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482.ゼフィロスの第82回卒業式6

あわただしくて、おそくなりましてごめんなんし。さぁ校内の撮影は今日でおしまいでありまする。

「今日の撮影の終着点がここ、かぁ」

 おぉ、とカメラを構えながら、その景色を思わず一枚撮っておいた。

 いま、ルイとほのかがいるのは、ゼフィロスの高い塀の内側ぎりぎりのところだ。

 ここからだと、校舎が全面的に見渡すことができる。


「さっきまでいた、屋上からの景色も捨てがたいんですけどね。やっぱり地に足が付いた景色が一番馴染んでもいるので」

 ほのかが少しだけ寂しそうに、そして愛おしそうにその景色をカメラに収めている。

 時刻はすでに五時過ぎになったばかりだ。

 冬とは言ってもまだ外は明るくて、これくらいならばまったく撮影に影響はない。

 ま、ルイさん的にはもうちょっと暗くてもがっちりホールドでぶれたりはしないんだけれども。



 これまで二人で一緒にかなりいろいろな場所を撮って回った。

 さすがに写真部としてやってきているだけあって、普段は人が入らないようなところまで連れて行ってもらったのはとても楽しい時間だった。


 さきほどまで行っていた校舎の屋上は、普段生徒が使うことはほとんどないスポットだ。

 立ち入り禁止ということはないけれど、このお嬢様学校の子たちが使うには、少しハードルが高い場所でもあるところ。

 きっと沙紀ちゃんあたりなら、疲れたら屋上に避難なんてこともあったかもしれないけれどね。お嬢様ものの潜入ゲームに出てきそうな絵である。


 そんな屋上を背景にほのかを撮ったり、そこから見える景色を撮ったりと二人ではしゃがせていただきましたとも。

 さすがにルイとしても、学園祭の最中にここに潜り込むことはしなかったし、ここで展示とかやってる学生さんとかいなかったからなぁ。


 この学校ではレアな高い場所から見える風景は、馴染みがあるそれとはまた違って。

 ああ、こんなところまで見えちゃうかーってな感じだった。

 ゼフィロスには中が見えないような壁があるけれど、この屋上ならばもちろんそんなものはぶっちぎってしまう。

 外の景色も見えるし、もしかしたらここに居たら、外からも見えちゃうかなぁなんて思っちゃうくらいだ。


 ま。ドローンでここを撮影しようとして、盛大に打ち落とされた事件もあるみたいだから、ここにいても大丈夫なしかけもありそうだけどね。フェンスに迷彩がかかってるとかさ!

 今度、おばさまに聞いて置こうかな……

 

「三年過ごした場所、か。あたしも学校でもうちっと地に着いた撮影をしていたほうが、感慨とかもあったんだろうか……」

「あれ。ルイさんのことだから、高校生活も、げひゃーとか言いながらいろんなイベント撮りまくりだったんじゃ?」

 ちょっとその景色を見ながら感慨深げに言うと、ほのかから、意外だという声が聞こえた。

 ううむ。世間的なルイさんの印象ってそんな感じということだろうか。


「それはさくらのほうだね。あの子ったらことあるごとに、げひゃーって撮影してたので」

 あたしは大人しかったものです、といいつつ、あんたにそんなこと言われたくないわ、とさくらに言われそうだなぁと思った。


「その分、外での撮影でルイさんはげひゃーなんですね」

「そろそろげひゃーから離れようか。女の子が欲望むき出しなのは、ちょっとはしたないって学院長先生からも言われてしまいますので」

 せっかくのお嬢様学校の卒業式なのですから、お嬢様っぽくしていただかないとこまりますわ、ほのかさん、というと、彼女は、えぇーと愕然とした顔を浮かべた。


「いまさら奏っぽく装われても調子狂うよ……」

「ふふん。いちおうは、理事長先生達から、卒業証書(偽)ももらった身ですしね」

 ちょっとくらいは、いいではないですか、と答えると、偽ねぇ、とほのかからは呆れたような声が漏れた。


「ま、たった一週間しか通ってないのだから、本物を貰えるはずもないってわけでね」

 ちらりと荷物の中に入っているB5サイズのそれを思い出して苦笑を浮かべる。


 実は、午後校内を撮影している中で、突如校内放送が流れたのだ。

 豆木ルイさん。校内にいらっしゃったら学院長室にお越しください、と。

 なんの呼び出しだろうと思って、ほのかに了解を取ってからそちらに向かうと、これが……


「せっかくの卒業式なのだから、貴女にも渡しておかないとね」

 なんて、理事長と学院長両方から、悪戯っぽい笑みを浮かべられつつ、一枚の立派な紙をいただいたのだった。

 もちろん本日みなさんがもらったものとはサイズからして違うまがい物である。サイズは通常のものの半分。文字のサイズも小さくなっているようだった。

 ただそこには、大空奏という名前と、卒業証書(偽)という文字がしっかり書き込まれていた。


「なにからなにまで異例づくしだけど、理事長先生達ったらちょっと、お茶目が過ぎないのかなぁ、それ」

「学院長先生の方は、困った子だわ、みたいな顔してたからなぁ。たぶん理事長のお茶目なんだと思うけど」

 なかなかにあの人も、楽しいこと大好きだからなぁと苦笑を浮かべておく。

 一時期は、旦那が不倫してそのまま失踪した影響でふさぎ込んでいたみたいだけど、今ではすっかり元気な様子である。仕事で忘れようとかそういうことなのかもしれないけれど。


