474.律さんと町歩き1
本日短めです。
律さんってだぁれ? と思ったあなたは、310.311の絵のモデルのところをご参照くだされ!
「ぶふっ」
朝、父さんが開いている新聞にちらりと視線を向けると、そこに思い切り美術展の記事が載っていて、牛乳を吹き出しそうになった。
い、いちおうなんとか一口いれただけだったので、噴水ということはなかったのだけど。
「ちょ、父さん、その記事見せて!」
「な? なんだよ。新聞とかネットので十分だとかいってあんまり紙の新聞なんて見ないのに」
新聞を開きながらトーストをかじっている父さんはこちらに怪訝そうな顔を向けた。
普段は和風な木戸家の食卓なのだけど、今日は昨日セールで母さんが買ってきたパンが余っていたので、久しぶりの洋食メニューだ。
スクランブルエッグとベーコンに、あとはサラダ。
母様用は、スクランブルじゃなくて、目玉焼き。片方はつぶしてもう片方は少し硬めに仕上げる。
「貸してくれないなら食後の珈琲いれたげない」
むすっと女声でいってやると、それやめろーといいながらほいと新聞をこちらに寄こしてくれた。
対面でもそもそつぶれて少し固まった目玉焼きをトーストにのっけてはむついている母様が、はぁと大げさにため息を漏らしながら味噌汁をすすっていた。
そして、すすったあとにまたため息。
はい。味噌汁は和でも洋でも毎朝作ってますよ。
洋ならコーンスープとかでは? と思うのだけど母様の依頼でどうしても朝は味噌汁になるのだ。
ま、トーストに合わないわけでもないし、それに具材は毎日違ったりする。
これは単に嫌がらせの一つなんだろうと思う。でも毎日違う味噌汁が作れるようにしてしまって、これ、君の味噌汁が飲みたいフラグとか立っちゃうよ? と正直心配になるのだが。
いまはそれよりも、新聞の方だ。
先ほど父さんが見ていたページを広げて、再びそこに表示されている写真に目を向ける。
さすがに新聞の画質なので、写真自体はよくはないのだけど、そこに写っている内容の方が問題なのだった。
タイトルには冬の美術展大賞発表、と書かれていて、展示されている場所の風景が写っている。
さすがに全部の作品が載っている、というわけではなく、「美術展やってるから来てね!」的な、斜めから大賞作を手前にして、奥に向けて撮っているというものだった。
そして、大賞作……はよくわからない前衛アート的な抽象的なものだったのだけど、その脇にちょっと見切れた感じで入っている絵こそが、その……見覚えのある女の子?の絵なのだった。
「うぅ……知事賞とかに入ってるじゃん律さんったら……まったく、連絡全然くれないだなんて、ひどいなぁ」
「なんだ、馨、記事に知り合いでも載ってのか?」
あわあわしている木戸を見てか、父さんは不思議そうにこちらに問いかけてきた。
母様は、なんかじとめをしているのだけど、なんでその対応なのだろうか。
きっとろくでもない話なんでしょ、とでも言わんばかりだ。
「まえに、姉さんの紹介で、俺が……っていうか、ルイが絵のモデルになったことがあってさ。その時の絵がそこに載ってる」
「なんだって!?」
父さんは驚いた様子で、新聞をひったくるとじーっと、新聞を再び見つめた。
先ほどは気にならなかったそれをようやく見つけたようで、あぁ……と、納得したようなため息をついた。
「斜めからちょっとだけしか写ってないのによく気付いたな……父さん全然わからなかったよ」
「普通そんなところに載ってるとか思わないからね。それに目に止まったのは偶然」
ほんと、描き終わったら連絡くれるみたいな話だったのに、出品した上に入賞まで果たしていて放置とは。
まったく律さんったら、ひどい話である。
「これは今度、埋め合わせをしていただくしかないですね」
ふふふ。
少し、不敵な笑いを浮かべながら木戸はトーストの残りを口の中に入れた。
「だからー、連絡はしたじゃーん! 完成したよー! って。牡丹のアドレスにだけど」
「……うわぁ。そういや先輩経由でやりとりしていたんでしたっけ」
おぉ……と連絡がこなかった理由についぞ思い至ったのは、ずかずかと律さんが通っている大学院の部屋に乗り込んで言われた一言によってだった。
……うん。なんだかんだであの日はお互いにテンションが高くて、どうやって相手を最高の状態に持っていくかというのに執心していて、お互いの連絡先を聞くのをすっかり忘れていたのだ。
で、まああっちはあっちで、牡丹姉さんに連絡を入れておけばいいだろうって思ったのだろうけど、姉さんは姉さんでHAOTOの壁ドン事件からその結末の発表とかも含めて、なにやってんの馨ったらー! みたいな感じで連絡してきたんで、律さんからの連絡はすこーんと忘れていた、ということなのだろう。
