050.男子校での撮影1
「いや、名門なのは知ってますけれどね」
どこの学校も、基本的な建物はあんまりかわらないはず、と思っていた頃がルイにもありました。
今日はエレンに誘われて、今度はそちらの学園祭に遊びにきている。そこでいきなり入り口ででんとその校舎の威風に当てられてしまっているのである。
そりゃ、お金持ちの学校として有名な聖ゼフィロス女学院の生徒たちが通っている学院の壁や、豪華な校内設備があるという噂は聞いているけれど、ここもそれに負けないくらい立派な建物だ。世の中にはお金持ちな学校というものは多々あるものだと思った。
そしてこの格差社会にはなんというか、へんにゃりとしてしまう。
なんだろう。一般的な公立の学校は、壊れなければそれでいい程度の状況なのだが、目の前にあるのは「よりよい環境を作るためにお金使ってます」というのがとてもよくわかる。
まずは新設校でもないのに校舎が綺麗だ。十年もすれば雨の跡とかで外壁は変な模様が浮くものなのに、塗装したてのようなムラのない色合い。女子校であるゼフィ女よりは壁の高さは一般的なレベルではあるものの、不審者を入れないための警備体制は見事である。ルイを素通りさせたような我が校のセキュリティとは段違いなんじゃないだろうか。
さて。ルイは、といったとおり、今日は思いっきりにおとなしめなお嬢さんという装いである。ウィッグはいつも使っている肩より少し長いくらいのタイプのもので色も明るすぎもしない。スカートも膝丈くらいだし、男子校に行くためには無理のない格好なのであった。だってここできわどい格好をするだなんて、普段からないのだし男子ばかりの中でそれは危険が危ない。
木戸としてくる選択肢もあるにはあったのだが、エレナから「せっかくだから思い出に残る写真をいっぱい撮ってね♪」なんて言われてしまったら、ルイとしてくるしかなかったのだ。首からはいつもの一眼をかけている。
ここに来るまでも、あれやこれやと撮影をしていて、すでに五十枚くらいは画像が保管されている。
「写真撮ってもらってもいいですか?」
受付を済ませて中に入ると、エレンの教室に向かうまでに何回か声をかけられた。
そのたびに足を止めて写真を撮っていく。こちらのカメラではなく相手のカメラで、だ。
どうにも大きめなカメラを持っていると写真を撮る人という風に思われてしまうようで、それで声をかけられると言ったところだろう。
一眼での撮影をするならそれはそれでいいのだけれど、データの配布をエレンに頼まなければならないというとても面倒なことになってしまうからカメラを渡してくれるのはありがたい。コスプレイベント用にスマホやタブレットにデータを移動できる備品も持ってきているのだけれど、さすがに一般の人はそんなもんを持っているとは思っていないのだろう。っていうか昔からの習慣として、記念写真は自分のカメラで撮ってもらうというのが基本なのでその文化が残っているのだろう。
「えっと、2のB、2のBっと」
案内図を見ながらエレンのいるクラスに向かう。
スリッパのぺたぺたした音は、女装して自分の学校に入った時のことを思い起こさせてくれる。もちろんうちの学校のスリッパよりもこちらのほうが高価そうでしっかりしているのだけれど。
「はぁ?! また病気ってお前どんだけ風邪引けば気がすむんだ、このやろう」
少し高揚し始めていた気分の中、いきなり怒鳴り声が聞こえてびくりと体が震えた。
ちらりとそちらに視線を向けると、電話に向かって怒鳴っていたらしい。あれは聞いている方はかなり耳をやられただろう。
そしてその怒鳴り声の持ち主。その顔には見覚えがあった。
大きめな鞄を持っているけれど、カメラ機材一式を持ってきているのだろう。
「一人でカバーしきれるわけないだろうが」
「佐伯のおっちゃんじゃん」
ああ、どうするかと悩ましい声を上げていたのは、フォトスタジオを経営している佐伯さんだ。
あいなさんの上司というか雇い主ということになるのだろうか。
「あ、っと。すまない。ちょっと驚かせてしまったかな」
こちらのつぶやきは彼には聞こえていないだろう。ルイとしては初対面の相手だから、不思議そうに見ていたのは全部いきなりの怒鳴り声のせいという風にとられてもしかたない。実際通り過ぎた人達の何人かもなんなのかしらと興味をひいていたし。
「いいえ。何かお困りなんですか?」
「いや。といっても、あれじゃあな。困ってないとはさすがに言えないか」
ちらりと、こちらがつってるカメラを見て彼は話すべきかと思案をしていた。
