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476.律さんと町歩き3

「かんせーい! ほらー律さんどうですか、これ!」

 ほれ、鏡を見るのです! とメイクを仕上げて彼女ににこやかに伝える。

 我ながら、今日の律さんのメイクは衣装に合わせた感じでまあまあなできだと思う。

 服の色とアイシャドーの色も合わせているし、口紅も淡い色合いを選択。

 冬場ということもあって、ちょっと血色をよく見せるために、チークも軽くいれていたりする。

 自分じゃあんまりつかわないんだけどね。


 そして衣装の方はというと。


「とってもガーリーな仕上がりで大満足です! しかもコートはリサイクルでOKとか、神ですか、聖さん!」

「んー、まあ、コートまで入っちゃうと値段が跳ね上がっちゃうからね。いちおうスカートにも合わせられるしこりゃ使うしか無いかなって」

 神って大げさよ、と聖さんは苦笑まじりに言ってるけど褒められて嬉しそうだ。

 ちなみに、スカートと言ってはいるけど、聖さんが用意したのはワンピースだ。

 しかも律さんがあまり選ばなさそうな赤チェックのワンピ。凛ちゃんもワンピ着てたけどたしかにこのアイテムは、女の子ですっていうアピールが強いように思う。

 その上に焦げ茶のカーディガンを合わせつつ、首元にチョーカーを装着。

 あんまり首元に視線を集めるような装飾品はどうかと思うけど、まあ。

 ルイからみて特別、のど仏に視線が集まるという感じはしない。

 

「っと、そういえば値段のこと気にしてなかったけど……」

「ああ、ここはあたしが出しますよ。っていうか、着せ替えはこっちの要望ですしね。それで支払いを任せるわけにもいかないし」

「って、やめてよ! こっちの方が年上なんだし……」

「いいですってば。律さんアルバイトも最小限にしてるみたいだし、知事賞は副賞なしでしょ?」

 同じ学生どころか、こっちのほうが仕事やってるんですから、お金は気にしないでくださいというと、でもさぁと申し訳なさそうな声を上げた。


「そうはいっても、バーゲン品だから普通に全部8割引なんで、たぶん思ってるよりだいぶ安いですよ」

 どちらが払ってくれてもこちらはいいんですが、と聖さんは成り行きを見守るつもりだ。

 そう。彼女が言うように、今回の品はみんな7割から8割引きくらいのものなのである。

 なんでその値段っていわれたら、この時期だからとしか言えない。


 通常冬物のバーゲンというものは一月か、その前あたりにやるものだ。

 この季節になってしまえばもう、春物を中心に新着が並んでいて、冬物なんてバーゲンコーナーにまとまって置かれてるくらいしか無い。

 そして今日の気温的にはまだまだ冬の装いでOKなので、バーゲン品だけでコーデしてもらったという訳なのだった。


「にしても、こんなに安くして立ちゆく物ですか?」

「少ない材料で安くやりくりするのも、ファッションの醍醐味というやつなのですよ!」

 それで、どう? 鏡じっくり見てみて、と聖さんは反応を待った。

 もちろんそれはルイもだ。

 なんだかんだでまだ律さんはしっかりと鏡を見たわけでも無い。

 

「自分じゃないみたい……」

「うぅ、そこは、これがボク? って言ってくださいよ!」

 うわぁと鏡を覗き込む律さんに、純粋につっこみを入れてしまった。

 

「やーだ。そんな男の娘のテンプレ台詞なんて言いたくないよ。でも……前の時の白ワンピで着飾った時より、こっちのほうが、繋がってる(、、、、、)気がする」

 ふむ。律さんの言い分はなんとなくわかる。

 正直、前に合わせた衣装は、美術大学の服飾系学部の人が作った服だった。

 つまり、すっごく可愛かったけど、日常とは離れてる感じってのがあったんだと思う。

 

「値札は取っちゃっていいよね? 着てくでしょ?」

「ですね! お会計お願いします」

 よしきた。

 聖さんは、律さんが着ていたものを袋にまとめるとレジを打って、お会計をしてくれた。

 うん。正直これだけ買って一万いかないというのは、破格としかいえない。

 昔のルイさんならちょっとびびった値段だけれど、まあカメラも一式そろえた今ならこんな対応だってできるのである。

 もちろん節約はするけどね!