「あの若さで理事長って、やっぱり咲宮の家っていうのはすごいですよね……」

 しかもうちらと同年代のお子さんまでいるとか信じられない、とほのかはちょっと憧れのようなうっとりしたような視線を校舎の一角に向けた。理事長室のあるところである。

 学院長室の隣にある部屋ではあるけど、生徒が踏み込むことはほとんどないところでもある。

 そして、学院長室と違って、空席になる時間もまた多い部屋だ。


 理事は対外的なことを中心に行うし、教師の採用なんかにも腐心をする。

 学院長は生徒との交流、教育を中心とするわけだから、生徒との距離はそれよりもさらに遠いわけで。

 去年馨が女装潜入したときに不干渉だったのは、おおむね外での活動で仕事をしていたからだというのが理由の大半なのだった。

 だって、あの人だよ? 女装潜入とかいったら、絶対その場に居れば干渉してきそうじゃない?

 ……まあ去年は、沙紀ちゃんの件もあってなるべく内部に干渉しないようにはしてたみたいだけど。

 自分の管理する学校で、息子を女装させて放り込む母親の心境ってどんなものなんだろうなぁ…… 


「被写体として狙ったことはあるの?」

「そりゃ、もちろん。卒業アルバムの兼ね合いとかもあるし、しっかりばっちり撮らせてもらって、お話なんかもしちゃいましたよ。今年になってから特に学校にいる時間も多かったし」

「へぇ。まあ咲宮のおうちはみなさんなにげに人なつっこいからなぁ。理事長であっても生徒と触れあう、か」

 学校運営の参考という部分ももちろんあるのだろうけど、あの人もきちんと生徒と触れあってきたのだなぁと思うと感慨深いものがある。去年だけがちょっと特別だったのかもしれない。


「ちなみに、息子さんの話になったときは、ちょっとばかり憂鬱そうな顔をしていましたけどね。でも咲宮の御曹司で同年代って、お付き合いしたいって思う人いっぱいいそうですよね」

