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 崎ちゃんのバレンタイン

本日は、ルイさんお休みのため、ナンバリングはナシです。

「崎山さんは今年は誰かにバレンタインチョコはあげるんですか?」

「はいっ、今年もやっぱり事務所の方やお世話になった方にお送りするつもりです」

「本命とかはどうなのかな?」

「それは……内緒ですっ」


 セカンドキッチンの、リビング部分ではそんなテレビが流れていた。

 本日は2月14日。

 世の中はセントバレンティヌスを祭る神聖なる祭の日にちなんで、大恋愛告白デーとなっている。

 ちょっと思いを告げられない女の子が勇気を出せる一番の日。


 その日になぜ、あたしはぼーっとしながら、自分がでているテレビなんてものを見なきゃいけないんだろうか。


「おっ、やってるねぇ。さすがは元国民的美少女。演技も歌も絶好調で、多くの人に思われる芸能人ー、さぁ、本命とかはどうなのかな?」

 ほい、ホットケーキ、とほわほわのそれをお皿にのっけて出てきたのは、この部屋の主でもあるエレナだった。

 あたし、こと、崎山珠理奈は、なにが悲しいのかバレンタインデーに本命でもなんでもない、男子の家に居るというわけなのだった。


 まあ、眼の前のこれが男か? と言われたらそれは違うとは思う。

 エプロン姿も可愛いし、なによりふくらはぎが細くてなにそれ反則? と言わんばかりに美しいのだ。

 お肌もぷるぷるで、これで男か……といいたくなってしまうほどのクオリティだ。


「本命は二ヶ月も返事くれないし。でもいいでしょ。馨のアホには時間が必要だろうし」

 いちおうバレンタインチョコも送ったし、あせらず考えてというメッセージも添えたし、とちょっと胸を張って答える。

 うん。去年はチョコを直接渡せなくて家のポストに入れてしまったけれど、今年はきちんと宅急便で送ることにした。

 直接会って渡すというのはハードルが高いし、おそらく渡しに行ったら心が折れる。


「えぇー、直接会いにいって、お返事くださいって言いに行っちゃえばいいのに」

 もう、どうして進展しないかなぁ、とエレナはぷぅとほっぺたを膨らませながら、フォークをぶんぶか上下に揺らしていた。

 いや、まあ、そのね……いろいろお膳立てしてもらって悪いんだけど。

 相手はあの馨なのよ? あっさりさっぱり振られるか、時間かけて考えてもらうかの二択なら後者をとるしかないじゃないの。


「きっと、今日行ってもあいつ、去年みたいにふわっふわの服きて、男共にチョコ販売してるわよ。そこに乗り込んでどうこうする勇気はないわ……」

 というか、うっかりチョコを落としてべきべきに割りそう、というと、エレナは苦笑しながら、ホットケーキにナイフを入れて言った。


「こんな風に?」

「よくそんな綺麗にぎざぎざに切れるものね……」

 蜂蜜とバターがかかったオーソドックスなそれをエレナは中心部から切っていったのだ。


「っていうか、珠理ちゃんも冷めないうちに食べた方が美味しいと思うけど」

 とりあえず、一枚目はオーソドックスなやつね、といわれてナイフをいれると、ほとんど抵抗なくするっとそれは切れた。中はふわふわで切った断面から湯気が立ち上ってきた。

 真ん中にちょんとのせられたバターは溶けていって、生地にしみこんでいく。


「うぅ、悔しいけど美味しい……」

「ここら辺は練習したしね。最初は結構失敗ばっかりで、中田さんに、このままでは私め、糖尿病になってしまいます、とまで言われたくらいだよ」

「中田さん……太るんじゃなくてそっちが気になるんだ……」

「ま、冗談なんだけどね、おじぃはあれで体がっしりしてるし、今でも鍛えてるんじゃない?」

 運動もしまくってるし、あれならそんな心配はないと思うよ、と言われたけれど、服を着た状態の彼はそこまで強そうな感じには見えなかった。


「二枚目はフルーツ系のジャムをたっぷりつかってデコろうかと思ってるんだけど」

 食べる? と聞かれて、もちろんと答えておく。

 美味しいものに罪はない。それを求めてしまうあたしに罪があるだけのことだ。

 ちなみにそこで、チョコデコレーションとか言い始めないのは彼女なりの優しさなのだろう。


「じゃあ、次の一枚をあげる代わりに、いろいろと馨ちゃんのことについて、質問タイムといこっか?」

「う……またからかわれるわけ?」

「からかうってわけじゃないけど、んー、正直、疑問というかなんというか」

 いちおー、ほら、いろいろと話は聞かせてもらったじゃない? と言われて、うむぅと情けない声を漏らしてしまった。

 馨に告白したあの旅行の時、この子にはいろいろと問い詰められたものだった。

 どうして馨が好きなのか、とか、いろいろ。

 正直、そんな話ができる相手なんてそんなにいなくて、ぽろっと話してしまったのだけど。


「告白してから、思いはなにか変わった?」

 にこにことそんなことを聞いてくる彼女を見ていると、ちょっとお節介な女友達というような感じだろうか? なんて思ってしまう。


「今は、待ちの状態だし、とりあえず相手が馨だし。なかなか連絡来ないなぁとは思うけど、しょうがないかーみたいな気持ちよ」