「なんか、良いのかなぁ……もらっちゃって」

「いいんですってば。女の子っぽい服、自分で買う気はないでしょ? それに入賞祝いということで」

 お祝いですよ、お祝い、といってもやっぱり律さんは少し困惑した顔を浮かべていた。

 んー、半分以上はこちらの趣味というか事情なのだから、別にそんな顔をしないでもいいんだけどな。


「あとは純粋にあたしが、着飾った律さんをモデルにしてポートレートっぽい感じで写真を撮りたいってだけなんで」

 さぁ、いい顔を期待しますよ! と言ってあげると、あぁ、そんなのもあったか、と律さんは少しだけ嫌そうな顔を浮かべた。まあもともとそこまで撮られるのが好きってわけじゃない人だしね。


「そっか。もともとはルイちゃんのわがままが起点だった……」

「もともとの起点は牡丹先輩が連絡しなかったあたりですけどね」

 あたしが無理矢理連れ出したわけじゃないのです! といいつつも、カメラを構えてわくわくしていれば、それもいろいろ台無しとか思われてるだろうか。


「なら、ここは素直にこのあとのモデル代ってことで受け取っておくね」

「受け取って置いてくださいな」

 それでいいのですと、素直になった律さんの姿を一枚撮影。

 これで無事に話も進むという物である。  


「聖さんも、ご協力ありがとうございます」

 リーズナブルなお買い物でした、というと、いやぁこちらもいいもん見せていただいて、とご満足な様子だった。

 姉たち三人は、なにげにこう、着替えて変わる、というのを見るのを楽しんでいるところがあると思う。

 それを思えば、律さんもかなり変化したし、これを見れるのもよいことなのだろう。


「それと、気に入ったら是非うちのブランドをごひいきにしていただければ」

 いちおうクマ以外は他のお店でも同じ系統のグッズがそろいますので! と聖さんは最後に宣伝するのも忘れなかった。

 うん。律さんがわざわざこちらまで来るのは大変だしね。

 近くにあるなら、是非ともご愛用いただければ、みんなハッピーである。

 


 


「写真に写るなら、指定したい、って話でしたけど、まさかここを選ぶとは……」

 さて。そんなお着替えから一転して。

 眼の前に広がっている風景は、町中のそれからは少し離れて緑と茶色の比率が多くなっていた。

 冬でも落葉しない木々と、そして冬場で休ませている畑とが広がるそこ。


「もうちょっと都会だと思っていたんですけど」

 どうなんでしょう? と首をかしげると、だって歩くなら町中よりここでしょー、と律さんはさっぱりと言い切った。

 先ほどのショッピングモールから電車で数駅行った先にある。

 すなわち、ルイさんの撮影ホームである、銀香町なのだった。 


「あのルイさんの内面を知るには、普段なにをしているのかってところをしっかりと見ておく必要があるかなって思ってね」

「なんかそれ、普通の友達関係だと行きすぎた関係な気がしますが」

 なんですか、その内面を知る、とかっていうのは、とじと目を向けていると、なぜかきょとんとした顔をされてしまった。


「今回知事賞止まりで大賞が取れなかったのは、わたしがルイちゃんを表現しきれなかったからだと思うのね。だからもっと題材と向き合ってみたいなぁってちょっと前から思ってて」

