに被るので、参加するのもどうなのかなと思いはしたのだけど、未先ちゃんの「出すなら早いほうがいいですよ」という一言もあって、この時期に決まったのだった。
まあ、コスプレの衣装には、流行廃りもあるから、新鮮なうちに発表しておきたいという気持ちにもばっちり叶うわけだけどね。
ちなみに、この会場には特撮研と、大撮影会をやったメンバーの一部がやっぱりサークル参加していたりする。
前の夏のイベントの時は、特撮研だけで回していたから木戸にも店番の時間があったけれど、今回は完全に有志での参加だ。用事があるからってことで、あちらは断らせてもらっている。みんなには、付き合い悪いなーって言われたけど、そんなの、エレナさんのコスROM優先なのは仕方ない。
なんて、断ってしまったのだけど。
ルイのほうにも是非来てくれると嬉しいです! とご招待を受けていたりもする。
ほら。いちおう背景画像を提供したりもしたからね。
店番として未先ちゃんも来てくれているし、落ち着いたら顔は見せにいこうかと思っている。前にやったときの感じだと……うん。多分午前にわーってなって、あーっ、てなって、午後にはある程度穏やかになると思ってるので。
場所によっては、一日ずっと長蛇の列ってのもあるだろうけど、ここに関しては、いくら在庫が多いとは言っても、午後の遅い時間には、余裕があると思いたい。撮影にも行きたいし。
え。さくらはって? 今日は会場には来てるけど席が三つしかないので、途中で会ったら絡もうぜ! くらいな約束だ。今回のコスROMにはノータッチなのでそういう反応なのだろう。
ちなみにエレナに言わせれば、席が三つもあるってことらしいけど、前の惨状を思えばこれくらいスペースがあってくれたほうがありがたいというものだった。
「いちおー端っこのブースが貰えたので、ばんばん売っていこうね」
成長したエレナたんを皆さまにお届けするのですと言うと、まぁ、エレナさん綺麗だしなぁ、と未先はまぶしそうなものを見るように目を細めていた。
今日に関しては、売り子であるエレナさんも販売の担当になる。
未先が初めての販売になるから、というのももちろんあるけれど、本日持ち込みをしたコスROMの部数は1500もあるのだ。
結局、第一弾と第二弾を出した結果を参考にして二千部ほどROM自体は製作している。
そのうちの五百は委託販売。
前の時は、売り切れを出しちゃっているし、ちょっと大変でも現場に持ち込もうよって話になったのだった。
段ボールで……えっと、10箱以上あったかな。
三人で搬入は大変だろうと思われたかもしれないけれど、実はその……
中田さんがね、この会場にいるんですよ、はい。
彼は我々のブースから少し離れた壁際に、すっと立ってこちらの様子をじっと見つめていた。
普通に、それ、なんのコスプレですか? って周りからきらきらした目を向けられていたけれど、それ、まじものの執事なので……
どうしてこうなったかといえば、簡単な話。
エレナパパが、ボディーガードはつけなきゃ駄目だ、なんて言い出したからだった。
若い娘さんたちだけで、多くの人が集まる場所に行ってはならないというようなことなのだ。ちなみに、じゃあ沙紀矢くんを、と言ったらパパさんは、ヤメテっ、心臓がっ! ってわたわたしてたっけ。
沙紀矢くんなら、じみーに、女装売り子をやりながらボディーガードくらいやってくれそうなのだけども。本職には劣りますよとはいうけど、平和ぼけした庶民とは隔絶した技能をお持ちだと思う。
しかも、今回のコスROMは売り切れば収益はかなりのものになる。
そんな額を、若い娘が持っていたら危ないのではないか、とパパさんが心配したのである。
普段のコスプレのみのイベントとの違いは、やはりそこなのだった。
「中田さんも、椅子に座ったりしませんか?」
「いえ、ルイさま。私が座るわけにはまいりません。それよりもお手伝いのほうは先ほどの荷物運びだけでよかったのですか?」
「あー、まあ、はい。あくまでも中田さんは護衛というか保護者扱いですから、でんと構えていただければ」
のっぴきならなくなったらお願いシマス、というと、ふむ。と中田さんはなにやら考えたようすで、すっと身を引いた。
はたしてこの光景、周りにはどう映っているのだろうか。
エレナたん、年配の方とコラボ? とかそんな感じだろうか。
「うわっ、まさかお隣がエレナたんとは……本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
そんなやりとりをしつつ、長机の上の販売スペースを設置していると、エレナがお隣さんと挨拶を交わしていた。
今日のコスプレの衣装からか、エレナさんの口調がいつもよりもお嬢様じみてる感じである。
もちろん本日のROMに入っているキャラの一人ではあるのだけど、お嬢様役が本当にドハマリしているという感じだった。
え、どうしてそんな役をやってるかって? どうやらゼフィロスの話をいろいろ聞いているうちに、お嬢様学校うらやましい! とか思ったそうなのだ。
そして女装潜入ものから一点選んだというところなのである。
ちなみにゼフィロスの話は食事会のメンバーだけではなく、彼氏の妹からもたっぷり聞かされたらしい。ルイちゃんばっかりずるい……とうらめしそうに言う顔は可愛かったので撮らせていただいたほどである。
「にしても、エレナたんももう壁サークルの仲間とは……たしかそんなにいっぱいはだしてなかったよね?」
「はい。今回で三度目です。前回がその……だいぶ人が集まってしまったので、今回はこちらになったのですが……」
少し間があいてるので、みなさんに忘れられてないといいのですけど、とエレナは満開の笑顔でそう答えていた。
ちょっとエレナさん。あんまり朝から飛ばしてもお相手はついて行けてないですよ?
