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471.懐かしいメンバーと男の娘会3

「にしても、一条さんすっかり女っぽくなっちゃってびっくりしたよ」

 コロッケをはむはむいただきながら、澪がにこやかにそんなことを言った。

 視線の先にはちーちゃんがいて、少し優雅にアップルサイダーをくぴりとあおっているところだった。


「まあ、わたしもいろいろありましたからね。ここで働くようになってからはなおさら、かな」

「そうだよねぇ。ちーちゃん前はガチガチで、人の前だと緊張して、むしろ人の視線から隠れるようなところあったから」

 それが見事に払拭されたのは、やっぱり人から見られるようになったから、ってことなのかなぁ、と言ってあげると、あう、とちーちゃんは顔を伏せた。


「でも、澪さんとはあんまり触れあわないようにしてたのに、昔のわたしも知ってるんですか?」

 直接的に話したのって、高校二年のときのここでのケーキづくりの時でしたよね? と疑問を浮かべる。

 千歳の記憶の中でも、直接のやりとりをしたのはそれくらいで、高校ではあまり話をする機会もなかったはずだ。


「いや、そりゃまあ、顔は知ってるわけだし、事情も知ってるからそれなりに視線は向けてた感じで」

 気でもあるのかって、友達に言われてから自粛はしたけど、と澪は苦笑いだ。

 たしかに、異性をじっと見つめていたらそれは恋の予感? というのが普通なのだろう。

 男の視線なんてものは、好みの女子にターゲットされるものであって、そしてまた少なからず千歳が気になっていたのも事実。ただ、それが恋愛感情ではなく「純粋に気になる」だけではあったのだが。


