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478.ゼフィロスの第82回卒業式2

「ルイさんだ……ほんとにルイさんがいる……」

 やった。やったー! と言いながら、ほのかはお嬢様らしからぬ、バンザイの姿勢でこちらに駆け寄ってきた。

 えっと、反射的に撮っちゃったけど、これは残して置いていいものなのだろうか?

 いささか、お嬢様の動き方としては問題ありである。


「って、依頼されてるんだから来るってば。それより……ほのかお嬢様? あまり動きすぎると御髪が乱れますよ?」

「むぅ。御髪ってさすがに私あてにその単語を使うのはちょっとどうかと」

 ふふ。いつものゼフィロスの制服の胸のところに赤い花をつけたほのかは、あえてお嬢様扱いをしてあげたら、少し冷静になったのか、いくらか大人しくなってくれた。


「そんなことないよ? こうしてカメラマンを専属で雇ってるんだから、佐月さん(、、、、)も立派にお嬢様だと思いますヨ?」

「うー、でも記念だからってむしろ庶民の方がカメラマン雇うケースも結構あったりするわけで」

 それにルイさんの依頼料、リーズナブルなんだもん、とほのかはぷぃとそっぽを向きながらぽそっと言った。


「ああ、お金持ちの場合この学校を出ること自体は、空気を吸うのと同じだけど、庶民にしてみたら偉大なる一歩である、みたいな感じ?」

「そうですそうです。ルイさんだってうちの学校の噂は十分に知ってるでしょ?」

「難攻不落のゼフィロス城塞ってね。特に男の子達は想像たくましくしちゃってるっていう現実はあるかな」

「それは父親達もそうなんです。うちの娘の晴れ舞台をしっかり残しておかねばー! みたいな感じで」

 ほら、とほのかの視線につられてそちらを向くと、慣れない一眼を持ったおじさまがわたわたしているのが見えた。


 一部はプロのカメラマンを雇うけれど、あとは自前で撮ろうとする人も多いようで、カメラを新調しましたという人も多いのだそうだ。

 まあ、学園祭の時からという人も多いのだろうけどね。


「でも、ルイさんを雇う、なんて発想する人はあんまりいないかもですけどね」

「んー、そこが意外なんだよね。あたしそんなに卒業式の撮影に不安かなぁ?」

 去年もしっかりこなしているのに、依頼がブッキングしなかったのがホントに不思議なんだよね、と言うと、ほのかは、え、何言ってんですか? という感じで呆れて目を丸くしていた。


「逆ですって。みんなてっきりルイさんは、学院の依頼で卒業式のトータルのカメラマンになるんじゃないかって思ってたんですよ。学園祭もやったわけだし、その流れで」

「……うわ。そういう話になるか……んー。一応卒業式の方はかっちりしたのが欲しいってことで、依頼はなかったんだよね。っていうか、あいなさん、先輩にがっつり持って行かれた感じ」

