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477.ゼフィロスの第82回卒業式1

「ふぅ。三月になってもまだまだ寒いなぁ」

 手にふぅと白い吐息を吐きかけながら、朝のゼフィロスの城壁の前でカメラを構えた。

 本日は聖ゼフィロス女学院の卒業式が行われる日。

 すでに、校門のところには、第82回卒業証書授与式という大看板がしっかりと表示されている。

 今年も書道が得意な人が用意したのか、相変わらずの達筆である。


「おはようございます! 今年もよろしくお願いします」

「お、ルイちゃんか。今年も推薦もらったのかい?」

「はい、今年はちょっと個人的な伝手というかなんというか」

 やっぱり、卒業生のご家族からの依頼ということになるんですが、と言いながら守衛さんに依頼状を差し出す。

 

 ゼフィロスの卒業式は、正式に家族、ご両親や祖父母からの依頼があったときだけ撮影係は学院の中に入れる仕組みとなっている。

 去年は咲宮家の人々から依頼状をもらってきたわけだけど、今年はもちろんその線はナシ。

 別の依頼主の名前が出した書類には書かれている。


 にしても、守衛をしてる警備員さんのこちらへの反応が去年とは違って大変にフレンドリーだった。

 去年は早く来すぎたのがいけなかったのか、あんた誰? みたいな感じだったのに、今年は良く来たね、くらいな感じだったのである。

 やはり縁を繋いでいるというのは大切なことなのだとしみじみと感じた。

 あいなさんや佐伯さんみたいに、ちゃんと顔が知られていたり、知り合いが多かったりというのはすごいアドバンテージだなと思う。


「こんな時間から撮るなんて、と我々も思っていたけど、藤ノ宮さんの喜びようを見るとこれも大切なんだなって思ったものだよ。今日もやっぱり中庭あたりから撮るの?」

「そうなりますね。あとは今回の依頼者にゆかりのある場所……なんですが今回は難しいかなぁ」

 悩ましいものです、とカメラを握りながら首をかしげる。


「ルイちゃんでも悩んだりするんだ。まさかそのお嬢様が令嬢すぎて、撮る場所が教室と食堂だけ、とか?」

「いえ、あの子はそんなことはないんですよ。むしろ逆ですね」

 ちらりとタブレットの方をみて、狭いはずがないよなぁと少しばかりにんまりしてしまう。 

 守衛さんがいうのとはまったく逆。

 今日の依頼主は、他の人と比べると学院内の活動範囲が半端なく広いのである。


「ルイちゃんをして活動範囲が広いと言わしめるとは。うちにそんな子いたっけ?」

「はい。カメラを持つものは得てして、活動範囲が広くなるものですよ?」

 ふふ、と答えると、あぁ写真部の子なのかとなにか納得のいったような答えを返してくれた。


 そう。今日の依頼人は佐月ほのかさんのご両親。

 あの子のことだから、ことある毎にルイの話を両親に聞かせてきたりもしたのだろう。

 卒業式が終わったら連絡先の交換をしようよと言ってあったけれど、あちらはどうにも待ちきれないようだった。

 

「なるほどね。それなら学内くまなくって感じになるのかな」

「さすがに学外までは回れませんからねぇ。一応活動拠点を中心にって感じにするつもりですが」

 いちおう、彼女の撮ってきた写真はお預かりしているので、というと、熱心だなぁと言われてしまった。

 いや、まあ、ほのかに関しては友達ってところも強いので、普通に仕事をするという感じよりも熱が入っている部分はあるとは思う。

 カメラをやる後輩には甘いルイさんなのだ。


「さて、あんまり引き留めても悪いから、いってくるといいよ」

 今年も、いい仕事を期待しています、と守衛さんはそう言って扉を開いてくれた。

 これで昼間なら別に教師もチェックに入るのだけど、さすがにこの時間にその影はない。


「では、行ってきます。守衛さんも変な人の侵入を許さないように目を光らせていてくださいね?」

「うお、それは……はい」

 ごもっともです、と苦笑混じりに肯いた守衛さんは、さぁさぁとルイを中に押し込めるように誘導してくれた。

 どうやら学園祭の時に他校の男子を侵入させてしまったことを恥だと思っている、そんな様子なのだった。



「思い出の場所パート3、というわけで」

 よ、っと文化部の部室がある場所へと足を運んだルイは、まっさきに撮影をすませることにする。

 まだ日はそんなに高くなく、斜めから入り込んだ光が、入り口の扉をしっかりと照らしてくれていた。

 まるで、部室の扉が輝いているような。そこがすごく大切なもののような一枚が仕上がった。


 え、パート1,2はどこかって?

