469.懐かしいメンバーと男の娘会1
「いらっしゃいませ、お嬢様」
ちりんちりんと、来店を告げるベルの音が鳴るとルイはそのお客にぺこりと頭を下げた。
「……ルイねぇ……なんて格好してんのさ」
そしてそのお嬢様はと言えば、ゲンナリしたような顔でこちらを見ていた。
今日の格好は何かのキャラクターなのか、眼鏡っこスタイルだ。
ふむ。日常じゃ女装はあんまりしないとおどおどしていた頃とは違って、ここに来るくらいは問題なくなったらしい。
そんな従姉妹の姿を満足げに見ながらも、とりあえずお客様のコートをお預かりする。
だって、別に外で女装するのなんて、気にすることじゃないしね。
あ、コートの下は普通にシャツとニットとスカート姿だ。大学生っぽい感じ。
「なにって、今日はシフォレの制服姿で対応しなさいって、いづもさんに言われててさ」
それでこの格好なのです、というと、それ、違くね? とクロやんはがっくりと肩を落としていた。
まあ、言いたいことはわからないではないよ。
本日ルイが着ているのはシフォレの正規の制服である。
ウエイトレスっぽいエプロンドレスといえばいいだろうか。もちろんメイドじゃないので頭飾りはなし。
もちろん、普段の、なので前にハロウィンの時に着させられた服とは別物だ。
別物なのだが。
「そのスカート丈はちょっと冒険しすぎというか……」
「むぅ。気にしてるんだから、指摘しないでよ」
もう、心許ないったらないんだからね、とお盆でスカートの裾を隠す仕草をする。
うん。普段のシフォレの制服とデザインは同じなのだけど、この制服ったら異常にすそが短いのだよね。
ちなみに、本日参加のエレナさんも同じ衣装。
なんでこんなことになったか、と言えば、男の娘会なんだったらミニスカでも良いでしょ? といういづもさんの悪ふざけに乗っているからなのだった。
彼女曰く、「会場貸してあげる対価ね」ということで……
厨房を借り受けるメンツである、ルイとエレナはこの衣装を着る羽目になっているのだった。
「お盆で隠すって、もうなにそのテンプレって感じですよね」
ま、後ろから見るとばっちり太もも丸見えなんですけどね、とすでに席に座っている凛ちゃんが頬杖をつきながらこちらに視線を向ける。
今日の彼女の服装は、チェック柄のワンピースに茶系のカーディガンを合わせた、ちょっとおしゃれしてますという感じの装いだ。
正直、声の練習に付き合った時よりも、かなり女物の服を着慣れた感じがする。
「あと来てないのは、澪っちかな。彼女にあーだこーだ言われてたりして」
「あれ? 澪さんって、彼女さんいるんですか?」
同じ制服をあっさり着こなしているエレナさんの言葉に、ちーちゃんが反応している。
今日は残念ながら千恵ちゃんの方は欠席だ。なんせ男の娘会なので。
当初、お互いの知人くらいは呼んでもいいのでは? なんて話にもなったのだけど、それだとかなり盛大になっちゃって、厳しくない? となって、しかたなくこの形になったのだった。
ん? 八瀬はもちろん呼びませんっての。男子会でも話したとおり、この場にあいつが来たらなにが起こるかって感じになってしまう。
いちおう、女装はしっかりできるけど、煩悩がダダ漏れなのだ。
それを言えばエレナも男の娘大好きじゃんって言われそうだけど、エレナだったら別に変な事はしないから安心なのだ。ほわほわ、かわいいねぇーなんて言って、ほけーってしてるだけなので、無害なのである。
「ほれ、演劇部の脚本やってた子しらない? れおくんれおくんってつきまとってた子」
「んー、正直、わたしは澪っちとの交流を意図して避けてましたからね……演劇関連はさっぱりです」
学校バレのキケンがあったので、オープンな人とはお付き合いあまりできなかったんです、とちーちゃんは首をかしげた。
「って、あたしめっちゃオープンにしてた人だったけどなぁ」
「ルイ先輩のことはみんな美少女としか思ってないですし。それに木戸先輩のほうは、なんていうか行動範囲半端ないでしょ? 女の子とも知り合いすぐつくるし、そこに私がひとり入ったところで違和感なんて持たれませんもの」