 いちおう、理事長からも力量は認めてもらってるとは思うけど……なにぶん卒業式は、らしいのも必要になるから、と言うと、あぁとほのかは納得してくれたようだった。

 さすがは写真部の部員さんという感じである。


 学園祭は生徒と同じ視点で物事を見れるルイのほうが楽しいところが撮れるわけだけれど、卒業式はそれではいけないというわけなのだ。

 一つの節目。しっかりと厳粛なものも撮れないといけない。

 もちろん、撮れる自信はあるよ。これでも卒業式撮影は何回かこなしているし。

 でも、すべての生徒の卒業式のよい顔を撮るというマネをできるのか? と言われたらやっぱり経験者に食指が動くのは仕方が無いことなのだろうとも思う。


 ここらへんは個人向けの仕事を積み重ねて、出来るって判断をしてもらえるまでがんばるしかないのだろう。

 もしくは来年。写真部の臨時顧問を受けてその結果で受けることができたらいいなぁというのが正直なところだ。


「でも、それはそれで私としてはラッキーでしたね。料金的にもリーズナブルだったし、大助かりです」

「お値段以上をお約束しましょう」

 あんな顔やこんな顔を撮ってあげるからね、と笑顔でにこやかに言ってあげると、ほのかは、お手柔らかにお願いシマス、と一歩引いた。

 えぇー、そこで引かないようにしようよ。

 今日の主役はほのかちゃんなんだし。


「ごきげんようほのかさん。良く晴れたお天気で良かったですわね」

「ごきげんよう蓮花さん。ええ。卒業式日和ってヤツだね」

 さて。二人で会話をしていたら声をかけてくる人が。

 今日の主役であるほのかをきちんと撮るためにもルイさんは数歩下がって二人のやりとりをそっと見守る。

 いえ、ごめんなさい。ちょっと語弊。カシャカシャ見守る。

 全然そっとじゃなかったや。


「卒業生答辞をしっかり話す準備はできた?」

「う……それを言われると困りますわ……タダでさえプレッシャーでここのところ苦しんでいると言いますのに……」

 ぐぬ、っと蓮花さんはうつむきながら、はぁとため息をこぼした。

 卒業式に似合わない、かなりどんよりした感じである。


「ええと、蓮花さん? 卒業式に似合わないどんよりですけど、どうかしました?」

 綺麗な顔が台無しですよ? と一枚撮りながら蓮花さんに話しかける。

 どんより写真を残すかどうかは彼女次第である。


「あら。ルイさん。……なるほど。ほのかさんに雇われたというところでしょうか?」

「ええ。蓮花さんはあまり驚いてない感じですね」

「元生徒会長ですからね」

 なるほど。さすがに卒業式の撮影者が誰なのかについては、生徒会は把握しているのか。

 そして、先輩である蓮花さんにも伝わった、と。


「そしてどんよりしてるのも、元生徒会長だから、なんだよね、蓮花さん」

 もう、覚悟を決めちゃおうよ、とほのかから軽く肩をぽふぽふ叩かれて、むしろ蓮花さんは、思い出してしまいましたわー、と肩を丸めてしまった。


「元生徒会長だから……もしかして卒業生答辞を前にしてビビってるとか?」

「びびるって……ルイさん割と男の子みたいな言葉遣いをしますのね」

「ゼフィロスが特殊なだけだってば。町中だとこれくらいの言葉遣いは普通だよ……」

 どうしてそこに反応するかなぁ、と首をかしげていると、外の方はそうですわよね、と言われてしまった。

 うーん。蓮花さん。卒業したら外との文化の違いに驚いてしまうのでは無いだろうか。


「でも、蓮花さんがビビってるのは本当なことでしょ? ビビビって来ちゃってる」

「ほのかさん、それ使い方違うから」

 ビビビといってしまうと、いろいろ別の用法があるものでございます。


「で? なんで卒業生答辞にそんなに尻込みしちゃってるの? 別に原稿もあるんだろうし、読み上げるだけでしょ?」

 そんなに難しくないお仕事だよね? と言ってあげると、ふるふると彼女は首を横に振った。


「ルイさんは去年、藤ノ宮沙紀お姉様のカメラ係やってらっしゃいましたわよね。ならおわかりでしょう。あの方と比べられてしまうのですよ? あの凜々しいお姿。答辞を胸を張って読み上げるあの姿。いいえ、読むというよりはむしろ暗唱してらっしゃったといっても良いくらいです。我々にとても響く演説でしたわ」

「あれと比べるより、自分らしくやったほうがいいと思うかなぁ」

 あ-、と去年のことを思い出しながら、それと比べられる彼女に少しばかり同情を向けた。

 沙紀ちゃんの演説が良いのは、天性の才能と、あとは帝王学的なものの集積というか。

 一族がことごとくなんらかのトップなのもあって、人の心を掴む演説の仕方というのをよくわかっているんだよね。もちろん沙紀ちゃん自身の訓練もあるのだけどね。


 そんなものを、普通の女子高生に今すぐマネしろというのがまず無理なもの。

 とはいって、それを聞いて素直にこの子が納得するかといわれると悩ましい。


「沙紀ちゃんあれで天然ジゴロだからなぁ……ならちょっと本人に確認しつつで」

 時間はまだ平気かな? と尋ねてから珍しくルイさんから電話をかける。

 そのお相手はすぐに着信してくれる。後輩にもみくちゃにされてるのを想像してたけど、まだ学校には来ていないようだ。


『ルイさんから電話なんて珍しいですね。また(、、)なにかありました?』

 電話の相手、沙紀ちゃんはすでに女声で準備は万全というような状態だった。

 にしても、沙紀ちゃん。お願いだからいつもトラブル起こしてるように思わないでいただきたいものです。


「あー、ちょっと、相談したいことがあってね」

 いま、電話大丈夫かい? と尋ねると、学院に向かって歩いている最中だ、という返事が来た。

 いちおう歩きスマホはだめ、ということで道の端に寄って立ち止まって電話をしてくれているらしい。

 うーん、ビジネスマンとかなら割と歩きながら電話とかは普通にしているというのに、律儀な子である。

 まあ、それで周囲への警戒がおろそかになって、曲がり角でごっつんことかやっちゃったら、いろいろのちのち面倒臭いことになる、ってのをわかってるから過敏にやっているのだろうけど。