夏は夏でプール事件なんてのをやらかしてもいるし、いろいろ心配した母様から、ルイの御魂を鎮めるための計画なんてのもあった。
それぞれ、姉様的にはそっちのほうに集中していて、律さんのことを伝えるのをすっかり忘れていたのだろう。
「連絡なかなかないなぁとは思ってたけど、まさか牡丹がやらかしてるとは思わなかったよ……」
あの子あれで、ある程度はそういうのしっかりしてると思ってたんだけど、と律さんが腕組みをしながら、うーんとため息をついた。すみませんね、うちの姉が。
「でも、それならそれで何回か連絡してもらうとかは?」
「あー、うん。ルイちゃんったらいろいろ忙しそうだったみたいだからね? HAOTO絡みの事件いろいろかかわってるとしたら、こっちのことなんてすっかり忘れてるかなーなんて」
あんまり頻繁に連絡するのも申し訳ないし、さすがに受賞したよーってメールはしたんだよ? と苦笑混じりに言われても、姉様から連絡なんて受けてないよ……
ここのところはこっちもそんなに大きな事件も無かったというのに。
「もしかして牡丹ったら結婚式の準備で忙しいとかなのかなぁ」
「あー、六月にやるって話でしたよね。でも、うーん、どうなんだろう」
いちおう、母様とはいろいろやりとりはしているようだけど、頻繁にこちらの家との出入りが激しいというようなこともないような気がする。
こちらもいろいろあったし、家を空けてることが多いから姉様とかち合うこともそんなになかったのである。
「まあ、ともかくですね。律さん今日のご予定は空いていたりとかしますか?」
外回りしましょうって話、今でも有効ですよね? と言うと、んー、まぁねぇ、と律さんはぽりぽりと頬を掻いた。
「やっぱり、おめかしさせられちゃう感じ?」
外に出るのは構わないし、町中のルイちゃんを見てみたい気はするけど、自分が着飾るのはちょっとなぁと、律さんはちょっとだけ嫌そうな顔をした。
ふむ……せっかく前の時は、これがボク? って状態になったというのに相変わらず化粧っ気のない人だ。
「もちろんです。牡丹先輩が悪い……とはいえ、いちおうおめかしのための根回しはしてしまったので」
フルコーディネートして、可愛い格好見てみたい-、と言うと、それでも律さんは、うーんと渋った。
ほんと、普通、MTFさんといったら、可愛い格好がしたいからー、とか、お化粧に興味があってー、とかそんな人が多いと思うのに、この人ったら女性として見えればそれでどうでもいいなんて感覚なんだから。
まったくもって面白い人である。
「実は、受賞のお祝いも兼ねてなんです。あんまりお金をかけるつもりはありませんので、是非祝われてやってくださいよ」
「うむぅ。わかった。わかったけど……着飾るところまでだからね。その後はわたしの行きたいところに連れてってもらうから」
それなら、ご一緒しても大丈夫だよ、と律さんはしぶしぶ了承してくれた。
「あ、でもその前に、ちょっと学校での用事だけ済ませちゃうね。実は今日ここに来てるのは、受賞関連で先生達と打ち合わせっていうか、そういうのがあるからでね。まあ三十分もあれば終わるから、適当にキャンパス内でも撮影しておいてよ」
終わったら連絡するから。今度はアドレス交換ちゃんとやっておこうね、と律さんはスマートフォンを取り出した。
こちらはもちろんガラケーである。
これで合流するのにも問題はないはずだ。
え、来るなら牡丹姉様に仲介頼めば良かったじゃないかって? そうなんだけど、その……今日は姉様にメールしても返事こなかったし、ならって思ってこっちまで出てきたのだ。
新宮さんと朝の甘い時間を過ごしている、とかなら連絡頻繁にするのも申し訳ないし。
「それじゃ、適当に周り散策しながら待ってますね。あんまり急がなくても良いので」
「うん。そこはわかってる。撮影してればいくらでも待てるのがルイちゃんってことで」
「うわ、あの一回でそこまでわかっちゃいますか」
これでもいろいろと見る目は持っているのですよ? と律さんはにやりと笑いながら、軽く手を振って部屋を出て行った。
さて。これで今日の予定は決まりだ。
律さんをおめかしして、町中でポートレート大作戦である。
作中時間よりもリアル時間の方がかかってて衝撃を隠し得ない作者です。
律さんの話を書いたのが2016.6ですから、本当に一年以上ぶりのご登場。
一カ所でのネタが長いので致し方ないのですが。
相変わらず彼女は、着飾るの苦手感というところでありました。
そして牡丹姉さま……
さて、次話では聖さんとこでいろいろと服装いじりたおす感じになりますよー。
さあルイたんも着せ替えの楽しみに目覚めてしまうのかっ。