千歳はにこにこと、聞く人が聞いたら変な誤解を受けそうなことを言う。
んー、なんかそれ、ただの女ったらしみたいに聞こえるんだけど、実際はただ女子とのほうが話しやすいだけのことである。
「遅くなってす、すみません。ちょっと朝劇団から電話かかってきちゃって」
そんなやりとりをしていたら、カランカランと再び来店を伝えるベルが鳴った。
はぁはぁと、息を荒げながらそこにいたのは、もちろん最後のメンバーである澪さんだ。
「あんまり待ってないしだいじょぶ。これから料理広げるところだし」
ほれ、さっさと入って座りなさいなと勧めると、澪は凛ちゃんの隣にちょこんと腰を下ろしたようだった。
こうしてみると一個下の子達はそれぞれ個性的だなと思う。
完全に女子であると言い切ってしまう千歳に、女優をやりたいから女装してるっていう澪、そして凛ちゃんに関してはあんまり詳しい話聞いてないけど、あれは純粋に女物の服を楽しんでる感じだよね。
とりあえず、そんな三人をばちりと抑えさせていただいた。
「って、今日も撮るんですか?」
「さすがにクローズでお願いしますよ?」
撮るの? という凛ちゃんの言葉を制するように、澪たちがやれやれと肩をすくめていた。
どうせ撮るんですよね? みたいなスタンスである。まあ、撮るんだけどさ。
「んじゃ、お料理運ぶの手伝ってねー」
店員さんの服着てても、いちおーみんなで準備はしようか、とエレナがテキパキと指示を出していく。
すでにお箸やナイフや取り皿はテーブルにだしてあるから、あとはメイン食材達をででんと並べて行くだけである。
「相変わらず、料理上手いわよねあんたら……」
はぁ、と少し離れた席でこちらの様子をうかがっているいづもさんが、テーブルに並んだ料理を見て呆れた声を漏らしていた。
いや、そうはいいましても、プロと比べられたら全然なのですよ?
「いづもさんも一緒にパーティー参加しません? そんな離れたところでいないで」
「いいわよ。今日は若い者だけでわいわい盛り上がんなさいな。おばちゃん一人混ざったってジェネレーションギャップにもだえるだけだわ」
ま、みんなには言いたいことはもう言ってあるし、もうとやかくいう必要はないもの、といづもさんは離れた席を動こうとはしない。
さて。店を借りる条件として、この制服もそうだけど、いくつかいづもさんに言われたことがある。
それは、パーティー会場としてシフォレを貸すけど、自分も監督というような形で店にいさせること、というのがあったのだ。
一緒に参加で全然いいですよ? と言っておいたのだけど、結局このちょっと距離がある状態に落ち着いたのだった。
ちなみにあとの条件は、オーブンで匂いつく料理は勘弁ね、ということくらい。
調味料系は自由に使って良いとも言われたし、結構いづもさんには協力してもらっている。
まあ、その分次の新作の写真の撮影もばっちりやってね、と言われてはいるけれど。
「なにか食べたいのあったら遠慮無く言ってくださいね? 取り分けとかはするので」
「そうね。まあでも、今日の気分としては軽くお酒でも煽りながら、軽くつまめるものをって感じなのよね」
とりあえず、自分用に枝豆は茹でたからこれだけでも別にいいわよ、と言われてしまったけど、さすがにそれだけではちょっとアレなので、お酒に合いそうなものを見繕って持っていってあげよう。
「相変わらず、二人とも料理うまい……」
「是非ともうちの父親にも手料理を振る舞ってあげてくださいね? お姉様」
サラダとスープと、そしてメインになる揚げ物類に炊き込みご飯という構成だ。
本日はエレナさんの支援もあるので、女子会の時の料理よりも豪勢なものにしあがってしまった。
サラダもサーモンの燻製いりで、カルパッチョ風だし、スープもテール肉とかいう、謎肉を使った物である。
え、テール肉は謎じゃない? 牛さんのしっぽの肉?