「全然気付かなかった……」

「ちーちゃんの場合は、周りの視線におびえはするけど、鈍感な方向に育った感じだものね」

 ま、千恵ちゃんがいたからこその結果なのかもしれないけど、とフォローを入れておく。

 出会った頃の千歳は、それはもう、何と戦っているのかわからないくらいに臆病で、自分のことを周りがどう見ているのか、というのをいまいちしっかり把握してはいなかった。


 把握しないまま、「MTF」というレッテルの幻想に怯えていたのである。

 明確に悪意を持っていた人なんていなかっただろうし、それこそ事情を知っている人でもなければ、興味もあまり持たない一般生徒という認識だったのだろう。

 人は自分が思ってるほど、その人を特別と思うものではない。

 少なくとも、千歳の場合のMTF要素というものは、なんら人様の注目を浴びる道具ではないのである。 


「それに、いちおう僕のことは避けてたでしょ? 学校バレはしたくないだろうなって思ってこっちからは特になにもせず、みたいな感じで」

「実はこそこそ連絡取り合ったりすればよかったのにー」

 なんと薄情なっ、と凛ちゃんはなぜか澪の手をきゅっと握りながら抗議した。

 仲間は多い方が安心なんだよ、とか不安にならないときだってきっとないよとか言っている。

 んー、凛ちゃん的には友達いっぱいいた方がいい、みたいな考えなのかな。


「ま、そこらへんは彼氏殿がフォローをしたことだろうと思うし、ちーちゃんも別に友達いなかったわけじゃないから、大丈夫だよね?」

 それに、あちらにアドバイザーもいらっしゃるので、といづもさんの方にちらりと視線を向けると、凛ちゃんはそっか、ととりあえず納得してくれたようだった。

 まあそのアドバイザーは現在全力でビールの泡を口の周りにくっつけているわけなのですが。


「青木さんというと、ルイ先輩、この前、信さんを誘惑したでしょ……ちょっと怒ってるんですからね」

「……ここで、その話題が混ぜっ返されちゃうか……あれは事故。ほんとまじで事故だったの」

「信さんがしばらく、いい尻だった……とかずっと言ってたんです」

 もう、うほ、いいお尻ネタですか、まったく、と千歳がげんなりした声を上げている。

 う、それは青木が悪いんであって、別にルイさんのせいではないのですよ。


「へぇ、ルイちゃん青木さんを誘惑しちゃったんだ? まったくもう、全然気がないとか、きちんとお断りしたとか言ってたのに、お尻を見せるとか……恐ろしい子」

「って! どうしてエレナまで……あたしは別に悪いことしてないよ! ただお風呂入ってただけなの」

 シャワー浴びてたら、いきなりドアが開いたの、というと、相変わらずのトラブル気質だねぇとほっこり言われてしまった。う、そこはほっこり言わないで欲しい。


「あれ? エレナさんも信さんのこと知ってるんですか?」

「んー、直接ボクが会ったのは一回だけ。しかも男子の制服姿で一緒にカラオケに行ったことがあるくらいかな」

 あのときはいきなりでびっくりしたよ、とエレナさんはかなり昔のことを思い出す。

 それこそルイがエレナに会ってから少ししてのことだ。

 学校の外で遊ぼうという話になったときに、青木も混ざってきたことがあったのである。


「うわ、カラオケですか……信さん確かにカラオケ大好きだから……」

「だよね。ちーちゃんは一緒に行ったりするの?」

 っていうか、歌えるのかどうかがちょっと気になる、と言ってあげると、それがそのー、と瞳を伏せられてしまった。


「一緒に行ってもだいたい聞いてるだけですね。時々ムーディーな曲とかも歌ってくれるので盛り上がったりしますよ」

「……ん? 青木がムーディー? っていうかどんな選曲してるの?」

「んーと、いろいろです。アニメとかもあるし、テレビで良く流れるのとかもあって、かっこいいです」

 千歳の言葉を受けて、ルイとエレナは顔を見合わせてしまった。

 なんというか……どうしよっか、これ、である。

 どうやら、あいつ、カラオケの選曲をちーちゃんがいるときは厳選しているらしい。

 そりゃ、いきなり朝の女児向けアニメのオープニングを女声で歌ったら、どうなるかと言われれば、分の悪い賭になることは間違いないのだろう。賭に勝てば親密度は爆上げしそうだが。


「一条さんはなにか歌わないの? 声だってそれくらいばっちり出てるなら、いろいろ歌えそうだけど」

「正直、自信はないんです。いちおうこれでちょっとは声変わりしてますし、綺麗に歌える自信もないし」

 まあ、そこまで歌うのが好きでしょうがないってこともないですし、と千歳は特別残念がる様子もなく言い切った。


「それより澪さんの方がどうなんです? 舞台をやるってことはかなり声も使うの上手いんじゃないですか?」

「ああ、たしかにそれはあたしも常々思ってることだね」

 確かに澪っちの舞台での声はすばらしい、と絶賛してあげると、ええっ、そんなたいしたものでは……と澪が小さくなった。ちょっと照れたらしい。


「少なくとも、それが弱点にはならない状態ではあるじゃない? それって実はかなりすごいことだよ」

 自覚がなくて困りますなぁ、この舞台女優さまは、と言ってやると、でもまだ端役ですしと謙遜されてしまった。

 まあ入ってまだ一年経っていないわけだし、舞台を重ねていろいろと進んで行けば良いのだと思う。


「あ、それとさ、結局次回の舞台はあたし呼ばれなかったんだけど……」

 せっかく撮影する気満々だったのに、と残念そうに言ってあげると、いやぁーと澪はバツが悪そうに解説してくれた。


「咲宮さんたちがスポンサーになってくれて、今回はちょっとちゃんとしたカメラマンさん雇って大々的に宣伝も打とうかって話になったんです。って、別にルイ先輩の腕が悪いわけではなく……」

 あわあわと澪は手をぱたぱたふりながらフォローに必死になった。

 まあ、そりゃその言いぐさだと、ルイさんはちゃんとしてないって話になっちゃうしね。

 いつの間にかセミプロみたいになってるのは知らないだろうし。


「それに、みんなが、あの撮影に耐えられるだけの演技をできるようになってからリベンジするって感じで」

「リベンジって、別にただ粘着撮影しただけじゃないの……」

 どうしてそんな話になるのかよくわからないと首をかしげると、クロやんがそっちでもやらかしてるのかと、ため息を漏らした。


「あの撮影って、もしかしてルイねぇがなにかひどいことを?」

 クロやんが不憫そうな顔を澪に向けた。

 ちょ、どうしてやらかした前提で話をしているんだろうか、この子は。


「ああ、前の公演の時にちょっと広告とか写真とかでルイ先輩にお願いしたんですよ。そうしたら……キャラの特徴とか、根掘り葉掘り聞き始め、朝ご飯は和食なのか洋食なのかとか細かいところまでどっち? と聞かれて頭フル回転で写ったという、苦い思い出が」