『やっぱり相談ですか……今回はどんな無理難題なんですか? またゼフィロスに殿方が侵入した、とかですか?』

「って、そんなにほいほい侵入はしないでしょうに。それとは別で。そのね……学校の後輩に、沙紀ちゃんのあんな姿やこんな姿を撮った写真を見せてもいいかってご相談」

『どういう状況でそれが生まれるのかわかりませんが……』

 はぁ、と電話越しに呆れたような声が漏れたのだが、そこは気にしないようにしておく。

 ルイさんと彼……いいや、彼女との仲である。

 とりあえず了解はいただけた。今日はゼフィロスに来るということもあって、ここ関連の今までの写真がタブレットにピックアップされて入っている状態なのだ。

 その中には当然、沙紀ちゃんのものも入っている。


「今の電話の相手ってもしかして?」

「もしかしなくても藤ノ宮お姉様、ですよ? うちらマブダチですから」

「また面妖な言葉を……まぶ断ち、ですか?」

「あー、蓮花さん。マブダチっていうのは親友、みたいな意味合いのスラングです」

「すら……んぐ?」

 はて、と蓮花さんは、聞いたこと無い言葉のオンパレードに戸惑っているようだった。

 たしかに教科書なんかにはあまり出てこない言葉かもしれないけれど、さすがにここまでとは。

 お姉さんは本当に、あなたの将来が心配でなりません。

 まあ、マブダチって単語は知らないでもしかたないとは思うけど、スラングっていう言葉は知っておいていただきたいものです。


「あー、もう話進まないから、俗語辞典とかあとでチェックね!」

「え、はぁ……」

 蓮花さんはちょっと置いていかれたような、きょとんとした顔をしていた。

 可愛いので一枚撮らせていただきました。


「それで、親友な、藤ノ宮お姉様の日常、っていう感じの写真を見せびらかしてしまえ! と私は思ったわけなのですよ」

 まあ、いわば、彼女のプライベートだね。といいつつタブレットを取り出すと二人は、ごくりと息を飲んだ。

 あの、憧れのお姉様の私生活とはなんだろうか、という感じなのだろう。


「これ……キッチンですか? うわ。エプロン姿がキュートです」

「お姉様と普通にご飯を囲めるルイさん恐るべし……」

 まったくどういう付き合いをしたら、キッチンでご飯なんて話になるんでしょうか、とほのかがなぜか冷たい視線を向けてきた。

 えっとね。ほのかさん。いろいろ勘違いなさっているようだけれど、別にこれはただご飯食べるだけ、の会だからね?

 ちなみにエレナの家での沙紀ちゃんは、あえてなのかわからないけど、ユニセックスな服装の上に後ろで結わえている髪を下ろす、というような出で立ちなことが多かった。

 2、3回、縛ったまま、ちょっと男性的にしてきたこともあったけど、エレナと二人で、わーイケメンさんだねぇーなんてはやし立てたからなのか、ここで男の格好は難易度が高い、とかなんとか言って女性寄りのユニセックスに落ち着かせている感じなのだった。

 

 え、胸はどうしてるかって? それはまぁ……今日持ってきた写真のは、きちんとついてるものが写っていますよ? さすがにゼフィロスの人に見せる写真は、厳選しますからね。

 男の子状態の彼はさすがに見せるわけにはいかない。

 いきなり、まぁ、素敵……なんて言われても嫌だしね。


「時々まりえさんも含めてお食事会をしててね。それぞれでご飯作ってみんなで食べようって感じで」

「沙紀お姉様と本当にお友達なんですね……」

 うわぁと、蓮花さんまで感嘆したような吐息をもらしていた。

 そうはいっても、別に沙紀ちゃんだって人の子だし、そんな雲の上の人じゃないんだけどな。


「ほれ。それで沙紀ちゃんの緩み顔がこれ」

 別にあの子はそこまで特別じゃないよ、と写真を見せる。


「まさかの……寝顔っ」

「可愛らしいですわ……」

 そこに写し出されたのは、食後ソファで休んだまま寝入ってしまった沙紀ちゃんの姿だった。

 当然、そこで男っぽい顔などは出しはしない。

 でも、この気の抜けた感じは、沙紀ちゃんが普通であることを表現できてるのではないだろうか。


「このあどけなさ……沙紀お姉様の新しい一面……」

「無防備でしょ? あの子だってこういう顔をすることはあるってこと」

「ちょっと意外」

 あの沙紀お姉様が……とほのかもその表情に驚いたようだった。


「でね。なにげに卒業してからの沙紀ちゃんって、肩の荷が下りたーって感じでリラックスしてることが多いの。逆にいえば、ゼフィロスに居たときはずっと気を張ってたってことなんだけど」