「うえ……まさかもう一枚描こうとか思ってます?」

「そりゃもう。時間かけてみっちりねっちょりと、あーだこーだとしながら描きたいの。しかも背景もしっかりと抑えた上で、一番自然な場所を選びたいというか」

 いろいろな背景で描きたいけど、果たしてどんなところがいいのかはホント、観察してからになるから! と前のめりで言われて、ちょっと後ずさった。

 うぅ。ぐいぐいくるのは写真家の特権だと思っていたのに、律さんもそれに全然負けていない。


「じゃあ普段よく通るコースを中心に回りましょうか? 冬場でも撮影ポイントは結構あるので」

「うん。それは是非! そしてこちらも写真を撮らせていただく方向で」

 参考資料用にね、と律さんが取り出したのはコンパクトなデジタルカメラだった。

 なるほど。スケッチを毎回してたら時間が足りなくなるから、その補填用ということで持っているといったところだろうか。

 メモ扱いのデジカメが最近流行ってはいるけど、律さんもそういう使い方をするらしい。


「なら参考用に今日あたしが撮ったものも提供しますよ」

 どんな目線で物を見てるのかも気になるでしょう? と言ってあげると、是非に! と元気な答えが返ってきた。


「じゃあ、まず最初は商店街からですね。森歩きとかはそのあとということで」

 とてとてと駅前から少し歩いていつも馴染みの商店街に入っていく。

 ここはルイが一番多くの時間を過ごしていると言ってもいい場所だ。

 エレナとの付き合いも深いし、コスプレ関係の撮影も一面としてあるけれど、あくまでもルイは自然風景の撮影のほうが得意なのである。


「もう思うがままにどんどん行っちゃって」

 こっちはついていくからさ、という律さんを前に、この人ポートレート撮るの忘れてないか? という気持ちになる。

 もちろんルイさんの内面を知りたいというなら別に構わないけれど、こっちだってちゃんと撮らせていただかないと困る。


「そんなわけで、おばちゃーん、こんにちはー!」

 いつものようにコロッケ屋のおばちゃんのところに声をかけて、一枚撮影。

 

「おや、ルイちゃんこんにちは。今日は……ああ、また新しいお友達なのね」

「はい。こちらあたしをモデルに絵を描いてくれた人なんですが……なにやら日常の取材もさせて欲しいっていうので、馴染みがあるこの町で一日デートになったんです」

「絵のモデルかい? そりゃあルイちゃんくらい向いてる子はそうはいないだろうけど、取材なんてのまでするんだねぇ」 

 それで、今日はなにか食べて行くかい? と言われて、定番のコロッケと今日はカレーコロッケを選んでみた。


「律さんはなにか食べます? 温かいし美味しいですよ?」

「おすすめはなにかあるのかな?」

 行きつけのお店なので是非ととりあえず宣伝をしておく。

 いつもならコロッケを奢ったりするのだけど、今回は律さんにおしゃれしてもらうのにお金を使っているので、自由意志に任せることにする。


「ほくほくしたジャガイモの味を感じたければプレーン系だし、ねっとりした感じが良ければクリーム系かなぁ。どっちも美味しいけど、かにクリームコロッケとかは今の時期しかないことも多いし、食べておいて損はないと思いますヨ」

「じゃー、かにクリームと普通ので」

「あいよー、ありがとね。今日は袋にする? それともそのまま食べてく?」

「律さんはどうします? お腹の具合次第ですけど」

「今食べちゃった方が美味しい系だよね、これ」

 なら、食べて行きます、と答えるとおばちゃんはキッチンペーパーで半分くるんだコロッケを差し出してくれた。

 食べ歩き用のスタイルである。


「それでは、いただきます、というわけで」

 左手に持ったコロッケにはむりとルイはかじりついた。

 あたたかくてほくほくな味が口の中に広がっていく。やっぱりおばちゃんのところのコロッケはいつも幸せな味である。

 さて。


「んわ、外での食べ歩きってあんまりしたことないけどこれは……」

 律さんはクリームコロッケから口をつけたようで、そのねっとりと熱を持つ味に驚いたようだった。

 もちろん一口目の驚き顔も、二口目の幸せそうな顔も撮らせていただいた。

 そのためにルイさんは左手でコロッケ二個を持っていたのである。


「幸せな味ですよねぇ。ほっこりするというか」

 こういうのもあたしの内面の一つですよ? と首を少しかしげながらドヤ顔をしてみせると、なんか意外と言われた。

 んー、世間に流れてるルイさん評がどうしても、お騒がせ系になってしまっているので、実はこんな感じというのがあまり伝わっていないのだろう。

 