 これぞ、玉の輿! とお嬢様らしくないほのかは、盛大に拳をにぎりしめた。

 表情から本気じゃないのはわかるんだけど、咲宮のお家を狙うのは正直、やめておいた方がいいと思う。


「三食昼寝付きってわけじゃないし、あれはあれで大変そうだけどね」

 早く跡取りをうめーみたいなのも、あるかもよ? というと、ああ、とほのかはなにか納得したような声を漏らした。


「なるほど。だからあの若さで私達くらいの子供がいる、ってことか……」

 二十代前半くらいで子供を産むって、なんか想像できないとほのかさんは難しい顔をし始めた。

 うん。たしかにね。あと数年後に親になります、なんて想像、なかなかできないよね。

 とくに男性経験がここまで閉鎖されてしまっているゼフィロス出だと。


「でも、ま、大恋愛とかだと、割と他のこと気にせず早めにっていうところもいっぱいだよ? うちだって母様まだ四十すぎだし」

 若くて美人とご近所でも大評判です、というと、ルイさんのお母様なら五十すぎても綺麗な気がするとへんな感想をいただいてしまった。


「うちの姉様もあんがい、すぐに子供できちゃったりするんじゃないかなぁ。相手の甲斐性次第ってのもあるかもしれないけど」

 ライフプランとか聞いたこと無いからわからないけど、と、首をかしげていると、ほのかにじーっと見つめられてしまった。


「ルイさん的には、いつ子供を産みたいとかあるんですか?」

「……ほのかさん。それはネタで言ってる? マジで言ってる?」

「え? いや、もてもてなルイさんは、写真と家庭とどっちを取るんだろうって話ですが」

 おおおい。まて。なにをまじな顔をして、参考にしたいですみたいな言いぐさですか。


「あたし、子供産めないですけども……」

 体の構造上、というと、ほのかは、にやっとした顔を浮かべた。

 そして、そのままこちらの困ったような慌てたような顔を一枚撮った。


「冗談ですってば。でも、実際今日一日一緒にいて、産めそうだよね、なんて思ってはいるけれど」

「むぅ。産めないったら産めないですって」

「もったいないなぁ」

 若奥さんなルイさんを撮ってみたかったのに! とほのかは冗談まじりにカメラを構えて、こちらに向けた。

 むしろそのまま、何の気なしに何枚か連写をした。


 なんか今日は撮られすぎてるような気がする。


「そういうほのかは、将来どうしようとかはあるの?」

「さっぱりもって、将来のことなんてなーんも考えて無いですよ? そもそも出会いがあるかどうかとか、そういう話になるから」

 それを飛ばしていきなり子供の話をするのはさすがに難しいものがあるよとほのかは苦笑混じりだ。

 いやいや、それはこちらも聞かれたことではないですか。


「子供が夢に描く未来みたいなのでいいんだけどさ」

 子供は三人いて、庭にはゴールデンレトリバーがとか、なんとかさ! というと、なんですかそれはと言われてしまった。

 いやでも子供の戯れの将来像なんてそんなもんじゃないかな? え、ちょっと古くさい?


「そういう意味では、そうですねぇ。子供は二人は欲しいかなぁ。姉と弟でもいいし、姉妹でもいいし。そうすればいろんな服を着せて撮影したりできるし」

 男の娘でも良いかもしれないけど、本人がどう転ぶかわからないしなぁ、と彼女は、うむーと腕組みをしてうなった。

 はい。あんまり無茶ぶりすると嫌われるからね? 異性装は本人の意志を尊重してあげてください。


「ペットもいいですよね。ルイさんは家で飼ってたりとかしてないんですか?」

「んー、自分で世話ができるなら、って親には言われたことはあったんだよね。姉様が。だけど」

「ルイさん的には憧れとかなかったの? 思う存分撮れるぞー、とかさ」

 自分のペットならカメラ向け放題、みたいな! と言われて、まぁーそりゃー今思えばそそる案件ですが、とあごに指をあてながら考える。


 カメラを本格的に始めたのは高校の頃からだけれど、小学生の頃はアホな子だったわけだし。

 それに姉に言われるがままに、着せ替え人形になっていた頃だから、動物を飼おうという気持ちはあんまりなかった。

 というか、学校のウサギさん達と戯れてるだけで十分だった部分が大きい。

 どうしても飼いたい! っていう感じにはならなかったんだよね。


「たしかに動物は思う存分撮りたいって思いはあるんだけど……今は風景とか人物とかでいいかなぁって」

 そりゃあ、動物を上手く撮れる方法があるなら知りたいとは思うけど、それをするために飼うというのはちょっと違う気がする。


「ルイさんっぽいといえばぽいけど……でも、写真家としてじゃない側面だと、家に帰ると小さなわんこがお出迎えとか、とことこ近寄ってくるとか、そういうのが絵になりそう」

 というか、そういうの撮りたいので是非、一回わんこにべろべろ舐められてください! とほのかがぺこりと頭を下げた。

 まったく。どうしてこの子はこうなってしまったのだろう。

 撮りたい写真を撮ることはいいことだけれど、さすがに妄想にまで協力してあげるつもりはないよ。


「で。それより、ほのか。そろそろじゃない?」

 ほのかの言い分をとりあえず切り捨てるように、彼女の視線を校舎に向けさせる。

「あぁ……ですねぇ」

 彼女が最後にここを選んだ理由。

 それはなにも、今までの風景が理由では無い。

 二人でいろいろと喋っていたのがその証拠だ。眼の前にいい被写体があったら、こんなにゆったり喋ってないもん。


 けれど、ちょっと時間が経てば。

 その光景はまさに眼の前に広がっていた。


 校舎を照らす太陽の光は、角度をゆっくりと浅くしていき。

 結果として斜めから差し込むそれは黄金色に輝いて。


「まるで、校舎が金色に光ってるみたいだね」

「ええ。これが始まると、帰らなきゃいけない時間っていうか」

 ふふっと、ほのかはカメラを向けながら、こちらに、にっ、という笑顔を浮かべながら言った。


「最後に撮っておきたい。これがひとつの、とっておき、ってやつですね」

 さぁ、撮ったり撮られたり、しましょうか。

 

 ほのかも、その黄金色の光に照らされて。柔らかな髪は風になびいてキラキラと輝いていた。

「ん。夜になるまで、放さないからね」

「夜まで、でいいんですか?」

 撮影はまだまだ続きますよ? と言われつつ、今はただ。

 

 この黄金色の風景を彼女と二人、撮り続けること以外、ルイにはできそうになかった。


卒業証書。みなさんは大切にとってありますか?

作者は、アルバムとともに「どこにあるやらしらねぇ」感じです。

思い出はきっと、写真とともに、あるということでひとつ!


今回のラストは、黄金色の景色。ということで。間の時間もいいけど、その前の夕暮れもとてもいいかと思います。

これがあるから、彼女は鹿屋敷のパーティースタートの時間を確認していたのです。

六時半からなら間に合うからね!


ってなわけで、次は鹿屋敷にいきますよ? 一話になるか二話になるのかは、さっぱり不明なのですけれども!


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