483.ゼフィロスの第82回卒業式7
「ちーっす。写真撮りにきましたー!」
いえーい、と鹿起館のお勝手口で挨拶をすると、おう、ルイの字-、と寮母さんは気楽に招き入れてくれた。
正面からではないのは、あくまでもこれがサプライズだからなのだった。
卒業生たちにこちらの姿を見せるわけにはいかないのである。
ちなみに、お勝手口も味のある扉だったので、しっかりと撮影させていただいた。
「時間きっかりだね。さすがはあんたもプロってことかね」
「おいしいご飯と、おいしい写真が撮れると聞いて」
参上いたしましたよ、というと、ま、静かにな、と寮母さんはにやにやした笑みを浮かべながら、しぃーと人差し指を唇にあてる。サプライズと言っていたようにどうやら彼女も、それが成功するのを楽しみにしているようだった。
「いちおうじょーちゃんたちの準備も終わって、そろそろパーティーの始まりだ」
いっとくけど、あたしは一切手伝ってないからな、と嬉しそうにいうのは、準備をした子たちの手際が良かったからだろうか。
「正直、ナベのいくつかは黒焦げになるとか、そういうのを想像してたんだけどな」
そつなくこなしやがって、とあんまりにも寮母さんが嬉しそうなので、その姿を反射的に撮らせてもらった。まるで手のかかる妹の成長を喜ぶような姉みたいなんだもの。
「って、別に撮るのはあたしじゃないだろ。どうしてそう、お前さんはあっさり迷い無く撮っちまうかな」
「眼の前に撮りたい物があれば撮る。お姉さんがいい食材を前にしたら自然に動いちゃうようにね」
「はぁ。それでも嫌だったやつはいるだろ?」
「そこは、あれですよ。あたしの料理を食って見ろ。それで不味かったらお代はいらねぇよ! みたいな感じじゃないですか?」
いちおう、これでも事後承諾はちゃんと取りますよ? というと、やっぱルイちゃんは面白いよなぁと彼女は笑ってくれた。同じ学院で働く同僚としてなんとか合格点といったところくらいまでは認めて貰えただろうか。
「それで寮母さん。みんなに交ざって撮影って方向でいいんです?」
シークレットならそれなりな演出とかもあるんですか? とほのかはカメラを構えながら、すでに助手の顔になっていた。依頼人のために、という姿勢は微笑ましいものである。
「最初の何枚かはこそこそ撮って欲しいところかなぁ。ほれ、カメラがあるとびびったりもすんだろ?」
そりゃ、あたし達の目があってもってことだけどな、と彼女は悟ったような声を上げた。
まあ、言い分はわかるかな。
身内だけの会と、ちょっとその他が混ざる会だと、砕け方が違うものね。
無邪気な顔を撮るためには、こういうやり方もありだろう。
「こりゃあ、気配を消すスキルを覚えねばですねぇ」
写真屋はもともと、影であることも求められるわけですが、というと、は? とほのかに変な顔をされた。
やめて。ルイさんだって目立たないようにがんばってるんだから!
「ほのかも勘違いはしないように。主役はあくまでも被写体なの。いい顔を作るための手伝いはするけど、場をかき回しちゃうのはほんと駄目なんだよ」
あたしだってそこら辺は気を遣ってるんだけどなぁ……はぁーと、肩を落とすと、ま、しゃーないやなぁと寮母さんになぐさめられた。
うぅ。ほんと馨と二人で足して割るとちょうどいいくらいになると思うんだけど。
「ちなみに、完全に自然な感じを目指すなら、望遠とかで隠し撮りになります」
動物撮るのとおなじだいっ、というと、あぁ……なるほどなぁと寮母さんはなぜか肯いていた。
まあ、動物ならそれでいいんだけど、個人的には望遠で人を狙うのはよっぽどじゃないとやりたくはない。やっぱり理想は「撮る」と伝えた上で自然な、リラックスした顔を引き出せることだ。
ほんと、もうちょっとルイさんとしておとなしめにならなければならないけれど、今だと普通に彼女達に騒がれてしまうこと請け合いだ。
けれども。
「せっかくだから、ちょい離れたところから狙えない?」
完全に自然な感じも何枚か欲しいです、と寮母さんはまったくもって躊躇なくそんな依頼をしてきたのだった。
「それは、まぁ。出来ますけど」
うむぅ、と悩ましげな顔をしながら、まいったなぁと頬に指が軽くあたった。
もともと人の隠し撮りはちょっと、という考えは当然あるのだけど。
さらにこの状況というのも実はちょっと問題だったりする。
はい、みなさん。現状を整理してみましょう。
ここは女子寮です。
そこでカメラを持ったルイさんが、無防備な女子をちょっと離れたところからこっそり撮ります。
どうでしょうか?
