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475.律さんと町歩き2

「へぇ、ここらへん牡丹の実家のそばだったよね?」

 電車から降りた律さんがきょろきょろとあたりの風景を見渡していた。

 芸術家だけあって、さすがにいろいろと周りへの興味というものは持っているようだ。


「ええ。そうですよ。私が良く行く銀香町も割とそばにあったりします」

「そっかそっか。先輩後輩っていうから結構地元も同じってわけか」

 プロフィールが謎の美少女さん、と言われて、んー、まぁ、とあいまいに答えておく。

 いちおう、住所バレというのは避けたいところなのだ。銀香周辺に住んでいますくらいなのがちょうどいい。


「それと、さすがにこの年で、少女はどうかと思うんですよ。ネットでも時々書かれますけど」

「ということは、美女さんって呼ばれたいと?」

「……それもまたなにか違うような」

 たとえば、世の中には幼女、少女、と呼び方があるけれども、少女って言われるのってせいぜい高校生くらいまでだと思うのです。


「まあでも、少女って年代の定義は高校生くらいまでなんだから、いいんじゃないかな? 二十歳過ぎたら婦人って呼ばれるみたいだけど」

 まあ日本だと、成人女性ってくくりになるのか、と律さんは分類を上げていった。


「えぇー、律さん的には私って少女に見える感じなんですか?」

「まあ、イメージとしては育ちきってないっていう感じはするかな。胸とかあんまりないし? それに大人の女の色香というのがない」

 まあ、それを言うと、わたしもだけどねー、とおどけたように言うものの、それってつまりは女性じゃないから育たない的な部分ということでいいのだろうか?

 たしかに律さんは、ちょっとこう、一般の女性とはまた違っているけれど、二十代中盤でそういう大人の魅力というか妖艶さ? みたいなのを持ってる人がどれだけいるのかとも思ってしまう。

 そして律さんが一般と違うって思う理由はやっぱり、体がというより着飾らないからなんじゃないかなと思うのだ。


「ちなみにガールっていうのはあっちだとせいぜい15才くらいまでだって話だね。日本人はベビーフェイスだから18くらいでもガールでOKなのかなぁ」

「いえいえ、律さん、日本の場合のガールは四十過ぎても使われますヨ」

 滅多なことを言ってはいけません、というと、えぇーと不満げな声が漏れた。

 律さん。大人ガールとか、森ガールとか、ひげガールとかご存じではないですか?


「……ひげガールは知ってるけど、大人ガールって、矛盾語というかなんというか」

「ほどほど浸透してる現代語ですけどね。いづもさん……シフォレのオーナーさんは、大人は時々そう言いたくなるものなの、と遠い目をしていたけど」

「そっとしておくのがいっか……」

 いろいろあるものね、と律さんはなぜか達観したような、優しい目をした。


「それで? ルイちゃんはここでお買い物な感じになる……と?」

「その予定ですよー。こういうところ、律さんは来ませんか?」

 駅から歩きながら、大きめな商業施設の前に到着して律さんは、ここかぁと上を向いた。

 ちょっと、ん? という顔をしているのだけど、それはなぜなのだろう?


「ああ、いやいや、ルイちゃんが連れてくっていうから、こう、オシャレな町並みにそれぞれ一軒家のぶてぃっく(、、、、、)が並んでて、一着で桁が一つ違う-! みたいなところに連れて行かれるのかなって思ってたんだけど」

「……それ、どういう印象でそうなりました? あたしがそんなお金持ちに見えます?」

 普段とは違うルイさんの印象に、ちょっと首をかしげてしまった。

 んー、そりゃ部屋は天蓋付きベッドじゃないか、とか言われるけど、高級志向ってのはちょっと聞いたことないよ。


「んー、前の時の印象というか、どうにもモデルをやってもらって、そんな感じしちゃったというか。というか、ルイちゃんでもこういう庶民向けのところで買い物するのかーってのが正直なところでね」

「そんなにお嬢様っぽい雰囲気でした? ただの撮影大好きっこって感じしか無かったと思うんですけど」

「そこら辺がちょっとこう、世間慣れしてないっていうか、お嬢様の気まぐれというかわがままというか」

 わりとぐいぐい行くところが、こう、庶民っぽく無いなぁと、と律さんは苦笑まじりに、というか普通に思い出し笑いをしていた。口は隠していたけど。


「そりゃまあ、世間ずれ(、、)してる自覚はありますけど、お嬢様だからってことは全然ないですよ。あたしはもうホント庶民ですから。削れるところは削るし、料理関係も庶民の家庭料理が多いですし」