 この意味はわかるかな? と蓮花ちゃんに問いかけると、えっ、とそこで彼女は何かに気付いたようだった。

 え、この誘導はちょっと卑怯? そんなことないですよ。

 沙紀ちゃんが、ゼフィロスに居たときずっと気を張ってたのは事実だもの。

 生徒会長を任されたことが、ではなく、女装潜入してたからっていうのが一番大きい理由ではあるけれど。


「沙紀お姉様も、理想の姉像のためにがんばってらっしゃった、ということなのですか?」

「そういうこと、だね。話し方とかは本人の資質がどうっていうのもまあ、あるけどさ。訓練と慣れだよ。あれで沙紀ちゃんもすっごい苦労したしね」

 まあ、やれば出来る子なのは違いはないのだけど、と苦笑混じりに付け足しておく。

 

「でもさ、ルイさん。訓練と慣れっていっても、せいぜい小一時間くらいしか式までないよ?」

「ですわね……」

 自信をつけてもらおうと思って言ったその言葉に、思い切りほのかがいちゃもんをつけてくる。

 そりゃ、沙紀ちゃんの訓練時間ってのは、それなりの長時間であって、だからこそあの姿ができたっていうのはあるわけだけれどさ。

 ほのかさん。ルイさんはこの子にただ自信を持ってもらいたかっただけなのですよ。

 

「とりあえず、小一時間練習というか、口のトレーニングだけやってなめらかに喋れるようにするのと……」

 よいしょと、タブレットの画像をちらちらと選別しつつ、続ける。 


「あとは、堂々とやればそれでいいんじゃないかな?」

 いろんなところで、これは大切なことだけどね、と言うと、どんなところなんだろう? とほのかさんは少しいぶかしむような声をこそっと上げた。

 当然、女装をする上で大切なこと、が答えだけど、それを答えてあげるつもりはない。


「上手く行ったら、あとで沙紀ちゃんとツーショット撮ってあげるから、ほら、胸を張って、ね?」

 気が楽になるように、沙紀ちゃんの秘蔵写真もっと見せてあげるからね、と言いつつ先ほど選んだ画像を彼女に見せた。


 キッチンにまりえちゃんと二人で一緒に立ったときに、あれこれやりとりをしていたときのものだ。

 はっきりいって、女子高生が二人で楽しく絡んでいる絵にしか見えない。

 普通の女子高生の日常といった感じのものである。


「わ、わかりましたわ。まだちょっと緊張はしてますけど、いくらかマシになりましたし」

「ましっていうか、最初のどんよりはなくなって良い感じかも」

 練習はどうする? 付き合う? とほのかは問いかけていたけど、ちょっと考えて蓮花さんは顔を上げた。


「いえ、練習は一人でやりますわ。きっと今ならきちんと練習できるでしょうから」

 それに、と蓮花さんはちらりとこちらの顔を見ながら言った。


「せっかくルイさんと一緒の卒業式ですもの。ほのかさんもそちらに集中するといいですわ」

 貴女は貴女の卒業式を、ね、と言い置いて蓮花さんは人が居なさそうなところに歩いて言った。


「行っちゃったねぇ」

「行ってしまいましたね。でも、実際ルイさんは去年の演説並に蓮花さんがやれると思ってます?」

「いやぁ……正直、ちょっと自信を持って話をしてくれればそれでいいやぁって感じ」

 実際、沙紀ちゃんは特別だからなぁ、と遠い目をすると、ですよねぇ~とほのかはため息を漏らした。

 それが呆れからきているのか、それともお姉様すごいという感嘆のため息なのか。

 ルイには、判別が付きそうもなかったのだった。

なんか、ほのかさんと蓮花さんが出てると、なつかしー! って気分になります。

にしても、沙紀さんはやっぱり別格なお姉様なんだなぁという感じで。

それを比較されてしまうのは大変だなー、がんばれーって感じですねぇ。


次話も卒業式は続くご予定です。

そして編集ページが6までまいりました。ナンバリングはまだなんですが、500話越えしておりました。

長らくご愛顧を感謝でございます。

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