 それはほら、もちろん早朝といったら中庭を撮らなきゃでしょってことで、あそこが一番目。

 相変わらず、この季節だけれど美しい庭園だった。中でも梅の木はきれいに咲いていて美しかったな。

 梅の名所っていうと関東にもあるので、庭園巡りをしても楽しいかもなんて思ったほどだ。


 そしてパート2は、池だ。

 奏として潜入していたときに、水のある風景として写真部の人達が撮っていた風景。

 あのときは太陽の位置が高かったから、本日のこれとは少し風景としては違う。

 はたしてほのかは、この時間のここを見ただろうか。

 見ていないのだとしたら、早朝って面白いよ! というのを伝える意味合いでもしっかり撮っておかねば。


「あれ、もしかしてルイさんですか?」

 そんなわけで部室周辺を撮っていたわけだけど、不意に声をかけられた。

 はて。こんな時間に人がいるとは珍しいものである。

 これが学園祭というなら朝からがんばるのはわかるのだけどね。


「はい。あれ? そちらは元写真部の部長さん?」

 あらま、と懐かしい顔を見つけて問いかける。

 確か去年の卒業式の時に、沙紀ちゃんと絡んだり撮影したりしてた人だ。

 もちろん、奏としてもカメラを借りたり、一日部員にしてもらったりと関わりのある人でもある。


「久しぶりに古巣の様子を見に来たって感じです」

 まぁ、鍵がないから中にははいれませんけどね、と彼女は肩を竦めながら、なつかしそうにその扉を見つめていた。

 一年ぶりともなればいろいろ思うところもあるのだろう。


「それでルイさんは今日は誰の依頼なんです?」

「ああ、ほのかから依頼を受けましてね。いちおう今年は写真館の職員扱いだから値引きはできないよとは言って置いたんですが」

 けして安くはないんですけどね、というと、部長さんはちょっと驚いたような顔をした。


「えと、ルイさんって去年はフリーだったってことですか?」

「あ、うん。そうなるかな。はじめてここに入った時は、懇意にしてる先輩から手伝ってってお願いされただけだしね」

 正式に写真館のメンバーになったのが、今年の学園祭からだよ、と言ってあげると、まじか……と元部長さんは遠い目をしていた。なぜだろうか。というか、元お嬢様が、まじかとか言っちゃいけないと思います。


「てっきり高校卒業してからフリーのカメラマンみたいな感じでプロなんだとばかり思ってました」

 それくらい去年の卒業式は立派に勤めてたと思います、と言われてちょっと照れてしまった。


「ってことは、去年の卒業式なら破格でやってくれたんですか?」

「まあお金に困ってるとかならこっちの裁量でいくらかは、って感じかな。今年は規定額だけど」

 値引きは安易にはしない、が佐伯写真館のやり方だ。

 もちろん値段以上のクオリティと品数を、というのがモットーではあるんだけどね。

 いちおうみならいの金額設定ではあっても、ルイからみてやはり高い印象というのはある。


 一度あいなさんにその話をしたら、くぅ、モラトリアムはいいなぁ、と言われてしまった。ちなみにあいなさんはそのときビールを煽って、スルメをかじっていました。

 まあ生活をしていくために、ということを考えると妥当な値段の付け方ではあるのかもしれない。

 あとは相手がどう思うか。必要と感じれば雇ってくれるし、そうじゃなければ知人に頼んだりということにもなるだろう。

 それこそかつてのリーズナブル婚のようにね。


「でも、沙紀ちゃんのところは、お礼ですからって結構いただいちゃったんだよね。お母様ができあがった物を見て大感激みたいな感じで」

 まさかうちの子をこんなに楽しそうに撮って貰えるなんてっておおはしゃぎ、というと、あぁと部長さんはしみじみ肯いた。


「沙紀さんのところはご両親ともお忙しかったみたいで、全然学校のイベントにはいらっしゃらなかったですからね」

 そういう事情があるなら、きっと娘の姿をリアルに感じられる写真は嬉しいですよね、と彼女は言った。

 まあ、沙紀さんのお母さんに関しては、息子が可愛い格好してしかも女の子達に囲まれてるよ! っていうので大喜びだったところはあるんだろうけど。

 あの状態で自制心を保ってる、という証明にもなるしね。お祖父様に関してはいうまでもなく、立派に育ちおって……とか感涙を浮かべてすらいたかもしれないほどだ。

 