 本物のお嬢様達に、普段食べ慣れないので新鮮です! とか言われちゃいます、と言うと、庶民はあんまりお嬢様の友達にご飯を振る舞わないと思うけど、と返されてしまった。

 いや、そりゃセカンドキッチンでのことは、ちょっと特殊とは思うよ。

 同年代で、お家でわいわいお食事会って、どんだけ料理の専門学校とかの人ですかって感じだし。

 でも、知り合っちゃったものはしょうがないのです。


「ほぼほぼカメラ関連で知り合ってますからね。カメラは人と人とを繋ぐ働きがあるものですから」

 いろいろ良い縁も、悪い縁もいっぱいですよ、と今度はこちらが苦笑を浮かべる。


「さてと、じゃあ庶民のルイちゃんが案内してくれるところってことで、できればこう、普段着が買えるようなところに案内して貰えると嬉しいな」

 おしゃれなところじゃなくて! と力強く言われてしまったけど、残念ながら案内するのは聖さんのところでございます。

 すごく、今時イケイケな感じにはならないけれど、それでもガーリーな感じなお店には違いありますまい。


「そっちに用事があれば寄りますけど、まずは、おめかしする、のが今日の目的なので」

 ほい、さっさかエスカレーターにどうぞ、というと、えぇーと不満げな声が漏れた。

 これがボク? とか言えないよ? とかいうコメントもおまけ付きだ。

 もしかしたらあれから、ネットでルイのことを調べつつ、エレナさんに行き着いたのかもしれない。

 あそこには、男の娘写真がたんまりで、そこには、そう。女装して初めて鏡を覗いた時の「これがボク?」っていう場面も載せてあったりするのである。

 

「もしかしたら言っちゃうかもしれませんよ?」

 ふふふ、と不敵に笑ってあげると、なにそれー、と律さんは目を丸くしていた。

 どんな店に連れて行くんだと言わんばかりだ。


 律さん的には町中に一件ずつ入ってるブティックの方が女子っぽいという印象は強いのだろうけど、このモールにだって可愛い服屋さんはいっぱい入っているのである。

 というか、若い子向けのお手頃価格なものがたくさん置いてあるという感じだろうか。


「よっし、とうちゃーく」

 がごんと、エスカレーターが鳴ると、ぴょんと一歩前へでて、目的のお店へ。

 もちろんそこは、クマのぬいぐるみで有名な洋服屋さんなのであった。


「おっ、ルイちゃんいらっしゃい。依頼通り、セール品でいろいろコーデして待ってたゼ!」

 ふむー、なかなかの素材をお持ちのようで、とじぃーっと聖さんに無遠慮な視線を向けられた律さんは、えっ、なにっ、ちょ、とあわあわしながら、ルイの影に隠れた。

 あんだけ人に無遠慮な視線を向けたのに、自分はあまり見られ慣れていないという反応である。

 

「写真は送った通りなのですが、実物見てどう思います?」

「んー、いじらない可愛さってのもあるとは思うし、十把一絡げに同じメイクをして同じ顔にしよーっていう風潮も好きではないから、ありっちゃありだと思うけど、もったいないとおねーさんは思います」