まだまだ文化祭は始まったばかりではあるのだが、この段階で撮影が出来てないと言うことはなにかしらのトラブルでもあったのだろう。
「君は、カメラ使えるのかな? いや。いやいやいや。ダメだろ。プロの仕事で現地調達はさすがに」
「人物撮るのはそこまで得意ではないですけど、ぶれずに目を赤くしないで撮るくらいはできますよ?」
初歩の初歩といったところの話をしつつ、佐伯のおっちゃんを少しリラックスさせる。話をするにしても冷静になってもらわないと困る。
「正直、依頼されて、というようなことができる自信もないんですけど。いないよりまし、くらいに思ってもらえればいいんじゃないですか?」
「いないよりまし……っていってもその段階だとギャラとかだせないが」
彼はお金目当てのアマチュアとでも見たのか、渋い声を漏らしていた。いや、実際この状況で金目当てで営業かける人がどれだけいるのかっていう感じではあるものの、徐々に信用してもらうしかない。あちらからしてみれば初対面の相手に過ぎないのだから。
「ああ、それは全然。使えそうなら使うってくらいで」
「でも、いいのかい? せっかく遊びにきているっていうのに」
男子校であるこの学校の生徒とはさすがに佐伯さんも思わなかったらしい。遊びに来ている高校生という認識なのだろう。とはいえ……
「友達の招待できたものの、学園祭回るよりも撮影してたほうが楽しいですから」
割とひどい言いぐさだが、この前のうちの学園祭と違って他に知り合いが来ているわけでもない。さすがに他校の男子にルイとして親しげにしていくのは、結構な無理があるというものだ。男子校の生徒に会ったことはないけれど、女子がいる環境でさえルイにちょっかいかけてくる人はいるのだ。男子しかいないここで、お友達を作って良いことがあるとはあまり思えない。
「そこまで言ってくれるなら。二時間だけでいい。他のスタッフが来るまでこれのスケジュールにそって回りながら写真を撮ってきてほしい」
割り振り用の紙を渡されると、時間と場所が書かれてある。
「基本的にはそこにいる学生を中心に。何をやっていたかというのも合わせて撮ってきてほしい」
「保存形式は?」
「非圧縮で撮れるならそれで。下手にとっても加工でなんとかする」
「それをきいて少し安心しました」
最後に撮影係である腕章を渡される。これをつけていて教師などになにか言われたら佐伯さんに話を通してくれていいとのことだった。
「それじゃできるだけでいいから。12時半にここで待ち合わせで。それで交代といこう」
気楽にな、と体を固くしていう姿を見せられてしまうと、こりゃ割と責任重大かもと思ってしまうのだった。
一発目からエレンの教室だった。
ルイが担当する部署は朝の二時間で二年の教室をメインとしたところだ。
二年の教室といっても、それぞれジャンルごとに配置をふっているので、生徒は一年やら三年やらいろいろだ。
ちなみに午後のほうがシフトはタイトなので、代わりが来てくれるというならそれはそれでいいのだろう。正直自分でもどこまでやれるのかというのはまったく未知数なのである。
「いらっしゃい。って、その腕章どうしたの?」
時間ぎりぎりにエレンの教室に行くと彼はふんわりした雰囲気でこちらを出迎えてくれた。
男子の制服をきていてもこの破壊力。周りの男子を虜にしてしまうこれはもう、女子力なんて生易しいものではないのかもしれない。
「撮影の人が風邪ひいたとかでね。ちょっとお手伝い」
すちゃっとエレンにカメラを向けると、すっと自然にポージングを取り始めてしまう。さすがにそれを残せないので、カメラをといた。
「ううぅ。ルイちゃんにカメラ向けられるとダメだね。体が勝手に動いちゃう」
「散々撮ったからね。ま、そんなわけでここの階の撮影をすることになったので、よろしくといった感じで」
12時半までだから、そのあとは都合が合えば一緒に回ろう、と言うとこっちもその方がありがたいとエレンはいっていた。
そう。前からそういう話はあったのだ。午前のうちは教室の方の店番をしないといけないから身動きがとれなくなるって。部活をやっていないエレンは教室のほうでの当日の仕事を結構まかされてしまったようなのだった。
その気になって「お願い」をすれば誰かがかわってくれたのだろうが、ちゃんと仕事もしたいしということで、強引なことはしなかったらしい。クラスとしても対外的にとてつもなく可愛い、きらびやかな子を店番に出せるのはありがたいのだろう。男子制服姿の彼は以前、木戸の学校に来たときよりもしっかりとしていて、怯える感じもなく柔らかな微笑はおばさま方にはもうたまらんだろう。ショタ属性をあまり持たないルイですら、その笑顔にはずきゅんと来てしまう。もちろんこちらがカメラを構えればいまの格好だろうが女子成分が強くでてしまうのだが。