知ってるけど、レア食材だから、ルイさん的には扱ったことの無い謎肉扱いである。
パンとご飯はお替わり自由だけれど、実は土鍋で炊き込みご飯を作っていたりもする。
どれか好きな物をどうぞというところである。
「おじさまにご飯なんて作ったらそのまま、嫁に来いとか言われるからやだ」
「……クロくんのお父様ってことは、ルイさんの叔父さんってことなんですよね? それなのに嫁に来いなんですか?」
よくわからない、と配膳をしながら凛ちゃんが首をかしげた。まあ普通はそうか。
「うちの親の世代でちょっと、うちの母様の取り合いを兄弟でやっててね。その影響でおじさんがちょっと変な目でみてくるんです、はい」
「これが木戸家の闇……美人さんちはそれなりに修羅場があったのか……」
「……さすがに冗談だとは思いたいけど、はい。闇で病みです」
はぁ、とクロやんはため息を漏らした。
いや、へこむんだったらあんまり話題に出して欲しくはないのだけどね。
「さてと、それじゃーいただきましょう。せっかくだからお祈りでもして見る?」
うまく短いスカート丈を扱いながら、エレナさんが満面の笑みで会場を見渡した。
本日集まった男の娘はいづもさんを除いて、六人。
高校を卒業するときにいづもさんの勉強会に出ていたメンバープラスでクロである。
ちーちゃんは男の娘ではないけれど、それくらいの細かいことは気にしないですよ、とあっけらかんと言ってくれたので仲間に入れてある。
なんというか、彼女もそうとう図太くなったというかたくましくなったというか。
昔だったら絶対に、言葉尻一つでも気にしてただろうに、それが今ではこんな感じである。
やっぱりいろいろ経験して自信をつけた、というのが大きいのではないだろうか。
もしかしたらシフォレでの接客というのも経験の一つにもなっているのかもしれない。
「あ、お嬢様学校っぽい感じですか?」
「お祈りより、ご飯早く食べたいです」
凛ちゃんが興味を示しているけれど、クロさんたちはご飯の方に釘付けのようです。
たしかにスープとか冷めないうちに食べたいものなぁ。
「じゃー、本日の糧を我らに与えしものに、感謝をこめて。いただきます」
「いただきまーす、って結局祈らないんかい!」
「えー、だって神様に祈るより、自力でなんとかするってのがスタンスでしょ?」
運否天賦はそのあとだし、とエレナさんは言いながらそれぞれの参加者に飲み物を配っていく。
この場にいる人で、成人しているのはルイとエレナだけ。
そしてお酒のまなくても別に問題はないので、今日のドリンクは定番のアップルサイダーにしている。
グラスに注がれたそれはシャンパンのようにぷつぷつと炭酸の粒を上に上にとはき出しているのが見えてきれいだ。
「そして、このお店を貸してくれたオーナーにもかんぱーい」
「って、あたしにそこで振るか……まあ、かんぱい」
ちょっと離れたところでグラスを掲げるいづもさんは苦笑いをしていた。
あちらは、枝豆といっていたけれど、ちょうどメインの揚げ物関連がお酒に合いそうだったので、そちらも見繕って提供させていただいている。
揚げ物といっても、天ぷらというよりは唐揚げとかそっち系なのでお酒によく合うと思う。
第一弾はテーブルにおいてあるけど、他にもコロッケやメンチカツなどいろいろとやらかす気まんまんで準備はしている。
最初はチキンの丸焼きでも作ろうかという話もあったのだけど、それは残念ながらオーブンが匂いそうだったので、フライパンや鍋でできるもの、ということでこれになったのだった。
「あぁ……テールスープ美味しい……学食でもこんないい味の食べたことないですよ」
「テールスープが学食で出てくる方が驚きだけど……まあ、凛ちゃんやエレナのところはハイソサエティだから、そんなもんかな」
「ちなみに、うちの学校は豚汁がごちそうでした」
クロやんもさすがにそこまでな学校では無いので、すげーと言いながらスープをいただいていた。
まあルイさんからすれば、クロの学校だって私立でそこそこお高い学校だったのには違いないのだけど。
「冬の豚汁……確かにあったまりそうですね」
「豚汁パーティーもよさそう」
なぜかクロの言葉に反応したみなさんは、テールスープをいただきながらも、豚汁に思いをはせているようだった。
この流れだと次回は豚汁パーティーになってしまいそうである。
「ルイちゃんの豚汁もすっごく美味しいよ。この前セカンドキッチンのお食事会で出してもらったけど、お肉もとろとろで味噌の濃さもちょうど良くてね。他のメンバーもほっこりしてたっけ」
あー、あれはよかったなぁ、と言いながらもエレナさんはサーモン入りのサラダをフォークで器用にはむはむしていた。
いや、とりあえず眼の前の料理に集中するようにしようか?
「はいはい、とりあえず豚汁トークはいったんやめて、パーティースタートの光景を撮っておくね」
とりあえずご飯の方に視線を向けさせるためにも、カメラをみんなに向けた。
写真に写し出された光景はまさに、女子会だとしか思えないのだけど……
だが、男だ、という名台詞とりあえずつけておこうかと思う。
まだまだパーティーは始まったばかりである。
やっと男の娘会が始まった! 凛ちゃんとかちょー久しぶりすぎて、かわいいっすなぁという感じでございます。
そして、七人(実質いづもさんはほぼ喋らないので六人)の会話を私は御せるのか?!
みんなそれぞれ特徴あるから、なんとかなる……なるといいなぁ(遠い目)
さて、次話はパーティーの続きですよ。
みんなが何をやってきているのか、そこらへん補完できるといいなぁなんてね。
あぁ、アストルフォ可愛いっすな。