意識的には女子側なんだけど、俯瞰してみてしまうとどうにも。
事後承諾で済む問題か? という意識もやはり出てしまうのだ。
「写真を見せたときに、やべぇって言わせれば、不意打ちもありですってば」
「お嬢様は、やべぇは言わないと思うのです、ほのかお嬢様」
ぐぬっと、ほのかは押し黙った。
でも、彼女の言いたいことはなんとなくわかった。
たとえ不意打ちであろうと、良い写真が撮れれば、相手はそれを受け入れるはずだ、という考え方だ。
もちろん、それが上手く行かないことも多くあるだろうけど。
その時は、写真を廃棄すればいいじゃないの? ということなんだと思う。
はいはい。わかりましたとも。躊躇はあるけど、まあ背中を押されたならば気にせず撮りますよ。
「あとで怒られたら、全面的に寮母さんのせいにしますから」
それと、ご飯食べさせてもらう約束、守ってもらいますから、というと、へいへいといいながら彼女は厨房のはしっこに座って、缶ビールの蓋を開けた。プシュっという景気のいい音がなった。
おまけにオーブンでなにかを焼いていたのだろう、何かが焼き上がるような匂いがしているようだった。おつまみをいただきながら、晩酌タイムに入る気まんまんらしい。
「めしに関しては、ま、仕事が終わったらな。なんならじょーちゃんたちのパーティーに参加でもいいけど」
どっちにするかは、まかせるがね、と言っていたが、まあパーティーのご飯は、人数を考えて作られていることは予想されるわけだし、ここは素直に寮母さんのご飯をあてにしておくとしよう。
「んじゃ、事後承諾ってことにして、撮影始めようか」
はぁ、とため息を漏らしながらカメラのレンズを換えておく。
すごく離れてるものを撮るわけではないのであのでっかい望遠レンズは使わないけれど、こちらのほうが少し離れているのを撮るにはいいのだ。
「ほのかも好きに撮ってね」
あとで比べっこしようか、というと、えぇーハードル高いーとほのかは、弱々しい声を漏らした。
いや、それはもう怖れずにばんばんと比べて楽しもうではないですか。
そしてこそこそ厨房の方から食堂の方を狙った。
すでにイベントは始まっているようで、卒業生達はお誕生日席というか、上座のところに並んでいるようだ。
今年の卒業生は三人で、真ん中はちょっと居心地悪そうにしている寮監の絵里子さんだった。
きっと本人は、私がこんな主役のような席はっ、とかわたわたしてるんだと思う。
もちろんそんな横顔が可愛かったので、一枚、と言わず数枚撮らせてもらった。
こちらの視線にはまったく気付く気配はないようだ。
「にしても今年の寮の卒業生も個性豊かですごいですよねぇ」
ちらりと隣で撮影をしているほのかから声が上がった。
寮での生活。
それは、この学校においては少し特殊な立ち位置になることが多いのだそうだ。
去年の沙紀お姉様をはじめ、生徒会関係者が寮暮らしということも多いし、それにこのご時世に寮暮らしをしようという希少な人達の集まりでもある。
その中で今年の三年生は、それぞれ委員会の活動などにも注力した英才と、演劇部の才媛。そして問題児の三人に別れたそうだ。
委員会ってのが寮監やってる絵里子さんなんだけどね。
「あの三人で見事に調和しちゃうってのがなぁ……やっぱり生活を共にするっていうのは大きいんですかね」
性格もなにもみんなばらばらなのに、といいつつほのかはシャッターを切っていた。
みんなが大人だから、というわけではなく、いろいろな衝突があったからこそできた調和なのだろう。
鹿起館の生活は、女子寮だからということも手伝ってか、相互の交流、干渉が多い。
上下での交流なんかも、である。
相談事があれば、食堂のスペースで会話をするなんてことも多いのだという。
「それはそうなのかもね。男子寮だとまたちょっと違うみたいだけど」
うん。みんないい顔してるよねぇ、とほれぼれしながらシャッターを切った。
卒業生もそうだけれど、在校生達も名残惜しそうな顔を隠そうともしていない。
たぶん、一人しれっとした顔をしているのは、若様のメイドである志農さんくらいなものじゃないだろうか。
彼女はメイドとして一番厨房側の席に座って、いつでも立ち上がってみんなのサポートができるような状態を作っている。