 年末はもう、いろいろじたばたしてたけどね、と言ってあげると、ほー、珠理ちゃんでもじたばたするかー、とにやにやされてしまった。恥ずかしい。

 実際、告白したあとは、ああ、連絡こないかなとか、スマホを前にもだえていたりもしたのだ。

 それが一月にもなれば……もはや、あぁー、そうね、馨だしね、という気分にもなるというものである。


「なんというか……珠理ちゃんも淡泊さんだよね」

「相手が馨だからこそよ。でも、別にだからといって他の人にときめくってこともないし」

 仕事三昧なんだから、業界以外の知り合いと会うケースなんてないもの、とあたしは肩を竦めた。

 ここのところ、確かに撮影ばかりが入っていて、一般の人といったら近所のスーパーだったり、コンビニだったりくらいでしか触れあっていないように思う。もちろん馨がいるコンビニは絶対近寄らないけど。


「どこにいっても、一緒に写真撮っていいですかとか、サインくださいとか、そんな感じだもの」

 ま、あのマンションの中まで入っちゃえば大丈夫だけど、と補足しておく。

 毎日毎日人に囲まれてるというわけでもない。


「マンションにすでに馨ちゃんを呼び込んだという話は聞いていますが」

 ふふふ。とエレナが楽しそうに笑った。

 くぅ。たしかにあいつは家までエスコートしてくれたし、いろいろ世話を焼いてくれたけど、あんなの全然なんでもなかったのだ。


「もぅ、あんたの方はどうなのよ! よーじ君とはどう進展してるの?」

「それは……もう、ベタベタ、あまあまかな。このホットケーキみたいな感じ」

 蜂蜜たっぷりだよ? と言われて、ちょっと羨ましいななんて考えてしまう。

 せめて時々でも、馨と一緒に、で、デートとか、できるといいなぁなんて。


「大学も一緒なんだっけ?」

「そ。学内だと、さすがにちょっと遠慮はしてるけどね。隠したりとかはしてないよ?」

 中性的な格好してたら、ほぼほぼ女子だと思われるしね、とエレナがほおづえをつきながら、にこりと笑う。

 たしかに、この子なら男装しようが男には見えないと思う。


「うぅ。あたしも馨と同じ時間を過ごしたい……」

「なら、やっぱりぐいぐいいかなきゃじゃない?」

 あの奥手な馨ちゃんじゃ、もー絶対、いろいろ考えつつ、まあいいや、になっちゃうよ、と言われて、うぐぅと変な声が漏れてしまった。

 たしかに、あいつのことだ。真剣には悩むだろうけれど、たぶん撮影の話なんかがきたらそっちが優先になってしまう。

 まったく、大人気女優が声をかけているというのに、それをまったく気にしないだなんて。

 きっと、馨くらいなものだろう。


「なんだか嬉しそうだね? 考えるだけで幸せみたいな感じなのかな?」

「ばっ、ばかじゃないの。そんなことないし」

 図星をつかれて、ちょっとあわあわしながらホットケーキを口にいれる。

 少し熱さは落ち着いて、甘みがしっかりと口の中に広がってくれた。


「それに、急かす気はないのよ。こっちだって四月に始まるドラマの撮影スタートするし」

 撮影に入ったら集中するし、それがプロってもんだ、といってやると、おぉ、とエレナはにこにこしながらちょっと感動してくれたようだった。


「ドラマかー、どんなのやるの?」

「まだ番宣とか始まってないからちょっとそれは内緒。でも、ま。ちょっと普通のとは違う感じかな」

 TSものやってから、割といろいろな方面の仕事が来るようになった、とだけ言っておこう、と付け加える。

 ほんと、難しい演技だったけど、なんとかなってよかったと思う。


「となると、しばらくは進展なし……かぁ」

「そうね。それに馨だって三月は忙しいでしょ?」

「んー、だね。卒業式関連もあるし、それにボクの三枚目のコスROMも出す予定だし」

 三月は学校もお休みだし、思いっきり撮影してるんじゃないかなぁと、エレナに言われて浮かんだ姿は、もちろん馨のそれではなく。ルイのやろうだった。


 きっと、カメラを持ちながらいい表情でうろうろするのだろう。

 それ自体を悪いとは言わないけれど。


「四月になったら、せめて男の姿の馨と一緒に歩きたいものだわ」

「うん。いちおう、協力はしてあげるので、がんばって」

 さてと、じゃあ、もう一枚ホットケーキやこうか、とエレナはキッチンの方に向かっていった。


 さっき話に出たとおり、二枚目のそれは各種ジャムがのせられたそれは甘いものだった。

 はぁ。恋愛もこれくらい甘く行ってくれれば良いのになんて思いながら。

 あたしはそれをおいしくいただいたのだった。

現実的に考えると二ヶ月も待たせるやろうは、ろくなもんじゃないと思うし、若い時分にそれを待つ忍耐力とはよっぽどだなと思うわけで。

崎ちゃん側の事情なんかもいれつつ、バレンタインの日のお話です。

いろいろ伏線も張れたし、とりあえず、それが回収されるのは四月以降……

さて、いつになったらルイさんは翌年度を迎えられるのかっ!


ってなわけで、次話は男の娘会です。

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