「ああ、粘着撮影ですね、たしかに」

 っていうか、その話詳しくきいたことないんだけど、とクロがこちらに視線を向けてくる。

 そうは言われても事細かくこちらの仕事事情を話したりはしないよ。


「九月に舞台があってね。その前に、興行用のポスターとかパンフ用に写真を撮ったの。そこでちょっといろいろ質問しながら撮ったら、変な反応なったというね……」

 ほんと、どうしてそんなに驚くのかわからないよね、と首をかしげてると、いや、それは……どうなんだ? と珍しくクロやんから、悩ましげな声が漏れた。


「粘着撮影って、コス界隈だとまあまあ浸透してるけど、一般でやるとさすがに引かれるんじゃない?」

「ちょ、そんなことないよ……あのときはプロ相手だからこれくらいはーって思ってぐいぐい行っちゃっただけで、駄目そうなら別の質問にしたりもしたし」

「あれのおかげで、キャラの掘り下げはできたし、団長的には大喜びで次回も! って話でしたけど、団員全部から反対がきましてね」

「うぅ……で、でも本番の舞台はいい仕上がりだったじゃない?」

 ほら、当日の写真はこちらにございます、とタブレットに舞台の写真を写しだした。

 あまり光は出せなかったものの、舞台は明るいのでそれなりに綺麗に撮れていると思う。


「おぉ、これ舞台の澪っち? うわ、綺麗」

「見事に女優さんですね」

 すごーい、と端役と言っていた澪を画面の中に見つけて、千歳と凛ちゃんが歓声を上げる。


「否定はしません。確かに良い舞台でしたしね。それもあって咲宮さんがこれならもっと出資してもいいし、宣伝も打っていこうかなんて話になったので」

「ま、彼がもともとあの劇団に手をつけたのは、いろいろな考えがあってのことだから、正式に舞台を評価してくれたならそれが一番なんじゃない?」

 純粋に、それはいいことだと、うんうんとしみじみルイは肯いてしまった。

 咲宮さんたちがあそこに手をつけたのは、施設は持ってるけど、お金がない貧乏劇団だから、である。

 そこにかこつけて、逢い引きの場所として利用していた、というのが実際のところで、最初は隠れ蓑程度の意味合いしかなかったのだろう。

 崎ちゃんだって、それを知った時は舞台でぎゃふんと言わせてやらないと、とちょっと怒ってた。

 それ以前に、女装して男に会いに行くという光景に、あんたはああなるなと、肩を揺らされたりもしたのだけど。

 