「ちなみに、牡丹先輩の一個上なので、実は年上です」

「……まじか-。同じくらいかなぁとは思ってたけど。ええと、敬語で喋った方がよろしいですか? お客様」

 ようこそ、いらっしゃいませ、と聖さんの物腰が一気にお客様へのそれに変わる。

 初めていらっしゃった方へ、という感じの対応と言えばいいのだろうか。

 まあ、確かにいきなりハイテンションで来られても、律さんみたいな人はびびるだろうしね。


「別に敬語とかは気にしないけど……あんまり馴れ馴れしいのはちょっとその……」

 うぅ。だから、こういうショップは苦手です、と律さんは口調を硬くしながら、ぷるぷるしていた。

 どうして牡丹姉さんとは和気藹々とやれているのに、ここで尻込みするのかがよくわからない。

 ショップの店員さんに話しかけられるのが嫌だというタイプもいるそうだけど、律さんもそうなのだろうか。


「あら。お姉さんもしかして普段は、もちっと広いお店をご利用ですか?」

「たいていそうですね。温かいものとか涼しいものとかを中心に」

「確かにヒートテックは大切ですよね。特に冬は冷えて冷えてしょうがない」

「……冷え性はあんまりないんですけど、まぁ……寒いので」

 ふむ。

 聖さんと律さんのやりとりを聞いていて、ちょっとだけ眉を上げる。

 聖さんには実は、律さんのことは、芸術にのめり込んじゃってオシャレできない人ということで紹介してあるだけで、ことさらGIDの人だということは言っていない。

 だからなのか、二人の会話がちょっとだけずれてるような感じだった。


「いいなぁ、冷え性ないの……私なんて冬は指先とか冷えちゃって大変なんですよー」

 たぶん牡丹も、と付け加えられて、ちょっとだけ律さんはがくっといっているようだった。

 なんだろう。冷えこそ女性のあり方! みたいに思ってるのかな。

 実際は、んなことはないし、冷えないほうが良いに決まってるんだけど。


「ちなみにあたしも冷え性は無いですよ? まだまだ若くて体の中がモエてますから! 萌え燃えきゅんです」

 聖さんが冷えてるのはきっと、ビールの呑みすぎですよー、と言ってやると、なにぃっと、聖さんはこちらにつっかかってきた。

 や、だって、女性の方が冷えやすいのは事実だけど、それを助長しちゃうのは生活習慣だもん。

 基礎代謝が低いから、熱量は低い。でも、きちんと体を温めるような習慣してればそこまでひどく冷えるってことはないと思うんだよね。

 あるとしたらよっぽど体質が悪くなっちゃってて病院いかないといかんって状態じゃないかなぁ。


「ちなみに牡丹先輩とかあいなさんとかもビール派だけど、あれ、大丈夫なんですかね……」

 大人しく冬は、紅茶にウイスキーでも垂らしてのんでれば良いのに、とさらっというと、聖さんがマジ顔でこちらの正面を向いた。


「あのね、ルイちゃん。社会人として一日がんばったご褒美がビールなわけよ! とりあえず生なのよ! 冬でもそれは変わらないの。それをホットなものにするだなんて……全くもって考えられない……」

 君はあの爽快感がわからないのか! と言われてしまったけど、そうは言われてもなぁ……


「じゃあ一杯目はビールにして、二杯目はホットで行きましょうよ。お腹冷やさないようにしないと」

 これから腹巻きが流行るに違いない! とぐっとサムズアップしてあげると、意外にも、もう流行っているという返事が来てしまった。まじか……


「しかも、ちゃんぽんすると翌朝ひどい目に合うんだからね? 頭がんがんするのと、お腹の調子も悪くなるし……」

「んー、そこはわかんないですね。あたし、前にエレナと一緒にいろんなお酒の試飲と称して夜中まで呑んでましたけど、特別なんともなかったし……」

「くぅっ! まさかルイちゃん酒豪さんか……一升瓶あけても大丈夫デスとかか」

「さすがにそこまでは呑んでないですけど……」

 ちゃんぽん、とは異なる種類のお酒を同じ日に呑むことをいうのだけど。

 あの日はわりとかなりいろんな種類を試したけど、そんなことはまったくなかった。

 一般的には悪酔いするって言われているんだけどね。


「律さんはお酒飲む方です?」

「え? わたしは全然呑まないよ? あれやっちゃうとなんかこう気持ち悪くなって、絵を描く時間なくなっちゃうし」

 それに肝臓にも悪いから、控えるようにしてるんだ、と律さんは殊勝なことを言い始めた。

 身近に酔っ払いが多いルイさんとしては珍しい相手である。


「作業中はコーヒー飲んだりして徹夜したり、じっくり寝たいときはハーブティーかなぁ。ノンカフェイン系の栄養ドリンクっていうのもあるけど」

 さすがに締め切り間近とかだと、やっちゃうんだよね、と律さんが恥ずかしそうにしている。

 いえいえ、恥ずかしがる必要などまったくなく、とても健全だと思います。


「えっと、牡丹の先輩って話だけど……もしかしてホンものの芸術家さんな感じ?」

「ああ、はい。聖さんには言ってませんでしたっけ? こちら絵描きさんです。しかもけっこう将来有望」

 これは是非、お近づきになっておくべきかと! とちょっと律さんをヨイショしておく。

 実際、知事賞とか取っちゃうくらいなのだから、かなり良い腕なのだろう。

 いちおう聖さんにも、前情報で伝えてあったんだけど、まあそこらへんは気持ちを上げるための話術の一つということなのだろう。


「……あの。ご自分をキャンバスにして芸術作品とか作ったりって発想には?」

「……それ、ルイちゃんにも言われました」

 きゃーすごーいみたいな展開になるのかと思いきや、聖さんも思い切りルイと同じ結論に至ったようだった。


「でも、気合いをいれてっていうのも、なんか疲れるし、生活してて支障ないからいいかぁ、みたいな」

「……お客さん。もーちょっと女子を楽しもう!」 

 律さんの言い分に呆れたのか、あー、と聖さんはうなり声を上げながら、はい、さっさとこちらに! と律さんをひっぱっていった。

 ひぅっ、とか可愛い声を上げちゃった律さんは、抵抗もできずにずるずる引きずられていく。


「メイクはあたしやりますんで、とりあえずばっちりコーディネートしちゃってくださいね」

 では、先生お願いシマス、というと、はいよーと聖さんは手をひらひらさせながら、バックヤードに入っていったのだった。

終始おしゃべりという感じの回でしたが。

冷えは女性のものだーといいますが、みんな静脈認証通らなくて苦労してるんすよな。

とあるお姉様ゲーの2で、冷たいものは口にしないといっていたお嬢様もおりました。


卵胞ホルモンが多いと体温低下、黄体ホルモン多いと体温上昇だそうです。

律さんはオペ前なので両方使ってます。あとは基礎代謝が高いので。


さて、律さんの完成は次話ということで。出てきた律さんが「おでかけ」した先は果たしてどこでしょうかということで。


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