「それで、ここは展示? えと……学校の歴史とかそういうやつなのかな」
「そ。郷土史とか、学校史とかそういうのをまとめてみました」
楽しいかどうかは分かりませんが、と苦笑が浮かぶものの、興味ありませんというようなことは言わない。
そもそも文化祭というもの自体こういう展示物も文化を伝えるという意味合いでは、けしてないものではないはずなのだ。
教室の展示具合をとりあえず引きで一枚。クラスメイトの多くが部活の方にいってしまっているそうで、少し活気のない写真に仕上がってしまっているけれど、これはこれでしかたない。
「教室のほうのイベントに当日どれだけみんなが手を尽くせるか。それによって出し物も考えていく感じかなぁ」
他の展示の前で説明している人の顔写真をぱしゃりと一枚。
お客さんの顔はわからないように背後からの撮影にする。熱心に説明している様は、撮影対象として十分だろう。
ほかにも担当している子が何人かいたのでそれを撮っておく。
もちろん一番最初の一枚はこのクラスの入口のところ。最初から見ていけばどこで何を撮ったのかが一目でわかる仕様だ。
「でも、みなさん割と保護者の方とかが多いの?」
写真を撮りながらも思ったことを素直に伝える。そう。たいてい来場している方は大人ばかりで、同年代の、特に女子の姿は少ない。兄弟がいて、なんていうこともあるのだろうけれど、女子高に行ってみたい男子は多いだろうが、その逆はそうはいないということなのかもしれない。
「うちは提携校とかないからね。男子校と女子校が対になってるようなところなら、それなりに男女交流ってのがあるけど、ごらんのとおりって感じで」
見事に男塾でしょう? と言われて、王子様学校じゃないかと思ってしまう。
男塾を名乗るほどの男くささはここにはない。生徒の雰囲気がおぼっちゃんという感じが強いのだ。
「んなっ。エレン! その子いったいどういう……」
「よーじ! 鼻息荒くしない」
どうどうとエレンに止められて、クラスメイトなんだろうか。男子生徒が暴走を止めた。
さっき別の方を案内していた子だ。写真にばっちり納まっている。どうやらそこから解放されてこちらに合流したらしい。
「こちら僕の友達のルイさん。今日は急きょ撮影の手伝いしてるけど、見てのとおりカメラの亡者です」
「確かに、写真のことになると亡者になりますが。エレンのクラスメイトの方ですか? いつもうちのエレンがお世話になっております」
「こ、これはご丁寧に。いやでもお世話されてるのはむしろ俺のほうで……」
あわあわと少しばかりテンパっているのがかわいらしい。
なるほど。男子校で女子となかなか接点がないとこういうことにもなってしまうわけか。
ほほえましいなぁと思いつつ、それでも視線は時計に行く。
「おっと、そろそろ次に行かないと。二時間で割と枚数とらないといけないから」
「うん。頑張って。ルイちゃんに撮ってもらえるならみんな、いろんな意味で大喜びだろうから」
またあとでね、といいつつ出口のところで教室の全景を撮る。
これはこれで学園祭の一シーンといったところである。
そして、それから縁日を再現したところやら、休憩室、なんてかかれたところもあったのでそこもカメラに収めていく。
本格的なお茶屋さんなんかも出ていたけれど、ザ・男子校という感じの和装姿は思わず枚数撮りすぎてしまった。
むはーとか、わはーとか興奮気味にシャッターを切っていたら、いつのまにか予定通りに撮影は終了してしまっていたのである。いつもながらカメラを持っていると時間が経つのが早すぎたのだった。
男子校の学園祭って行ったことないので、かなり偏見に基づいていますが、第一弾です。佐伯さんの事務所の病弱な彼とは二年後くらいに接触するのですが、ここが初出ですね!
なんにせよ、ルイさん「お仕事初デビュー回」です。正直、写真業界のお仕事内容がさっぱりわかってないですが、そこらへんはご都合主義で行きましょう!(キリ)
次回は、男子校文化祭中編です。いろいろと出会いもあるし、長くなるので割ってます。木戸さんの学校ではなかったですが、文化祭ならある「アレ」があります。どれだよって、それは明日をお楽しみに! 作者は16の時にその光景をみて、いたく感動と興奮をいたしまして、「先輩かわいいっすー」と二回通ったものです。