「思えば遠くまで来ちゃったなって感じはしますかね。最初はここでこの景色を撮ってるだけで幸せだったんですけど」

「あ、その顔、いただき」

 律さんはコロッケ一つを食べきったからか、右手でコンデジを構えてこちらにシャッターを切った。

 背景には思い切り銀香の町並みが写っていることだろう。


「ぶれてないですか? 片手で撮るの割と難しいんですけど」

「さすがに大丈夫。筋力はそうあるほうじゃ無いけどね」

 ぶれ防止機能に感謝です、と律さんは先ほどの写真をチェックしながらにんまり肯いた。

 たしかにぶれ防止機能は最近のコンデジには標準装備だし、その恩恵はこういう片手撮りのときにでるのかもしれなかった。


「なら、よし、ですね」

 そう言いながら二つ目のコロッケに取りかかる。今度はカレーコロッケだ。

 かじりつくと、中からカレーの香りとねっとりとしたカレーの味が口に広がっていく。

 あぁ、やっぱり美味しいなぁ。


「それで次はどこに行く感じ?」

「いろいろ名所はあるんですけど、とりあえず定番の大銀杏のところに行こうかと思ってますけど」

 冬は冬であの、でんっとしたたたずまいがいいんですよーと言ってあげると、楽しみだね、と律さんはコロッケの最後の一欠片を口に放り込んだ。


「でも、その前にお化粧直しですね」

 口紅を塗ったときはきちんと食後は口周りのチェックをせねばなりますまい、というと、えぇっ、と不満そうな表情を浮かべられてしまった。

 そんなめんどくさいことできるかい、という感じなのだろう。

 まあ、でも最初のうちはどの程度崩れるかってわかってた方がいいと思うんだよね。


 え、ルイさんはコロッケ食べたくらいじゃ崩れませんよ?


「むー、口紅塗らない選択肢というのはないものか……」

「肌質が良ければファンデをナシにするとかはありですけど、口紅なしってのはチャレンジャーかもですね」

 もちろんメイクなんてしなくても健康的! って思わせる感じに持ってくのもありでしょうし、リップとかだけってのもいいんでしょうけど、と言ってあげると、じゃーそれ目指す! と律さんは心底口紅なんてやだぁーという感じになってしまわれた。


 いや、律さん。あなたいつも絵を描くときは塗り直しとか普通にやりますよね? それをやればいいだけの話じゃないのですか?

 え、いったん落とす必要ありですか……そうですよねぇ。


「とりあえずムラだけなくしますので、ちゃちゃっとやっちゃいますね」

 さすがに化粧室というわけにはいかないので、その場で律さんの口元を多少いじらせてもらう。

 うん。これくらいならOKかな。

 これからポートレートの主になってもらうのだから、これくらいはばっちりしておかなければならない。

 じゃあ、コロッケ最後にしろよって? うぐっ、返す言葉もございません。


「はい、完成です。これくらいなら問題なしってことで」

 ぱちりと鏡を向けると、律さんは少し嫌そうにしながらも唇のあたりをチェックしていた。

 うん。是非とも自分用に小さい鏡を完備するようにしていただきたいものです。


「今日も大銀杏のところにいくのかい?」

「はい。この町の名所ですからね!」

 冬は冬でいいものなのです、というと、おばちゃんはそんなもんかねぇ、と言いながらも送り出してくれた。

 おばちゃんに会うとほっこりするのはきっと、コロッケの熱も込みなのだろう。


「では、律さん。町中歩きながらいろいろ撮っていきますからね」

 指示にはちゃんと従ってくださいよ! と言うと、彼女はほんとに撮るの? といまだに覚悟が決まってないようだった。

 まあそれをなんとかするのもこちらの話術の練習になるというもので。

 大きな銀杏の木に向かうまでの間。律さんには郵便ポストの上に手を置いてもらったり、街灯の横に立ってもらったりと、いろいろとやらせていただいた。


 いつもモデルにしてるエレナとはまた違って、律さんをモデルにすると、あっ、こういうの似合いそうかも! というのがどんどん頭に浮かんできて、それは楽しい撮影会となったのだった。


 後日、姉様から、あんたなにをやったのよ、と驚きのメールが来たのだけど。

 まあ、律さん的にも満足していただけたと思っておくことにしよう。

 これがルイさんの内面というものなのである。

律さんと町歩きもよーやく大詰め! ちょっと最後駆け足になりましたが、銀香でのやりとりはきっとここまでくればみなさん同じ感じの風景が描かれるはず!

というわけで。二人のやりとりがクリエイター同士で楽しそうだなーと思いつつ書いていきました。


学年を上げる前に銀香には連れてきたかったので、よかったということで!

次話は……そろそろ卒業式シーズンへと突入してまいります。

まずはゼフィロスからということで。式そのものをやるのはゼフィロスのみで他はちょっとひねって行こうと思ってます。

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