「え、エレナたんなら大丈夫だと思うけどね……で。結局、女の子派大勝利ってことでいいのかな?」
お嬢様ってことならさ、とその男性は興味津々でエレナに詰め寄る。
おっと、これはフォローしてあげないといけないかな、と思ったら。
「ちょっと、その話題はタブーだって知ってるでしょうに。それにあたしにとってはエレナたんは永遠に男の娘なの! ってか、エレナたんを主役にすえた同人誌つくりたい!」
「いだいっ、耳ひっぱるなよ」
その男性の隣にいた女性が、思い切り耳を引っ張って諫めてくれた。
にしても、エレナ主人公の同人誌か……どんな感じのお話になるんだろうか。
え、どこかの蚕×M本みたいになるって? やめて、それは黒歴史なのだから。
「ボクは永遠に男の娘を体現するもの、ですよ? でも、お兄さんみたいにあの温泉の放送見て、あーあ女子だったかーってがっかりする人がいたら残念かなぁとは思いますが」
エレナの懸念もいちおうはわかるつもりだ。
年末に旅行に行ったとき、いろいろあって、この子はあの崎ちゃんと一緒にお風呂に入っていたりするのである。
それを見た人は、おおむね、エレナたん実は女子説が大勝利となっているところがある。
その根拠は、あの珠理ちゃんが、男の娘とはいえ、男子と一緒に入浴とかありえないという意見である。
実際、あり得てしまえているのだけれども。
それにあそこは「大浴場」じゃなくて、「貸切風呂」なのだから、混浴OKなのである! OKなのである!
「そういう意味では逆に売り上げあがるかもしれませんね。今までは男の娘だから手をださなかったのが、あの放送でわっと火がつくかも」
「下手に炎上しないことを祈るばかりです」
うちには下手に炎上した子がいるので、とちらりとエレナはルイの方に視線を向けた。
うぐ。そりゃ多少炎上した経験はあるけれど、あれは別にこちらのせいじゃないもん。壁ドンとかやってくるからいけないんだもん。
「あはは。ROMの主よりカメラマンの方が炎上してるとか、ほんと珍しいよね」
ああ、そうだ、よかったらこれ、と男性のほうが一冊本を差し出してきた。
お隣へのささやかな贈り物である。
「ありがとうございます。あ、こちらからもお渡ししておきますね」
そしてエレナもさっとコスROMをさしだした。
ちなみにお隣さんはコスプレ系ではなく二次創作モノだ。なにかでみた漫画かなにかに酷似しているように見える。
「今回は新メンバーも製作に加わってもらってますし、新しい試みもいっぱいやってますので」
よろしかったらご堪能ください、とエレナはにこりとお嬢様スマイルを浮かべた。
あいかわらず花が咲いたような可愛さである。
そして、その脇にはすっと、中田さんが現れていた。
「では、失礼いたします」
彼はエレナから預かった本をぺらぺらと眺めていく。
まあ、なんというか……検閲的なものだ。
基本エレナはそこまでエロまっしぐらではないけれど、これもエレナパパからの配慮というか中田さんが受けていた指令であった。
パパさん的に同人イベントというものを調べた結果、どうにも気になったのがエロの存在なのだったようだ。
可愛い娘にはまだ早すぎる、とか思っているのか、過激なものが多いと書かれているせいなのか、そんなことになったのだ。
エレナとてもう二十歳なのだから、そういうのは規制しなくてもちゃんと耐性はあるんだけどもね。
「これはこれは……さながらプロのような筆致ですな」
いささか肌色は多いですが、と冷静なコメントを浮かべられて相手は少し困惑しているようだった。眼の前で読まれる経験はあるのだろうけど、ここまで畑違いの人の手に取られることはそうそうなかったのだろう。
「絵が上手いのは壁のサークルさんならある程度必須ですよ。その上でいろいろな要素が組み上がってここにいるのですから、ボクにも読ませてくださいね」
ほぼ無表情の中田さんに、エレナは苦笑まじりでおねだりした。
本来ならば並ばないと買えない一品である。
まあ、男の娘がでてないなら、エレナはスルーするだろうけど、そこらへんはお隣との関係を悪くしないためにも内緒である。
そんなやりとりをしていたら、会場にアナウンスが響いた。
さあ、同人イベントのはじまりである。
さあ、三冊目のコスROMです。
じみーに、未先ちゃんの「出すなら今ですよ!」とか、今後の波乱をしりつつな台詞です。
にしても、最大規模のあのイベントではないとはいえ、壁サークルになれるというのはすごいですよね。
お隣は普通に同人誌なのですけども。薄い本いっぱい売れるといいですね!
次話は開場とその後です。まあだからこそ壁になるんですよね、という感じを予定しています。