飲み物が切れたら補充をして、といった具合だ。
では、その主人である若様はというと……普通に、卒業生達との別れで、涙ぐんでいた。あんまり泣くと化粧が崩れそうだけど、大丈夫なんだろか、若葉ちゃんは。
「お料理も、なんか普通に美味しそうですよね……ぐぬっ。この角度だとちょっともったいない絵しか撮れない!」
「こればっかりは仕方ないかなぁ。肩車でもする?」
そうしてもたぶん無駄っぽいけど、と言うと、堂々と乗り込んで撮る以外にはなさそうですと、ほのかは少しだけしょんぼりした。
彼女がそう思うくらいに、今日の夕食は豪華な仕上がりになっていた。
パーティー用だというのはそうなのだけど、みんなの力の入りようがすごい。
真ん中にでんって置いてあるのは、鳥の丸焼きだったりするし、その脇にはローストビーフがいらっしゃる。
そしてサラダは、あんまり見たことのない野菜が使われていて、なんですか、これでデトックスとか出来ちゃうのですか、みたいな感じな仕上がりである。
ご飯の人とパンの人とがいるのは、好みの問題というやつなのだろう。たぶんこれならどっちにも合うだろうし。
「ま、ある程度自然に撮影したら、あっちに合流するようにしましょうか」
「そ、そうですよね。でも出るタイミングとか……寮母さんから何にも聞いてないんですけれど」
「……たぶん、全部あの人の思いつきなんだと思うよ。彩ちゃんもなんにも言ってなかったじゃない?」
協力して欲しいって感じなら、話があってしかるべきだし、と言うと、そんなに行き当たりばったりでいいのかなぁ、とほのかは悩ましそうな顔をし始めた。
「サプライズなんて、突発的なのか超計画的かのどっちかじゃない? 今回のはあきらかに前者だよ」
あの寮母さんお茶目だから、ぱっと思いついちゃいました的なのだよ、というと、あー、たしかに、全然計画的ではないですねぇ、とほのかはやっと納得したようだった。
正直、今回の寮母さんからの話は、正式な仕事のオファーですらないのである。
雑にやろうとも思わないけれど、正直、ほのかがやってて楽しければルイとしてはまったくもって問題はないのだ。
だから、それこそ数枚ここで撮って、ある程度抑えられたらみんなの中に飛び込んでしまってもいいのである。
「お、プレゼントを贈るみたいだよ? ここはきちんと抑えておかねばね!」
食事も進んだところで、どうやら卒業生達にサプライズ! みたいな感じでプレゼントを渡しましょうという流れになったようだった。
「でも、こっちからだと在校生の渡す姿しか……」
「だよね……これ、やるなら両サイド必要な絵だよね……」
隠れてこそこそ撮るということは、すなわち視点の固定化という問題を孕んでしまうのである。
上下は移動できても、左右の移動があまりできないというしんどさ。
これ、正面の入り口からこそっと、あっち側とかに回れないものかなぁ。
というか、もうここはおもむろに出て行って、撮影中! とかって看板を出すしかないんじゃないだろうか。
「で? そんなところでこそこそ何をやってるんですか? ルイさん」
そんな感じでほのかと一緒に、卒業パーティーを撮っていたわけなのだけど。
やっぱりというか、なんというのか。
つかつかと歩いてきた志農さんに思い切り見つかったわけなのでした。
ちょっとはわはわしすぎて騒ぎすぎてしまったかもしれない。
気付くのなら彼女かなとは思っていたけれど、やはりといった感じだ。
さて、どうしたものかなぁ、と思いつつもとりあえず、志農さんを一枚カシャリと撮影。
そして、ちらりとほのかに目配せをしながら、ルイは言ったのである。
「はい。撮影係の出前です♪ いい被写体は残っていませんか?」
志農さんは、さようですか、と呆れたような視線をこちらに向けたのは言うまでもない。
久しぶりに鹿起館にご訪問。
本日は正面ではなく裏口、お勝手口でございます。
こそっと撮影してよ、とかルイさん一番苦手分野じゃない? っていう感じですが。
まあ、おおむね予想通りかと。
さて、次話では寮の卒業式とか、若葉ちゃんどうすんの? とかそこらへんにスポットをあてる予定でございます。