「それで元部長さんは、どうしてここに?」

 まさか誰かに写真を依頼されたとか? と聞くと、いえいえそんなことは、とわたわたし始めた。

 自分にそこまではできないと言わんばかりのリアクションである。


「学園祭と卒業式に関しては、我々卒業生も参加OKなんです。もちろん式典そのものは場所がないから辞退はしますけど、それ以外での交流はできるのですよ」

 きっと沙紀さんとかもいらっしゃるのでは? と言われて、え、そんなシステムだっけ? と少しだけ驚いた顔を浮かべた。

 だって! 沙紀ちゃんったらこの学校の卒業生なんですよ? ってことはフリーパスで卒業式も入れるってことじゃないですか。

 それでまりえさんも沙紀ちゃんも、卒業式の日のはぎれ丼について、覚えておかねばなんて言っていたのか。


 ううむ。恒久的にこっそり男子が忍び込む学校になってしまったけれど、これは大丈夫なんだろうか。

 え、お前が言うなって?


「じゃあ、沙紀ちゃん達にあったら是非とも撮らせてもらうしかないですね」

 一年歳をとった彼女を激写で! というと、いいですねぇと彼女はカメラをきゅっと握りしめた。

 まあ、ルイさん的には沙紀ちゃんと一緒の時間を過ごしているので、変化のほどは知ってるけれどね。

 別のサキさんとは、ちょっとアレでソレなのですが……うぅ。

 

「あれ、関係ないの撮っちゃってもいいんですか?」

「いいのいいの。データそこだけ抜いておけばいいんだし。双方の合意があればほのかにプレゼントでもいいけどね」

 でも、ほのか的には沙紀ちゃんをどう思ってるのかさっぱりなので、と肩を竦めると、あー、と彼女は納得した様子だった。


「未だ下級生にも、沙紀お姉様♪ って慕ってる子は多いですけど、ほのかに関してはそこまでじゃないみたいですね。なにぶん別の人に憧れてるみたいなので」

 じぃっと視線がこちらに突き刺さったものの、とりあえず気付かないふりをしておく。

 そっか。みんなは沙紀ちゃんに憧れを抱くケースが多いけど、必ずしもそうじゃない人もいる、ということだ。

 被写体としてなら、すばらしく良い素材なんだけどなぁ、沙紀ちゃん。


「それで元部長さんは今日はどうするんです?」

「基本的には後輩の子たちの撮影ですね。あとは沙紀さんと一緒に撮りたいって子がいたら、って感じです」

 もう、沙紀さんったらあまり撮らせてくれないんですもん、と彼女は不満げな顔を浮かべた。

 いや、それはいろいろな理由からでありましてですね。


「それでいいと思いますよ。沙紀ちゃんもきっと、今日の主役は卒業する子たちなんですからって、優雅に言ってくれると思います」

「あぁっ! その顔を撮りたいというのに!」

 ままなりません、と元部長さんはうぬぅ、と言いながら、シャッターを切った。

 ええ、ルイさんに向けてね。


「なので、撮影に臨むルイさんを撮影ということで! これはいただいちゃっていいですよね?」

「いちおうチェックはさせてもらうよ? へんな顔のが残るのは嫌だし」

 むぅ。ほのかからいちおう聞いてるけど、この元部長さん、多分にルイの……というか奏の影響を受けちゃってるなぁ。

 遠慮というものがない。まあ、それでいいんだけど。


「おっと、そろそろみんな集まってくる頃合いかな」

 いちおう背面パネルでチェックをさせてもらってから、拡散はさせないようにと言い含めてルイの写真の所持はOKしておいた。

 そして。

 学院にはちらちらと制服姿の生徒達の姿が見え始めた。


「ですね。去年は撮れなかったけど、式の準備風景、今年は思い切り撮らせてもらいます」

「それはあたしも、かな。今日の一日ができあがってく過程も、しっかりとってね」

 それじゃ、お互い、よい一日を。

 ばしばし撮っていこう、と言い置いて、元部長さんとその場で別れた。

 彼女がどんな写真を撮るのか。それも含めて楽しみな一日の始まりである。

去年もやってるし、タイトルどうすんべ、と思いましたがゼフィロスの卒業式回数での表記になりました。

卒業式シーズンはじまりましたね。きっと三月のイベントだけでまた結構な量になるんだろうなぁ……

第一段は、ほのかさんからのお誘いでした。

ま、雇えるなら雇うよね……まあ、写真以外の理由での依頼は佐伯さんがブロックしてるんですけどね。

写真家よんで、で、デートしてください、は駄目デスよ!


次話は式の日中となります。

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