「にしてもさっきから咲宮って名前がでてるけど、もしかして澪ちゃんの劇団って、咲宮家の庇護にあったりするのかな?」

「庇護って……たんにオーナーなだけですよ。っていうかエレナさんも咲宮さんのこと、ご存じなんですか?」

「ん。それはほら、小さい頃パーティーでよくあったりもしてたし、うちの沙紀矢と遊んでくれてありがとね、って頭撫でてくれたりとかしたし、いちおう知ってる感じ」

 そっかー、あの人、劇団のオーナーかぁ、とエレナがなぜか感慨深げにため息を漏らした。

 ううむ、エレナには彼の趣味というか、咲宮家の闇を伝えて居ないけれども、もともとなにかしらの素養みたいなものはあったのかもしれない。


「ちなみに、澪は咲宮さんのこと、雑誌とかに載ってるのって知ってる?」

 いまいち澪の言う彼と、エレナのいう一族で話がかみ合ってなさそうなので、フォローとしてそんな話を振っておく。

 澪は、雑誌? とハテナマークを浮かべていた。


「やっぱり知らないか……オーナーってことでお金は持ってるんだろうな、という程度なのかな」

 劇団の古株とか団長とかは知ってそうだけど、とルイはタブレットを操作して、インターネットに接続した。


「経済誌とかにばんばんでてる若手実業家なんだよね、彼。もちろんバックに一族の資金があるからそれの運用なりが上手いって話なんだろうけど」

 元手があるって、素敵……とコロッケが買えなかったルイさんは、お手製のコロッケにソースをかけながらもぐもぐと揚げたてをいただいた。


「うわ、こんな人だったんだ……それは知らなかった」

「経済誌とかって、うちらの世代で読んだりはあまりしないしね」

 お金の話も大事だけど、そっちよりは別のことに集中という感じなのだ。

 澪がそういう雑誌を目にしていないのも仕方が無いと思う。

 ルイだって、これほど咲宮家やエレナとかかわらなければ、そういったところに目は行かなかったと思う。

 カメラのことで精一杯なのである。


「そして、その従兄弟さんとあたし達は仲良しだったりするわけです。ね、エレナ」

「そ。ボクの方はしばらく没交渉だったんだけど、ここのところ遊んだりしてるし、ルイちゃんにいたっては大学で先輩後輩の関係だからね」

 一緒にラーメン食べにいく仲なんだっけ? と言われて、まあ、庶民の生活というやつをたたき込んでおります、と答えておいた。

 ちなみに、エレナにもこんど連れてってと言われていたりする。


「エレナ先輩の口からラーメンという単語がでるとは……」

 お嬢様というイメージなのに、と凛ちゃんが目を白黒させている。

 でも、美味しいものは美味しいのです。


「お嬢様だから、かな。初めてのラーメン屋ってやつ」

「そういうこと。とある作品にもお嬢様学校のヒロインをラーメン屋に連れて行く話があってね」

 これは、男の娘として初な女の子をエスコートすべきか、それとも初な女の子として男の娘にエスコートしてもらうのか、悩ましいとエレナさまは妙なこだわりを見せる。

 まあ、結局まだ行ってないので、最初は初な女の子(エレナ)をルイさんが連れて行き、いずれ慣れたら行き慣れてない友達でも誘えばいいのじゃないかと思う。


「ちなみにいづもさんはおすすめのラーメン屋とかあります?」

 メンチカツをいただいていたいづもさんに声をかける。

 食品系の仕事をしている人ならば、なにかしらいいお店も知っているかもしれない。


「そうねぇ。はっきりと何系ってので趣味が別れちゃうから難しいわよ。男の子連れてくならがっつりしてるのでもいいと思うけど、女の子に鉄板なのはシンプルなラーメンだからね」

 特に一般人ウケするラーメンというのは、それこそシンプルな醤油ラーメンなのだといづもさんは言い切った。

 個人的には煮干しベースのものとか、鰹節ベースとか、あっさり系が好きとのことだ。


 男の子受けするとなると、前にいった油ましましな感じとか、野菜ましましニンニクましましだったりとか、動物系ベースのものの方が人気がある場合もあるそうだ。

 

「最近はネットでこまかく紹介とかされてるから、どういうの食べたいのか決めてから調べてみるといいわ」

 あんまり食べ過ぎるとお腹のお肉になっちゃうけどね、といいつついづもさんはビールをくいっと煽った。

 

「じゃ、せっかくだからいつかこのメンバーでラーメン屋ということで、クロやんのおすすめのお店に連れてってもらうとかどうかな?」

「って、そこで私ですかルイねぇ。そりゃまあそこそこ行ってるといえばそうだけど」

 ちらっと周りのメンバーをみて、こんな子達がラーメン屋巡りをしてるわけもないか、とクロやんは感想を述べた。

 んー、実際、澪とかは普通に行ってそうだけどね。

 

「美女達を連れてラーメン屋……うぅ。なんかすさまじい光景」

 店選びはきちんとしなければ、とクロやんはなぜか気合いを入れ始めたのだった。

そういえばポスターとかの写真は撮ったけど、舞台の本編は描写してなかったなということで、ここで回収しておきました。九月公演の舞台って崎ちゃんが話してましたしね!


そしてラーメンはニンニクヤサイマシマシということで-! って、一般大衆向けはやっぱり、あっさり醤油ラーメンらしいですよね! そして女装潜入してお嬢様にラーメン食べさせたのは、我らがお姉様でございます。

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